潤う砂漠
砂漠となると思いのほか筆がのりました
オルターボット───開拓最前線と聞いて村の類を想像していたのだが、目の前にあるのは城塞都市といっても過言ではないものだった。
周囲を囲う石の壁は立派なもので、門前はある程度の場所まで石畳となっている。
「これだけの石を一体どこから……」
「ここから三日ほど北に石切り場があるんだ。その先にも石材は豊富にあってだな、ここじゃあ建材といえば石で、木材はその次だな」
思わず漏れた言葉にオルソンが答える。
門をくぐった先の広場も石で舗装され、その先に続く道も当然石畳が続いている。
「王都並みじゃあないか。とんでもないな」
「道はそうかもしれないが、建物まではなぁ」
言われてみればその通りで、二階建ての建物が多く、そのデザインも武骨で似かよったものばかりだ。
そして目的地に着いたら最初に訪れる場所はギルドである。護衛依頼の完了手続きを済ませると、元護衛たちは依頼料を手に今晩の宿と酒を求めて散っていく。
「よかったら復路も護衛してくれると助かる。早けりゃ二週間後、どんなに遅くても一か月後には出発するからな」
オルソンが握手をしながら勧誘する。
「これから何を売って何を仕入れるんだ?」
「ここで売るのは王都の製品だな。オルターボットの職人が作らない、製造が手間だったり難しいものを仕入れて持ち込んだ。買い付けるのはこっちでしか取れない素材だ。向こうでは取れない素材を仕入れるのさ」
「あたしのとこは特にそうだよ」
ニヤリと笑って女商人が割って入る。
「うちは化粧品とか小間物を扱ってるからね───あぁ、アンタらには縁遠いのかな?ここにはあるんだよ───色街がね」
“なんだったら紹介してやるよ”などと好き勝手言うだけ言うと、女商人は馬に鞭を入れてあっという間に去っていった。
「あ、名前も聞いてなかった」
「なんじゃ紹介してもらうつもりだったのか」
「馬鹿言え」
軽口をたたきながら、俺たちは宿を求めて教えてもらった道を進んでいった。
「馬房にいれても、飼い葉も水も必要ないから」
「ブラシをかける必要もないぞ。それと寝藁も全部どけてくれ」
「ほんと何にもいらないのかい?」
馬屋番の小僧は俺たちの要求を、首をかしげて了承する。ゴーレム馬だからと告げても理解できないだろう。“楽だからいいけどさ”と小僧は馬の入っている馬房へ去っていく。
その晩は俺もバルボーザも宿で一息ついたが、翌日になると早速バルボーザは馬房にこもってメンテナンスを始めた。
サミィは朝食後から姿が見えない。恐らくいつもの周辺探索に忙しいのだろう。
「さて、と」
手持無沙汰となった俺は街をぶらつくことしか思いつかなかったので、手始めにギルドを覗きに行くことにした。
昨日の到着時にギルドの魔導書簡伝達器の確認をしたところ、まだオルターボットには設置されていなかった。
まさに最果ての地。
となると異国の地にいるであろうエステルとナスリーンが、帰国していても連絡は取れないことになる。
二人のことだから俺の足取りをたどることは容易だろうし、その気になればここまで押しかけてくることだって可能だ。
それはそれとしてギルドの掲示板は、討伐系と護衛系で占められていた。素材採取は討伐の副次的なものでしかない。
「魔物の素材ばかりで植物の素材採取の依頼はないのか。ん~?」
護衛系の依頼をよく読んでみると、【採取中の護衛】と書いてあるものが数件。これはひょっとして採取を任せられるものがいないので、薬師が護衛を雇って自ら出かけているのではなかろうか。
……どこぞの老婆を思い出してしまった。
討伐系は大きく分けて二種類。
通常の討伐依頼は素材も売れるので一石二鳥ともいえるが、そっちの方が目的だったりもする。
周辺地域の安全のための討伐依頼、いわゆる“街道巡回”は決められたルートの安全確保が目的だ。
