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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
砂エルフ、旅情篇

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到着、受渡し、過剰な礼






疲労困憊である。


魔力の通った砂漠がこんなにも手強いとは。王都南に広がる砂漠も、元通り魔力が戻ればここと同様になるのだろうか。


となると王立の緑化研究所には是非とも頑張ってもらいたい。そういえばナスリーンは研究所職員だったっけなぁ……彼女やエステルは今どうしているだろう。


ともあれ今は一息入れて休憩中である。


コンラドから聞いたところによれば、あとは街まで難所はないはずだ。サミィも伏せて休んでいる。そのうち丸くなって寝てしまうに違いない。


俺も回復に努めよう。初めての土地の旅で、ここまで疲労したのは久しぶりである。




一歩を進めるたびに街へ近づく。だからなのか敵から襲われることは無くなった。


恐らくこの辺りの生物は、ヒトを脅威と感じているのだろう。裂け目の向こうのサンドフィッシュは、俺を獲物とみて襲ってきたのに、こちらのはあまり群れておらず近づくと砂に潜って息をひそめる。


時間帯もあるだろうが、サミィのお仲間はもとより、狼の類の姿も見かけない。


この調子ならば、あと一日二日で港町ギルギットまでたどり着けるだろう。




★☆★☆




今日も街の外壁の上から、誰か来ないか砂漠を見張っている。門番の俺は仕事が終わるとここに来て、飯を食いながら見張っているのだが、ここにいるのは俺だけじゃない。


砂漠熱(デザートフィーバー)が流行してからどれだけ経ったことか。


町の顔役やギルドのお偉いさんが集まってなにやら話し合った結果、北のオルターボットまで薬を手に入れるべく、ヒトを出すことが決まった。


まともに行こうとすれば馬車でも一か月かかる。馬を乗り継いで行こうとしても大幅な時間短縮は望めない。しかし出発させないことには始まらぬ、と言ったのは誰だったか。乗馬自慢が数名、騎乗して町を飛び出していった。


いつ帰って来るかもしれぬ不安を抱えた翌日、今度は砂漠を縦断するといって数名の男たちが町を出た。


どこぞのお偉いさんが独断で人を募ったらしい。いきさつはよく知らないが、あんな自殺行為にヒトが集まったことが信じられない。暑さだけじゃなく、得体のしれない魔物だっている砂漠だぞ。自分だったら絶対に無理だ。


……けどもし成功すれば、薬が間に合えば、たくさんの命が助かる。


淡い希望を抱いた一週間後、一人を除いて男たちが戻ってきた。


やっぱり。


一人犠牲になったか、と思ったら事情は少し違うらしい。


なんでも砂嵐と突如現れた裂け目に行く手を阻まれたが、一人の男に全てを託してその地形の先へ送り出したというのだ。


意味が分からん。


分かるのはただでさえ低い成功率が、奇跡を待つしかなくなったってことだ。


それでも帰ってきた男たちは、その送り出したコンラドとかいう男を信じているらしい。数日経つと男たちは外壁の上でコンラドの帰りを待ち始めた。


いつ来るともしれない薬を待つ住人達。希望より絶望の方が大きいだろう。だが俺も縋り付きたくなってしまったんだ。


それから俺も彼らと一緒に昼間は天幕の影で、夜は篝火を焚いて、いつ帰って来るともしれない男を待ち続けた。


そして非番のある日、今日も外壁で砂漠を見ていた夕暮れのことだ。


一つの影が近づいてくることに気付いた。




★☆★☆




彼方に砂丘ではない何かを見つけて数時間。やっとそれが町の外壁であると分かるまで近づけた。


防砂壁のつもりなのだろうか。効果のほどは定かではない。


しかしこちら側には門らしきものが見当たらないが、接近してみると外壁の上にヒトの姿が数人見えるので聞いてみるか。


いざ接近してみると、外壁の上では騒がしくしているばかりで、話しかけてきやしない。


“砂漠から───”

“ほんとにヒトなのか?”

