新生活の始まり
隊商はリングラク村からの討伐に巻き込まれてしまった。
巻き込まれたとは言っても、移動中に街道上で彼らがオークとやり合っている場面に遭遇したのだ。
そうすると今回の討伐目標である灰色オークが逃亡を図り、よりにもよって隊商側へ逃走。混乱を狙ったのであろうが、被害が出る前に討伐することができた。
「いろいろと追及しなかったがよかったのか?」
馬上でオルソンに問いかける。
「あぁ、あれこれ言っても始まらん。彼らに不満をぶつけても銅貨一枚にもなりゃせんよ。セウィムが腰を据える村でもあるし角を立てたくない。この場合は村長相手に事実を淡々と告げるに限る」
“新入りは始めが肝心”とオルソン。例えそれが村側が呼び寄せた相手であっても、とのこと。
護衛が彼らの商売に首を突っ込むものじゃあない。友人の行く末が気になっただけなのだ。
午後も過ぎ日が傾き始めたころ、当初の目的地の一つリングラク村に到着した
「待ってたぞ、オルソン!」
中年太りをした普人男性がオルソンの肩を抱いて歓迎してくる。
「景気がよさそうだな、村長」
「おうよ、作物の出来もいいし、狩りや駆除に行く連中も怪我はないし、おまけにヤツの退治で一肌脱いでくれたんだってな」
「討伐証明は取ってきたが、アンタのとこの若い者が死体を運ぶって息巻いていたぞ。そんなに被害甚大だったのか?」
村長はオルソンと肩を組んだまま歩き始める。自宅で腰を据えて話し込む気なのだろう。
「奴に何年被害を受けたことか───っとと、鍛冶師はどいつだ。これからのことについて軽く話しておきたい」
「おう、それについて俺からも話がある。セウィム来てくれ。マリー、お前もだ。それと鍛冶屋の荷物は何処へ運べばいい?」
不安げな佇まいのマリーの手を取り、セウィムはしっかり“はい”と返事をして後を追う。
「誰か馬車を鍛冶屋まで案内してやってくれ」
その様子に村長は何かを察したようであったが、言及することはなかった。
村に付いた当日の楽しみは食事だ。
移動中の当たりはずれの大きい炊事当番が作る食事ではなく(自身で作ってもお察しである)、ヒトが食べるに値するちゃんとした食事だ。そしてこれくらいの規模の村であれば穀物の収穫に余裕があるので、酒好きは村の地エールに期待が膨らむのだ。
いつもならば仲間内で食事と酒を酌み交わすささやかな宴会のはずが、村から老若男女総出で宴会の準備に加わり始める。
はて、彼らが加わるであろう思い当たる慶事といったら、待望の鍛冶師が到着したことくらい。あとは厄介者の魔物の討伐が成ったことか。
そして村長に連れていかれた三人が戻ってこない。
村の女たちが彩り豊かな食事を作り終える頃、村民総出と思しき人数が村の広場に集まった。
村長がお立ち台に上がり咳ばらいを一つ。
ざわめきが少しずつ収まるところへ、子供の“いてっ”という悲鳴を最後に場は静まった。
子供がごちそうに手を伸ばしたところを母親に見つかったのだ。つねられた手の甲を子供が撫で擦っている。
「みんな集まってくれてありがとう。今日はめでたいことがあったので、急遽祝いの席を設けることになった。キャラバンが鍛冶師を連れてきてくれた!」
「「「おおお!」」」
歓声と拍手が沸き起こるのを村長が手振りで鎮める。
「これで余所に頭を下げる必要もなくなった!うちの村で、自由に、鉄が使えるわけだ!紹介しよう、我がリングラク村の新しい仲間、鍛冶師のセウィムだ!」
村長の手招きにセウィムが壇上に上がると、一際大きな拍手で迎えられ、当人も照れ臭そうに手を上げてそれに応じていく。
“俺に剣を打ってくれ~”
“俺の槍が先だ~”
“あたしの鍋が先よ、でないとご飯作ってやンないわよ!”
当分セウィムは客に困らなさそうである。
「村の新しい仲間に、乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
村長の音頭に合わせ、村人たちがジョッキを打ち鳴らした。
ん?マリーはどうした?