魔物を討伐してもしなくても金を貰えるが微々たるもの。街道を移動しつつ、魔物を襲い襲われを繰り返しながら討伐証明を集め、それをギルドで換金する。
街道巡回の報酬を上げるには、魔物討伐の数にかかっている。しかし稀に現れる討伐困難な個体の場合、情報を持ち帰るだけでも報酬が発生する。もちろん虚偽情報はその限りではないし、厳罰に処されるケースだってある。
【護衛依頼】は特に説明する必要もないだろう。
目的地まで護衛対象を安全に導くこと。腕の良い信用のおける者へは指名が入るし、さらには専属契約を結んでいる者もいる。
オルターボットを起点とした行き先が違うだけである。
北にあるという石切り場から、さらに北上するルート。
西に大きく回り込んで南へ向かうルート。
東は元来た方向だ。リングラク村があり、大河の畔のキールケヴェン、さらに先には王都ラスタハールがある。
「南は……何も描かれていないな」
ギルドの壁には地図というのも烏滸がましいシロモノが掲示されていた。
「南はですねぇ、なーんもないんですよ」
暇を持て余していて俺にいろいろと解説してくれていた女性職員がそうのたまう。今までの解説は全て彼女によるものだ。
胸元に垂らした茶髪の三つ編みの先で指し示す彼女。
「南に三日も行くと沙漠にぶつかるんですよ。砂漠じゃないですよ、簡単に言うと植物もろくに生えない小石交じりの荒野ですかね。その沙漠をさらに一日進むと砂が混じり始めて、もう一日行くと皆さんがイメージする砂漠を拝めるって寸法です」
言葉とは裏腹に、表情は女性らしからぬ苦々しいものだった。
「なんでも火の精霊の力が強いけれども、下草も生えていた土地柄だったのが、砂の精霊に取って代わられたらしいんですよう。なんだってマイナーな砂の精霊に縄張り争いで負けますかねぇ───っておじいちゃん世代の頃にはもう砂漠になっていたらしいですけど」
どこかで似た話を聞いたな……
「砂漠か、久しく見ていないな」
少し気分が上がるのが自分でもわかる。
「観光でも行かない方がいいですよう。暑さだけじゃなく、砂漠の魔物はタチが悪いですからねぇ。オルターボットから南のギルギットでは被害が少なからず出ているらしいですよう」
「資料はないのか?」
「ギルドとして公開しているものはありますけど~、エルフのにいさん行く気ですか?」
小うるさい受付嬢へは適当に言葉を返し、俺は出させた資料をむさぼり読んだ。
「ちょっと砂漠へ行ってくる」
「お前さん、何を言い出すんじゃ」
その晩、ちょっと物見遊山にしゃれこもうと、バルボーザに伝えたらこの言いぐさである。
「サミィも来るか?」
“にゃう”
「ちょっとご無沙汰だったからな、砂の感触を確かめに行くだけだ」
しかしバルボーザには盛大な溜息で返されてしまう。
「そうじゃったな。お主、砂エルフじゃったな」
なぜ、こう諦観されているのだ。解せぬ。
「なんでもここから南にギルギットという街があるらしいのだが、真っ直ぐ砂漠越えだと二週間弱の距離らしい。にもかかわらず、使われているルートは西に大きく迂回してから南に向かうものだ。日程にして約一か月。倍以上かかる」
「それをお前さんがルート開拓しようってか?」
「そんな大した話じゃない。魔導書簡伝達器がまだ導入されてないみたいだし、書類サイズの配達なら需要もあるだろう。伝達器が来るまでだろうけどな」
「ルートがないってことはそれなりの理由があるもんじゃぞ。しっかり調べろ」
“みゃう、みゃう”
普段見かけないサミィのはしゃぎぶりをバルボーザはじっと見つめる。
「クレティエンヌの整備は済んでおる」
そう言い捨ててドワーフは、ごろりとベッドに横になった。
「あんたも来るとは思わなかったぞ」
「徒歩で五日じゃろう。馬でいけば半分で済むと考えればどうということはないわい」