“おい、誰か───”


なんとも埒が明かない。


「おーい、門はどっちに行けば近いか教えてくれ!」


“話しかけてきたぞ”

“ヒトが砂漠を───”

“何者だ”


砂漠からヒトが現れたことが信じられないらしい。ギルギット(そっちの町)からヒトを送り出しておいて、その物言いは酷くないか。


話にならないので彼らのことはもう放っておき、だいぶ前から鼻に届いていた潮の香りがする方向へ行くことにしよう。




外壁を迂回すること暫し。町の外周を回って門まで行くのは、なかなか時間がかかる。


ようやっと門までたどり着いたのだが、町へ入る順番待ちの列は無かった。恐らく砂漠熱(デザートフィーバー)の噂が出回っているからに違いない。


今、町の状況はどうなっているのだろう。薬は間に合ったのだろうか。


「オルターボットから薬を届けに来た」


首からかけているギルドタグを引っ張り出し、門番に提示する。


「はぁ?何言ってる?しかもアンタ向こうから来たろ。砂漠を渡ってきたとでもいうのか?」


二つ返事で招き入れられると思いきや、塩対応の門番である。


「なんでもいいから入れてくれ。タグも問題なかろう?」


「いや町は病の流行で閉鎖されている。許可できない。入るとなると病が収束するまで町から出られないぞ」


門番も親切で言ってくれているのだろうが、足止めとはそれはそれで嫌だな。


「なら、ここで待っているから関係者を呼んでくれ。ああ、コンラドはオルターボットで療養中って伝えてもらえれば、話も早いかも───」


「コンラドは無事なのか!?」


そこへ男の声が割って入ってきた。


「お前、交代までまだ先なのに、もう来たのか」


どうやら門番のお仲間らしい。息も荒く、どこからか走ってきたのだろうか。


「それよりコンラドは辿り着けたんだな」


「ああ、薬も運んできた。町に入れないのなら、待っているから関係者を呼んできてくれ」


ちらりと付与ポーチから薬の入った箱をのぞかせてやると、声をかけてきた男が走り出す。


「すぐ行ってくるからちょっと待ってろ」


門の外から町の中を伺うとヒトの姿は見受けられない。そこを走っていく男の後姿を見送りながら、俺は配達後の身の振り方を考え始める。


水は自前で何とでもなるが、食料は補給したい。港町だから海の魚を期待していたのだが、これでは漁に出ているかどうかもあやしい。


あぁ、港街シャーラルの朝市で買い食いした海の幸が懐かしい。


などと物思いにふけっていたら、一台の荷馬車が猛スピードでやってきたかと思うと、門の内側で停止した。


「薬が届いたと聞いたが?どこだ、どこにある!無いじゃないか!」


「あっ、主任。彼が運んできて───」


男は憔悴した顔つきで目が血走っている。患者たちも含め切羽詰まっているのだろう。


勿体ぶっても始まらない。付与ポーチから薬の箱を引っ張り出し、男の前に積み上げてやる。


「依頼の薬だ。あとこれは薬の用法・用量の注意書きだそうだ」


オルターボットの薬師ギルドからの手紙も渡してやる


「おお、おおおおぉぉぉ……これで子供たちも……はっ、早く荷台にっ、早く運べ!」


「最後に受け取りの署名を貰えるか?あんたの役職付きで書いてもらえるとさらにいい」


「いくらでも書いてやるぞ。ああ、君。(ここ)にもギルドタグ確認の魔道具があるだろ。彼の名前と所属を確認してくれ。それを基に手作業で時間もかかるが、私が依頼達成の処理をしてくる」


それはそれで助かる。このあと正規ルートでオルターボットまで戻り、受取書を基に依頼完了の手続きをしなくてはならないからだ。


「それなら門の外でしばらく野営させてもらうぞ」


“町まで来てベッドで寝させてやれなくてすまない”と謝罪されたが、あの砂漠での野営と比べればどうということはない。


明日の朝までにはなんとかする、と言って彼は馬車に飛び乗って去っていた。俺の仕事は完了したが、彼らはこれからが正念場だ。


一刻も早い砂漠熱(デザートフィーバー)の終息を祈るばかりである。




★☆★☆




俺が門の外で野営の準備をしている頃、患者が集められている集会場ではヒトが慌ただしく動いていた。


「大人と子供では用量が違うぞ。一滴たりとも無駄にするな!」


昔から喉の炎症には様々な対処法があるのだが、その何れも治癒に至る効果を発揮できなかった。


砂漠熱(デザートフィーバー)による喉の炎症は、既存の薬では効果が薄かったのだ。


そこに漸く、待ちに待った特効薬の到着である。


「薬が届いたぞ。さぁ、早く」


夫が妻に計量された薬の入った椀を差し出す。夫はこれで妻の病が治ると期待しての行為であったが、妻は全く期待しておらず自分がこれを飲めば夫が満足するだろうと思ったに過ぎない。


