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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
砂エルフ、旅情篇
181/196

小銭の山と名付き退治






その日のバルボーザは大忙しだった。


村の女たちが大挙して押し寄せてきたのだ。理由は言わずもがな、鏡の研磨である。


間違いなく村中の鏡が持ち込まれただろう。


女たちの圧に()しものバルボーザも及び腰になり、女商人が仲介を買って出て漸く事態が回り始める。


事は鏡の研磨にとどまらず、刃物金物の相談も襲来。


大したことのない内容でも手が足りない。


当然セウィムは手伝いに狩り出され、一緒にいたマリーまで女商人の手伝いをする羽目に。


日が暮れる頃には、小銭の山と野菜等の現物支払いの山が出来上がった。


「当分釣銭不足に悩まずに済むわぁ……」


女商人のボヤキが、その日の状況を物語っていたのであった。




都合三日の滞在を経て隊商は出発し、商品も減ったり増えたりしながら次の村を目指す。


隊商は整備されているとは言い難い道を進む。切り拓かれてからまともな整備などされてはいないだろう。


繰り返し馬車が行き来しているお陰で踏み固められ、雑草も道の脇に少し生える程度である。


それは一種の獣道とも言えよう。商人(ヒト)という獣の群れが行き来して出来た道だ。


次の村では特段何が起きることもなく到着し、いつものように商売が行われ出発。


どうということはない。


しかし出発してからセウィムは同じ言葉を繰り返していた。


「はあ、ドキドキする」


なぜなら次の村がセウィムの目的地だからだ。


「オルソンさん、どんな村なんでしたっけ」


「そこそこ発展している村だ。開拓もひと段落して、今じゃ輪作もうまく回せている。ただ獣や魔物が近隣の森から出張ってきて、その対策に苦労している村だ」


その村、リングラク村はご多分に漏れず、農業だけでなくそれらを守るために人手を割いている村であった。




そんなセウィムの気持ちなどお構いなしに、隊商はトラブルもなく進んでいくのだが───


日も暮れてその日のキャンプ地にて、馬車の点検からの夕飯後、いつもなら夜の見張り当番を決めると他の者や商人たちはそそくさと就寝するはずが、彼らは自身の馬車を漁り始める。


商人たちが引っ張り出したのは、武器や防具であった。


短剣や木の盾はかわいい方で、短槍を手に素振りをする者、弓に弦を張りなおす者、そういった用意のない者は手ごろな薪を持ちやすいように削り、滑り止めの革ひもを巻く念の入れようだ。


何事かと見入っていると、オルソンが説明してくれる。


「この辺りから魔物の類が増えるんだ。これまでの道中だと、俺たちの人数にびびって様子を伺う程度だった奴らが、この辺りからはお構いなしに襲ってきやがる」


「だからといってアンタたちまで矢面に立つ必要はないだろう」


「ははっ、護衛のあんたたちを頼りにしてるぜ。俺たちが武器構えて睨みつけるだけでも、奴らの足止めにはなるから、その隙に、な?」


つまり俺たち護衛が駆けつけるまでの時間稼ぎが目的らしい。短剣盾持ちの商人が素振りをしているが、剣で足を切りそうで見てられない。あれならば盾ごと体当たりした方が、効果があるだろう。


「そういうオルソンは様になってるな」


「おっ、そうか?」


オルソンは護衛たちと同じく、腰に長剣を佩いている。剣の重さに傾ぐことなく、キャラバンの隊長ではなく護衛隊の隊長と名乗られても頷いてしまう佇まいだ。


“はっ”と気合を入れて長剣を抜いて振りかぶり切り下して見せるが……前言撤回、見た目ばかりでゴブリン相手程度にしておいてほしい。




翌朝出発してしばらくは、武器を手元に緊張した面持ちの商人たちだったが、昼を過ぎる頃には荷台に放り込まれて元に戻ってしまっていた。


一応手の届く距離ではあるが、咄嗟に手を伸ばすには遠すぎる。


それであれば荒事はこちらに任せて、慣れない武器で怪我などしないでほしい。


その日の晩から見張りを増やすことになった。つまり人数の関係から三交代が二交代となる。


焚火を前にして、なぜこの辺りから魔物の類が増えるのか考えてみるのだが、一番可能性が高いのは魔力の濃さだろう。


いつぞやナスリーンから聞いたことがあるのだが、ばあさまが居る俺の実家の村、クァーシャライ村を1とするなら、王都ラスタハールは0・7から0.8、港町シャーラルは0・8から0・9くらい。