朝市でざっと買い出しを済ませ、オルターボットを出発した俺たちであったが、門番たちが南へ向かう俺たちを訝しんだことは知らなかった。
そんなこととはつゆ知らず、最初の一日は誰かが通行しているであろう跡があったので、それを辿って南下していたのだが、二日目になるとその跡も怪しいものになる。
気付くと下草の量は激減し、さらに進むとここが沙漠なのだとわかった。そこは踏み固められたものとも違う硬い地面をしており、小石交じりのそれから草はほとんど生えていない。
しかし起伏も少ない見通しの良い地形なので、二頭連れ立ってひたすら南進すると次第に地面に砂が混じり始め、サミィの落ち着きがなくなっていく。
クレティエンヌの馬上をうろつくならまだしも、俺の身体をよじ登り、肩と頭に足をのせて彼方を見渡すのだ。
頭上で“ふんすふんす”と鼻息が荒い。分かったから少しは落ち着け。
そしてまだ硬い地面の上に、それなりの量の砂が覆いかぶさる程度ではあったが、一面が砂の景色になるとサミィは馬上から飛び降り、猛然と駆けだした。
「おうおう、元気じゃわい」
バルボーザも思わず相好を崩す。
「まだ砂漠とは言い難いな」
言い訳がましい?うるさい。
俺も鞍から飛び降りると、久しぶりの砂の感触を確かめながら手綱を牽いて歩き始める。
うん、細かい粒子の砂の感触だ。ここの砂は少し赤みがかっているな。少し先には低い砂丘も見え、砂漠にやってきた実感がわいてくる。
ふと手綱を握る右手を見ると、エルフの耳飾りの影響で肌が浅黒く変化していた。左手は──バルボーザが作ってくれた小手に似せた黒い義手。
“フン”
そうして二・三十分も歩いただろうか。
「この辺にしておこう」
バルボーザが手綱を牽いて歩を止めた。
「どうした」
「こいつらの歩き方がぎこちなくてな。砂地の歩き方を学習させにゃ、駆動部分に余計な負荷がかかる」
「学習させたらどうだ」
途端にドワーフの表情が渋くなる。
「お手本がいりゃあ手っ取り早いが、そんなもんおらんじゃろうし、トライアンドエラーでやらせようものなら時間がかかって仕方ないわい」
「サミィはどうだ」
「馬と猫じゃ骨格も歩き方も違うわい」
即座に手振り付きで否定される。
それでも一服するには良い頃合いだったので、(既製品の)じゅうたんを敷き天幕で日差しを遮ると、コーヒーを淹れ始める。
バルボーザも天幕の下にヴァロを引き入れると、関節の具合を確認し始めた。
「入ったぞ」
「置いておいてくれ」
バルボーザの分のコーヒーも淹れ、木皿に干しデーツを添える。
これがなくては。
天幕で日差しは遮っても、熱い風が肌を撫でる。
こうじゃなくちゃ。
風が砂丘を少しずつ変化させる。
コーヒーの苦みとデーツの甘みを交互に味わう。
「ふう」
点検を終えたバルボーザがコーヒーを一口あおり、干しデーツを一つ口に放り込む。
「ゴーレムは砂漠には向かんな。たったあれだけの時間で、もう関節に砂が混じっとる。何かしらの措置を講じるまでは砂漠では使わんほうがいいわい」
「そうか……王都で乗っていたリディみたいな、砂漠に特化した生き物がいれば便利なんだが……いなさそうだなぁ」
「馬は砂漠には不向きだからのう」
ゆっくりとカップを傾けていたが、中身を飲み干してもサミィが帰ってこない。
「どこまでいったんだ」
「あそこ、砂柱が立っていないか?」
バルボーザが指さす方向を見ると、たしかにそれらしきものが見える。
「なにかと戦っているのか?」
「遊んでいる風には見えんのう」
揃って近づいてみようとするが、ドワーフの歩みが砂に足を取られて遅いので仕方なく先行する。
砂柱は頻繁に立っているわけではなく、サミィも警戒しながら移動しようとしているらしい。
よく見るとサミィの周囲の砂が動いているのが分かる。いや、砂の下を何かが移動しているようだ。
それも一つや二つではない。
“ヴィリューク、てつだって!”
