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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
砂エルフ、旅情篇
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新たな旅へ






「依頼の品だ」


「相変わらず仕事が早いですねぇ……はい、確かに」


あれからギルドで依頼をこなす日々が続き、路銀も十分に蓄えることが出来た。


様々な依頼を受けたが、なんやかんやで支払いがよかったのは、薬師のばあさんからのものだった。


なんでも薬師モイラと言い、その界隈では有名らしい。


“らしい“というのは、名前も当人から名乗られたわけではなく、依頼受注の際にギルド職員から教えて貰ったからだ。


当時を思い返すのであれば、“モイラ、誰それ?”である。


それ故に顔をあわせても未だに“ばあさん”と呼び掛けている。


あと河向こうの鋳掛屋親子へは、俺もバルボーザも挨拶は済ませてある。もっとも関係が深かったのはバルボーザだったのだが。




「武者修行名目じゃったのに、あまりそれらしいことをしとらんのう」


「日課の鍛錬以外だと、精々ゴブリン相手しかしてないなぁ」


それ以外はトロールに一回遭遇したのみである。


「それなりの稼ぎを上げてるのに、強面(こわもて)たちも因縁もつけてこないよなぁ」


地元民からすれば余所者の羽振りがいいのは気に食わないはず。それどころかギルドに出入りしている荒くれ者(ギルド員)からも干渉されることは無い。


「どいつも睨みつけるぐらいじゃからなぁ」


ギルドハウスに出向けば誰かしら出入りしているのだが、居合わせた者たちからは声をかけられることも無く、視線を集めヒソヒソ声で出迎えられることがしょっちゅうなのだ。


そんな毒にも薬にもならぬ生活を送っていた頃、俺たち二人にギルドから仕事が斡旋された。




身の振り方に頭を悩ませながら今日もギルドに赴くと、中に入るなりギルド職員から声がかかった。もちろんバルボーザも(サミィも)一緒である。


“いつも質の良い納品をありがとうございます“と定型の挨拶から入る女性職員。


「実はお二人にご紹介したい仕事がございまして」


笑顔の女性職員が口を開く。


美人で評判の彼女が窓口に立つと、空いている窓口があっても下心満載の男どもが列を成すのを何度も見ている。


しかし普人の彼女では、エルフとドワーフ相手をするには分が悪い。それでも彼女に仕事を振った上役の思惑は凡そ察しが付くというものだ。


そして彼女は評判の笑みを浮かべてから口を開いた。


「近々隊商(キャラバン)組まれることが決定されまして、その護衛を募ることになりました」


「依頼掲示板に貼ってあるならばそちらを見るが?」


「いえ、あちらは一般公募のものですので。態々お声がけしたのは、お二人に護衛の指名依頼があったからなのです。当然一般公募よりも条件が上ですので、引き受けていただけませんか?」


なるほど。ここで俺たちが指名を受ければ、ギルドとしても相応の斡旋料が入るからだろう。それで人気の彼女に対応させたのか。


「護衛が必要なのはわかった。報酬も気になるが、そのキャラバンはどこまで行くんだ?」


質問に対して一枚の紙が差し出された。


「開拓の最前線まで。詳細はこちらに記載されていますが、かいつまんで説明しますと日当銀貨八枚食事付き。お二人には追加で二枚上乗せするそうです。支払いは日払いも可能ですが、基本目的地にしている村々の到着時になります。道中お金を貰っても使う場所もありませんから」


「言っとくが日払いにする奴ぁ、暇つぶしに博打をする奴らじゃぞ」


バルボーザから補足が入る。


「暇つぶし程度ならよいのですが、負けが込んで折角目的地についても素寒貧とか偶に耳にしますよ」


“本当かどうかは知りませんが”と付け加えてくる。


長旅になるので暇つぶしは必要なので禁止はされてないそうなのだが、高レートでの賭博は禁止されているとのこと。


しかし毎回博打好きが集まる訳ではなく、どちらかと言うと立ち寄った村で酒類の購入資金に充てられることの方が多いとか。


酒も隊商が運んでいる商品の購入は厳禁なので、それを購入した村からさらに購入するしかない。道中でちょろまかそうならば厳罰に処せられる。


それでも飲みたい者は自分で持ち込むか、味の保証のない村の地酒を購入するかである。


話がそれた。


「通過する村々で販売仕入れを繰り返しながら、最終目的地は開拓の最前線であるオルターボットまで護衛していただきます。その後は現地解散ですが、隊商は現地での売買ののち逆ルートでここまで戻ってきます。その際は余程のことが無い限り、優先的に再雇用をうけられますよ」


