彼を探しに(n回目)
「マクシミリアン陛下、これはいささか……」
大臣の言葉も途切れる。
ナスリーン伯母上がイグライツ帝国へ向かってから半年以上経過した。
帝国の国宝を借り受けて、とあるものを運んできたまではよしとして(よくない)、それを返却するために伯母上が再び帝国へ赴いていった。
当初は往復一か月強の予定だったはずが、同道したエルフの女性が技術提供を依頼されたため滞在の延長をすることとなった。
提供相手が帝国の名の通った貴族だった為、貸し一つと高を括ったのが始まりだった。
我が国を始め他国でも、傷痍軍人や手足が不自由な者は一定数おり、軍人には見舞金を与える程度。それ以外の者へは特に何も施してはいなかったのが現状。
切掛けはナスリーン伯母上の良人が左腕を失い、伯母上とそのエルフが義手を開発したことだ。
それもただの義手ではない。最先端の魔法陣技術を集約した義手だ。その一つ一つの魔法陣を解析すれば、さまざまな分野へ転用出来るであろうことは想像に難くない。
しかしその全ての技術を提供するわけではなく、一部の技術を用いるのみとのことだったのでナスリーン伯母上もエルフの女性へ許可を出したらしい。
しかしそれでは収まらなかった。
彼女は、その、ごく一部の技術を、改良し始めた。
それを知ったのは、船便で一週間かけて届いた報告書からだ。開発停止命令を出しても、届くのはさらに一週間後。全ての技術を持ち帰るよう指示を出すのは当然としても、その間にイグライツ帝国がその技術を自らのものとするのは必至である。
何せ開発者当人が、手足の不自由な者に対して開発を進めているのだから。開発したものを片端から試していても不思議ではない。調査させたエルフの女性の人となりから想像するに、不具合があれば即改良しているであろう。
「ここ最近の伯母上には困ったものだ……」
今も昔もラスタハール王家にとって、エルフは騒動の種であった。
「あーあ、もうちょっといたかったなぁ……」
船上で潮風に吹かれながらエステルが愚痴をこぼす。
「何言ってるのよ、十分いたでしょ。好き勝手開発して、あそこの工房長も工房長よ。毎朝“昨晩、こんなことを思いついたのだが”とか二人して仕様を追加するとか、工房の職人さんたちがウンザリしていたの、知らなかったとは言わせないわよ」
イグライツ帝国でエステルは、障がい者向けの魔道具の開発に没頭していたのだ。
その行為は崇高なものと言っても差し支えない。もともとヴィリュークの義手を作成したのは彼女である。その技術を基にダウングレードさせコストダウンを図ると、どんどん枝葉を広げ始めた。
「そんなこと言ったって、ナスリーンだってチャリティパーティひらいて開発費集めてくれたじゃない」
「ええ、集めましたとも。あれだけ派手に開発していれば、お金がいくらあっても足りなかったでしょ。あのままじゃ確実に自腹切っていたわよ、あなた」
「ええぇ……けどけど、皇帝陛下も出資してくださったじゃない……」
そうなのだ。かのルーカス・イグライツ皇帝陛下が私費を投じてくださったのだ。しかしそこには思惑がある。
ラスタハール王国民であるエステルが、好意でイグライツ帝国民の為に魔道具を開発してくれている。
そこへ開発費が足りないからと言って国費を投じでしまえば、エステルを囲い込む行為となってしまい、国同士の友好関係に影を落としかねない。
しかしイグライツ帝国としては優位に立ちたい、技術も手に入れたい。そう、国として口を挟めないのであれば、出資者個人として口を出せばよい。
呼び出された皇帝陛下の執務室で皆まで言われなかったが、にこやかに私費出資を申し出た皇帝陛下の目を見て正直“やられた”と思った。
礼を述べてその場を辞したが、私の頭の中はどうやってエステルに手綱をつけるかで一杯だった。
問題はそれだけではない。
ヴィリュークの実家に預けている、グリフォンのバドがやらかしていた。なんと第四皇女ローラ殿下の愛猫を孕ませていたのだ。
どうしてバドがやらかしたのか分かったのかというと、生まれた子猫のうちの一匹が、背中に羽を生やしていたからである。
「それにしてもバドも隅に置けないねぇ」
呑気なことを言っているんじゃない、エステル。アタシが何度呼び出しを受けていたか知っているでしょ!アタシがいないお陰で、好き勝手開発できて楽しかったでしょうよ!