こちらに気付いたサミィから念話が飛ぶのと同時に、周囲から何かがサミィへ飛びかかる。
「でかい!こいつら、サンドフィッシュか!」
サミィを一飲みできそうな大口を開けて飛びかかるそれは、フィッシュとは言うが砂を泳ぐトカゲのことである。
しかし大きい。サミィの倍以上はある。
俺が知るサンドフィッシュは手のひら大のスナネコの主食である。しかしこのサンドフィッシュの開いた口は、サミィを一飲みできるほど大きく開いており、捕食の立場が逆転していると言えよう。
連続して飛びかかるそれらを、辛くも避け続けるサミィ。
避けられても口を閉じると鋭い鼻先が砂地に刺さり、サンドフィッシュはその勢いのまま砂に潜行して次の攻撃に移行するのだ。
連続して襲い掛かられ、反撃ができないサミィ。
だが攻撃の連鎖に乗り切れないサンドフィッシュに目敏く気付くと、サミィはその鋭く素早い爪で、その滑らかな鱗を切り裂いた。
流れが変わる。
今まで連続で攻撃してきたサンドフィッシュが砂の中に潜む。
囲まれた。
サンドフィッシュは砂の中で暑さをしのげるが、サミィはそうはいかない。サミィも穴を掘って太陽から隠れなければ、仕舞にはじりじりとその身を焦がすだろう。
もちろんサンドフィッシュはその隙を逃さないだろうし、不用意に逃走を図ろうものなら、砂中から襲われることは必至である。
そこへ砂漠ではまず見ない大きさのものが宙を飛んだ。
“どぷん”
“じゅううぅぅぅぅ”
希少な水が大きな球を形成し砂地に接触すると、水蒸気を上げて浸み込んでいった。
すると砂の熱で蒸発しきれず、熱湯となって浸みた砂地から、サンドフィッシュが這い出てくるではないか。
もう先程の機敏な動きはない。
まずは一匹、首元に噛みつき致命の一撃を入れるサミィ。すかさず彼女の爪が次々と切り裂く。
地の利であったはずの砂が足枷となったサンドフィッシュ。乾いた砂地に逃げられたのは片手で数える程度であった。
「なんじゃ、もう終わってしまったのか」
「俺も魔刀を振るってないぞ」
“にゃうにゃうぅぅ”
サイズは違えども砂漠の獲物に、サミィの興奮が収まらない。
「しかし、でかいな」
尻尾を握って持ち上げると、その異常なサイズが理解できる。サミィもよくぞ無事だったものだ。
しかしこっちの砂漠と向こうの砂漠で、なぜこうもサイズが違うのだろうか。環境の差というには、どちらも砂漠であるのだが……強いて言えばこちらの方が魔力が潤っているくらいか。
それはさておき。
「さあ獲物を回収して戻ろうじゃないか」
サミィは獲物を引きずって俺の下に運び、バルボーザも獲物を両手にやってくる。
ああ君たち、これらを俺の付与ポーチに入れろと。まあ、エステル謹製のポーチだから簡単には汚れやしないのだが。
ぼやきも飲み込み、俺たちが連れ立って天幕に戻ると、そこには砂漠の珍客が待ち構えていた。
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