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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
砂エルフ、旅情篇
180/195

実演(たとえ意図してなくとも)

前回はお騒がせしました。

今回はエラーが出ることもなく無事更新です。






“ガツッ”


デニスの頭が殴られて大きな音を立てる。


「バカ息子が本当にすみません」


村長が頭を下げている横で、デニスはうずくまって痛みに耐えている。


「頻繁に来られないので、お客のためにも商品をそれなりに(・・・・・)用意をしては居りますが、ああいった行為(押し買い)を取られますと──」


「分かっている。アンタたちの販路から外されてしまうと、うちの村も立ち行かなくなる。いつまでもガキ大将程度の責任感のこいつが悪い【パンッ】。勝手をすれば村の皆にも迷惑がかかるし【パンッ】、行商人ならまだしも、キャラバン相手にやる行為じゃない【パンッ】」


村長、容赦なくデニスの頭をひっぱたく。


「行商人相手でも、後払いの押し買いは止めてほしいですな」


「まったくもってその通り【パンッ】黙ってないでお前も詫びないか【パンッ】」


「ポンポン叩くんじゃn【パンッ】ちょ、まっ」


首根っこを掴まれたデニス、逃げることもできずいいように叩かれる。


「悪かった。これからは予め筋を通しておくから「儂にではなくオルソンさんに謝らんか」オルソン、すまねぇ」


商談が始められたのは、デニスの公開謝罪が終わってからであった。


それでも村長とオルソンによる、村と隊商間の商談は熱いものとなった。村長の交渉は百戦錬磨と言った様相で、デニスのやらかし込みで見てもお互いに損のない取引となったのである。




