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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
砂エルフ、旅情篇
172/196

“ひひっ“とわらう






その後、新たに二本の殺生葛を採取することが出来た。


最初のものと比べるとどちらも短かったが、採取対象としては十分なサイズである。そもそも最初の殺生葛が大物だったのだ。


その後はゴブリンに遭遇することもなく、今回徘徊していた範囲が討伐したゴブリンの縄張りだったと考えれば納得である。


頃合いを見て来た方向へ戻るが方向だけ合わせたので、出た場所は入ってきた場所からは大分離れていた。


それでも道に出てしまえばクレティエンヌに任せられる。


サミィは鞍上ではなく例のお(くる)みをねだり、俺は寝入った彼女を胸元で抱えている。


───もはや野生はどこかへ行ってしまった。


いや、今更か。




森への滞在が長くなってしまった。徒歩のものでは日暮れまで街に戻ることは出来なかっただろうが、そこはクレティエンヌのお陰で日没前に門をくぐることができた。


今回はきちんとギルドの裏手で馬丁の小僧にクレティエンヌを預け、さて精算とばかりに中へ入ると何やら騒がしい。


「だから死体の片づけを手伝って貰ったんだって!」

「こんな大量の討伐報酬、ホイホイ渡す奴がいるか!」


見覚えのある子供たちとギルド職員のやり取りを聞き、俺は即座に察すると子供たちの弁護に割って入った。


「ゴブリンの討伐部位の譲渡ならばそれは俺がやった。死体の始末を手伝って貰った礼だから、報酬を支払ってやってくれ」


「あっ!」

「えっ?」


言い争っていた双方から声が漏れ硬直してしまった。


「困るんですよ。今回は善意だったかもしれないが、これを許して常態化すると悪用する馬鹿が必ず出てくるんです。それにこんな収入の得方はこいつらの為にならない」


職員が呈する苦言は、このギルドに出入りしている探索者に関わる問題であった。強者が弱者を搾取する構図まで見据えたものであろう。


「同じ建前を振りかざして、稼ぎを横取りする者が出るかもしれない。ということか」


「分かってるじゃないですか。今回は見逃しますが、次はないですよ」


申し訳ないとこちらが詫びてる間に、職員は子供たちに報酬を手渡した。


子供たちも口々に“すんません”と詫びながら、その場を素早く後にした。こちらを見ながら頭を下げていったので、手間をかけさせた思いはあるのだろう。




「付いて来させるままにすると、彼らの手に負えない深さまで森に入ることになるので、しっかり追い払ってくださいよ。あれだけの数、結構奥まで入ったのでしょ?」


「いいや、小規模な群れを潰しただけだが。棲み処も居着いて日も浅かったようで大した規模では無かった。再利用されない様に後始末もしておいたから安心してくれ」


“え?”と職員が目を見開く。


「半数以上は各個撃破したようなものだ。で、棲み処に残っていた奴らを始末して埋め立てたから」


「……小規模ながらも群れを潰した、と」


「子供たちが日帰りできる浅さにいた群れを、な。帰りはゴブリンたちに遭遇しなかったから、討ち漏らしはないはずだ」


職員は改めて討伐部位の数を数えていく。


「あんた何モンだ?」


「───採取依頼の精算に来たエルフだよ」


付与ポーチから採取した数種の薬草を並べ、これまたポーチから殺生葛の根を折れない様に引っ張り出す。


その品質は一目見ただけで明らかだ。


「……ギルドタグをどうぞ」


職員がひねり出したセリフは、いつも口にしている定型文であった。




★☆★☆




「こいつらを採取したのはどこのどいつだい」


依頼品が届いたと依頼主(クソばばあ)に連絡したら、開口一番悪態ともとれる言葉が出てきた。


「品質は問題ないだろう。文句もつけようがないレベルだ」


「はン!いつもこれ位のモノを持ってきな。これなら重傷者に処方できるよ」


三つ編みにした髪の先でこちらを指し示してくるのが不愉快だ。灰色の髪の三つ編みの根元は、漁師が使うロープ並みの太さがある。解こうものなら年寄りどころではない髪の量が露わになるはずだ。


「で、誰なんだい?」


「個人情報だ」


「あんたらはいっつもそう。ま、察しはつくけどね。新入り若しくは最近この街にやってきた奴だろうけど、新入りって線はないね。採取方法ってのは受け継がれるものさ。適当な奴から教われば適当になる。となると余所者の仕業さね」