隊商の商人たちは、ここぞと村人たちとコミュニケーションをとっているが、俺たち護衛はまちまちである。
食い気が旺盛な者、村人と酒を酌み交わし騒いでいる者。
俺は酒もほどほどに、バカ騒ぎをしている者たちをのんびり遠くから見守っていると、村の女衆が固まってやってくるのが見えた。
なにやら中心の誰かを隠すようにして移動していると、女衆の一人がセウィムをちょいちょいと手招きしている。
「ちゅうもーく!」
村長の言葉に騒ぎ声が沈静化していく。
「実はもう一人、村に加わる者がいる。当初の予定ではセウィム一人が加わる予定だったが、なんとこいつ嫁も連れてきやがった!紹介しよう、新婦のマリーだ!」
掛け声を合図に女衆が、背に隠していたもう一人の主役をお披露目した。
「「「きゃぁぁぁ!」」」
「「「ぎゃあああ!」」」
黄色い歓声と絶望に塗れた怒号が響き渡る。
「きれいよ~」
「新入りに先越された~」
「かーわいい~」
「俺の嫁は何処だぁ」
マリーはこのために宴会に遅れたのだろう。
身体にまとわりついた旅の埃は清められ、髪は洗髪後香油が馴染ませられ艶めいている。衣装は村の誰かのものを借りたのだろう。それでも寸足らずではないし、変な余裕もなくサイズは丁度良いようだ。
そこへ村長に背を押されたセウィムがマリーの手を取っていく。
「───」
新郎が何か彼女の耳元でささやくと、新婦はさらに頬を染める。
「「「HYUUUUUU」」」
新入りの歓迎会は結婚披露宴となり、宴はさらに盛り上がると、それは夜遅くまで続いた。
もちろん新郎新婦が早々に退場したことは言うまでもない。
翌日の午後一に男手が集められた。
朝一ではない理由は言わずもがな。二日酔いで役立たずが出ることを見込んでの集合時間である。
その甲斐あってか荷物の搬入から始まり、大物の家具や重量のある道具の設置や移動もあっという間に終了し、男たちは早々に自分たちの仕事に戻っていったのである。
「つまらないことで喧嘩するんじゃないよ。夫婦になったんだからね。男なんて手の上で転がしてやんな」
なにやら女商人がマリーに心得を説いている向こうでは、バルボーザがセウィムの手伝いをして鍜治場を整えている。
尤もそこはセウィムの城であるので、最終調整はセウィムが行うであろう。
手伝いもそこそこに、取引の関係上リングラク村での滞在は二日間に及んだ。
護衛たちは道中における昼夜逆転の疲労を癒し(食っちゃ寝していただけともいう)、場合によっては商売道具の手入れをするものもいた。
新たに鍛冶屋のセウィムがリングラク村に腰を据えたとはいえ、護衛稼業を生業にしているならば自身で出来る手入れは己で済まし余計な出費を防ぐのだ。
それでも幾人かの護衛たちは、新装開店祝いとして自身の武器の手入れを依頼。
俺はといえば───
「……まめに手入れをしていたせいで、依頼するものがない」
ほんとうに申し訳ない。
出発の朝、隊商は二つに分けられた。
一つは開拓最前線のオルターボットへ向かう隊。俺たちはこちらだ。
もう一つは来た道を逆戻りする隊である。
護衛も均等割りするのではなく、オルターボットへ向かう隊商の方に人員を割いている。
キールケヴェン方面へ戻る馬車群の中には、セウィムの引っ越し荷物を載せてきた馬車がいるのは、別にトラブルがあったわけでは無く、初めからここで戻る予定だったのだ。
「こちら方面に寄ることがあったら、顔を見せてください」
「姐さん、お世話になりました」
セウィムとマリーが別れを惜しんでくれる。
「あんたもオルターボットまで行くのか」
「なに言っているんだい?あたしの客は向こうにいるんだよ」
女商人は弓を手にして当然とばかりに返事をする。
「出発するぞ!」
オルソンの合図に動き出すとしばらく同じ道を進んでいた馬車群であったが、分かれ道に差し掛かると後ろを走っていた数台が元来た道を戻っていく。
それぞれ最後尾の馬車に座っていた者たちは手を振り、別れを惜しんでいたがお互いの姿が見えなくなるのはあっという間であった。
「警戒していくぞ」
今までにない表情で、オルソンはその場を引き締めた。
馬車に乗っているヒト達の疲労度はさほど上がらないが、それらを牽いている馬たちの疲労は着実に蓄積していく。
休憩時に桶を水で満たしてやれば水分補給するのだが、飼葉を用意してやっても少量食むばかりで落ち着きがない。
「こりゃあ遠間から見られているか」
「恐らくな」
リングラク村を出発して半日、馬たちの様子がおかしい。
「村から半日の距離でお出ましとか、この近辺は駆除してるんじゃなかったのか?」
「多分村の連中は臭いを覚えられて避けられているんだろう。となるとゴブリンとか魔物の類じゃなくて、鼻の利く肉食の獣……の可能性が高い」