★☆★☆




朝目が覚めるとバルボーザは洗面道具を片手に、ゴーレムロバのヴァロを伴い井戸までやってきた。


いつもならば簡単に済ませてしまう髭の手入れ(と洗顔)であったが、村に到着した今朝はしっかりと行うつもりなのだ。


小袋から木の実を二つ取り出し、水を含ませ両手でこすると次第に泡立ってくるので、ある程度の量になるとその都度髭に塗布してしっかり洗い、濯ぎにも余念がない。


ドワーフともなると結構な髭の量になるので、旅の朝にここまで手間はかけられない。それでも手間をかければ清潔になるし、清潔になれば気持ちが良いものだ。


次は湿った髭を乾かす。


布で拭き取って乾かすには限度があるので、ここはヴァロに備え付けた道具の出番である。


収納魔法陣から出てきたのは、足踏み式のふいごと自立する漏斗のようなもの。その漏斗の注ぎ口は四角くなっている。


それらは蛇腹のホースでつながり、ふいご側にはなぜか魔法陣が刻まれている。


「出番だ、こい」


呼び出しに応じヴァロの心臓部から髭へ目掛け火箭が走る───が、バルボーザは火箭(サラマンダー)を手のひらで受け止めた。


「まったく……じゃれおってからに」


ぼやきながらサラマンダーをふいごの魔法陣に乗せると、火蜥蜴はするりと陣に潜る。


「さてと」


彼がふいごを踏みしめると、漏斗の注ぎ口から温風が逆流して出てくるではないか。


「ふふん♪」


バルボーザは温風を髭に当てながら、専用のブラシで整えていく。


首を傾げ、角度を変え、ゆっくり丁寧にブラシをあてがう。


温風のふいごも頻繁に踏む必要はなく、一踏みで大量の風を提供してくれるのだ。


いつもならば乾燥させて終了なのだが、時間に余裕のある今日は続きがある。しかし井戸端でやっているものだから周囲からの視線が集まる。


いや、既に水汲みにやってきた村の女性たちからは、好奇の眼で見られているのだ。


しかしバルボーザは構いもせず、取り出したのは青銅の円盤。さらにヴァロの背に合わせた台を据え、据えた台へ円盤をひっくり返してセット。


そこにはドワーフの髭面が映し出される。


そう、青銅鏡と鏡台だ。


ドワーフの手によって研磨された銅鏡が、映し出す姿は一線を画す。


女たちの目つきが変わるが、ドワーフはお構いなしだ。


取り出すのは櫛と鋏。


櫛削り、髭の先端を切り揃える。


その手つきは手慣れたものだ。なにせ年季が違う。


ものの数分で整え終わると、今度は陶器の小瓶を取り出した。


蓋を外し慎重に傾け指先に液体を数滴落とすと、素早く髭になじませること数回。


周囲に植物性の香気が広がる。そう、髪油ならぬ髭油である。


なじませた際に若干乱れた髭を、再度櫛削り整えるバルボーザ。


櫛を片手に顔を上下左右に傾け、仕上がりの確認に余念がないのだが動きが止まった。


手探りで鋏を掴むと、鏡像を頼りに顎元へ刃先が伸び───


“パチン”


数ミリ揃っていなかった一本が切り揃えられた。


「……よし」


どこからともなく溜息が漏れた。


しかしそれで終わりではない。




バルボーザ、今度は銅鏡を磨き始める。


手にしているのは布ではない。


手のひらより大きめの柔らかな革で、鏡面だけではなく素手で触れた場所は全てその革で磨き上げられ、傍目には分からぬ皮脂汚れを拭き取ることによって、錆を防ぐことを目的としている。


