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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
砂エルフ、旅情篇
177/196

開拓村の結婚事情




「なぁマリー、俺の妾にこいよ」


私の顔ではなく胸をガン見しながら言い放つバカ。ちなみに村の平均より大きい悩みの塊だ。


「ボブ、なに言ってんのよ。あんた三日後には結婚するんでしょ」


このバカ(二回目)、あろうことにも結婚前からアタシを妾にとコナをかけてきた。


それも今日に始まった話ではない。事あるごとに声をかけ、その都度アタシは拒否し続けている。


しかもこいつは村長の息子、つまり次期村長なのだから村のお先は真っ暗である。


「妾に来りゃあ麦に限らず食い物を優先的に回してやるし、金だってやるぞ。女の独り身は何かと大変だろ?」


「うっさい」


確かにその通りではあるのだ。早くに両親を亡くし、唯一の身内であった祖母も先月他界した。


恋愛結婚にもあこがれはしたが、こいつがアタシに目をつけていることは周知の事実で、そのせいでどの男も避けるようになった。


子供の頃は結構モテていたんだけどなぁ。




そしてその三日後の祝いの席。


男たちはいい気なもので、席に座れば勝手に料理や酒が出てくると思っている。


料理を作るのだって酒を持ってくるのだって、全て女がやっているにもかかわらずだ。


いや、女に言いつければ何でも出てくると思っている。


死んだ父親はそういった傾向は低かったが、いま宴席にいる勘違い野郎どもには辟易とする。


「マリー!肉はまだか?あと酒の追加だ!」


「肉は焼きあがるまでもう少しかかるから!酒はちょっと待ってて!」


それでも宴席要員として駆り出されたからには、手伝わないわけにはいかない。


酒は保存室に予め移動してあるので蔵まで行く必要はない。


「マリー、肉の焼き加減みてくれない?そっちは私が持ってくから」


小ぶりな酒樽を抱えて出るなり声をかけられた。


確かに肉担当の私のほうが間違いはない。


「じゃ、おねがい」


声をかけてきたおばちゃんと交代する。


釜の前まで来ると、詰め物をされた鶏が強火の遠火で炙られている。熱で染み出た脂が皮をパリッと焼き上げているのだ。


よし、良い加減だ。


火からおろすと、用意した大皿に切り分け盛り付ける。


「ようマリー、美味そうに焼けてるな」


集中していてボブが入ってきたことに気付かなかった。


「新郎が何しに来てんのよ。いま持ってくから向こうで待っててよ」


「肉もいいが、俺ぁお前が食いたいなぁ」


一瞬で肌が粟立った。


“なに馬鹿言ってる”と口の端に上がる前に、後ろから胸を揉みしだかれた。


「なっ!!?!」


振りほどこうと身を(よじ)る。


そう、反射的に、だ。


そして私は肉を切り分けるために包丁を握っていた。


ボブも酒が入っていなければ抱き着いたままでいられただろう。私が身を捩ると容易く振り解け、ボブは踏鞴(たたら)を踏んで後ろへ下がる。


振り解いた私の手はボブの顔には当たらなかったが、握り締めていた包丁の峰がぶつかる。だが勢いはそこで止まらず、切っ先が彼の頬から鼻まで滑っていった。


「ぎゃああああああ!」


