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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
砂エルフ、旅情篇
184/196

「チビじゃない」

月刊砂えるふ、今月も無事更新






その後新たな襲撃もなく、俺たちは足跡を頼りに天幕まで戻る。


いつもならば身体をよじ登って楽をするサミィが、砂煙を上げながらあちこち走り回り、時折わざと転がって身体を砂にこすりつける。


よくよく目を凝らしてみると、サミィを追いかけるように小さな砂煙も見えるのは、彼女についている砂の精霊なのだろう。


気が収まったのか、俺たちを先導するように尻尾を立てて歩を進めるサミィ。見ると二本目の魔力のしっぽが実体化しているのは、絶好調の証しに違いない。




「ん?何かいないか?」


「……確かにいるな」


長い時間空けていなかったにもかかわらず、天幕の日陰の下に塊が二つ三つあるのが見える。


“Rurururururu───”


サミィの喉からは警戒とも友好ともとれる声が響き、俺も遠目から天幕の下にいる者の予想がつく。


「むう、でかいな」


正体が分かるほど近づくと相手も立ち上がり、複数の喉の奥からサミィよりもさらに低い声が響き渡る。


「これは……スナネコ、なのか?」


そのサイズは先程のサンドフィッシュより二回りは大きく、サミィと比べるならば成猫と子猫ぐらいの差があった。


体高も俺の膝上ほどあるといえば、その大きさを想像しやすいだろう。


互いに喉を鳴らしながら接近するサミィとスナネコ【大】たち。様子を伺い右往左往する。


“ふすっ”


鼻を鳴らす音が響き、相手の方が身を縮めたということは、音の発生源はサミィか。


そこへ一番大きいスナネコが前に出ると、サミィの前へ見下ろすように座る。


“なぁ~”


何を思ったのか相手は、尻尾を勢いよく振るい、砂を大量に飛ばしてきた。


“ふすっ”


サミィは再び鼻を鳴らすと、彼女も軽く尻尾を振るう。


“ドン”


大量の砂がはじけ飛んだ。


なんとも大人げない。


サミィは二本目の魔力の尻尾と、砂の精霊に命じて砂を飛ばしたのだ。


「ヴィリュークよ、これはなんじゃ?」


「ああ~多分マウントの取り合いじゃあないかな」


「……縄張り争いとかそういうのは、鳴き声とか爪と牙でやり合うと思っていたのじゃが」


バルボーザ、俺もそう思っていたよ。


砂飛ばしはサミィの方に軍配が上がったが、相手のスナネコ【大】は抗いようのない事実を突きつけてきた。


“とん”


サミィの頭へ無造作に前脚が置かれた。


屈辱、とばかりにその足を振り払うサミィ。睨みつけてもその体格差は覆せない。


“RUuuuuRAaaaaa”


二本の尻尾を立て、ひげをふるわせた次の瞬間。


“ぽふん”


サミィはエルフの姿に変化した。


いつぶりの変化であろうか、ネコの姿からヒトガタに変化したのだ。突然のことに相手のスナネコ【大】も固まってしまう。


俺はすぐに我に返ったが、隣のバルボーザも目をむいている。


姿は変わったが座り方は変わらない。腰を下ろして後脚の間に前脚を置く。


今の姿でいうなれば、腰を下ろして足と足の間に両手を置いている格好だ。その右手を持ち上げるとスナネコ【大】の頭に“ポン”と乗せた。


サミィの口角が上がり、隙間から鋭い歯がのぞく。ヒトガタになったサミィは表情豊かだ。


“ふすっ”