どうしたものかと少し悩んだが、このまま居続けても代り映えがない事は確かだ。


ならば環境を変えるしかない。


「悩むことは無いじゃろ?」


「そうだな」


どうやらバルボーザも異論はないらしい。


「その依頼受けよう。正式な日時が決まったら知らせてくれ」


「ありがとうございます」


彼女は今日一番の笑顔で礼を述べた。




護衛依頼の受注後手持無沙汰であったので、細々とした別件の依頼を済ませて時間を潰したのだがなんてことはない、モイラばあさんの採取依頼である。


ばあさんにキャラバンの護衛を受注したと伝えると、反応はあっけないもので“気を付けて行っといで”とさらりとしたものであった。


俺はてっきり“うちの素材採取は誰がやるんだい!”と文句の一つでも言われると身構えていた。


「アンタらには稼がせてもらったからね。ちょっと待ってな」


そう言うとテーブルの上に次々と調剤済みの薬を並べ始めた。


「解熱に腹痛、下痢止めに傷薬に包帯っと。旅の備えだよ、持ってお行き」


俺が口を開こうとするのを押し止め、言葉を続ける。


「餞別だって言ってるんだよ。金なんかいらないさ。アンタらが使わなくても、旅をしてりゃ誰かしら具合が悪くなろうってもんさ。そいつに使ってやりな」

そこまで言われては頂かぬ訳にもいかない。ありがたく頂戴すると去り際にまたもや声がかかる。


「アタシがくたばる前に戻ってくるんだよ!」


俺たちはいったいどこまで行くというのだ。


遂に名乗り合うこともなく、漏れ出る苦笑を浮かべながら、手を振って薬師のばあさんと別れた。




★☆★☆




キャラバン出発の当日。


近隣の情報は常に入ってきている。


天気も良好、悪路もなし、魔物や賊の情報もなし。この先三日四日の予定がずれることはないだろう。


初日のキャンプ地は既に決まっており、俺たちが素材採取で入っていた森のもう少し先とのこと。


正直物足りないが昼前の出発の上、馬車が十台以上も連なるとなると、一日で稼げる距離も自ずと限られてくる。




「オルソンだ。今回のキャラバンを仕切らせてもらう。よろしく頼む」


普人の中年の男と挨拶を交わす。


「ヴィリュークだ」

「バルボーザという」


がっしりとした肉付きで、服の下はしっかりと筋肉がついているのだろう。肩や上腕もなかなかの太さだ。


日焼けした顔や厳めしい表情も相まって、黙って立っていると商人ではなく雇われた護衛と間違えてしまいそうである。


次の瞬間、へにゃりと表情が崩れた。


「依頼を受けてくれてありがとうございます。薬師モイラが褒めていた、評判のお二人に来てもらえると百人力です」


演技だとしてもこの笑顔は納得の商売人だ。しかし薬師のばあさんが知らぬところで褒めていたとは……


「今回の護衛には自前の馬で……移動とか……」


手綱に引かれているそれは、形は馬でも明らかに馬ではない。


「あー、時間は山ほどあるから。出発の準備はいいのか?」


「おおっと」


そして然程待つこともなく依頼を受けた護衛が揃い、それぞれの馬車に乗り込むとオルソンが声を上げた。


「出発!」


それを合図に俺たちも手綱を操り、先頭の彼の馬車と並走させる。


新たな旅の空の始まりだ。




初日から俺たちは隊商の注目を集めてしまっている。


エルフとドワーフのコンビというだけではなく、馬とロバの形をしたゴーレム(モノ)に騎乗しているからだ。


じゅうたんに乗っていた時は速度差があったので、視線を集めてもあっという間に飛び去ることが出来た。


しかしキャラバンの一員としてとなると、否が応でも視線を集めざるを得ない。


とは言え見た目は奇異だが役目は馬である。そんな視線も一時間も過ぎると、周囲の流れる景色の方がましになってきたようだ。




初日の野営地は定番の場所の様で、常に誰かしら使っているのか小綺麗に整備されていた。


結果から言ってしまうと初日の食事はまともなものであった。しかしその食事も三日目くらいまでであろう。なぜなら食用に耐えうる鮮度がそれくらいだからである。


隊商(キャラバン)と言うくらいだから、だいたい馬車一台が一つの商会で、多くても馬車二台を所持している。


食事も商会ごとに準備を行うのだが、護衛の食事はある程度選択できる。


基本食材はオルソンから配給され、大体はそのままオルソン商会の炊事担当へ手渡される。そもそも護衛依頼を受けるギルド員は、腕っぷしに自信があっても調理に自信があるものはまず居ないからだ。


「そういうシステムなのか」


「なんじゃ知らんかったのか」


「ああ、あれこれと買い込んできてしまった」


砂漠でも自炊していたし、エステルとナスリーンとの旅でも専ら俺がやっていたのだ。


「この先も長いし、適当に消費していくか」


その晩の食事は固焼きパンと根菜と干し肉のスープ。初日と言うこともあり食材の鮮度も相まって、それなりに旨い夕食であった。




翌朝は早速自炊することにした。


バルボーザにフライパンをのせられるくらいのかまどを石で組んでもらう。


配給されたのは、拳より大きめの固焼きパンと芋。干し肉もあったが遠慮した。


程よく温まったフライパンにまず投入したのは、塊から厚めに切り出したベーコンだ。ゆっくりじっくり炙ると脂がでてくるので、脂の上に洗ってスライスした芋を並べて蓋をする。皮なんか一々剥かない。