何も期待せずに、椀の中身を痛みを押して嚥下する。だがこの薬は今までのものとは違った。


「ああ、しみるわ(・・・・)……」


それは傷口に水が浸みるのとは違う。薬が炎症部分に浸みるや否や、薬効を発揮したのである。


しかし発揮したとはいえ、まだ薬を口にしたばかり。時間をかけて効果が表れるのだが、それでもいつ終わるとも知れなかった喉の痛みの緩和が始まったのだ。


微細な回復であっても、一筋の光であったことには変わりなかった。




別の場所では母親が子供の口に椀をあてがっている。


「お願い……飲んで、一口でもいいから飲んで頂戴」


しかし子供は、その液体を飲めば喉が激しく痛むと思い、その喉の痛みの元から逃げようと弱々しく体をねじる。


「匙を持ってきたぞ。これで少しずつ舌に垂らしてやると良い」


見かねた薬師がまず一匙、開いた口に少量入れてやると、しばらく経っても吐き出す様子はない。


「時間がかかってもいいから、全部飲ませるんだ」


母親は子供を後ろから抱きかかえると、薬の椀と匙を手に取り掛かる。


匙の半分にも満たぬ量を慎重に口腔内へ垂らしていく。


うっかり吐き出さないように。一匙、一匙───


平時ならば一息で干せる量の液体を子供は数十分かけて嚥下すると、子は母に抱きかかえられて寝息を立てて眠りについた。


その表情はもう苦痛に歪んではおらず、久しぶりの安らかな寝顔であった。




★☆★☆




薬を渡して四日が経過した。


配達依頼の完了処理はギルドの主任と呼ばれていた男がすぐにやってくれた。


毎日患者たちの様子を知らせに来てくれたのだが、その三日目のことだ。


相変わらず門の外で天幕を張ってじゅうたんの上で寝転んでいると、数名の人たちが中から出てきて門番とやり取りをし始める。


何があったのかと眺めていると、門番の一人が何かをしゃべりながら俺を指差すではないか。


そして小走りに近寄る人々。


砂を踏みしめる音にサミィはそそくさとその場を離れるが、彼らの正体を何となく察した俺はその場に留まった。


「あんたがヴィリュークさんか?」


「ええ、まぁ、俺がヴィリュークだg」


身体を起こし名乗りを上げ切る前に、彼ら彼女らが押し寄せてくる。


「あんたのお陰でかみさんが」

「こどもが助かったの」

「感謝してもしきれない」


「「「ありがとう!」」」


あまりの勢いに仰け反ると、中途半端にかぶっていたフードが外れて顔が露わになってしまう。


彼らが目の当たりにしたのは、長い耳を飾り付けた褐色肌のエルフだ。


「エルフだ」

「エルフって俺たちみたいな肌色してたか?」

「エルフって森にいるんじゃ?」


あれこれとエルフについてしゃべっていた彼らだったが、ある一言で決着がついた。


「どうでもいいじゃないか!彼がこの町の恩人ってことには変わりないだろ!」


その言葉をしばし彼らは嚙みしめると、次々と首肯の輪が広がっていき、俺は再び感謝の波に揉まれ、それが収まり彼らが帰るまでに数十分の時間を要したのであった。




というのが昨日の話。


昨日と同じ轍は踏むまいと、四日目の朝に天幕はそのままに砂漠へ避難することにした。


訝しがった門番から声が掛けられたが“ちょっと砂漠を見てくる”と伝えて逃げ出したのだ。


薬の効果も確認したかったので一週間はいるつもりだったのだが、昨日のあの様子では再度“お礼参り”される可能性が高い。


薬を運んできた俺を“命の恩人”と見なし、あれこれと礼を言うのは分からなくもないが、過剰な反応に困惑している。


それで砂漠へ向かう(にげる)とは言っても浅いところまでだ。予備の天幕はあるし、日中の砂漠までは追ってはこまい。


魔物との遭遇も面倒だしな。


しかし甘い考えだった。


日暮れに戻ってきた俺の天幕には、贈り物でちょっとした山が形成されていた。


門番が“町のみんなが、アンタに会えなくて残念がっていたぞ“とのたまう。面倒をかけてしまったか。


お礼の伝言や礼状が多数。贈り物も多くあり酒やら食べ物やら、日持ちのするものがたっぷりとある。


箱とか包まれたものもあるが、傷みやすいものや料理の類は持ち帰ったとのこと。


しかし報酬はもうギルドから貰っているから、ここに金銭まで加わるとなると二重取りになってよろしくない。


これが続くとなると、ギルドの主任を呼び出して住人達に控えるように伝えてもらわないといけないな。


いや、現状を見てもらって控えるように伝えてもらおう。


とにかく俺は天幕の下の贈り物には手を触れず、門番にギルドの主任へ言伝を頼むのだった。







ブクマ、イイねボタン、一言、お待ちしております。


お読みいただきありがとうございました。

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