行く手を阻むもの
ともあれコンラドは無事ギルドに送り届けたのでひと段落である。二三日もすればバルボーザとサミィが戻ってくるはずなので、それを待って身の振り方を考えよう。
そろそろ寝るかと思っているところへ、部屋の扉がノックされた。
「夜分すみません、宿の主人でございます。ギルドの方がお見えなのですが」
ギルドが何の用だと返事もせずに訝しんでいると、再度呼び掛けてくる。
「ちょっと待ってくれ」
鍵を外して扉のノブに手をかけると、向こうから開くではないか。
ムッとしながらも素早く避けて衝突を防ぐと、押し開けてきた男とその向こうには宿屋の主人に女が一人。
「おお、エルフだ。あんたヴィリュークって名前で間違いな【バシッ】いってぇな!」
「丁重にって言われたでしょ!なに失礼カマしてんのよ、このバカ!おほほほ、すみませんウチのバカが」
「……ギルドが何の用だ」
まさに寝ようとしていた所への訪問だ。うっかり殺気が漏れると、目の前の三人の腰が引けた。
「ごごごごめんなさい。ギルドが緊急であなたに確認したいことがあるって。なんでも明日に回せないほど急ぎなんですって」
その様子にため息が漏れると放たれた殺気も霧散し、目の前の三人も安堵の息を漏らす。
「ちょっと待て」
嫌味はギルドに言おう。俺は素早く身支度を済ませた。
案内されたギルドの一室の隅で、見覚えのある男が膝を抱えていた。俺が入ってくるのに気が付くと、何かを言おうとするのだが思い直すようにうつむいてしまう。
「初めまして、当ギルドの長をしている───だ」
よそ見をしていたら、うっかりギルド長の名前を聞きそびれてしまった。
「こちらこそ。ヴィリュークという」
こちらも名乗りを上げる。
思わず視線が頭頂部に動いたが、彼のことは単純に“ギルド長”と呼べばいいか。
「いくつか訊ねたいことがあるのだが、まず彼からキンカの実を購入したのは君で間違いないか?」
「間違いない、うまい事してやられたよ。気づいたら大事な干しデーツが、小樽五つと金に化けていたんだからな」
「キンカの実はまだ手元に?」
「あるぞ。手も付けていないし、そもそも一人で消費しようにも量がありすぎる」
ギルド長が指を組み合わせ、ずいと身を乗り出す。
「緊急だから駆け引きは無しだ。キンカの実、全て売ってほしい」
普通なら事情を聞くのだろうが、なんとなく事情を察せた俺は二つ返事で了承する。
「売るのは全然かまわない。扱いに困っていたからな」
付与ポーチから小樽五つ並べて出してやると、部屋にいた爆発頭の男が蓋を開けて中身を確かめる。
「うむ、品質も問題ない。すぐにでも作業に取り掛かろう。支払いは任せた」
返事も待たずに彼は、手持ちの背嚢に小樽を次々と入れていく。あれも付与カバンなのだろう。
「こら待たんか、キンカの実の見積もりくらいしていけ。元締めの見立てでも、白紙の経費精算書にサインなどしないからな」
爆発頭は面倒くさそうに算盤を手にし、パチパチと駒をはじいて計算し始める。
「全て検品はしないぞ。何年薬師をやっていると思っているんだ。問題ないと言ったら問題ないんだ。ったく、細かいこと言うからハg、げふんげふん、融通を利かせろといつも言っているだろう」
薬師の?元締め?は、なけなしのデリカシーをかき集めたようだが、ギルド長は聞き逃さなかったようだ。口にはしないが頭を真っ赤にしている。だがこれでキンカの実が砂漠熱の特効薬の材料であることは間違いないだろう。
金額をはじき出している間も、膝を抱えて恨めし気に俺を見る男───俺にキンカの実を売りつけた商人だ。
商人同士の取引ならそのような視線は無視するのだろう。もしくは恩に着せて何かしらの取引を持ち掛ける。
しかし俺は商人ではない。……ああ、言い訳がましいな。つまり彼に対して同情してしまったんだ。
「あんた、俺から買った干しデーツ。まだ残っているか?」
「え?あ、ああ。けど結構好評で売れてしまって、三袋しか残っていない……」
結構な量と交換したはずなのに、それを捌くとは意外とやり手商人だったのか。キンカの実も、もう一日辛抱していれば、儲けは全て彼のものだったのだから。
「なら三袋と一樽、交換してくれないか」
俺の申し出を聞くや飛び上がる商人。口を数度開くが返事が発せられない。それどころか表情もめまぐるしく変化するではないか。
周りにいる者たちも、手を止めて様子を伺う。
「ど、同情ならば、け、結構。私は商機を見誤り、あなたには運が転がり込んだ。私は残りのデーツを完売させ、新たな商売を始めるのです」
発言はご立派だが滂沱の涙の引きつった笑顔では、どう見てもやせ我慢にしか見えない。
「金だけを見ればそうだろうが、俺にとっては金貨よりもデーツの実を手元に置きたい」
「……例の遭難した時の話ですか」
売り文句に使っていたのか、しっかりと覚えていたようだ。
黙って一つ頷き、一樽彼に向けて押しやった。
「すぐに戻ります」
足早に立ち去る彼の姿を見送り振り返ると、黙って見ていたギルド長と薬師の元締めに頷いて見せる。
「しゃーないな。一樽分別口で書類書くわ」
当人たちが納得しているのなら、ギルドも口を挟むつもりはないようだ。
「それでは俺は帰って寝る。金も直ぐには用意できないだろう?明日また来るからそれまでに用意してくれればいい」
「大金だぞ。後でいいのか?」
「かまわない」
新たな依頼の予感があったので、さっさと俺は宿へ戻ることにする。その依頼の前では支払いを渋ることもないだろう。
「実は別件で頼みたいことがあるのだが、支払いの時に改めよう」
どうやら予感的中か?
