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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
砂エルフ、旅情篇
178/195

当て馬

月刊砂えるふ

滑り込みセーフ!








“キャー”


馬車の音に交じって複数の甲高い声が響いた。


隊商の女たちが一つの馬車に集まっておしゃべりしているのだ。


安全性の観点から行商人は男社会であるのだが、行商人に女がいないわけではない。


大体は夫婦そろって行商に携わるのが一般的だが、夫と死別した妻が販路を引き継ぐことはままある話だ。


また親を亡くした子供が(といっても成人済)引き継ぐこともよく聞く話なのだが、息子ではなく娘が引き継ぐことは大変稀である。


「ほんっと商人なんて継ぐもんじゃないよ」


しみじみと語るのは普人の中年女性である。稀なケースの当人だ。


馭者台で手綱を操り、隣にはマリー、馬車の空いたスペースには更に二人の女性が座っている。


「そこそこ目端が利いたから父親の手伝いをしててさ、そうこうしているうちに商売を任されるようになったのが運の尽きさ。いっぱしの取引をこなせる様に成れたのはいいけど、寄ってくる男どもがどいつもこいつも……くっ」


マリーが定番を口にする。


「……お金目当てってやつ?」


すると馬車内から合いの手が入った。


「あーっ、聞いたことあるわ~。同業者と良い感じになったけど、男の方が儲け額で負けて自然消滅したってやつ」


「私もあるある。頼りになる護衛と良い仲になったと思ったら、|転がり込まれそうになって《ヒモ志願》で叩き出したってやつ」


「くっ、そんなやつばっかりよ……だからマリー、鍛冶屋の坊やを(のが)すんじゃないよ」

初心(うぶ)でかわいい子じゃない」

「真面目で仕事もできそうだし」


「「「代わってあげようか!」」」


セウィムの一回り二回りも年上……げふんげふん、妙齢の女たちが立候補してくる。


昨晩いきなり“結婚相手にどうだ”と勧められた男が、思った以上に同性の受けが良いことに困惑するマリー。


彼女はセウィムのことをまだよく知らないにも拘らず、不思議にもふつふつと嫉妬心が湧いてくる。


「い、一応、紹介されたのは私なので、マエムキにケントーしようかと~」


「まんざらじゃないみたい」

「検討する必要ある?」

「降ってわいた話だから混乱してるだけでしょ」


他人(ひと)のコイバナは大好物。三人は如何に外堀を埋めるか、各々思案し始めた。




★☆★☆




「ばかケニー、またさぼり?」


「いてててクソ姉貴、放せって。いわれた仕事は済ませたってば」


こっそり抜け出そうとしている弟の耳をつまんで引き留めたが、本気でつまんでいなかったので抜け出されてしまう。


そして───


「われは勇者ブレイバーなり!」

「魔王ヴィーヴェにかなうと思うてか!」


今、弟たち男子がハマっているのは勇者ごっこである。


未だにと言った方が正確だ。


半年以上前に訪れた旅芸人の演目の一つが、とある勇者の魔王討伐だったのだ。


ストーリーはどこにでもある勧善懲悪ものだったのだが、戦闘シーンが結構な迫力だったのだ。


登場人物に囚われのお姫様もいたので、勇者ごっこに女子も混ざりはしたのだが、一週間もすれば飽きて参加しなくなっていた。


「男ってバカよねー」

「飽きもせずによくやるよねー」

「男っていうか、あいつらがバカなのよ」


私を含め友達も同世代男子に興味はない。


「結婚するなら年上の男性がいいわ」

「けど村じゃもういないじゃない。父さんくらいの年上は嫌よ」

「私も年上がいいけど、余所の村じゃ若い独身の(ひと)は、全員結婚してるって聞いたわ」


となると数年後には、成長したあいつらの誰かと結婚するのだろうか。


あたしはキャリー、十二歳。


将来に絶望しかけている。




そんな折、村に隊商が立ち寄った。


荷馬車一台の行商人じゃない。幌馬車を連ねた隊商だ。


「荷ほどきの邪魔だ!見るならもっと離れてみろ!」


大人たちは遠巻きで見ているが、物珍しい子供たちは興味津々で近寄るものだから、武器を持ったヒトや商人のヒトが追い払っている。


「めずらしいのがあるってよ!」


「いってみようぜ!」


舌足らずの声のやり取りが駆けていった。その声の方向を見ると、ちょっとした人だかりができている。


「もうちょっと離れろ!見ていてもよいが、この線からはいるんじゃないぞ!」


野太い声と共に、輪が少し広がった。


興味がわいたので私もその輪に入ってみると、隊商のヒトが二人して馬をいじっているところだった。


馬?なんか、違う。馬の脚はバラバラにならない。


「なに、あれ?」


先に輪に入っていた友達に聞いてみる。


「ゴーレム馬っていうんだって」


「ごーれむ?脚があんなになっても血とか出ていないじゃない」


「生きていないんだって」


意味が分からない。


その間も一人が手を動かし、もう一人が見守り、やり方を指示していた。


「んっ」


「そのピンはハンマーで優しく叩いて押し込め。手じゃ無理だ」


ガタイのいい男が座って作業している男へ指示すると、男は小ぶりなハンマーを水平に打ち付けた。


それは決して力任せなものではなく、小気味良いリズムで甲高い音を立てる。


“キン、キン、キン”


