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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
砂エルフ、旅情篇
185/196

灯台下暗し、もしくは今そこに居た男(エルフ)

月刊砂えるふ


砂漠から帰ってきたら、途端に筆が鈍る_(:3 」∠)_







コンラドを後ろに乗せて、俺はクレティエンヌを走らせている。


こんなペースで馬を走らせれば潰れること必至のペースだが、ゴーレム馬のクレティエンヌならば魔力が尽きぬ限りその走りを止めることはない。


ましてや騎手が俺ともなると、彼女が魔力切れで止まることはまずありえないし、身体強化を施せば通常よりも長く走らせることができる。


しかし足手まといが一人。


そうコンラドを連れて来ない訳にはいかなかった。現地の事情に明るいコンラドを連れ、オルターボットのギルドで詳細を説明させる必要がある。


ギルギット出発時には、状況と要望をしたためた手紙が荷物の中にあったのだが、砂漠で魔物の襲撃の最中に紛失してしまったそうだ。


バルボーザは後からゆっくりやってくる。流石にこちらのペースで走ることは無理だからだ。サミィもあわただしいのは嫌だったようで、バルボーザと一緒を選択した。


俺としては可能な限り走らせたかったのだがコンラドの体力が持たず、それでも降りるのは食事とトイレと睡眠の時だけだ。


「飯も馬の上でとか勘弁してくれ」


俺はそのつもりだったのだが、急ぎとはいえコンラドが音を上げた。




そうこうして三日でオルターボットまで戻ってきたのだが、最終的にコンラドは俺の身体に縛り付けられての帰還だった。


到着した人の出入りの少ない南門で軽い騒ぎとなる。馬で勢いよく門の前で止まったせいか、門番の制止の声も大きい。


「緊急だ!」


ギルドタグを突きつけながら事情を説明するが、察しの悪い一人の門番がなかなか通してくれない。


「このヒトの言う事は本当だ。俺がギルギットから砂漠を渡ってきた。俺のタグも見てくれ」


息も絶え絶えのコンラドのタグがギルギットで発行されたものと分かると、門番の様子が一変しやっと道を開けてくれる。


到着が日の暮れかけということもあり、道は仕事帰りのひとで混雑していた。騎乗したまま進めば脚に引っ掛けかねないので、手綱を牽いて移動をせざるを得ない。


皮肉にもゆっくりとした移動がコンラドの息を整えることになる。


マントのフードも脱がずにギルドの扉を押し開けると、出発時に対応してくれた女性職員がカウンターに入っていた。


「エルフのおにいさん、お早いお帰りで」


一目で俺を認識した茶髪の三つ編みからは、のほほんとした声が返って来る。


そこへコンラドの逼迫(ひっぱく)した声が覆いかぶさった。


「ギルギットで砂漠熱(デザートフィーバー)が流行している。薬を、薬を頼む」


「え?え?このヒトなんですか?」


思わず三つ編み職員が後退る。


「言葉通りだ。責任者はいるか?」


カウンターに乗り出すコンラドを宥め、一般職員(三つ編み)では荷が重いだろうと助け舟を出してやる。


「え?あ、主任、しゅにーん!」


「───え、(あに)よ。アンタまた何かやらかしたの?」


奥から出てきたのは赤髪のショートカットの普人女性。めんどくさいことは嫌だという事が口調からも分かる。


「あっ主任。今このヒトが砂漠熱(デザートフィーバー)がギルギットで───」


赤髪ショートは皆まで言わせず、三つ編みを押しのけカウンターで相対した。


砂漠熱(デザートフィーバー)?聞き捨てならないわね、ホントだって証拠あるの?」


「しょ、証拠というか、向こうを出るときにギルドから手紙を預かったんだが」


「だが?」


「砂漠を渡っている最中に魔物に襲われて無くしちまった。け、けどギルドタグを見てくれ。俺が向こうからやってきた証拠にならないか?」


赤髪ショートはタグを受け取ると検め始めた。


「砂漠を?ギルギット所属のコンラドっていうのね、アンタ……星三つの探索者。南の砂漠を渡ってきたとかホント?眉唾モンなんだけど」


「それは俺が保証しよう。砂漠のふちで助けてここまで連れてきたのは俺だ」


「ふぅ~ん……あんたがねぇ……分かったわ、部屋用意するから話はそっちで聞くよ」


赤髪ショートは三つ編みに指示を出し、他の職員にもテキパキと声をかけていく。


「こっちですよ~」


「じゃあ俺はこれで」


「お、おう。助かった。後日必ず礼はさせてもらう。場合によっちゃギルドに伝言を頼むから、気にかけといてくれ」