サミィの鼻から呼気が漏れ、一同ようやっと我に返った。


天幕のスナネコたちは一目散に逃げたが、サミィの目の前のスナネコ【大】はそうはいかなかった。


固まってしまった【大】を、サミィはいつも自分がされているように抱きかかえ、天幕の下へ入っていく。


当の【大】は何がなんだか訳が分からなかった。


抱きかかえている相手は明らかにヒトなのに、その身体からは間違いなくあのチビスナネコの匂いが発せられているからだ。


それは付けられたものではなく間違いなく発生源なのだ。


「サイズ感が……なんとも」


俺がおくるみを使ってサミィを抱きかかえるのとは違い、彼女らのその姿は───


「一つ間違えれば噛みつかれそうじゃな」


そう、喉元を噛みつかれてもおかしくない光景なのに、サミィは【大】の背中を優しく撫で、【大】もその手を受け入れている。


「もう一つ張るか」


せっかくの良い雰囲気だ。邪魔をするのも憚られる。




バルボーザの手を借りて、もう一張天幕をたてると「サミィ、なんじゃよな?」とバルボーザ。


「間違いなくサミィだよ。どういう理屈かは知らないが、彼女はヒトの姿になれる」


「なんとまぁ……あのチビ助がのう……」


「バルボーザ」


「うぉっ!」


サミィが【大】を撫でる手を止め、こちらを向いて声をかけてきた。


「チビじゃない」


「───お、おう。そうだな」


「ん」


分かったならよろしい、とばかりにサミィは【大】への可愛がりを再開した。その【大】も慣れたのだろうか、身体から余計な力が抜けてその身を任せている。


さすがはスナネコ同士というべきか。


新たな天幕の下で涼んでいると、逃げたスナネコたちが遠間からこちらを伺っていることに気付いた。


「食べるかな?」


先程狩ったサンドフィッシュを引っ張り出すと、彼らの方へ放り投げてやる。


驚いて逃げ出すスナネコたちであったが、戻ってくるのも直ぐであった。サンドフィッシュを咥えると、その場で食すのではなく何処かへ持ち去っていく。


おそらく巣穴があるに違いない。


「俺たちも食うか?」


「……それをか?」


普段の食材として範疇にないサンドフィッシュ。バルボーザが忌避感を抱くのも無理はない。


「蛇やトカゲを食べるのと変わりないと思えば、まぁ。皮を剝いで脚を焼いてみるか」


事実、軽く塩を振ったサンドフィッシュの脚はまずまずの味で、サミィとスナネコには塩を振らずに焼いて与えてみたら、これまたペロリと平らげた。


既にスナネコもサミィに抱えられなくとも逃げていかない。


食後のこれからの時間はさらに暑くなるので、たっぷりと水分補給の後、俺たちは活動はせずに天幕の下で昼寝して過ごすことにした。




とは言え昼寝である。そこそこの睡眠から目は覚めた。


身を起こすと予め汲み置いた水を喉へ流し込む。


そのまま景色を眺めていると、バルボーザも目が覚めたようだ。彼も自分の水袋をあおって水分補給を済ます。


「……ゴーレム馬では砂漠は渡れぬぞ。歩いていくつもりか?」


そうだった。


「行って行けなくもないがなぁ」


足を延ばし後ろ手をついて砂漠の彼方を眺める。


砂漠の向こうにあるという港町、ギルギットヘまで歩けるかと問われれば歩く自信はある。何を懸念しているかというと、この砂漠に生息している生物なのだ。


入り口程度であるこの場所でさえ、見慣れた生物のサイズが違う。これが奥地まで進んだ時に、何と遭遇するか予想もつかない。


単純に大きくなっているとすると、砂の下に潜む昆虫類のサイズも大きいかもしれないからだ。


では王都南の砂漠と何が違うか。それは魔力が違う。


いや、こちらが魔力で潤っているのではなく、向こうの砂漠の魔力が枯れているだけであろう。


こちらの世界(砂漠)が正常なのだ。


