開拓村の結婚事情
「なぁマリー、俺の妾にこいよ」
私の顔ではなく胸をガン見しながら言い放つバカ。ちなみに村の平均より大きい悩みの塊だ。
「ボブ、なに言ってんのよ。あんた三日後には結婚するんでしょ」
このバカ(二回目)、あろうことにも結婚前からアタシを妾にとコナをかけてきた。
それも今日に始まった話ではない。事あるごとに声をかけ、その都度アタシは拒否し続けている。
しかもこいつは村長の息子、つまり次期村長なのだから村のお先は真っ暗である。
「妾に来りゃあ麦に限らず食い物を優先的に回してやるし、金だってやるぞ。女の独り身は何かと大変だろ?」
「うっさい」
確かにその通りではあるのだ。早くに両親を亡くし、唯一の身内であった祖母も先月他界した。
恋愛結婚にもあこがれはしたが、こいつがアタシに目をつけていることは周知の事実で、そのせいでどの男も避けるようになった。
子供の頃は結構モテていたんだけどなぁ。
そしてその三日後の祝いの席。
男たちはいい気なもので、席に座れば勝手に料理や酒が出てくると思っている。
料理を作るのだって酒を持ってくるのだって、全て女がやっているにもかかわらずだ。
いや、女に言いつければ何でも出てくると思っている。
死んだ父親はそういった傾向は低かったが、いま宴席にいる勘違い野郎どもには辟易とする。
「マリー!肉はまだか?あと酒の追加だ!」
「肉は焼きあがるまでもう少しかかるから!酒はちょっと待ってて!」
それでも宴席要員として駆り出されたからには、手伝わないわけにはいかない。
酒は保存室に予め移動してあるので蔵まで行く必要はない。
「マリー、肉の焼き加減みてくれない?そっちは私が持ってくから」
小ぶりな酒樽を抱えて出るなり声をかけられた。
確かに肉担当の私のほうが間違いはない。
「じゃ、おねがい」
声をかけてきたおばちゃんと交代する。
釜の前まで来ると、詰め物をされた鶏が強火の遠火で炙られている。熱で染み出た脂が皮をパリッと焼き上げているのだ。
よし、良い加減だ。
火からおろすと、用意した大皿に切り分け盛り付ける。
「ようマリー、美味そうに焼けてるな」
集中していてボブが入ってきたことに気付かなかった。
「新郎が何しに来てんのよ。いま持ってくから向こうで待っててよ」
「肉もいいが、俺ぁお前が食いたいなぁ」
一瞬で肌が粟立った。
“なに馬鹿言ってる”と口の端に上がる前に、後ろから胸を揉みしだかれた。
「なっ!!?!」
振りほどこうと身を捩る。
そう、反射的に、だ。
そして私は肉を切り分けるために包丁を握っていた。
ボブも酒が入っていなければ抱き着いたままでいられただろう。私が身を捩ると容易く振り解け、ボブは踏鞴を踏んで後ろへ下がる。
振り解いた私の手はボブの顔には当たらなかったが、握り締めていた包丁の峰がぶつかる。だが勢いはそこで止まらず、切っ先が彼の頬から鼻まで滑っていった。
「ぎゃああああああ!」
右頬から横一文字に開いた傷口からは、真っ赤な血が滴り落ちる。
「てめぇ、優しくしていりゃつけあがりやがって、検閲削除やる!」