「余所者と言うな。れっきとしたギルドの登録員だ」


「なるほど。余所者の仕事っと」


肯定したわけではないのに、そのように受け取られて職員の顔も渋くなる。


「正体を知りたいなら指名依頼を出せ。当人に確認後、受注したら引き合わせてやる。たかが薬草採取で痛くもない腹を探られるのは不愉快だ」


「たかがだと?あたしの薬の世話になったのも一度や二度じゃないだろう?そんなことを言うなら薬を卸さないよ。薬師モイラの名は伊達じゃないからね」


老婆はテキパキと薬草を篭に仕舞うとそれを背負う。葛の根が飛び出しているのが滑稽だ。


「そのうち依頼を出しに来るよ」


そう言って返事も待たずに老婆は出て行ってしまった。


老婆も瑕疵のない納品がなされたのだから、あれこれと申し立てることもないだろうに。採取者に対しても品質を誉め、“これからもよろしく”と言付ければ済む話だ。


「いちいち突っかからんでもいいだろうが」


年寄りの言動に、職員も愚痴を漏らした。




★☆★☆




三日ほど連続して採取依頼をこなした。


同じ場所で取り尽くさない暗黙のルールはどこでも共通で、三日目に職員から遠回しに聞かれた。そもそも同じ場所で採取すれば、納品する品質が落ちるから分かりそうなものではある。


勿論三日とも薬草を高品質で納品したのだが、そこは居丈高にならず、やんわりと指摘すれば職員も分かってくれた。


宿は替えていないので、バルボーザとは飯をつつきながらその日の事を駄弁っている。彼曰くハーシャの父親(アイゼア)の回復も順調なので、鋳掛屋の仕事を返して身の振り方を考えなくてはいけないらしい。


「かといってドワーフが森で採取の手伝いでは様にならんのう」


ごもっとも。


「せめて討伐や護衛仕事なら考えんでもないんじゃが」


「目ぼしい依頼があったら声をかけるよ」


「頼んだぞ」




そんな遣り取りをしたのが昨日の晩。


河向こうのビナロワのギルドに入るとカウンターが騒がしい。職員と老婆がやりあっているのだが、とにかく老婆の声が大きい。


「指名依頼にしちゃ金が余計にかかるだろ!直接(ナシ)をつけるから名前を教えな!」


「だから規約違反だって言ってるだろ!」


「誰でもやってることじゃないか!」


「大ぴらにやられちゃあ取り締まらないわけにいかないっての。わかれ!ばあさん!」


やりあっている職員と一瞬だったが確実に視線が合った。


ふむ。


俺は向かっていたカウンターから逸れて、依頼掲示板に目ぼしいものが無いかチェックしていくと、新しい採取依頼が掲示されている。


“キキリヒコの実”

“小枝に複数ついた状態で採取すること”

“太い枝でまとめて採取しないこと”

“実のみでの納品は二割減での支払い”


斜め読みをするとこのような内容だった。


夏に咲いた花がそろそろ実になる頃合いなので依頼がでたようだ。


この実の果肉すり潰して塗布することで傷薬にもなるが、主な使い方は実を乾燥させてから数種の薬草と煎じる、虫下しとしての利用法である。


「その依頼受けるのかい?」


不意に声をかけられてびっくりする。声をかけられるまで気配を感じなかった。


声の方向を見ると、先ほどまでカウンターにいた老婆が真横にいるではないか。


「驚かせてしまったようだね」


ヒッヒッヒ、と嗤う声が憎たらしい。


「で、受けるのかい?よかったらあたしと組まないかね?」


「おい、ばばあ!言ったそばからナニ勧誘してやがる!」


カウンターの向こうで職員が咎めるが、老婆は意に介さない。それどころか更に話を進めてくる。


「穴場があるのさ。けれど、ちょーっと遠いんだよ。荷物運びも当てにしてるんだが、護衛も欲しいんだよ。どうだい?7:3と言いたいところだが、役立ってくれりゃあ6:4で考えてもいい」