★☆★☆
予感は的中した。
あの晩から三日が経過し、現在俺は馬車に揺られている。しかも四頭立ての馬車なので結構な速度である。
おまけに茶番も見せつけられた。
ギルドも砂漠熱の対応に追われていたのだが、探し人である俺を悉く見逃していたらしい。
───とどのつまりギルドは“俺に砂漠越えで薬を届けてほしい“と依頼してきたのだ。
“あなたがいてくれて助かった“と感謝されたが、どうみても”あなた“にルビが振ってある気がしてならない。まぁ面と向かって二つ名を言わない気遣いは残っていたらしい。
薬師たちが特効薬を作っている間、コンラドから件の砂漠の情報を得た。
生息している生物や魔物の情報は、依頼を完遂するにあたって重要なものだ。
さらに重要なのは道中の地形である。砂漠なのだから砂だけ、精々砂丘がある程度と思ったら大間違いである。何も目印がない砂漠において方向を見失うことは致命的だ。彼方に見える岩山だって重要な目印だし、季節ごとの日の出日の入りの方向だって夜空の星だって大切な目印だ。
そして忘れている者もいるかもしれないが、街にはそれぞれ“マーカー”が設置されている。
専用の魔道具である指輪を使うことによって、マーカーの方向を感知するものなのだが、使用者の力量によって感知距離が違う。俺のアドバンテージはまさにこれなのだ。
だいたい街と街の中間地点で、一般人の感知範囲から外れてしまうので、道なき道を進むならば目印や方向を推し量る情報は重要だ。
「だがあの砂漠では方向だけでは渡れない」
コンラドは俺にそう言った。
彼の行く手を阻んだのは大きな裂け目だった。
ギルギットの街のマーカーを背に進んでいた彼ら(コンラドだけで出発したわけではない)だったが、現れた断崖絶壁が彼の一人旅のきっかけになった。
切っ掛けは三日も進んだ地点で見舞われた砂嵐である。
季節柄珍しくもなく、半日もすれば収まることを経験上知っていたので、彼らは一塊となりマントをきつく握りしめて嵐が過ぎるのを待った。
いつになく強い砂嵐に耐えていた一行であったが、一人が周囲の変化に気付いた。数メートル先に壁が出来ているのだ。高さも二メートル弱くらいだろう。もう数メートル先であったら、巻き上げられた砂で気付かなかった。そんな距離だ。
「壁があるぞ!」
皆まで言われずとも彼らは壁に向かって走り出した。風除けにはうってつけである。
壁に辿り着くと吹き付ける風は一方向からとなり少し楽になる。しかし状況は単純ではなかった。
頭を下げて砂や風に耐えていたのだが、ふと見ると風よけにしていた壁の高さに違和感を覚える。目をあけやすい風下に視線を向けると、壁はひたすら続いている。いや、問題はそこではない。
“はっ“と仰ぐと頭上の壁の高さは倍近くなっているではないか。それが左右に続いているのだ。
“壁が高い”
このまま座していれば壁を超えることは出来なくなる。
このとき彼らは何が起こっているか分からなかったが、彼らがいた場所は砂に埋もれた大きな裂け目の上だったのだ。
この裂け目は嵐によって砂に埋もれ、そして砂を掘り起こされる場所だったのだ。彼らの前に壁がそびえたったのではなく、砂が風で払われた結果彼らは沈降していったのだ。
一刻も早く乗り越えねば、大きな回り道をする羽目になり、時間のロスは致命的だ。
一人が飛び上がって壁を上がろうとするのだが、砂地に足を取られて思うようにジャンプ出来ない。
気付いた別の者が壁を背にして両手を組むと、察しの良いものが片足をのせ、息を合わせて飛び上がる。
腕の力と足の力が相まって、一人の時より高く飛び上がることができたが、タイミングが合わずこれも失敗。
足元の砂は吹き飛ばされ、じりじりと沈んでいく。
ならばと風に負けぬよう声を張り上げ、新たに思いついた案を伝えると、二人の男が壁に手をついてしゃがんだ。
その二人の肩に一人乗り、さらにもう一人乗った。いうなれば三段のやぐらである。
全員壁に手をついてバランスをとると、下段の男たちから順に立ち上がっていく。
二段目の男も立ち上がり、一番上の男───コンラドが立ち上がると壁の縁に手が届く。
手が届いただけでは身体はもちあがらない。
“跳ぶぞ!”