尻もちをついて怒鳴るボブを尻目に、私はその場から飛び出した。
私は宴席から逃げるのに留まらず、村からも逃げ出した。
ボブのことだ、あのまま留まれば嬲られ慰み者になるのは想像に難くない。
家にいったん戻ろうかと考えたが、家探しはいの一番にやるだろうと思い着の身着のままで村を出る。
三日三晩捕まる恐怖から足を動かした結果、なんとか私は古い廃村に辿り着いた。
廃村なのに見つけた井戸は、なぜか手入れが行き届いていて私は水をむさぼり飲んだ。
「ふう……なんでまた持ってきちゃったかなぁ」
その手には肉を切り、ボブの頬を切り裂いた包丁。村長宅のものなので、しっかりと研いであるし拵えもいい。
「まぁ刃物があると便利だし、いいか」
飢えはあるが渇きは癒えた。なにより歩き詰めの疲労でとにかく眠い。
目についた空き家に入ると、骨組みだけとなったベッドがあったので横になる。
硬いのは変わりないが、こういうのは気分だ。
“起きたら食べ物を探そう”そう思ったのを最後に、私はあっという間に眠りに落ちた
翌朝空腹で目が覚めた。
井戸へ行き水で空腹をごまかすと、森に入り食べられるものを探しにいく。
食べられる木の実や野草を片っ端から摘み取り、着けたままであったエプロンをザル代わりに持ち運ぶのだが、摘んだ端から口に入れるので一向に増えていかない。
「……食べられるけど、おいしくない」
不平が口から洩れても飢えを凌ぐにはこれしかない。
「うえぇ……」
いつもなら煮込む野草を生で食べると、硬くえぐみがあってはっきり言ってまずい。
「不作の時、おばあちゃんはこんなの食べてたのか」
食用になる野草の知識は、死んだ祖母から教わった。
そこそこ空腹が紛れると、エプロンの上にはそれなりの野草の山が出来上がった。
「これからどうしよう」
途方に暮れながら昨日と同じ骨組みだけのベッドに横になると、いつの間にか微睡んでいた。
「はっ!」
気付いたのは外からの音。
村から追手が来たのか?それとも魔物か野盗か?
窓の隙間から覗くが、廃屋の近くにヒトは来ていないようだ。しかしヒトのざわめき声や馬のいななき、静かな廃村には似つかわしくない騒音が響いている。
「隠れなきゃ」
この家に裏口はない。踏み込まれたら簡単に捕まってしまう。相手の正体がわかるまで身を潜めなくては。
そっと扉から滑り出ると、足を忍ばせて森まで駆けだした。
「ううう……」
やってきたのは隊商だったようだ。何台もの馬車が広場に輪を作り、そこで一晩明かすらしい。
待っていればそのうち立ち去るのだろうが───
“きゅるるるるる”
食事の匂いがおなかを刺激してきて辛い。
ひもじい思いをして耐えていると、ようやく静かになった。
忍び足で近づいてみると、広場の中央で二人の見張りが火を囲んでいるのが見えた。
一人は背を向けているので顔が見えない。けれども腰に剣のようなものを差しているので護衛なのだろう。
もう一人はしっかりとした体格の朴訥な青年だ。年上っぽいけど表情がころころ変わってかわいらしい。
「うちの村には居なかったタイプだなぁ」
バカバカ!そんなこと考えている場合じゃないでしょ!
