18・朝飯、さらわれる
自爆(飯)テロ
港町なので宿の軒数は結構あるのだが、当然いい宿屋は直ぐに塞がる。
昨晩は馴染みの宿を断られ、渡り歩いてなんとか泊まれたのは素泊まりの宿であった。
時間も時間だったから飯は諦めた……酒は買えたが飯はさすがに無理だったのだ。
寝酒を決め込み、朝飯に期待を寄せて眠りについた。
朝早く宿を引き払った俺は、朝飯を探しに漁港へ向かう。
砂漠の港町でも、遠くからは海鳥の鳴く声が聞こえ、野良猫の姿も見える。動物たちの朝も早いな。
途中でパンの香ばしい匂いがしてきたので匂いを頼りに店を探し、焼き立てパンを三つほど購入。
色んな種類がある中、拳二つ分の長さのある奴を選びパン用の袋に入れる。
しかし焼き立ての香りに負けて、一個食べてしまった。ちょっと塩味が利いているパンだった。
道を更に進むと青果市場が見えてくる。
新鮮な生で食べられる野菜が何かないかと物色すると、真っ赤に熟れた小さなトマトを見つける。
今度は二十個ほど食材用の袋に入れて貰っていると、新玉ねぎを発見。小ぶりのものを一個、皮を剥いてもらいこいつも購入。
おぉ、ライムもあるじゃないか。頭の中に朝食の形が見えてきたので、これも一個追加する。
次の目当ては焼き物屋だ。
魚市場で生魚とか買っても、いちいち焼いてられないので、海産物専門の屋台を目指す。
途中で海鮮鍋の屋台を横目でにらみながら通り過ぎる。あれも美味いのだが、今朝はお目当てがあるのだ。
少し進むと魚の焼ける香ばしい匂いがしてくる。呼び込みの声がする方向に行ってみると、金網で魚やら貝やら焼いている。
もうすぐ焼き上がるだとか、焼き立てでお勧めだとか、今朝水揚げで新鮮だとか、ってやつだ。
いやいや貝は一晩おいて砂抜きしないとだめだろ、と心の中で突っ込みつつ注文する。
「食ってくかい?持ってくかい?」屋台の親父の指し示す方を見ると、朝もはよから魚で一杯やってるダメおやじ……じゃなかった一仕事終えたガタイのよい男たちがいた。おそらく漁師さんだろう。
魔法収納から浅めの鍋を出し「持ってくからこれに頼む」と言い、細長い魚を二匹と大ぶりの二枚貝を二つ入れてもらう。
さあ、食おう。
ちょっと歩くと港の端に程よい木陰が数本あるので、そちらに向かう。
砂猫だろうか、街中にまで出てくるとは珍しい。一匹木陰で長くのびている。
隣の木陰で荷物を降ろし、いつも使っている小ぶりのまな板とナイフ、先ほど買ってきた食材を並べる。
っと、熱いうちに焼き貝をつままねば。貝殻の内側にたまっているエキスをすすり、まだくっ付いている貝柱をきれいに切り離すと一口で頬張る。
ぷりぷりとした歯ごたえと噛み締める度に出てくるエキスを堪能しながら、次の作業に取り掛かる。
ライムを半分にカットし、片割れを櫛切りにする。もう片割れは、荷物から出したジョッキに果汁を搾り入れ水で薄める。
パンはいつも通り横からスライス。横に……場所が狭くなってきたので、これまた木皿を出しパンと櫛切りライムを退避させる。
ついでにトマトも一緒に並べる。うん、なんか彩りいいね。
さ、新玉ねぎをスライスしていこう。半分に切って芯を取り、薄く薄くスライス。小ぶりであってもスライスすると山盛りになった。
これをパンに敷き詰めて、先程の焼き魚を挟もうと視線を身体の横に置いてある鍋に移すと……
砂猫と目があった。しかも俺の朝飯を一匹咥えていやがる。
「返せ!」咥えられた魚に手を伸ばしたが、奴の方が速かった。空振りした手を奴の尻尾目がけて切り返すが、掴むことは出来ずに毛並みを撫でるにとどまる。
腰を下ろしていたので、それ以上のことは出来ない。地面に手を付きながら、走り去る猫の後ろ姿を眺める事しかできなかった。ちくしょう。
……横に置くからいけないのだ。食材を全て正面に置き、股の間に鍋を置く。
今度こそメインディッシュだ。
さっきのパンに魚をのせ、ナイフの背で上から魚の身を頭から尻尾までほぐれるように押さえ、尻尾は根元でへし折った。
片手で頭をつかみ、もう片方の手でその根元をふた代わりのパン越しにしっかりと掴む。
そして魚の頭をひっこぬくように力を入れると……頭にくっ付いて骨がきれいに抜けた。
こっち側ならくれてやるのに……と思いながら、櫛切りのライムを魚に搾ると大きな口を開けてかぶりついた。
パンにはきれいな歯形が残り、もっしゅっもしゅと咀嚼する。
まず一番濃い魚の旨味がくる、そしてすっと抜ける新玉ねぎの辛み、微かに香るライムの酸味。
それらが口の中でパンに滲み込み、更に噛み締めると唾液がとまらない。
しばらくすると口の中が無くなった。これで口福になれるのだから、俺も安いよな。
果汁をいれた水を飲み、トマトも摘まみ、パンをかじり、まずは一本目を完食。
もう一本に玉ねぎを挟みながら、頭を悩ます。……もう一回さっきの店に行くか。
最後の貝を頬張りながら、俺は腰を上げた。
「おう、今度はなんだい」屋台の親父が目ざとく俺を見つける。
「うーん、海老三匹くれ」といって先ほどの鍋を差し出す。あ、残骸が入ったまんまだった。
「毎度。おーきれいに食ってくれてるじゃないか。こっちで捨てといてやろうか?」
頷いてお願いをすると、頭と骨だけの魚をつまみ持ち上げ、
「エルフにしちゃ綺麗な食いっぷりだな……二匹買ってかなかったか?」
つぃーっと視線を逸らすと……ち、なんで猫がそこにいやがる。慌てて親父に視線を戻したが、にやけた表情がそこにあった。
「おまえさんもやられたか。しかたねぇ、きれいな骨に免じておまけしてやらぁ」鍋に海老を一匹追加してくれた。
「おー、ありがとよ。ありがとついでにちょっと失礼」
屋台のすみっこをちょっと借り、殻つきで焼いていたシュリンプから足と殻をはがす。
尻尾の根元を押しつぶしながら、中に入っている身を引っ張り出した後、身と頭を分離させ頭の中にあるミソをすする。
全ての身を剥き、ミソをすすり終わると親父がニヤニヤしてやがる。
「なんだい?」なんか生温かいものを感じつつ、シュリンプをパンに並べていく。
「上手くきれいに食ってくれるってなぁうれしいもんでな。それに面白い食い方するじゃねぇか」
「横着してるとも言うがね」小さくかぶりつく。うん、ジューシーで丁度良い焼き加減だ。
”じゃ、どうもー”
”またよろしくな”
そう挨拶すると、配達を完了させるべくギルドに足を向けた。
おっさんの荷物も届けてやらねば。場所は知らないがギルドで聞けばわかるだろう。
魚のイメージは、サンマとシロキスを足して割った感じです。