そして王都と港町の間にある砂漠はどうか。合成精霊の被害から、結構な年数が経過し回復しているとはいえ、精々0・5とか0・6程度なのだ。


それを踏まえてここはどうか。


ナスリーンから聞いた情報は、国立緑化研究所が何らかの方法で計測した数値なのだろう。そうなると俺の感覚で推し量るしか方法はない。


……砂漠や王都より濃いのは確かだ。倍近くはあるのだろうか?


考えながら周囲の魔力を感じ取っていると、気配を感じるより先に魔力の揺らぎを二つ三つ感じてしまった。


足元の石を拾い、それ目掛けて全力投擲。ちなみに身体強化まではかけていない。


しかし───


“キャイーン”


鳴き声と草をかき分けその場を立ち去る音。


「「「おおお」」」


一緒の夜番の護衛たちからどよめきが上がった。


「ふう」


水を差されたその晩は、もうあれこれ考えることをやめた。




今回の野営地はリングラク村まであと半日といった距離だったらしい。つまり今日はのんびり馬車を走らせても、夕方には村に着くとのこと。


しかし心なしか歩みが早いのは、目的地が近いからだけではないようだ。よく見ると誰しも昨日ほどだらけてはいない。


つまりは魔物を警戒している(そういうことだ)


“ビーン”


馬車の音に交じって弓弦を爪弾く音が聞こえる。


俺の横を走る馬車の馭者台からだ。


例の女商人の手元には、使い込まれた弓と矢筒があった。胸元にはチェストガード。実際射た時に弓弦が当たったであろう跡がいくつもあり、結構年季が入っている。


「気が向いたときに、鳥とか兎とか狩るのさ」


こちらの視線に言い訳してくる女商人だったが、別に咎めているわけじゃあない。


「飛び道具は少ないから頼りにしている」


「女の弓に威力を期待するんじゃあないよ」


「そこは急所を狙ってくれ」


俺の返しに“ははっ”と笑う。


「じゃあ、うまく当たるように祈っておくれ」




ふと何か聞こえた気がしたが、馬車の音でかき消されてしまった。


気のせいにするには違和感があったので、鐙の上で立ち上がり周囲を見渡し、耳を(そばだ)てる。


俺の振る舞いに、他の者たちも周囲を警戒し始めると、前を走る先頭の馬車から声が上がった。


「魔物と戦っている奴らがいるぞ!」

「止まれ、止まれーっ!」

「周囲警戒!」


矢継ぎ早に指示が出される。


馬車に乗っていた護衛たちは飛び降り、武器を手に周囲を警戒し、女商人を見ると矢をつがえており、あの佇まいは速射も期待できそうだ。


「様子を見てくる」


俺は返事を待たず、鐙でクレティエンヌに合図を出して駆けだした。




そこは魔物とヒトとの乱戦であった。相手は……ゴブリンがゴロゴロいてオークが三頭、……一頭、毛色が違うやつがいるな。


戦力はヒト優勢であったが、一目見て頭数のお陰で辻褄が合っているだけと分かる。ベテラン勢が人数合わせの素人のフォローに入っているお陰で何とかなっているのだ。


作戦は“いのち大事に“といったところか、へっぴり腰の素人が組となってゴブリンを相手にしている。その間にベテランたちがゴブリンの数を減らしているのだが、三頭いるオークが手に余っているとみた。