「外装を元に取り付ける前に、しっかり嵌っているか、部品が残っていないか確認じゃ」


「わかった」


二人の遣り取りを見ていると、輪の外から声がかかる。


「バルボーザさーん、手を貸してくれますか。軸受けが怪しい馬車があって確認したいんですよ」


聞きなれない声だったこともあり、輪に加わっている村人たちが一斉に振り返ると、視線を集めた男が驚いて照れ笑いをするのが見える。


「じゃヴィリューク、こっちも確認は怠らずにな」


「おう」


“ドワーフだったのか”と声が上がるのを他所に、ドワーフは意に介さず“通してくれ”人ごみをかき分けていく。


村人たちはドワーフの体格の良さに感嘆の声を上げたが、私は全く興味をそそられなかった。


私の視線をくぎ付けしたのは───


「かっこいい……」


ドワーフを呼びに来た、私より少し年上で優しそうな普人の男性だった。




★☆★☆




「交換しないとまずいのか?」


馬車の持ち主の諦めの悪い言葉の裏からは、余計な出費はかけたくない意思がひしひしと伝わってくる。


「今の状態でも動かせますが───」


セウィムは言葉を被せてこようとする商人を押しとどめ言葉を続ける。


「点検で見つかったのは運がいいですよ。移動中に軸受けが壊れたら、その勢いで他のところも壊れることがありますから」


「往生際が悪いぞ。損して得取れってのは商人(おれたち)の常套句だろうが」


隊商のリーダーであるオルソンが間を取り持つと、ようやっと当の商人も渋々納得した。


「段取りはどうするんじゃ」


仕切りはセウィムだ。バルボーザは手伝いに徹するようである。


「まず荷物を降ろして軽くしてから、馬車の下に台を噛ましましょう。車輪とか外せるところは外して、今日中に軸受けを抜きたいですね。そのあとの段取りは状態を見てからです」