皇帝陛下からすれば、策も弄さずに開発が進んでウハウハだっただろう。その皇帝陛下も羽の生えた子猫の為に、あれこれ大変だったことは知っている。なにせ羽の生えた猫の血統だ、国中の貴族から里親の名乗りが押し寄せたらしい。
そしてバドの飼い主と目された私も巻き込まれ、エステルの手綱を握ることは叶わなかった。
「お二人とも、久しぶりの海は大丈夫ですかな」
「問題ないわ、バラク船長」
「船長も元気でしたか?」
帰りもバラク船長と彼の船にお世話になっている。帝国への行き来は毎回彼の船なのだ。
「はっはっは、まさか三度も迎えに行くことになるとは思いもしませんでしたぞ!」
国から帰国の船が迎えに来ていたのだが、そういった事情で二回ほど乗ることは叶わなかった。それでも随行員は少しずつ帰らせてはいったのだが。
「お二人のいないスペースを空けて帰るのも勿体ないので、しっかりと稼がせてもらいましたからウチとしては問題なかったですぞ。なにせ経費の半分は国持ですが……さすがに今回も連れて帰られなかったら、何を言われるか分かったもんじゃあなかったですがね」
“やらねばならない事があるから帰らない“などと言い訳していたが、三回目ともなると従わざるを得なかった。
いや、本当は願ったり叶ったりである。暴走するエステルを引きはがす、尤もな理由が出来たのだから。
「今回の報告書、頼んだわよ」
「ええ~、帝国にいた間の資料をまとめたいんだけど」
「……それでいいわよ。向こうで開発したもの全て纏め上げてくれれば、残りは私がやっておくから」
「そう。んじゃ自分用に下書きして、それを清書して提出するわね」
……これは下書きも検閲したほうがよさそうだ。
「ん~」
自分の船室の机の前で“ぐっ”と伸びをする。私の範囲の報告書は纏め上げたので、あとはエステルの分の手伝いをせねばならない。
「この揺れで船酔いしないで書き物とか。私も慣れたものね」
「エステルはどこまで進んだかしら」
自室を出て隣の彼女の船室をノックしながら扉を開ける。
「エステル~出来はどう?」
返事を待たず部屋に入ると、彼女は慌てて何かを隠した。
「え、ええ。出来てるわ」
「……なに隠したのよ」
まるで一人で勉強中のはずの子供が、飽きて別の事をしていたのを咎められまいと、何かを隠したみたいである。
むかしマー君の勉強を見てあげていた頃を思い出すわ。
「エ~ス~テ~ル~、何隠したのよ。ちょっと見せなさいって」
「ななな何でもないわ。息抜きに本を読んでいただけよ」
彼女の付与カバンの中には沢山の蔵書があることは知っている。別にそれを読んでいたからと言って咎める理由はないのだが……まさか。
「ちょっとその本、見せなさい」
「ただの魔法陣についての本だって───ああっ!」
抵抗する彼女を押さえつけ、手にしている本を奪い取る。
「なになに?ドミニク著、魔道具付与大全?」
この名前、たしかエステルとバルボーザが騒いでいた本の著者の名前だったかしら。裏表紙には写本者の名前と日付が振ってある。ふーん、それなりに前ね。
一ページ開いてみてその内容にぎょっとし、すぐさま他のページの内容も確認してみると───
付与:魔法超長距離増幅
付与:魔法広範囲増幅
付与:対物理・対魔法・対属性防御
「あんたこれ軍用魔道具の設計図じゃない!なんてもの盗んできたのよ!」
「設計図といっても、付与するための魔法陣の組み合わせを記したもので、魔道具そのものの設計図じゃないし!盗んでないし、ちゃんと貰ったものだし!それに書いてある魔道具だって、公共衛生の為のものとか、生活を便利にするのだって書いてあるんだから!」