その声に下の男たちは構えると、各々の肩が力強く押され、人の櫓が崩れてしまった。
砂地に倒れた面々が目を細めて上を見やると、壁のふちに足をばたつかせている下半身が見え、消えたと思ったらすぐさま顔が出てくる。
お互いの無事を確認していたが、既に壁の高さは今の方法で全員上るには厳しいものになっており、一行は砂嵐が収まるのを待つこととなった。
砂嵐が過ぎ去ると現実が明らかになった。
裂け目は幅にして二十メートル前後、高さは十メートル以上あり、壁の状態もよじ登るには不向きな状態であった。
荷物の中にロープはあったが、人を引き上げようにも一人で支えるには無理があるし、固定しようにも砂漠の真ん中では木も岩もあるはずもなかった。
こうして一行はロープで水と食料をやり取りして、砂漠縦断をコンラドに託すことになり、下の者たちは裂け目を歩いて脱出を試みるのであった。
そして結果は周知のとおりである。
「問題は裂け目を迂回した場合、どれだけ時間がかかるかだ」
コンラドの話は俺だけではなく、ギルド側の者も同席して為された。
「その裂け目がまだあるのであれば、ヴィリュークさんへの依頼は取り下げざるを得ない。正規ルートで複数立ての馬車を走らせた方が確実だ」
「しかし速度重視の馬車を用意しても、日程の短縮はあまり見込めませんよ」
エルフのじゅうたんがあれば正規ルートでも大幅な短縮が可能なのだが、手元にない手段で仮定の話をしても意味はない。
コンラドとギルド長に赤髪ショートも交えて相談するも結論がでない。ならば───
「いや、砂漠ルートでいこう」
「えっ、裂け目があるんですよ。なにか手段が?」
赤髪ショートの言葉に黙って頷く。見せてやった方が分かりやすいだろう。
水術で水を呼び出し、膝くらいの高さで浮遊・固定すると、ひょいと飛び乗った。
「「「おおおお」」」
さらに複数呼び出して一列に並べると、その上を渡っていく。
「こんな感じだ」
浮遊し続ける水へギルド長が足を乗せ───られない。水を貫通して足は床を踏みしめるどころか、勢い余ってたたらを踏んでしまう。
「水術師でも訓練を積まないと無理だぞ」
「よし、あとは薬と砂漠までの足ですね!ギルド長、元締めに薬の確認をお願いします。私は馬車の手配を!」
懸念が一つ解決されると赤髪ショートは返事を待たず、スカートをひるがえして会議室を飛び出した。
「……俺のセリフ」
そこにはさみしくなった頭頂部を露わにし、うな垂れるギルド長が残されるのであった。
★☆★☆
ガタガタ揺れる馬車。俺をクッション代わりに、足の間にはサミィが寝ている。
あのあとバルボーザと戻ってきたサミィは、当然のように俺と同行の意思を表明。対してバルボーザは居残ってメンテナンスに勤しむことに。
そしてコンラドからは改めて注意が喚起された。
「砂漠の魔物は縄張り意識が強く、侵入者や獲物には容赦がない。逆を言えば縄張りから逃れられれば追跡から逃れられる。だがそれは新たな縄張りに侵入したことと同義だ」
そして一呼吸おいて続けた。
「追跡が止んだら休憩をしろ。運が悪けりゃ、すぐさま新たな襲撃を受ける」
「了解だ」
視線を合わせて真面目に返答すると、コンラドは肩をすくめて一言。
「“経験者は語る”ってやつさ」
その言葉につい、こちらも苦笑が漏れてしまった。
本年も月刊砂エルフにお付き合いいただき、ありがとうございました。
来年も「エルフ、砂に生きる」をよろしくお願いいたします。
お読みいただきありがとうございました。
ブクマ、一言、評価、イイねボタン、お待ちしております。