旅の移動中ゆっくりとした変化だったからか、自然に含まれる魔力量の変化に気付かなかった。


しかしここにきて慣れ親しんだ砂漠を目の当たりにして、ようやっと気づかされた。


生物ひとつとってもこの状態だ。これが魔物となるとどうなるのだろう。


向こうの砂漠で遭遇した魔物といえば、サンドワームとサンドマンそしてスリーパーだ。それらがこちらの砂漠にもいた場合、果たしてどうなることか。


「そんな砂地に手をついて……見てやるから貸してみろ」


何のことか一瞬首をひねったが、義手のことだと気づいた。


「ああ、頼m、熱っち!」


接合部の魔法陣へ意識を集め接続を切り、外そうとした義手の手首は砂漠の暑さに熱せられていたのだ。


俺の様子にバルボーザは義手を指先で触れて確認すると、構わずむんずと握りしめる。


「一般人じゃぁ熱いじゃろうなぁ。それよりお前さん、くっ付いていた所は熱くないのか?」


「袖に隠れていた部分は大丈夫だ。……あんたこそ熱くないのか?」


「鍛冶仕事でこの程度、慣れちょるわい」


流石ドワーフ。


ここのところバルボーザの義手ばかりだったからな。ここは元祖エステルの義手の出番だ。


熱対策で薄手の手袋をはめた方がよいのだろうか?


前腕のない左腕を腰のポーチへ突っ込み、ポーチ内でエステルの義手と接続。引き抜くと“ぐっぱ”と感覚を確かめる。


練習を重ねれば、ポーチ内で二本の義手の付け替えもできるはずだ。


「脚は地面を蹴るから関節部に砂が紛れやすいが、義手はそうでもないじゃろう。じゃが使用期間が短いから、どこまで大丈夫かは使いながらじゃなぁ」


「……つまり?」


「確認のためにもちょくちょくメンテナンスさせい」


「あー、砂漠ではこっちの義手を使うことにする」


義手持ちになって生身の有難さが身に染みるとは。いやはやなんとも。




砂漠は堪能したが直ぐには帰らず、今日はここで一泊する。


明日の日の出を眺めてから帰るつもりだ。


バルボーザは暗くなる前に義手のメンテを済ませて返してくれた。そして俺が作った夕飯を平らげると、どこで仕入れたのか酒を引っ張り出してチビチビ飲み始める。


野生のスナネコもいつの間に去っており、サミィも元のスナネコの姿に戻った。


俺はじゅうたんの上で仰向けになりながら星を眺める。引っ張り出したマントを羽織って、眺める星空は王都のものと変わりない。


「む?」


「ん?どうした」


バルボーザが何かに気付いたようだ。


「お前さん並みか、それ以上の酔狂な奴がいたぞ、ほれ」


身を起こして指し示す方を見るが今一つ分からない。それでも目を凝らすと、彼方に動く人の影が見えた。


よく気付いたものである。


こちらを目指しているのか、その影は少しずつ近づいてくるが、こちらに気付いたようで進路を微調整するのが分かった。


「こんばんは」


「───こんな時分にすまねぇ。まさかキャンプしてる奴がいるとは……」


待っていると目の前までやってきた男。敵意はないのだろう。


失礼にならないように言葉を選んでいるようだが、使い慣れてないようである。しかもその表情からは疲労の色が見て取れる。


顔は日に焼け背丈は俺ほどあろうか、身の丈に比例してがっしりとした体つき。対してその姿は満身創痍である。


手にした槍を杖代わりにし、刃に血糊がこびりついているのは、拭う余裕もないからか。


服はあちこちが引き裂かれ、滲んだ血が赤黒く染めているが、大きな傷ではないのだろう。見たところ出血している様子もない。それよりも───


「水を分けてもらえないか。できれば何か食料も」


かさついた唇で物を乞う。


配達業で砂漠を縦断していた頃、一攫千金を狙って砂漠縦断を試み、失敗した者に何度も遭遇した。普通(俺以外)ならば見捨てて立ち去る。分け与えて自分が水不足で死んでは元も子もないからだ。