これから食料を少し分けてもらうのだ。塩があれば最高だ。
私は見つからないように、大回りをして目星をつけた馬車を目指した。
★☆★☆
夕方前に辿り着いたのはそれなりの規模の村だった。
「これが廃村だって?なんでまた」
「水だよ、水。この村の井戸は夏とかよく枯れるんだよ」
雑草の生えた道を歩いていると、隊商の取りまとめ役であるオルソンが答える。
「溜め池とかは作らなかったのか?」
「作ったらしいが、人口が増えると流石に量が足りん。井戸を掘り下げて枯れない水脈を当てにしたそうだが、努力は実らなかったのさ」
辿り着いた先はしっかりした作りの井戸だった。いかに大事にしていたかが窺える。
「村人たちは?」
ゴミ避けの蓋を外し、井戸の中を覗き、水の気配を探る。
「次に行く村の大半がここの村の住民だ」
「なるほど……この水脈の水の気配はなんとも頼りないな。この隊商規模を数日賄うなら問題なかろうが、村を維持するには厳しい」
「さすがエルフ。水の精霊にでも聞いたのか?」
「そんなところだ」
適当に返事をしていると、遠ざかる人の気配。隊商の誰かが村をうろついているのだろうと、この時の俺は気にも留めなかった。
隊商の馬車は廃村の広場を囲うように停められた。
馬車内で足を延ばして寝るには人数制限があるので、あぶれた者達用に天幕が張られると、見張り番ではない者たちが毛布片手に入っていく。
廃村といえどもヒトの縄張りであったの場所への侵入は、魔物や動物であれば頻度は低い。
ましてや大人数の隊商である。ヒトの気配が多ければ、それだけでも牽制になるのだ。
それでも少数の見張りは配置され、俺も当番の時間には眠い目をこすりながら火の番を始める。
地面に胡坐をかくと、その窪みにサミィがするりと収まる。
「ふぁああああ……」
斜向かいで大あくびをしているのは、立派な青年になった鍛冶屋のセウィムだ。
普段から槌をふるっているせいか、肩回りについた筋肉が上着を持ち上げている。
「夜の見張りは眠いですねぇ。ほんと夜はやりたくないです」
「昼は昼で“退屈だから“というんだろう?」
「はははっ、まったくその通りで」
なかなか気のいい奴になったものだ。
「暇つぶしにまた何か聞かせてくださいよ」
俺と見張りになる者はだれもかれも話をねだってくる。まあ彼らにねだられるほどあちこち放浪しているので、話のネタは豊富なのだが。
「俺なんか鍛冶で槌振るっているだけだから。鍛冶屋の内輪ネタ聞いても面白くないでしょ?」
言われてみれば確かにそうだ。
“ミャ”
サミィの合図とほぼ同時に気配に気づく。
顔を上げ耳の角度をくるくる変えるサミィ。
気配を探ると四つ足ではなく二足、ゴブリンのような魔物の類ではない。ヒトが足を忍ばせていることがわかる。
食料や水はそれぞれの馬車に少量ではあるが積んである。しかしその気配の主は、食料を専門に扱っている商人の馬車に向かっていた。
その馬車にはこの先の村への商品だけでなく、俺たち隊商の日々の食材も積んでいる。
「食い足りない奴がコソコソしてるのか?まったく……」
盗み食いはトラブルの元だ。
晩飯は腹持ちの良いものだったはず。事実、俺も小腹すら空いていない。
サミィがするりと胡坐から抜け出すので、俺も立ち上がる。それを見たセウィムも、口に手を当てキョロキョロ見渡し始める。
とは言え大げさにするつもりはない。注意しておしまいだ。
馬車の輪の外周に出て回り込むと、今まさに食料を漁っているところに出くわした。
そいつは馬車に乗り込めず、上半身を突っ込んで食べ物を漁っているようである。
そしてロングスカートを履いた尻が左右に揺れて───男じゃなくて女か……
「はあぁぁぁ」
ついクソデカため息が漏れると、スカート越しに尻が跳ね上がり動きが止まる。
「ばれてるからおとなしく出てこい」
“なぁぅ”
興味をなくしたサミィは一鳴きして戻っていった。
「早く出てこい」
それでも尚固まっている尻へ促すと、じりじりと馬車から降りてきて振り返る。
「あれ、君どこから来たの?隊商のヒトじゃないよね」
背後にいたセウィムが身を乗り出して問いかける。女か?若い女だからか?