「分かった。薬、手配できるといいな」


あとは無事に事が運ぶことを祈るばかりだ。




翌朝宿で朝食を済ませたものの、何か予定があるわけでもなく手持無沙汰だったので、朝の露店でも巡ろうかと足を運んだのだが───


「少し遅かったか」


広場は撤収を始める露店がほとんどで、逆に常設露店の商人が店を開け始めている。


「屋台は全滅か」


食品を扱う屋台も同様───かと思いきや、敷物の上で肩を落としている商人が一人。




★☆★☆




「はあ゛あ゛あ゛あ゛……」


溜息が盛大に漏れる。


北で仕入れた商品が全く売れてくれない。縁起物でもあるこの小粒の柑橘類は、こちらでは馴染みがないのか露店の前で足を止めるものもいない。


救いといえば日持ちが良いことか。収穫から一か月経っても萎びておらず、仕入れ先で聞いた話では二か月以上もつらしい。


「これだ!と思ったんだがなぁ」


何十回目の呼び込みの声を上げる。


「キンカの実だよ~!縁起ものだよ~!そこの兄さんどうだい、見てってくれ!」


小さい樽で五つ。


二センチくらいの果実が詰まっている樽が五つだ。何個あるかも分かりゃしない。せめて元手は回収したいのだが、それすらも望み薄だ。損切り捨て値で売るしかないのだろうか。


「こんなところでキンカの実か。珍しいな」


「えっ?」


思いもよらない言葉に思わず顔を上げると、耳の長い男が立っていた。




★☆★☆




珍しいものを見つけて思わず声をかけてしまった。


「兄さん知ってるのかい?」


露店の商人からの圧が強い。


「お、おう。キンカの実だよな。昔食ったことがある」


「試食に一つどうだい?」


実を布で磨いて手渡してくるので、それならばと遠慮なく口に放り込んだ。


キンカの実は皮も薄く丸ごと食べられるが、勢いよく噛もうものなら種をガリっとやってしまうので、気をつけねばならない。


「うん、キンカの実だ」


生食できるのだが、美味かと聞かれると普通である。


「子供の頃に、ばあさまにハチミツで煮てもらったなぁ」


「そいつぁ贅沢な食べ方だ。どうだい、今ならサービスしとくよ。口寂しいときに一つ放り込めば気も紛れるし、疲れにくくなるぞ」


圧は弱まったが必死さはまだ垣間見える。


「あー、いやー、俺にはこいつがあるんでね」


腰の付与ポーチから干しデーツを一袋引っ張り出し、一粒試食のお返しに渡してやる。


「甘いぞ」


黒い干果を訝し気に見ていた商人だったが、口に放り込んで何度か咀嚼すると、ねっとりした甘みが口腔内に広がり、様子が一変する。


「んんん~♪」


お気に召したようである。


「兄さん、手持ちはそれだけかい?余裕があるなら売ってくれないか?」


視線が手元の袋と腰のポーチを行き来する。


「王都で買い溜めしてきたから、あるっちゃあるが」


「売・っ・て・く・れ。なんならキンカの実もつける」


そう言われても、過去には俺の命を繋いでくれた実だ。大量にポーチにあるとはいえ、おいそれと売ることはできない。


「なに?遭難時にこれを食べて生還した?キャッチコピーには最適じゃないか!もっとネタはないのか?」


「ちょ、ちょ、ちょ」


捕食者(商人)睨まれる(捕まる)とはこのことか。そもそも干しデーツを売れる算段があるのだろうか。


気付くと俺の手元には数十枚の銀貨と、足元にはキンカの実の小樽が五つ置かれていた。


「えっ?」


商人、恐るべし。




★☆★☆




「ギルド長、砂漠熱(デザートフィーバー)の件、間違いないようです」


扉を開けて開口一番、赤髪ショートの受付嬢がはっきりと宣言する。


「薬の依頼は済ませたが、どうやって運ぶ?馬車で一か月、早馬で馬を変えながら急いでも時間短縮には限界があるぞ」


ギルド長が突っ伏して生え際の後退した頭を掻きむしる様子を、赤髪ショートが上から()めおろす。


「そうだ!砂漠を渡ってきたという彼に、もう一度行ってもらえば───」


「無理です」


「あ゛あ゛ん?」


喜色一転、表情が変わる。


赤髪ショートもそれしきでは怯まない。


「砂漠を渡ってきて疲労困憊なうえ、そこからこの街まで、休憩以外は馬を全速で駆けさせて来たそうです。送り出したとしても、砂漠を渡り切れるとは到底思えません」


彼女の口は止まらない。


「そもそも彼は結果として渡ることが出ましたが、その思い付き自体が無謀なんです。うちで募れというなら依頼を掲示しますが、果たして応募があるか。あったとしても託すほどの実力があるか」