右頬から横一文字に開いた傷口からは、真っ赤な血が滴り落ちる。


「てめぇ、優しくしていりゃつけあがりやがって、検閲削除(ピーーー)やる!」


尻もちをついて怒鳴るボブを尻目に、私はその場から飛び出した。




私は宴席から逃げるのに留まらず、村からも逃げ出した。


ボブのことだ、あのまま留まれば嬲られ慰み者になるのは想像に難くない。


家にいったん戻ろうかと考えたが、家探しはいの一番にやるだろうと思い着の身着のままで村を出る。


三日三晩捕まる恐怖から足を動かした結果、なんとか私は古い廃村に辿り着いた。


廃村なのに見つけた井戸は、なぜか手入れが行き届いていて私は水をむさぼり飲んだ。


「ふう……なんでまた持ってきちゃったかなぁ」


その手には肉を切り、ボブの頬を切り裂いた包丁。村長宅のものなので、しっかりと研いであるし拵えもいい。


「まぁ刃物があると便利だし、いいか」


飢えはあるが渇きは癒えた。なにより歩き詰めの疲労でとにかく眠い。


目についた空き家に入ると、骨組みだけとなったベッドがあったので横になる。


硬いのは変わりないが、こういうのは気分だ。


“起きたら食べ物を探そう”そう思ったのを最後に、私はあっという間に眠りに落ちた




翌朝空腹で目が覚めた。


井戸へ行き水で空腹をごまかすと、森に入り食べられるものを探しにいく。


食べられる木の実や野草を片っ端から摘み取り、着けたままであったエプロンをザル代わりに持ち運ぶのだが、摘んだ端から口に入れるので一向に増えていかない。


「……食べられるけど、おいしくない」


不平が口から洩れても飢えを凌ぐにはこれしかない。


「うえぇ……」


いつもなら煮込む野草を生で食べると、硬くえぐみがあってはっきり言ってまずい。


「不作の時、おばあちゃんはこんなの食べてたのか」


食用になる野草の知識は、死んだ祖母から教わった。


そこそこ空腹が紛れると、エプロンの上にはそれなりの野草の山が出来上がった。


「これからどうしよう」


途方に暮れながら昨日と同じ骨組みだけのベッドに横になると、いつの間にか微睡んでいた。




「はっ!」


気付いたのは外からの音。


村から追手が来たのか?それとも魔物か野盗か?


窓の隙間から覗くが、廃屋の近くにヒトは来ていないようだ。しかしヒトのざわめき声や馬のいななき、静かな廃村には似つかわしくない騒音が響いている。


「隠れなきゃ」


この家に裏口はない。踏み込まれたら簡単に捕まってしまう。相手の正体がわかるまで身を潜めなくては。


そっと扉から滑り出ると、足を忍ばせて森まで駆けだした。




「ううう……」


やってきたのは隊商だったようだ。何台もの馬車が広場に輪を作り、そこで一晩明かすらしい。


待っていればそのうち立ち去るのだろうが───


“きゅるるるるる”


食事の匂いがおなかを刺激してきて辛い。


ひもじい思いをして耐えていると、ようやく静かになった。


忍び足で近づいてみると、広場の中央で二人の見張りが火を囲んでいるのが見えた。


一人は背を向けているので顔が見えない。けれども腰に剣のようなものを差しているので護衛なのだろう。


もう一人はしっかりとした体格の朴訥な青年だ。年上っぽいけど表情がころころ変わってかわいらしい。


「うちの村には居なかったタイプだなぁ」


バカバカ!そんなこと考えている場合じゃないでしょ!