次は鋏だ。


鋏は二枚の刃が噛み合う一点で対象を切断する。


そう、刃と刃が噛み合うのだ。刃同士が当たることにより、目に見えぬ微細な刃こぼれが発生する。


となると手入れをしなくてはならないのだが、それに対して一々砥石を出すのは大げさであるので、ここでも出番となるのが先程の革だ。


銅鏡を磨いた革とは別の新たな一枚が取り出されると、表刃から裏刃へと特有の手つきで二度三度と拭かれたように見えた。


何の変哲もないその所作が、二枚の刃に対して行われることにより、微細な刃こぼれが解消される。


果たしてこれを“研ぎ”と称してよいものか。


しかしこれで切れ味が回復するのだから、これは紛れもなく研ぎなのであろう。


さらには全体を拭き上げ、これまた皮脂汚れをきれいにする。


鋏を閉じるときもひと手間かけるドワーフ。研いだ刃同士が接触しないように、力の向きを変えて閉じていく。


接触してはせっかく研いだ刃が台無しである。


そして櫛は───頻繁にあれこれ手を加える必要はない。汚れを拭き取り仕舞う。


たまに髭油を馴染ませればよい


この油、髭油というよりは応用の利く植物性油で、髭にも櫛にも髪にも、場合によっては肌の保湿にも利くだけ(・・)なのだ。




使った後は手入れをしてから収納。ドワーフは自身が決めたルーチンを頑なに守る。


銅鏡、櫛、鋏。


手入れをされ並べられた道具たちは、朝の日の光を浴びて輝いて見えた。


「きれー」


一人の少女の口から洩れる一言。


そこでやっとバルボーザは観衆の一人へ声をかけた。


「使ったものは手入れをして元の場所へ片付ける。それだけでも違うものじゃ」


「わたしもちゃんとするわ!」


少女は宣言すると水の入った桶を手に、三つ編みを揺らして去っていく。


声を出さずに首肯したドワーフが宣言通りに片付けを始めると、村の女たちは朝の貴重な時間を消費したことに気付き、散り散りになって自宅へ帰って行くのであった。


だが女たちは、ただ時間を消費したのではない。


ドワーフの使っている道具や所作は貴重な情報であった。自分を磨くために労力を費やすのは、女であれば自然なことである。


たとえそれが夫や子供の(朝食の)犠牲の上に成り立とうとも。




★☆★☆




村に到着するたびに、時間をかけてクレティエンヌの整備を行う。


本来であればここまで頻繁にする必要はないのだが、バルボーザがいる間に整備の腕を磨きたいからである。


そして今日も朝食後の手すきの時間に点検整備に勤しんでいるのだ。


「こんなところにいた!バルボーザさん、いったい朝に何やってたの?」


そこへ駈け込んできたのは、三淑女のうちの女商人だ。


「別に何も?」


「じゃあなんで髪油とか、よくわからない布の問い合わせが来るのよ!油はいいわよ、在庫があったし、おかげで在庫がいい具合にはけちゃったわ」


「そういえば今朝、髭の手入れをしたな」


朝起きて顔を洗って身支度するのはなにも不思議なことではない。


「髭も髪も同じ毛だしね。あんたのツヤツヤ真っ直ぐな髭を見たら、女どもも自分の髪に付けたら───とか思うわね。そのドワーフが使っていた道具に、村の女たちが目を付けたのよ。で、青銅鏡を拭いていたのは一体何だい?」


「別に秘密にするものでもないしのう……ほれ」


無造作に出されたものを女商人は手に取って検分すると───


「革か……随分と柔らかいね。なんだろう、触り覚えがあるんだけど」


「鹿の革だ」


「!!?!毛が無いと分からないものだね。鞣し方も違うんじゃないかい?」


「うむ。なんでも毛の処理をして少し削り、とある脂で鞣すそうだ。やり方は儂もよく知らん。けれども金属を扱うものとしては色々便利に使っているわい」


「服飾系なら目は利くんだけどね。細工系、しかもその道具となるとお手上げだわ。取り敢えずここでも鹿は獲れるし、そうなると職人に任せるに限るわね」


切っ掛けがあり、形から入ることは悪い話ではない。それが正しい形であるならば、ではあるが。




「あのう、ドワーフさん」


女商人とバルボーザの話を聞きながら手を動かしていたが、そこに新たな声が加わり思わず顔を上げてしまう。


村の女だ。しかも三人。


そのうちの一人がなにやら胸元に抱き、他の二人にせっつかれながらおどおどと話しかけてきた。


「あなたの鏡を見て、自分のもやってみたのだけれども、あまりきれいに映らないの。布で拭いてみても、あまり効果がなくて……よかったら教えてくれないかしら」


他の二人も胸元に隠し持っているところをみると、目的は三人とも一緒なのであろう。


「……見せてみろ」


前向きな返事に女たちは、手にしたものをドワーフの前に差し出した。


「ふむ……この程度なら手持ちのもので何とか出来───」


「ちょっとまった!バルボーザさん、あなたその鏡の手入れ、いくらで引き受けるつもり?」


女商人の言葉にハッと気が付くバルボーザ。仕事に対して報酬は支払われねばならない。


「そうさのぅ……・いくらくらいじゃ?」


当の本人、相場を知らなかった。


女商人は天を仰ぎ溜息をつく。


「モノと大きさと磨きの程度で値段をつけるわ。質の良い鏡なら磨けば磨くほどに、でしょう?いまひとつの代物に手をかけても限界があるのは分かるわよね?そして大きさ。質の良い大きな鏡は、お貴族様でも名立たる職人に依頼するくらいよ」


「えーと、そんなに大きな鏡ではないのですが」


思い切り脅された女たちが、おずおずと依頼品を差し出す。


「ふん、ふん、ふん……儂の鏡までは無理じゃが、それに近い状態まではいけるじゃろ。研磨剤五つも変えてやれば、見れる状態になるわい」


え?