ギルド長が机に突っ伏すと、寂しい頭を正面から見る羽目になる。


「───王都の砂エルフがいたらなぁ」


「───砂漠専門の配達人(エルフ)でしたっけ。なんでも休業中とか噂で聞きましたが。なんだってエルフが砂漠を渡っているんでしょうね?」


噂通りなら託す価値はあるだろうが、どこに居るとも知れない相手に期待しても仕方ないと、彼女は切って捨てた。


コンラドを連れてきた男が当人とも知らずに。


そこへ雰囲気をぶち壊す、割って入る声。


「ギルドちょー、薬師の元締めが話あるって来てますがー」


「ノックぐらいしなさい、っていつも言ってるでしょ!」


三つ編み茶髪が“すみませぇん”と反省の薄い調子で詫びると、シルバーグレイの爆発したような髪型(ボンバーヘッド)の老人が部屋に乗り込んできて開口一番。


「材料が足りん。探してくれ。もしくは買い付けに行ってほしい」


「はあぁぁ?どういうことだ?」


二人とも机を間に頭を突き合わせる勢いである。


「処方はある。だが製剤するには───特効薬の製剤には材料が足りん。つまり、こいつが必要だ」


ぺらりと一枚の紙を滑らすボンバーヘッド。そこにはこう書いてあった。




キンカの実

産地は柑橘類が実る北限の地。直径二センチほどの黄色い実。日持ちがよく収穫後二三か月は保存できる。

皮が薄くそのまま食すことができるが、実に対して果肉の量も少なく種も多め。金貨の大きさと見た目に酷似しているため、縁起物として食されることが多いが、喉の痛みや風邪、疲労回復に効果があるので本来の需要はそちらである。




「直ぐに手配してくれ」


即、ギルド長は赤髪ショートに投げる。


「待て。昨日露店でキンカの実を見かけたやつがいたのだが、ここに来る前に確認させたらその商人の姿はもう無かったそうだ。まずはそいつを捜索して買い付けてもらいたい。もしそれが叶わないとなると、北まで買い付けに行く羽目になる」


“頼む”と頭を下げると、ギルド長へシルバーグレイの髪(ボンバーヘッド)を見せつけることに。


“くっ”


「人を集めて探させよう」


二人の受付嬢は頷き合って部屋を飛び出した。


~数刻後~


とある宿屋の食堂に、数名の男女が押しかけてきた。


「見つけた!」

「あいつか!」

「ちょっとアンタいいか?」


「お、おいおい。一体何の用だ」


夕飯に手を付けようとした商人を取り囲む男女。少し奮発したらしく、皿の肉も大きめだ。


「あんたキンカの実を持ってないか?ギルドが買付けたいとかで、みんなで探していたんだ」


「え?え?」


「あるだけ全部買うって言ってるぜ」


「え゛?」


「緊急らしくて言い値で買ってくれそうよ。まぁ、変に吹っ掛けると怒られるけど、おじさん良かったわね」


「……あ゛あ゛あ゛あ゛!」


商人は両の拳をテーブルに叩きつけた。彼を探し当てた探索者たちはドン引きである。


「やらかしたああああああ!もう一日、手元に置いておけばああああ!」


“ダンダンダン”


「え?これひょっとして……」

「おじさん、誰かに売っちゃった?」

「マジかよ」


「ちきしょう、やけ食いしてやるうぅぅ」


商人は肉を切り分けもせず、フォークに突き刺して齧り付いた。


「どうする?」

「一応、探し人だし」

「依頼対象には間違いないから、連れていって報酬はもらおうよ」


彼らは商人のやけ食いが終わるのを待って、彼をギルドまで連れていくことにした。




「エルフに売った、かぁ」


ギルド長は薄い頭頂部を撫で擦りぼやく。


「だがこの街じゃエルフは珍しいから、見つけるのは難しくなさそうだ」


「耳を露わにしていればの話ですけどね。フードとかで隠していたら目撃情報も少なくなりますよ」


すかさず赤髪ショートが指摘を入る。自分がまさにそうであるとも自覚せずに。


「ぐっ……」


となるとギルド長も二の句を継げない。


「あーでもぉ……エルフならあたし、ギルドタグの受け付けしましたよぉ」


不用意な発言の茶髪三つ編みに、二人の視線が突き刺さった。


「確認してきまぁす」


“しまった”とばかりに彼女はその場を逃げ出したが、然程待たせずに戻って来る。


「えーっとぉ……ラスタハール登録のヒトですねぇ。名前はヴィリューク。ここへは隊商の護衛でやってきたみたいですぅ。ウチでその精算をしていますぅ」


ここでも茶髪三つ編みの頭は、コンラドの付き添いをしたエルフが探し人であると思いつかない。


そうとも知らぬギルド長と赤髪ショートの視線が交わる。


「聞き覚えのある名前ですね」


「こいつぁアタリを引いたか?」


ギルド長は椅子から立ち上がり───


「まだ街にいるとは思うけど、手隙の者は各門番に街を出ていないか、そして街中の宿屋をシラミ潰しで確認!ヴィリューク氏を見つけ次第、ギルドにお連れして!」


先んじて赤髪ショートが号令を発する。


「……俺のセリフ」


頭頂部を露わにして、ギルド長がうなだれた。







イイねボタン、一言、ブクマ、よろしくお願いいたします。


お読みいただきありがとうございました。



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