これから食料を少し分けてもらうのだ。塩があれば最高だ。


私は見つからないように、大回りをして目星をつけた馬車を目指した。




★☆★☆




夕方前に辿り着いたのはそれなりの規模の村だった。


「これが廃村だって?なんでまた」


「水だよ、水。この村の井戸は夏とかよく枯れるんだよ」


雑草の生えた道を歩いていると、隊商の取りまとめ役であるオルソンが答える。


「溜め池とかは作らなかったのか?」


「作ったらしいが、人口が増えると流石に量が足りん。井戸を掘り下げて枯れない水脈を当てにしたそうだが、努力は実らなかったのさ」


辿り着いた先はしっかりした作りの井戸だった。いかに大事にしていたかが窺える。


「村人たちは?」


ゴミ避けの蓋を外し、井戸の中を覗き、水の気配を探る。


「次に行く村の大半がここの村の住民だ」


「なるほど……この水脈の水の気配はなんとも頼りないな。この隊商規模を数日賄うなら問題なかろうが、村を維持するには厳しい」


「さすがエルフ。水の精霊にでも聞いたのか?」


「そんなところだ」


適当に返事をしていると、遠ざかる人の気配。隊商の誰かが村をうろついているのだろうと、この時の俺は気にも留めなかった。




隊商の馬車は廃村の広場を囲うように停められた。


馬車内で足を延ばして寝るには人数制限があるので、あぶれた者達用に天幕が張られると、見張り番ではない者たちが毛布片手に入っていく。


廃村といえどもヒトの縄張りであったの場所への侵入は、魔物や動物であれば頻度は低い。


ましてや大人数の隊商である。ヒトの気配が多ければ、それだけでも牽制になるのだ。


それでも少数の見張りは配置され、俺も当番の時間には眠い目をこすりながら火の番を始める。


地面に胡坐をかくと、その窪みにサミィがするりと収まる。


「ふぁああああ……」


斜向かいで大あくびをしているのは、立派な青年になった鍛冶屋のセウィムだ。


普段から槌をふるっているせいか、肩回りについた筋肉が上着を持ち上げている。


「夜の見張りは眠いですねぇ。ほんと夜はやりたくないです」


「昼は昼で“退屈だから“というんだろう?」


「はははっ、まったくその通りで」


なかなか気のいい奴になったものだ。


「暇つぶしにまた何か聞かせてくださいよ」


俺と見張りになる者はだれもかれも話をねだってくる。まあ彼らにねだられるほどあちこち放浪しているので、話のネタは豊富なのだが。


「俺なんか鍛冶で槌振るっているだけだから。鍛冶屋の内輪ネタ聞いても面白くないでしょ?」


言われてみれば確かにそうだ。




“ミャ”


サミィの合図とほぼ同時に気配に気づく。


顔を上げ耳の角度をくるくる変えるサミィ。


気配を探ると四つ足ではなく二足、ゴブリンのような魔物の類ではない。ヒトが足を忍ばせていることがわかる。


食料や水はそれぞれの馬車に少量ではあるが積んである。しかしその気配の主は、食料を専門に扱っている商人の馬車に向かっていた。


その馬車にはこの先の村への商品だけでなく、俺たち隊商の日々の食材も積んでいる。


「食い足りない奴がコソコソしてるのか?まったく……」


盗み食いはトラブルの元だ。


晩飯は腹持ちの良いものだったはず。事実、俺も小腹すら空いていない。


サミィがするりと胡坐から抜け出すので、俺も立ち上がる。それを見たセウィムも、口に手を当てキョロキョロ見渡し始める。


とは言え大げさにするつもりはない。注意しておしまいだ。


馬車の輪の外周に出て回り込むと、今まさに食料を漁っているところに出くわした。


そいつは馬車に乗り込めず、上半身を突っ込んで食べ物を漁っているようである。


そしてロングスカートを履いた尻が左右に揺れて───男じゃなくて女か……


「はあぁぁぁ」


ついクソデカため息が漏れると、スカート越しに尻が跳ね上がり動きが止まる。


「ばれてるからおとなしく出てこい」


“なぁぅ”


興味をなくしたサミィは一鳴きして戻っていった。


「早く出てこい」


それでも尚固まっている尻へ促すと、じりじりと馬車から降りてきて振り返る。


「あれ、君どこから来たの?隊商のヒトじゃないよね」


背後にいたセウィムが身を乗り出して問いかける。女か?若い女だからか?


