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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
砂エルフ、旅情篇
174/196

討伐、採取、後始末、からの──






何度目かの無造作ともいえる拳撃が振り下ろされるが、その拳は地面を穿つばかり。


危なげなく回避したのだが、トロールは拳で穿った穴から目つぶしの土を浴びせてくる。


素早く水の膜を張って土を防御すると、膜に当たった箇所が土で濁り、見通しが悪くなる。


土が水に当たるのも数瞬で、すぐさま膜を解除して地面に落とした目の前には、足の裏が壁のように迫っていた。


掲げた魔刀の峰に手を添え、術を行使する。


“水盾”


後方へ飛び退りながら出した水盾であったが、トロールが構わず蹴り抜いてくると水盾にはみ出すようにして足の指が見える。


やられっぱなしも腹ただしいので、駄賃とばかりに魔刀を振うと小指側から二本斬り飛ばす。


“GUGG……”


トロールは悲鳴を押し殺し追撃を繰り返す。


“疾駆招来”


一歩が大きい相手に迫られると、歩法や体捌きでは限界がある。ましてや相性の悪い相手と長期戦ともなるとなおさらだ。


だが速度系の身体強化も考えて使わないと、振り回されて間合いの内外を出入りするだけになってしまうので、これもやはり鍛錬していかねばならない。


トロールの攻撃を避けながら何度も手足に切り付けているのだが、気付くと傷口の血は止まっているし場所によっては肉が盛り上がっていたりする。


指を切り飛ばした足は……血は止まり肉も盛り上がっているが指は生えてきていない。


どうやら即座に再生はしないようだ。


───仕掛けてみるか。




トロールの攻撃は大きく分けて四つ。


拳での叩きつけ、平手での薙ぎ払い、蹴り、そして踏み付けだ。


だがここでトロールは定石を崩してきた。


手刀の振り下ろし。


危なげなく俺も避けるが、奴は外した後も俺を目で追い薙ぎ払ってきた。少し掠ってしまったが避けておしまいにはしない。


トロールが内側に引き込んだ手へするりと寄ると、真っ向から魔刀を振り下ろした。


一般男性の胴体ほどの太さの手首が音を立てて転がる。


手首落としは十分すぎるダメージと言えるし、これならば攻撃もままならない。


トロールは先のない右腕を左手で押さえてのけ反るので、チャンスとばかりに大きく踏み込み腹を切り上げる。


しかし切れたのは分厚い脂肪の層で大量の出血はなかった。しかし皮膚を切られれば痛みはある。


腹部の痛みに、今度は身をかがめるトロール。


斬り上げた魔刀はまだ大きく掲げている。


柄を握り直してさらに一歩踏み込む。


振り下ろされた切っ先は、トロールの眉間に滑り込み刀身は根元まで隠れ、鼻梁、口、喉元を通過して漸く止まる。


“ずるり”


引き抜きざま身体の前に水の膜を張ると、案の定返り血が飛び、水の膜をどす黒く染めた。


ここから甦りやしないかと残心して身構えていたが、地面に伏したトロールはピクリとも動かない。


傷を剥き出しにしている手首は、再生が進んで出血も止まり、肉も盛り上がり始めている。


「ふん」


手首をもう一度輪切りに落とすが、斬られたトロールに反応はない。


「ふう」


苦労したが討伐終了である。


魔刀を振って血払いをするだけでなく、水を纏わせて刀身を濯ぐ。


帰ったら手入れをしないと。




「───ひゃああああ!アンタらすごいじゃないか!」


婆さんは鞍から滑り降りるとトロールに駆け寄り、その背中をペタペタと触って何やら確認し始める。


「ふひひひひ……まさか、まさかのまさかだよ。どれだけ振りかねぇ……ひっひっひ……」


口角を上げて嗤う老婆。不気味なこと、この上ない。


「しかも水と火の精霊を使えるとか、願ったり叶ったりとはこのことだよ……あんたら!もう収穫は仕舞だよ!トロールの剥ぎ取りを手伝いな!」


一々声がでかい。しかも剥ぎ取りとかどこの部位が目当てなのか、血なまぐさい予感がビンビンである。


「どの部位を剥ぎ取るんじゃ?で、何ができる?」


「トロール素材で何作るかって?そんじょそこらの飲み薬じゃないよ、魔法薬(マジックポーション)さ!ま、恋のマジックポーションじゃないけどね!!」


ひーっひっひっひ、と高笑いの老婆。何かの鉄板ネタなのだろう。ひょっとすると薬師業界ネタなのかもしれないが、業界ネタを振られてもチンプンカンプンである。


「使うのは骨髄だけど、背骨丸ごとぶっこ抜くよ。トロールの骨髄を使った魔法薬は、切断された手足を継ぐこともできるのさ。状態にもよるけど、切断後三日経過した腕がくっついた記録もあるくらいさね!腹の貫通創すら治しちまうからね」