「あんたねぇ……」
よく見れば確かにヤバい魔道具のものはその通りなのだが、そうでないものはこれを元に製作は(素人には無理だが)可能だろう。
だが彼女の取ってつけたような言い訳にはあきれてしまう。
「お返しに私のも写本してあげてきたから、貰いっぱなしじゃないわ!」
あきれた。彼女の蔵書を写本して渡したというのか。恐らく同じ著者の“魔法陣なんとか”というマニア垂涎の本の写本だろう。交換相手もエステルと同じ穴のなんとやらに違いない。
「絶対に誰かがいるところで開いちゃダメよ。見るときは必ず一人の時!何か作ったときは私に言うように!」
“作るな”と約束させても無駄だろう。ならば製作後に確認し、場合によっては封印した方がトラブルを避けられるはずだ。
「そんな……興味本位でそのまま作ったりしないって」
「……改良したり、参考にして別のものを作ったりするんじゃないわよ」
「───ゼンショシマス」
そこで片言になるから不安になるのでしょうが!
そんなやり取りをしながらも船は順調に進み、荒天に見舞われることもなくラスタハール王国への航海を続けていった。
船は既にラスタハール王国の領海内を航行している。けれども陸へ向かっても、辿り着くのは辺境伯領だ。バラク船長に聞いてみると、あと三日ほどで港街シャーラルに着くとのこと。
そうそう、エステルの魔導書簡伝達器が文字を写し始めた。
ようやっと彼とやり取りができる距離まで戻ってこられたのだ。
エステルと頭を突き合わせて彼の近況を読み進めるのだが、彼の実家のクァーシャライ村やお世話になった水鳥流道場のある古都クティロアまでは分かる。
その先も地名と共に近況が綴られているのだが、それがどこにあるのか全く分からない。一体彼は何処を旅しているのだろう。
名目は武者修行の旅としており、どうやらバルボーザと一緒に行動しているらしい。彼は私と会う前から、一人で砂漠を縦断するくらい旅慣れている事は知っている。
それでも私の知らない土地で旅をしようものなら、大丈夫とは思いつつも気をもんでしまう。
「へぇ~、おっきな河をはさんで町が二つあるんだ」
エステルはと言えば、彼からの知らない土地の知らせに楽しそうだ。───彼女は彼のことが心配ではないのだろうか。
帰国の航海もあと僅かになった。明日の昼頃にはシャーラルの港に着くらしい。
最後の夜ということで今晩の夕食はちょっぴり豪華だ。消費期限の迫った食料を処分するためだそうで、豪華なのは私たちや船長そして一等航海士など上役の者たちだけ。一般船員は質より量、プラスお酒だ。
見張り当番は酒抜きだが、上陸時に優遇されるらしい。いろいろ気遣わねばならないバラク船長も大変だ。
ということで今晩はバラク船長に夕食のお誘いを受け、エステルと二人で船長室を訪問している。
「ヴィリュークの兄弟もあちこち大変ですなぁ。内陸の都市名を聞いても、俺にはチンプンカンプンですわ」
船で火は使えないが、熱を発する魔道調理器具があるので、温かい食事を取ることが出来るしお茶だって飲める。
今晩のメニューは魚肉団子のスープだ。野菜もしっかり入っているのだが、どうやって保存しているのだろう。
「野菜は航海日数が分かっておりやすから、日持ちのするのを購入でさ。ラスタハール・イグライツ間は航路が定まってるんで、補給も計算しやすいんでね」
“なんですが”と船長は前置きをし───
「仕入れた塩漬け肉が傷んでいるのをコックが発見しましてね、奴も怒り心頭ですわ。ですが怒っても相手は海の向こうで、食料が心もとないのは変わりない」
身振り手振りで解説が続く。