女商人と目が合う。


「ドワーフレベルの見れる状態?」

「……世間一般的なものと比較した方がいいと思うぞ」

「何をそんな大げさに」


「あたしの鏡を持ってくるから、先に頼めるかしら」


女商人の言葉に“ずるーい”とか“私たちが先なのに”といった声が上がる。


「あんたたち、仕上がりによっては銀貨五枚とか十枚になるかもしれないのよ。払えるの?払えるなら先を譲ってあげる。私は一向にかまわないわ」


銀貨と聞いてぎょっとする女たち。


このような村で銀貨を使った支払いは、祝いの日などの大きな買い物の時くらいである。それを両掌大の鏡の研磨で支払おうものなら、家族から大目玉を食らうこと必至である。


「「「どうぞどうぞ」」」


待つことしばし、女商人が鏡を手に戻ってくると、すぐさま準備万端のドワーフの手に渡るが、女商人顔がひきつった。


地面には小さなじゅうたんが敷かれ、作業台やら道具を仕舞っているであろう箱などが並べられていた。


「え……この手の仕事で稼いでいた経験あり?」


「いや?鋳掛と研ぎを少々。この手の研磨で金を稼いだことはない」


手にした鏡の角度を変えて鏡面の確認をしていくドワーフ。作業台に鏡を固定すると、箱のふたを開けるが並べられた容器の上で指がさまようことしばし。一つの容器のふたを開けると、中身のクリーム状のものを少量指で掬い出すと鏡面に伸ばし、専用の布で満遍なく拭き上げていく。


「なんか汚れを拭いているみたい」


ぽそりと誰かがつぶやいた。


綺麗に拭き終わると容器を変える。二回目の色は違うがこれまたクリームだ。


やり方は一回目と変わらない。


クリームを塗り、布で拭き上げる。


三回目───以下略。


「ちょ、ちょっと。あと何回やるの?」


新たな容器に手を伸ばした姿でバルボーザが静止する。


「仕上げの研磨まであと二回じゃな」


「今の状態を確認させてちょうだい」


“しかたないのう”とぼやきながら差し出された鏡を受け取ると、女商人は確認に余念がなかったが、しばらくして三人に鏡を差し出すと、女たちからため息が漏れた。


「そうなるわよね。あんたたちの場合、出せたとして大銅貨三枚から五枚くらいだと思うのだけど、あってる?」


コクコクと頷く三人。


「今のこの状態で銀貨五枚よ。値切りに値切って銀貨三枚。このまま更に二回磨かせようものなら金貨の大台に到達してもおかしくないわ」


「そうは言うがなぁ、しっかり磨かねば曇るぞ。毎日折を見て拭き上げるのも手間じゃろう」



「庶民の小間物にそこまで品質(クォリティ)をあげてどうするのよ!一回目の研磨でも庶民には十分よ!」


「いやいやいや、それだと手入れをサボろうものならあっという間に曇るぞ」


何となく、こうなるのではないかと予感はしていた。


女商人の今回の目的は、きちんとした値付けをする、もしくは村人が支払える品質に抑えるということ。


対してバルボーザはいつも通りだ。自分の信念に沿った、今できる仕事をすること。


以前河の畔の街(キールケヴェン)での鋳掛の仕事で問題にならなかったのは、彼らの流儀に則って行っていたからで、自分の仕事の色を出さなかったからだ。


「そこは値段の理由を説明するわ。高いことにも安いことにも理由はあるのだから、正しい値を私はつける。引っ掛けようとしてくる奴には受けて立つけど、私“見分けられない奴が悪い“っての嫌なの」


“あんたに損をさせるつもりもないわ”と彼女は言ってのけた。


そこまで言われて思うところがあったのだろう。バルボーザも折れた。


「一回目で大銅貨五枚。鏡面に残っている研磨剤の洗浄はセルフサービスで」


綺麗になった鏡面でも、拭いきれない研磨剤が必ずあるそうで、洗い流す必要があるらしい。


「それも曇りの原因じゃからな」


彼女たちの青銅鏡の研磨はあっという間に終わり、桶の中では鏡が泡まみれになっている。


その洗浄も水を変えながら三回目。安く抑える為ではあるが、なかなか大変だ。


「そろそろ良かろう」


三つの桶から鏡が引き上げられる。


「おつかれさん」


苦労を労い清拭の意味も込めて水分を飛ばしてやると、バルボーザは“ふん”と鼻を鳴らし、女四人は呆然と俺を見つめ、その手の中の鏡は彼女たちの顔を映し出していた。







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お読みいただきありがとうございました。

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