「狼とかが様子を伺っているなら縄張りを外れりゃ諦めるだろうが、それ以上の大物なら敵わないことを教えてやらん限り、いつか襲ってくるぞ」
あれこれ意見は出たが、そうはいってもこちらから出向くわけにもいかない。結局のところ相手の出方待ちになった。
相手の出方を待つと言ったが、本当にその夜は寝ずの番で待つ羽目になってしまった。
とはいえそれは俺一人で、他の護衛はちゃんと仮眠をとっている。
なので朝食もそこそこに、俺は馬車内で壁に寄りかかって微睡んでいる。
クレティエンヌの手綱はバルボーザに預けているので問題ないのだが、サミィがクレティエンヌの定位置ではなく、胡坐をかいた俺の足の間で丸まって寝ている姿はすっかりイエネコだ。
身じろぎしたら起こしてしまうので寝に入れないなとウトウトしていたのだが、仲間の掛け声に一気に覚醒。
意外と寝入っていたようである。
サミィは胡坐から飛び出し、身体に血が駆け巡るのを感じながら俺もそれに続く。
何事だと勇んで飛び出してみれば……ただのゴブリンだった。
結構な頭数の襲撃だったが、こちらは手間取りながらも守られている商人や馬、守っている護衛たちも狼狽えることなく対峙している。
「なんだってこいつら強気なんだ」
飛びかかってきた敵を一刀のもとに切り伏せ声を上げる。
「こっちが聞きてぇよ!」
そばにいた護衛が律儀に答えるその先に、ゴブリンの強気の理由が姿を現した。
“GYAAAAAA”
今戦っている個体より二回り大きい奴が二体。だが顔つきがまんまゴブリンであるところを見ると、こいつらを統率してきた上位個体なのであろう。
「面倒くさいのがいるのう」
「全くだ」
バルボーザと共にぼやいたが、一体ずつ切り伏せた。
難敵でもないし何も問題はない。“後始末が”面倒だとぼやいただけなのだ。
その後も粛々と雑魚共を倒したのだが、終わってみれば大量の死体を放置することもできない。穴を掘って埋められる量でもないので、薪を集めて燃やして処理。手間がかかるが仕方ない。
一体二体であれば街道脇の藪の奥に放り投げるのだが、どこぞの物語のように、生命活動を停止したら魔石を残して消えてくれたら楽なのにと常々思う。
後片付けも終わり再出発すると、馬たちも落ち着きを取り戻していた。
馬たちも俺たちに守られて安心したのかと周囲を伺うと、先程まで感じていた気配がない。
様子を伺っていた敵が去っていったからなのか、なんにせよ良いことである。
翌日オルソンが、警戒を促していた理由が分かった。
前の晩の当直で生物の気配が濃いことは実感しており、様子を伺う気配に対してこちらも気付いているぞと気を飛ばしていたので、襲撃はなかった。
街道を進んでいても藪の中で息をひそめる獣の類はかわいい方で、はぐれゴブリンが藪から顔半分出してこちらを伺っていたのには呆れてしまった。
それで隠れているつもりなのだろうが、ばっちり目が合うと慌てて逃げ去っていった。
こちらが警戒している事を察してなのか、あれから襲撃はない。
それでも熊が飛び出してきて隊商の前を横切ったこともあったし、幌馬車とほぼ同サイズの大鹿が馬車の列の最後尾をのっそりとついてきたのには驚いた。
興奮させようものなら、その大角で荷馬車程度宙に放り投げられるだろう。
最後尾の馬車の者は生きた心地がしなかっただろうが、しばらくすると街道を逸れて森の中に入って去っていった。
途中いくつもの廃村で夜を明かした。
風雨にさらされて壊れた家もあれば、何かしら外的要因で破壊された家屋もあった。とにかく何時どの段階で放棄されたかもしれない村々。
村人たちも何処へ住処を移したのだろう───
「そりゃオルターボットに集まったんだよ」
「は?」
「リングラク村の先にあるのはオルターボットだけだ。俺のじいさんの代にはいくつか村があったらしいが、作物の実り具合だとか魔物の被害とかで、村人の移住も珍しくなかったとかでな。そんな中、最前線の開拓村であったオルターボットだけが無事だったらしい。そしたら~人が集まって~でっかくなった」
解説していたオルソンだったが、面倒になって適当な締めで終わらせやがる。
「そういえば賊の類はいないな」
「この街道沿いはいないぞ。魔物の類が多すぎて、根城なんか作る暇もなけりゃ、俺たちを襲って積み荷を強奪しても捌く場所はオルターボットだ。盗品と分かろうものなら即狩られる」
なんとも取り締まりに熱心である。
「それが原因で俺たちが行かなくなったら、王都方面の商品が入ってこなくなるだろ」
“見えてきたぞー”
小高い丘のてっぺんに辿り着いた、先頭の馬車から声が上がる。
「ほう」
鞍上から視界に入ったものは、分厚い石の壁に囲われた城塞都市オルターボットの姿であった。
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