顔や衣服は薄汚れているが、綺麗というより可愛らしい普人の女だ。セウィムより若いだろう。


セウィムは大きな胸が気になっているようだが、それより俺は手にした包丁の方が気になる。


「ごっ、ごめんなさい。け、けど三日も食べてないの。見逃して!」


彼女は右手に包丁、左手に食べかけの干し肉を握りしめながら言い訳をし、同情を誘う。


しかしその彼女の言葉に、セウィムはさらに俺の前に出る。


「包丁を人に向けちゃいけないよ。それは料理をするものだ───事情があるなら話を聞くよ。おなかが空いてるなら僕の分を分けてあげてもいい。だからそれを───」


包丁を何とかしようと説得するセウィムの陰から、俺は一足飛びに踏み込むと彼女の手から物騒なものを抜き取った。


「え?えっ?」


「こいつは預かる。セウィムは彼女を焚火のところまで連れてこい。俺はオルソンを起こしてくる」


「へ?あっ、わわわ、わかった」


どうやら事情があるようだ。あっけにとられる二人を置いて、俺は隊商の取りまとめ役(オルソン)を起こしに場を離れた。




「連れていくのは構わんが、あんたはそれでいいのか?」


オルソンは欠伸をしながらこともなげに受け入れた。あとは彼女の覚悟次第なのだが、あっけにとられていた。


「マリー、開拓村の目的が分かるか?」


「えっ、と、農地を開拓する?」


「それだけじゃない。辺境で開拓するってのはだな───


ヒトの生存圏の拡大が目的だ。荒れ地を拓いて農地にするだけじゃないんだ。その荒れ地は魔物の縄張りの可能性だってある。だとしたら開拓ってのは魔物との生存競争、命のやり取りがあるってことだ。


荒れ地を切り拓き、命のやり取りの次はなんだ。ヒトを増やすことだ。内地から移民を募るだけじゃない。開拓民たち自身が増えること、子を成すこと。


……なーんて大層なことをしゃべくりまくったが、要はマリー、すぐとは言わないが誰かの嫁になる覚悟はあるのか?」


マリーが自身の村を着の身着のままで出奔した理由は聞いた。


その村長の息子の動機はさておき、女一人で生活するのは難しい。


男の肉欲を手玉に取り、後妻に収まる・妾になることは、辺境に限らず村々では珍しいことではない。


結婚適齢期になった男女を、村の寄り合いで(めあわ)せることもままある話だ。


それに農村の収穫祭は未婚の男女の婚活の場でもあったりする。


「いま何歳だ」


「十六です」


「ん~、この先の村だと独身の男は……五十くらいの奴とかか。妾にはならん方がいいぞ。嫁の嫉妬もそうだが、開拓地じゃ他の女からの嫌がらせもえげつないと聞く。エロジジイであっても嫁として落ち着いた方が、身の安全のためにもお勧めだ」


“えええ~”とマリーは声にならない様子で顔を引き攣らせるが、オルソンの眼がちらちらと行き来していることに気付いた。


ああ、なるほど。推薦してやるか。


「すぐに結論を出せとは言わないが、セウィム(こいつ)はどうだ?なかなかの優良物件だぞ」


丸く小さくなっていたセウィムを叩いて背筋を伸ばさせ、耳元で“自己紹介しろ”と囁いてやる。


「鍛冶師のセウィムっ、ですっ!もうじき二十歳になります!かのじょ『嫁だろ』、嫁さん募集中ですっ」


「そこそこ大きくなった村が鍛冶師を必要としているらしく、それに応じたのがこいつなんだ。そういえばその村にはお相手はいそうなのか?」


俺の問いにまたもやオルソンが視線を上に向けて悩み始める。


「あそこは……子供(コブ)付きの三十ちょいの寡婦がいたか。エールづくりの名人とかでそれで生計を立てているが、男相手が多いせいでちょっと気が強いな。あとは十に満たない女の子ばかりだから、適齢期になるのは当分先になる」


つまりマリーのお眼鏡にかなわなければ、セウィムの結婚は十以上の年上か、しばらくお預けになるということだ。


状況が厳しいのはマリーも同様で、親子以上の歳の差婚か村八分の可能性のある妾生活かである。


「元の村に戻りたくはないのだろう?」


「それは、まぁ、はい」


セウィムはガチガチに緊張し、マリーは少し照れ臭そうだ。


これは十分に脈がある。


「セウィムが行く村までまだ先だ。慌てる必要はないが、よく考えて返事をしろ」


“俺はもう寝る”と言ってオルソンは自分の天幕へ戻っていった。







ブクマ・イイねボタン・一言、お待ちしております。


お読みいただきありがとうございました。

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