「助太刀するぞ!」


大声で宣言しクレティエンヌを突っ込ませると、ゴブリンどもをクレティエンヌの蹄に引っ掛けさせ、俺は馬上で魔刀を振るう。


これしきクレティエンヌの奥の手を出させるまでもない。


駆け出しという名の素人に気を配る必要がなくなったからか、ベテラン勢の動きがすこぶるよくなると、オーク二頭はあっという間に傷だらけになった。


それに対し毛色の違うオーク(通常深緑の肌なのにそいつは灰色がかった緑だ)は、ベテラン勢の攻撃をものともしない。


しかも周りを伺う余裕すらある。


次の瞬間、手に持った棍棒を大振りしてベテランたちをけん制したかと思うと、さらには棍棒を一番近いベテランに投げつけ逃げ出した。


今まさに援護をしようとしたタイミングでだ。


囮にされたオーク二匹も、知ってか知らずか追従して逃亡を図るが、ベテラン探索者に阻まれてしまうが───


「くそっ」

「あいつを逃がすな!」

「くそオーク、邪魔だっ」


阻まれているのはヒト側も同様だった。


そして馬上の俺も同様で、クレティエンヌの足元には彼女の蹄から逃れようと、ゴブリンどもが右往左往していた。


「くっそ」


あの毛色の違うオークを逃がしてならないのは雰囲気から明らかだ。


武器を納める暇も惜しく、逆手に手綱と一緒に握りしめ、馬首をそちらへ巡らせた。


慌てている理由、それは件のオークがキャラバン側へ逃亡を図ったからだ。


回り込もうにも距離がありすぎる。攻撃して足を鈍らせようにも、そんな魔法も武器も用意がない。


それでも一息に駆けさせると、身体が加速で持っていかれそうになるが、鐙を踏みしめ前傾姿勢で耐える。


よし。引き離されてはいない。


“水槍”


クレティエンヌの速度と身体の捻転・背筋・上腕・前腕を連動させ投擲。


広い背中に当たり、オークの背から血が吹きだすが速度は緩まない。


馬上という高さもあり、キャラバンの先頭ではバルボーザが大刀振りかざし待ち構えているのが見える。


こんな時にスネアの一つでも使えれば。水に特化した身としては、精霊魔法は不得手なのだ。


水を鞭にして足を絡めるか。いや、重量差がありすぎて効果が期待できない。


ならば───


付与ポーチから取り出すのは量産品の投槍と投槍器(アトラトル)


一般的にはスピアスロウアーと呼ばれるそれは、ご存じ昔から使用している、とっておきのマジックアイテムだ。


もう距離がない。素早くつがえると、狙うはオークの膝裏。


以前から投擲には自信のあるこの俺が、このアトラトルを使うのだ。当たらぬはずがない。


投げた瞬間、先頭の馬車の馭者の顔が引きつるのが見え、バルボーザの視線を一瞬感じ、女商人が射線を確保して矢を放つのが見えた。


事は一瞬。


オークが顔を片手で覆い、少し怯んだが速度は変わらない。


だがそこへ投槍(ジャベリン)が膝裏に突き立ち体勢が崩れる。


そしてバルボーザの眼前にオークの頭が降りてくると───


待ち構えていた大刀が振り下ろされ、オークの頭蓋をかち割った。




絶命しても勢いは止まらぬオークであったが、バルボーザは半身になって飛び退り危なげなく回避する。


「大丈夫か」


分かっていても確認せざるを得ない。


「気を逸らしてくれたから楽だったわい」


大刀の切っ先で指し示したオークの左目に一本の矢が刺さっていた。


“どんなもんよ”と得意げな顔の女商人がみえたので、“流石だ”と褒めると笑顔を返してきた。


「で~、向こうはどうなっているの?」


女商人の疑問はもっともだ。


「大物はこいつで一区切りだから、雑魚共の掃討戦といったところだろう。こちらが足止めを食っているのは分かっているだろうから、そのうち誰か挨拶に来るんじゃあないか?」