「荷運びならロバでも連れていけばいいだろう。それよりも護衛が欲しいんじゃないのか?」


「おい、あんた!」


返答を返した俺にも罵声が飛ぶ。


老婆と言えばこちらを見る目つきが変わり、品定めと言わんばかりに投げつけてくる視線に遠慮が無くなる。


「ふん、伊達にされてるようだけどそこそこやるようだね」


左頬の傷を指しているのだろう。余計なお世話である。


「ゴブリン程度に後れは取らんよ。それより穴場を知られるリスクはいいのか?」


「はン!心配無用だよ、それも織り込み済さね。欲を言えばもう一人いれば万全だけど、言い出しゃキリがないね」


「もう一人いた方がいいのか?知り合いに声をかけてみようか」


「あんたの取り分が半分になってもよけりゃ声かけな」


依頼主と受注者たちと考えれば、その分配は妥当ではある。




★☆★☆




「エルフがドワーフ連れてくるたぁね!ひひっ」


「この婆さんが依頼主か」


連れてきたのは誰であろう、バルボーザである。当然ゴーレムロバのヴァロも一緒だ。


俺がこちらに来た時と同じように、ヴァロに水上歩行を施してやってきた。


ただ、手綱を引きながらでは、うまく水上歩行を施せなかったので仕方なくバルボーザと相乗り。つまり、ヴァロの狭い背中から“落ちない様にくっついて”河を渡った。


次回に備えてしっかり練習することを決心したことは言うまでもない。


「採取を当てにされても困るぞ。森歩きでは薪拾いか護衛くらいしかできん」


「分かってるわいね、ドワーフに期待しちゃいないよ。それより二人そろって面白いのに乗ってきたじゃないか。当然アタシも乗せてくれるんだろうね」


目の前にはクレティエンヌとヴァロが並んでいる。


バルボーザと目が合い、自然と自身の乗騎に視線が流れる。


「……俺と相乗りで良ければ」


「そう来なくっちゃ。馬に乗るのも久しぶりだね、移動も早くなるってもんだ」


“さあ、早く早く!”と、はしゃぐ老婆。


俺の前に乗せるか後ろに乗せるか……俺は先に鞍に跨ると、老婆の手を取って引き上げて俺の後ろに座らせた。


「アタシに後ろから抱き着いて欲しいのかい?ひひっ」


「……」


余計なことを言わずに黙って座っとけ。


サミィは俺がおくるみで抱えることに。本当に楽を覚えたなぁ。




普通の馬でないと気付きはしゃぐ老婆であったが、馬上で名乗りもまだだったことを思い出す。


「自己紹介もまだだったな。俺は───」


「必要ないよ」


にべもない反応に二の句が継げなかった。


「老い先短いババアの名前なぞいらんだろ。婆さんでいいさ。代わりにアタシもあんたらの名前を聞かないよ」


思わずバルボーザと見合わせてしまった。


「よろしくな婆さん」


「よろしく頼むよ、ドワーフのじいさんにエルフの兄さん」


呼び方の違いにムッとするバルボーザであったが、いちいち噛みつくのも面倒くさかったのか“ふん”と鼻を鳴らして顔を背けた。


まったく……ひねくれたばあさんに少しため息がもれそうになる。




「楽ちんだねぇ」


朝一で出発したのだが、街道を昼過ぎまで進んだ辺りでようやっと森へ入った。騎乗しての移動だからヒトの足だとほぼ一日弱の距離だ。


徒歩で来たのであれば森に入る前に一泊なのであろう。


採取依頼を受注するものたちもこの辺りまで足を延ばしていないのか、足元にはちらほらと採取対象が目に入る。


「いろいろと目に入るが採取しないのか?」


「ペーペーの飯の種だよ。アタシが採取してどうするんだい。奴らが採取できないものが今回のお目当てだよ。分かってないね!」


一言に対して二つも三つも返ってくる。


鬱蒼とした森の中。頭上の木々には葉が生い茂り、生えている下草もあまり日光を必要としない低いものばかりで、苦労なく進むことができる。


「あっ、あれは採っておくれ!あのキノコだよ」


言ったそばからこれだ。


「採らないんじゃあなかったのか」


「今夜の飯の具材だよ。四の五の言うならあんたにゃやらんよ!」


鞍から降りて指さす倒木の陰に屈むと、結構な数のキノコが生えていたので、小ぶりなものを避けて採っていく。


「ほら!次はこっちだよ!」


いつの間にかクレティエンヌの手綱を操り先に進んでいる老婆。


くそっ。


バルボーザは……我関せずと少し先行して周囲を窺っている。あれは巻き込まれたくないからに違いない。


俺はしばらくの間クレティエンヌに乗れず、食材集めに右へ左へと走らされた。




移動が楽な森とは言ったが、障害が無いわけではない。


倒木を迂回し、乗り越えられない起伏は回り込み、道を阻む藪は切り拓く。


「鉈を複数持っていてくれて助かった」


「大昔に打ったものが役立って何よりだわい」


バルボーザと二人して道を拓く。


「助かるねぇ。アタシ一人だったら遠回りしてるとこだよ。ひひっ」


婆さんは後ろで俺たちの作業を見守っている。一緒に作業に加わられても戦力外なのだろうが、正直釈然としない。


「さぁ、頑張っとくれ!」


サミィが鞍の上で“くぁあああ”とあくびをしているさまが見えた。


結局この日はひたすら奥を目指した一日であった。


日が傾き始めると婆さんから野営の指示が出され、俺は薪拾い、バルボーザは簡易ではあるが竈を作成し火を熾した。


その火で婆さんは道中で俺に採取させた食材でスープを作成。


旨かった。


ちくしょう

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お読みいただきありがとうございました。

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