それが真実だとしたら……思わず左の上腕に手がいった。


あの時その薬があれば……いや、貴重な薬であるのは聞いただけでも分かる。今更だ。


「ま、トロールの骨髄のほかにも希少な素材やら、めんどくさい工程やらあるから、貴族様であろうと入手は簡単じゃないからね」


つまり、モノが無ければ権力を振りかざしても、入手は不可能と言いたいのか。


駄弁っている間にも、老婆はトロールの背中にナイフを突き立てているが、なかなか歯(刃)が立たない。


例えるなら人肌に爪を立てて、白い筋がついている感じである。


「ええい、アンタら!でっかい刃物持ってるんだから、ズッパシやっとくれ!」


解体に俺たちの魔刀を頼りにするんじゃない。




解体が終わったのは日もとっぷりと暮れた後であった。


人使いの荒い婆さんは、俺とバルボーザに指示を出し、まんまとトロールの背骨を二本せしめた。


俺たちが肉体労働をしている間に夕飯は用意してくれたが、作業を中断しての食事だったので腹に詰め込むのも急かされた。


現在、俺はと言えば背骨の洗浄をする水出し係となり(婆さんがこするたわし目がけて水をかける)、バルボーザは埋めることも難しいトロールの残滓を燃やしている最中だ。


しかしその火元は契約している火蜥蜴(サラマンダー)であり、一匹だけでは夜が明けても終わりそうにないので、その火蜥蜴を仲介役として仲間を呼んだ結果、総勢十体の火の精霊が活躍中だ。


「なぁ、大丈夫なんだよな」


募集(仮契約)の内容はトロール二匹の焼却だから、延焼の心配はないぞ」


そう断言するバルボーザのこめかみからは一筋の汗が流れているが、暑さによる汗だと思いたい。


二つの炎の上には、火蜥蜴が六匹、ニワトリサイズの火の鳥が二羽、そして燃え盛る炎の髪を持ち身体には炎の服を纏う五歳児くらいの男の子と女の子。


火蜥蜴が這いずるとそこから火の手が上がり、火の鳥(ニワトリ)が羽ばたくと羽から火の玉が飛ぶ。


女の子の口から炎が浴びせかけられ、男の子の指先からは火炎が放射される。


しかし彼らの足元の下草が燃えることは無く、湿った地面から蒸気が上がることもない。


「よそ見してないで水を寄こしな!」


婆さんはこの状況にお構いなしである。


「お、おう」


バルボーザから仲介役のサラマンダーへ魔力の提供を依頼されたのだが、深く考えずに承諾して与えてやったら、結構な量の魔力を持ってかれた。そのせいで少し体がだるい。


こちらから接続が切れたからよかったようなものの、あの調子では吸えるだけ吸っていったに違いない。


───その結果がこれである。


「なぁバルボーザ、あのニワトリって」

「言うな」

「じゃあ、あの子供たちは」

「黙っとれ」


目の前ではしゃぐ火の精霊たち。


“もえろー”


声や鳴き声は聞こえないが、歓声を上げているのは見て取れる。


「何かの拍子に火蜥蜴(うちの)じゃなくて、こ奴らが来そうじゃのう……」


バルボーザのつぶやきはよく聞こえなかったが、トロールの死体は真っ白な灰となり、火の精霊たちは契約通りに去っていった。




翌朝、空も明るくなる頃の清々しい朝───


ではなく、ほんのり暖かい空気が周囲を包んでいる。


「火の精霊がここまでお調子者とは知らなかったわい」


ボヤくバルボーザの前には、真っ白に燃え尽きた灰の山。昨晩念入りに燃やした結果がそこにあった。


当初は骨の周りに灰が散らばっていたのだが、集めているうちに骨も崩れ、遂には灰と骨が一緒くたの山となってしまった


だがバルボーザが問題視しているのはそこではない。


周囲のぬるい空気の原因が灰にあるからである。


「普通の炎で燃やすので十分だったのに、精霊の炎でやるとは……」


「……ああ、だから下草も燃えなかったのか」


対象物にだけ効果を及ぼすのが精霊の炎である。


精霊の炎で生じた灰─── 火の精霊の残滓。バルボーザ曰く、魔法の触媒にもなれば魔剣の材料にもなり、そこらに放置しようものなら環境への影響も看過できないそうだ。


結果、バルボーザは婆さんから採取用の袋を貰い、可能な限り静かに回収を済ませた。


「さあ、あんたたち。大急ぎで街に戻るよ!帰ったら製薬作業だ、腕がなるねぇ」


婆さん大張り切り。ふひひと不気味な笑いが漏れている。


それぞれ鞍上のヒトとなるのだが、婆さんは今回も俺の前で手綱を握っている。


「専門的なことは分からんが、頑張ってくれ」


発した言葉はそのままの意味だ。だが振り返った婆さんの目は違った。


「何言ってるんだい!二人ともアタシのアトリエまで来て手伝って貰うよ!火と水を気にしないでいられるたぁ、どんだけ作業が楽になるか!追加報酬は出すよ、期待しときな!」