「とはいえタイミングが悪かったなぁ」


どういうことだ?とオークを突いているオルソンに視線を向けると解説してくれるらしい。


「察するにこの毛色の違うオークは、長生きしてきた名前付き個体って奴だろう。逃がしたくなかった個体であることに間違いない。そいつの逃亡を許しただけじゃなく、街道沿い、しかも通りがかったキャラバンに被害が出てもおかしくないところを、隊商(キャラバン)の護衛が討伐」


被害がなかったのだから、何の問題が?と俺とバルボーザは顔を見合わせた。


それに対してオルソンは、両腕を広げ“お前ら分かっていない”とばかりに首を振る。


「今回の旅、滅茶苦茶楽というかトラブルが起きていないんだよ。夜とかこんなに安眠できる旅、今まで経験したことないわ!あんたたちどっちかが見張り当番の時に起こされる事は皆無だし、昼間だって一遍も襲われてないわ」


「押し買いは───」


「あんなん例外」


一蹴されてしまう。


「このオークだって、アンタらが居なくとも対処できる護衛(メンツ)を揃えているけど、アンタらが呆気なく対処しちまうもんだから、護衛(こいつら)の出番ねぇよ」


「「「楽させてもらってまー」」」


声を揃える護衛(ごくつぶし)ども。


「支払い減らずぞ!」


“殺生な~”


オルソンが本気でないことを分かっていて、護衛たちもおどけた声を出してくる。


“おーい”


「ようやっとお出ましか」


いかにもベテランといった風采の男が、供を連れてこちらに駆けてくるのが見える。


「すまねぇ。一匹逃しちまったが、倒してくれて助かった」


「通りがかったのがウチのキャラバンでよかったな。アンタらリングラク村から出張ってきたのか?」


「おうよ。この灰色オークが目撃されたってんで、ヒトかき集めてきたのはいいが、追い込みに失敗したら街道に出しちまってなぁ。これから後始末が大変だ」


なんでもこの灰色オークは悪知恵が働いたらしく、畑の作物を掠め取るのはしょっちゅうで、くくり罠を設置しても木の枝を使ったりして誤動作を起こさせたり、時にはどこからか仲間を集めて群れを率いてくる。


その群れもある程度はリーダーシップを発揮するのだが、分が悪い時には平気で群れを囮にして自分は逃げ出し生き延びてきた。


そういったこともあり、ここ七・八年リングラク村を中心とした周辺の村では、畑の被害の五割以上がこいつが原因と推測されている。


「周辺の村で出し合った賞金目当てに、開拓最前線の村(オルターボット)からたまに探索者が来てたりはしてたけど。はぁ~、俺たちの村で賞金独り占めのはずだったんだがな。あ~あ、それもアンタたちのモノだ。首落として村まで持っていけば、村長が討伐証明を出してくれるし、賞金はオルターボットに預けてあるから、向こうで換金すりゃあいい」


どうやら彼らからすれば、今後この灰色オークの被害に頭を悩ませずに済むことが重要で、賞金は二の次らしい。


“後始末せにゃならんから俺はこれで”と男は去っていったが、彼にオルソンは一言物申さなかった。先程あれこれと言っていたにも拘わらずにだ。


「賞金首を持ってリングラクの村長と交渉するさ」


「……セウィムの村にもなるんだから程々にな」


「そうだった!しっかりと恩に着せてやらんとなぁ、ははっ!」


つまりはそういう事だからなのだろう。


セウィムとマリーの目的地であるリングラク村は目と鼻の先だ。







you tubeで銅鏡磨きで検索すると、ピカピカの奴が出てきますね。

ドワーフが本気になるとこうなるに違いありません。


いい加減砂漠ネタが出したいのですが、砂エルフがそこまで到達するにはもう少し時間がかかりそうです。


イイねボタン、一言、ブクマ、よろしくお願いいたします。


お読みいただきありがとうございました。







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