フライパンを見ている間に、バルボーザにはパンをスライスしてもらう。バルボーザ自身が研いだナイフは、硬いパンをものともせずに等間隔で切り分ける。


音が収まり始めたので蓋を開けると、湯気と薫りが辺りに広がっていった。


「ベーコンはもういいだろう」


すぐさまバルボーザは手にしたフォークでベーコンをパンにのせて一口。


「塩っ気と脂が旨い。酒が欲しくなるわい」


「朝からやめとけ」


当然の制止をしながら芋をひっくり返すと、カリッと茶色い焦げ目が出来ている。よしよし。


自分の分のベーコンをパンにのせると、すかさず空いたスペースにベーコンを入れるバルボーザ。


……そのベーコン塊、一食分ではないのだが。


あっという間に手元のベーコンパンを平らげ、次を待つドワーフであったが次に供されたのは芋であった。


構えていたパンを皿代わりに、カリッと焼いた芋を積上げてやる。


「儂はベーコンを待ってるのじゃが」


「いらんなら俺が食う」


自分の分も確保し、新たな芋も投入。


すかさずこんがり焼けた芋に齧り付くと、さっくりした歯ごたえに中身はほっくりとした食感。


ベーコンの脂は芋をこんがり焼くだけでなく、芋は脂を吸ってその旨味を閉じ込める。


フライパンがそのルーチンを三度繰り返すころには、大食漢のドワーフも満腹になっていた。


「しまった、ベーコンの脂で卵も焼くつもりだったのに」


「そういうのは予め言わんかい!」


フライパンはバルボーザが残ったパン切れで、ベーコンの脂を綺麗に拭い去ったあとであった。


「明日な、明日」


「絶対じゃぞ」


「分かった分かった」


ドワーフへ雑な返事をし、俺は周囲の注目を集めながら食後のコーヒーを淹れ始めた。


どうやら隊商の彼らに、豪勢な朝食の薫りを振りまいていたようで視線が痛いが、コーヒーを仕舞うには遅すぎた。


「おはようさん、二人とも」


挨拶を口にしながらオルソンがやってきた。


「暴動が起きかねんので、程々で頼む。場合によっては俺も暴動に加わるかもしれん」


たかだかベーコンでそこまで言うか。しかし───


「それはすまなかった。コーヒー飲むか?少し古くなって味は今一つかもしれんが」


「そんなものまであるのか……ご相伴にあずかろう」


この地方では馴染みの薄いコーヒーだがオルソンは知っていたようだ。薫りの一件はこの一杯で誤魔化されて欲しい。




今日も先頭のオルソンの馬車の横にはバルボーザが並走。


俺はすべての馬車が動き出すのを確認し、野営地の後始末が問題ない事を確認。


馬車群を最後尾から追いかける。


すると数台前の馭者席から振り返って手を振る姿がある。


「ヴィリュークさん、俺のこと覚えてますか?」


手綱を操り接近すると、普人の青年から声がかかるではないか。はて?


「数年ぶりです。一回だけ野営でご一緒させてもらったのですが───」


がっしりとした体格の青年普人はさらに言葉を継いでくる。


「鋳掛屋のセウィムです。今は独立して鍛冶屋を名乗れるようになりました!」


よほど鋳掛屋に縁がある。


「ああ~!河岸で狼の群れに襲われた時の!だけど随分と様変わりしたなぁ、普人の成長はあっという間だな」


「ははははは!あの時はまだ親方に引っ付いていましたからね。しっかし護衛のエルフが聞いたことのある名前でびっくりしましたよ。ヴィリュークさんがいるなら心強いです」


世辞を言ってくるセウィム。最初に会ったときは筋肉が付いた子供といった印象だったが、今や見た目も立派な成人男性である。


「なんで隊商に?」


「いえ、なんでも開拓村に本職の鍛冶屋が欲しいとかで呼ばれたんですよ。丁度俺も独立して身の振り方を考えていたとこで、向こうもちで仕事場は用意してくれると聞いたら、行かざるを得ないでしょ?」


仲間内の餞別で、仕事道具や設備の足りない分はある程度賄うことが出来たとのこと。それでも足りない分は徐々に自作したり買い足したりするそうだ。


「嫁はいるのか?」


問い掛けに固まるセウィム。余計なことを聞いてしまったか、少し目が虚ろになった。


「イナイデスシ、トウブンヒツヨウナイデス……俺は新天地でいっぱしの鍛冶屋になるんです!」


鍛冶師の招聘があったから、即飛びついただけではなさそうである。


「連れにドワーフがいるから話してみるといい。同業者との会話は参考になるだろう」


「はい!」


セウィムは拳を握りしめて頷いた。







お読みいただきありがとうございました。


ブクマ、一言、イイねボタン、お待ちしております。

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