顔や衣服は薄汚れているが、綺麗というより可愛らしい普人の女だ。セウィムより若いだろう。
セウィムは大きな胸が気になっているようだが、それより俺は手にした包丁の方が気になる。
「ごっ、ごめんなさい。け、けど三日も食べてないの。見逃して!」
彼女は右手に包丁、左手に食べかけの干し肉を握りしめながら言い訳をし、同情を誘う。
しかしその彼女の言葉に、セウィムはさらに俺の前に出る。
「包丁を人に向けちゃいけないよ。それは料理をするものだ───事情があるなら話を聞くよ。おなかが空いてるなら僕の分を分けてあげてもいい。だからそれを───」
包丁を何とかしようと説得するセウィムの陰から、俺は一足飛びに踏み込むと彼女の手から物騒なものを抜き取った。
「え?えっ?」
「こいつは預かる。セウィムは彼女を焚火のところまで連れてこい。俺はオルソンを起こしてくる」
「へ?あっ、わわわ、わかった」
どうやら事情があるようだ。あっけにとられる二人を置いて、俺は隊商の取りまとめ役を起こしに場を離れた。
「連れていくのは構わんが、あんたはそれでいいのか?」
オルソンは欠伸をしながらこともなげに受け入れた。あとは彼女の覚悟次第なのだが、あっけにとられていた。
「マリー、開拓村の目的が分かるか?」
「えっ、と、農地を開拓する?」
「それだけじゃない。辺境で開拓するってのはだな───
ヒトの生存圏の拡大が目的だ。荒れ地を拓いて農地にするだけじゃないんだ。その荒れ地は魔物の縄張りの可能性だってある。だとしたら開拓ってのは魔物との生存競争、命のやり取りがあるってことだ。
荒れ地を切り拓き、命のやり取りの次はなんだ。ヒトを増やすことだ。内地から移民を募るだけじゃない。開拓民たち自身が増えること、子を成すこと。
……なーんて大層なことをしゃべくりまくったが、要はマリー、すぐとは言わないが誰かの嫁になる覚悟はあるのか?」
マリーが自身の村を着の身着のままで出奔した理由は聞いた。
その村長の息子の動機はさておき、女一人で生活するのは難しい。
男の肉欲を手玉に取り、後妻に収まる・妾になることは、辺境に限らず村々では珍しいことではない。
結婚適齢期になった男女を、村の寄り合いで娶せることもままある話だ。
それに農村の収穫祭は未婚の男女の婚活の場でもあったりする。
「いま何歳だ」
「十六です」
「ん~、この先の村だと独身の男は……五十くらいの奴とかか。妾にはならん方がいいぞ。嫁の嫉妬もそうだが、開拓地じゃ他の女からの嫌がらせもえげつないと聞く。エロジジイであっても嫁として落ち着いた方が、身の安全のためにもお勧めだ」
“えええ~”とマリーは声にならない様子で顔を引き攣らせるが、オルソンの眼がちらちらと行き来していることに気付いた。
ああ、なるほど。推薦してやるか。
「すぐに結論を出せとは言わないが、セウィムはどうだ?なかなかの優良物件だぞ」
丸く小さくなっていたセウィムを叩いて背筋を伸ばさせ、耳元で“自己紹介しろ”と囁いてやる。
「鍛冶師のセウィムっ、ですっ!もうじき二十歳になります!かのじょ『嫁だろ』、嫁さん募集中ですっ」
「そこそこ大きくなった村が鍛冶師を必要としているらしく、それに応じたのがこいつなんだ。そういえばその村にはお相手はいそうなのか?」
俺の問いにまたもやオルソンが視線を上に向けて悩み始める。
「あそこは……子供付きの三十ちょいの寡婦がいたか。エールづくりの名人とかでそれで生計を立てているが、男相手が多いせいでちょっと気が強いな。あとは十に満たない女の子ばかりだから、適齢期になるのは当分先になる」
つまりマリーのお眼鏡にかなわなければ、セウィムの結婚は十以上の年上か、しばらくお預けになるということだ。
状況が厳しいのはマリーも同様で、親子以上の歳の差婚か村八分の可能性のある妾生活かである。
「元の村に戻りたくはないのだろう?」
「それは、まぁ、はい」
セウィムはガチガチに緊張し、マリーは少し照れ臭そうだ。
これは十分に脈がある。
「セウィムが行く村までまだ先だ。慌てる必要はないが、よく考えて返事をしろ」
“俺はもう寝る”と言ってオルソンは自分の天幕へ戻っていった。
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