「修理にしろ作り直すにしろ、見てみないことには分からんからの」


「よし、まずは荷下ろしだ!」


オルソンの合図で集まっていた者たちが動き始めた。


仕切るセウィムの姿に、一人の少女が熱い視線を投げかけていることに、気付く者はいない。


作業は順調に進み車輪の固定が外されると、二人掛かりで軸から車輪が引き抜かれる。


セウィムの指示で左右両輪が外された。


「ありがとうございます。あとは俺の仕事ですから」


力要員で集まった者たちが散り散りになる。


「どれだけ時間がかかりそうか、わかったら知らせてくれ」


去り際にオルソンが一言残すと、馬車付近にいるのはセウィムとバルボーザのみとなった。


「さぁて」

「どれどれ」


引き抜いた左右それぞれの軸受けを確認すると───片方だけが髪の毛ほどの亀裂が数本走っていた。


「「……」」


「商品を積み込む時、重量バランスが悪かったのかなぁ」


「頻繁にやらかしたとしか思えん。急発進や急停車も負荷がかかるが、一頭立ての馬車で出来るのはせいぜい急停車くらいじゃろうし」


原因はさておき、破損している部品を何とかせねばならない。


「新品にするのが間違いないんじゃがのう」


「鍜治場があれば場所を借りるのですが、俺の積んである設備を広げるのもきついですし、もう一度積み込むのはもっと難儀です」


となると、この場の方針は決まったようなもの。


「……応急処置して」


「お前さんが行く村まで凌ぐしかないか」


二人は手持ちの道具を広げ始めた。




★☆★☆




ゴーレム馬(クレティエンヌ)のメンテナンスが終わってい一息ついた。


コップを取り出すと水を集めてコップを満たす。


「んっんっ……ふううう」


コップをあおって元に戻ると、マリーが水の入った革袋を抱えてウロウロしているので声をかける。


「何やっているんだ」


「ひゃい!」


驚いたのか奇声を上げるマリー。


「え、エルフのひと、あ、姐さんたちがお水を持って行ってあげろって……その」


「ああ、セウィムにか」


「あっはい」


昨晩から思った以上に意識しているようだ。移動中の馬車で女性陣に、あれこれとけしかけられたのだろう。


ふと思いついたことがあったので付与ポーチをまさぐり、あれやこれやと追加で持たせてやる。


「あっあっ、あの!」


「のどの渇きが癒えたらな───」


小声で入れ知恵をしてやる。


「うまくやれよ」


背中を押してやると、二歩三歩と進むがこちらを振り返ってくるので、シッシと手で合図。


それでようやく遅い歩みながらもマリーは進み始めた。




うまくやれるか心配だった(興味津々な)俺は、先回りしてセウィムがいる馬車へ向かったのだが、そこには普人の女性が三人陣取っていた。


「もう、マリーはまだなの?」

「どこの村にも、おませさんはいるものねぇ」

「うちのマリーの相手よっ、クソガキあっちいけ!」


「先客がいたか」


覗き場所(ベストポジション)には先客が居り、ついつい言葉が漏れると三人そろって飛び上がった。


「おほほほほ」

「覗き見じゃないわよ」

「見守っているだけだから!」


(自分のことは棚に上げて)そういうことにしておこう。


「なにかあったのか?」



我が意を得たりと三淑女。


「何があったかじゃないわよ、おおありよ」

「到着して間もないのに、もう!」

「村の女の子に目をつけられたわ」


様子を伺うとそこには女性というにはまだ若い、少女が柄杓片手にセウィムに水を汲み与えているところであった。


隣にバルボーザもいるのだが、とりあえず一杯目だけは貰えたといったところか。


「馬車まで直せるだなんてすごい!商人ではなさそうですけど~」


少女は水の入った桶を置き、柄杓を両手で握りしめてすりすりと身を寄せていく。


「鍛冶屋として呼ばれてね──」


「すごーい!」


深く考えてなさそうな口調と、獲物を狙うような眼光がちぐはぐ過ぎる。


「ひょっとして狙われていないか?」


「「「ひょっとしなくても狙われてるわよ!」」」


「あ、マリー」


三淑女に詰め寄られたがマリーの登場を伝えると、彼女らは身を隠しながら様子を伺い始める。


「セ、セウィムさんお水……ってもう貰っているのねー」


「井戸から汲みたてなんです~。冷たくておいしいですよ、おねえさんも飲みます~?」


(((ムキーーーー!)))


小動物(おんなのこ)が威嚇しているのを見て、三淑女は音を出さぬようにハンカチを噛みしめている。


「結構よっ、セウィムさん仕事はもう終わりそう?」


セウィム一人を相手していたら挙動も怪しくなったのだろうが、マリーは明らかなライバル出現を感じると、逆に腹も据わったようだ。


「当座はしのげる程度の応急処置だけどね」


「今日できることは済ませたし、片付けも完了じゃ」


マリーは数拍言い淀んだが、何とか言葉を継いだ。


「手も汚れたでしょう?水もたくさんあるし洗いませんか?」


「ん……じゃあ貰おう、かな」


セウィムが差し出す両の手にマリーが水袋の中身を注いでいくと、セウィムは両手をこすり汚れが流れ落ちていく。


「そのまま顔も洗ったら?汗かいたでしょ?」


マリーの勧めにそのまま手のひらに水を溜め、数回顔を洗うだけでなく、首回りまで濡れた手でこすり洗うセウィム。


「ふぃ~さっぱりした、ありがとうマリー」


「どういたしまして。よかったらこれ使って」


すかさずマリーに差し出された手拭いで、セウィムは顔から首回りまで水気をふき取っていく。


それを陰から見守る三淑女。


「なにあの子!」

「教えていないわよ!」

「気が利くじゃない!」


これが俺の仕込みである。


「儂の分はあるのか?」


「ありますよ。あなたバルボーザさんにもやってあげて」


キャリーに水袋と新しい手拭いを押し付けるマリー。


「なっ!」


反射的に受け取ってしまったキャリーであったが、バルボーザに急かされると動かざるを得ない。


「うむ、さっぱりした。ありがとうよ、嬢ちゃん」


「ふんっ、どういたしましてっ。それじゃ!」


中身のなくなった水袋と乾いた手拭いをドワーフに押し付けると、彼女はぷりぷりしながらその場を立ち去っていく。


「また来るかしら」

「時間的に厳しいんじゃない?」

「まあ無理でしょ」


二人の距離を縮めるには丁度良い当て馬になってくれて助かった。


「腹減ったのう」

「夕飯はちゃんとした奴が食いたいなぁ」

「なんか期待してもいいみたいですよ」


バルボーザを先頭に、セウィムとマリーが並んで帰っていく。


奴もなかなか分かっているじゃないか。


隣を見ると三淑女がおらず、振り返ると三人の背中が見えた。あれこれやり過ぎて壊さないでほしいものである。






アイ〇ルマスターのタグに三淑女ってのがあってだな……げふんげふん


お読みいただきありがとうございました。


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