「しかしヒトが食えなくとも海のものならどうか?で、手隙の者にそれを餌にして釣りをさせたって訳です。これが結構な釣果になりまして、結果我々の食卓に並んだ次第です」
自慢げに船長は話す。けれども大漁だったろうが恐らく人数分は釣れていないだろう。釣れたとしても大小違うと争いの元だが、そこをミンチにして団子にしてしまえば公平に分けられる。
しかしそこは美味しい料理に免じて指摘をしない。エステルも舌鼓を打っているし、言わぬが花というものだ。
「ところでお二人は、ヴィリュークの兄弟の行方をご存じで?」
「んん、まぁ……西へ西へ進んでいるみたい」
「オルターボットとかギルギットって地名に聞き覚えはあるかしら?」
「!!?!」
その地名を聞いたバラク船長の表情は、なんとも言えないものに変化した。
「そいつぁまた……えらく遠いところへ」
「知っているの?」
「ギルギットと言えば我が国最西端の港町でさぁ。そこから一ヶ月北上すると、開拓最前線の町オルターボットがあるらしいですぜ」
思わずエステルと顔を見合わせてしまう。だが視線の合ったエステルは口の端を上げて笑うではないか。
あっ……全くこの子は。
「船長はギルギットに行ったことあるの?」
「え、えぇまぁ。商売で何度か航海は……あっ」
船長、そのタイミングで声を上げるということは、エステルの次の発言が分かっているわね。
「いやいやいや、この航海が終わったらドッグに入れて整備させる予定で、行くにしても空荷じゃ行きませんぜ」
「エステル、じゅうたんで王都往復。十日で行ける?」
「ナスリーン馬鹿にしてるの?一週間で往復出来るわ」
「報告と船に乗せる商品を探さないとね」
「ウルリカが嫁いだ商会に声かけてみようよ」
「いいわね、報告込み・商談含めて十日。何だったら、ヴィリュークのじゅうたんの収納魔法陣なら、商品も結構な量入るものね」
よし、二人同時に首肯した。
「「十日後出航で!」」
「……二週間後で勘弁してくだせぇ」
休暇を楽しみにしていた船員の都合もあり、数回目の彼を探しに行く航海は二週間後に出航と決まった。
★☆★☆
オルターボットに帰還して一週間が経過した。
そろそろ通常経路で出発した馬車が、ギルギットに到着する頃だろう。念のために手配されたとはいえ、馬車に乗り込んだ者たちには少し申し訳ない。
それでも最悪の結果を避けられた町の住民の姿を見れば、彼らの無駄足もまた許容できるに違いない。
しかし───
「暇だ」
いや、ギルドに行けば依頼は掲示されている。それどころか選り取り見取りだ。
街の中の雑用から始まり、護衛依頼、配達依頼、はたまた魔物の討伐依頼だってある。
聞くところによると、生死不問の盗賊討伐依頼もあるらしい。
ギルドのロビーを見渡せば、ギルド員達が様々な武器を携えている様子が見える。
弓や斧、大剣を装備している者は対魔物を生業としているのだろう。いや、直剣もそうか。
だが曲刀や短剣を佩いている者は、恐らくヒト相手が主であるに違いない。そう考えると槍持ちは、対人対魔物のどちらでも対応しやすいな。
いや、あのゴツイ曲刀は十分魔物相手に通用しそうだ。あの重さで撫で斬りされたら、深手は確実だろう。
それを言ったら俺の魔刀のように、細身の曲刀こそが不向きなのかもしれない。いやいやイグライツ帝国ではコイツで魔熊相手にやり合ったしなぁ。
彼女たちがこちらに向かってくることも知らず、俺はああでもないこうでもないと、暇に飽かせて武器の向き不向きについて思考を巡らせるのであった。
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