断られると分かっていても請わずには死んでしまう。男は請わずにいられなかった。


「頼む、一杯でいい。おれは───」


「飲め」


空いている手に水袋を握らせてやる。


「全部飲んでいい」


男は戸惑い、その視線は俺と水袋を交互に見やる。


「さあ」


栓を抜き飲み口を唇に近づけて、男はやっと状況が飲み込めた。


手にした槍を砂地に落とし、両手で袋を握ると一心不乱に飲み始めるが、袋から出る水に飲む速度が追い付かない。


「慌てるな。全部お前にやるから落ち着け」


事実、飲む量より上着にこぼした量の方が多いだろう。尻を砂につけて座り込む男を宥める。少し落ち着いたのか、今度はこぼすことなく水袋をあおり嚥下する男。


あおる袋は真上を向き、最後の一滴まで飲み干すと、男はそのまま背中から倒れる。


「……あ、り」


一息ついて動きが止まる。


「寝ちょるわい」


「気が抜けたのだろう」


放置するのも気の毒なので、引き摺って天幕の下に入れてやるが、ちと臭う。


「む」


“ごぼり“


大きな水球を生み出すと、男を丸洗いしてやる。もちろん鼻と口は塞いでいない。


水を三回変えて洗う頃には、きれいさっぱり。服ごと洗ったけれども、汗とかは抜けているだろうが血のシミや頑固な汚れまでは落ち切れていない。それでも十分だろう。


「傷も浅いな。ふさがりかけてるから清潔にしておけば問題なかろう」


頭も髪も水洗いしてやったから、気持ちよいはずである。


“GURUUU……GURORORORURU……”


高いびきでおやすみだ。ついでに毛布もかけてやろう。


「お前さんに会えたことは、この男にとって幸運じゃろうな」


「俺にとっては珍しくもないがな」




翌日、男は日も高く昇ったころに目を覚ました。


「助かった。貴重な水を申し訳ない」


彼は名をコンラドといい、起きるや否や先に進もうとするところを強引に引き留めた。行き倒れ待ったなしが明らかだったからだ。


干し肉と乾燥野菜をもどしたスープを飲ませ、いつものデーツの実をしゃぶらせている。俺がこの手の救助後に与えているメニューである。


「この砂漠を渡る者はいないと聞いていたのだが、まさか目の当たりにするとはなぁ」


「酔狂か?それとも何か理由でも?」


コンラドは居住まいを正し、口を開いた。


「ギルギットで砂漠熱(デザートフィーバー)が広がっている。俺はオルターボットで薬を手に入れ、一刻も早く戻らなくてはならん。頼む、あんたの馬を貸してくれ」




砂漠熱(デザートフィーバー)のかかり始めは熱中症の初期に酷似している。熱中症特有のめまい、だるさ、気分の悪さが続き、熱中症のつもりで涼しくし水分補給すれども改善しない。そして二三日後には発汗・発熱が始まり微熱が継続していく。


砂漠熱(デザートフィーバー)と明らかになるのは喉の炎症が始まる頃だ。喉が腫れることから、食事や水を飲むときに痛みを感じ、大人ならば無理に嚥下できても、子供の場合その痛みから水を飲むこともままならなくなる。


食事を取れなくなるのもそうだが、子供の死因に上げられる多くが脱水症状の悪化である。




どうしたものかとバルボーザと視線を交わしていると、色良い反応ではないと感じたのかコンラドの落ち着きがなくなる。


「あれは俺たちにしか操れない」


「!!馬鹿にするな。その辺の荒れ馬なんざ楽勝で乗りこなしてきた!」


「ああ、気を悪くしないでくれ。そうじゃないんだ」


「ゴーレムなんだ、あの馬」


バルボーザがクレティエンヌの腹を開けて見せると、正体不明・理解不能の機械が露わになる。


「は?」


コンラドは呆けて固まった。







有識者の方が見れば砂漠熱の設定はガバですが、何卒温かい目で見逃してやってください

_(:3 )∠)_



ブクマ・一言・イイねボタン、お待ちしております。


お読みいただきありがとうございました。



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