タダ働きをさせるつもりはない事は分かったが、こき使うつもりであることが明白ともなると、思わず口元が引きつってしまう。


婆さんの手綱さばきはしっかりしたもので、帰り道で迷うことなく採集も無しとなると、森を抜けるのもあっという間であった。


あとは整備された街道を街に向かって辿るだけ。


婆さんはクレティエンヌを急かすだけだから楽であろうが、バルボーザにはいい迷惑であった。


「遅いよ!そんな遅くちゃ日が暮れちまうよ!」


サイズ(歩幅)が違うのじゃから、無理言うんじゃない!」


ロバに馬と同じ速度を求めるのは無理であろう。たとえそれがゴーレムであっても。


しぶしぶ速度を落とした帰り道であったが、昼飯前にはビナロワの門に辿り着いたのだから、十分急いだと言えよう。




婆さんは門の衛兵たちの検問を容易くあしらった。同行者である俺達への調べも、婆さんが口を開けばおざなりなものに変わった。


「あんた、まだ飲んでるね?酒を控えろと言っただろう」


「いや、その……」


こわもての衛兵が胸元ほどの背丈の老婆にたじたじだ。


「あたしの薬は万能じゃないよ!倒れてからじゃ遅いからね!」


婆さんは衛兵が着ている鎖帷子の胸元を、掴み、引き寄せ、顔を近づけて威嚇する。


「三日酒を抜いてから来な。薬は用意しといてやる」


“三日!”と悲鳴を上げる衛兵だったが、婆さんは胸元を突き飛ばし“来るんだよ”と捨て台詞を吐いた。


「何見てるんだい!こっちだよ!」


婆さんは年に似合わぬ健脚で先導していった。




「ここがあたしのアトリエだよ!」


先導された先は河とは反対側の街のはずれだった。


「なんとまぁ……」


アトリエなどと称するには憚られる。


周囲に他の建物は無く、柵で囲われている範囲が敷地なのであろう。数本の低木が茂り、こじんまりとした畑に植わっているのは薬草だろうか、それとも家庭菜園か。


建物の壁は蔦が生い茂り、窓の周りがぽっかりと空いている。


「世捨て人の庵か」

「森の呪術師の(ねぐら)と言った方が」


「ヒトんちに何言ってくれるんだい!マリオいま帰ったよ!いたら返事しな!」


玄関を開けながら叫ぶ婆さん。マリオ某の苦労がうかがえる。


「うるせえクソ師匠!聞こえてんよ、もちっと静かに帰ってこい!」


言い返すメンタルは持っているようだ。高圧的な物言いに、胃をやられて自家製薬では目も当てられない。


「いい材料が手に入ったよ!“釜”の手入れは万全だろうね!アンタらも突っ立ってないで、荷物を運んどくれ!」


「クソ師匠、また通りすがりの人に手伝わせてるのか!人の迷惑考えやがれ!」


師弟のやり取りがいちいち五月蠅い。怒鳴らないで会話できないのだろうか。


「うちの師匠がすまねぇな……!!?!」


出てきたのは痩せぎすな普人青年で、頭には黄色とも茶ともいえる草木染めのバンダナを被っている。


「クソ師匠!街のヒトどころか、思いっきり旅のエルフとドワーフじゃねぇか!迷惑考えろ!」


「いや、待て、待ってくれ───」


口が悪いのは婆さんの影響だろうが、常識は弁えているようなので、慌てて経緯を説明した。


「はぁ……何というか、すまん。こっちだ」


案内された部屋は独特の臭いがする部屋だった。


壁際には大きな釜が一つと、布を被せられた同等のサイズのものが一つ。それぞれ竈に据えられており、煙突が天井を貫いていた。


裏口のような小さな扉の横には水瓶が据えられている。おそらく裏口の外の近くに井戸があり、水汲みの手間を減らしているのだろう。


隣の壁には大きな薬箪笥(タンス)が並んでいる。ネームプレートを差し込める構造で、端の方は名称の書かれた板が刺さっているが、中央のものほどプレート率が低くなっている。


これは恐らくよく使う材料が入っているのだろう。何かの拍子で外れてしまったのだろうが、間違えようのないくらい頻繁に使用するので、そのままになっているに違いない。


誰とは言わないが同じことをしている者に覚えがある。


そして天井や窓際には様々な植物。


日に当てたいものは窓際に、陰干しにしたいものは部屋の奥へ。


様々な形の乾燥させた果実や種が、幾つもの(ざる)に入れられて積み上がり、元は鮮やかな朱色であったであろう花は、束ねて吊るされくすんだ色をさらしている。


そして窓際には、皮をむいた果実がヘタを結ばれ、一列に吊るされている。


はて?


「そいつは保存食だよ!指咥えて見ても、まだ熟してないから諦めな!」


……薬じゃなかった。







一言・評価・いいねボタン、お待ちしております。


お読みいただきありがとうございました。


来年も月刊砂えるふをよろしくお願いいたします。



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