ところ変われば名も変わる
何とも水を差された感はあったが、その日は街を散策して過ごした。
そうそう、この街はビナロワというそうだ。
出発地点とも終着地点ともいわれたり、執着地とも称されるらしい。
開拓者であればここから出発し、探索者であれば、依頼を受ければここから出発しここに戻ってくる。
場合によっては開拓村を渡り歩くものもいるし、村と称するには大きく発展すれば、そこに居つくものも出ている。
ビナロワという街は一攫千金を夢見る者たちの玄関口なのである。
しかし夢見たものが全て夢を叶えられるかと聞かれれば、答えは否である。誰しもそれは分かっている。しかし自分が叶えられない部類に振り分けられるとは思いもしないのだ。
そして一回や二回、もしくは数回の失敗を繰り返そうとも、それなりの報酬を得られれば次こそはと其処にしがみつく。
最終的の落ちるところまで落ちたものはどうするか。
街を支える仕事に落ち着けばマシなほうだ。真っ当な心根の持ち主でもある。
そうではない者。
もうお分かりであろう。
落ちるところまで落ちた者は、犯罪に手を染めていく。
★☆★☆
今朝もクレティエンヌはビナロワギルド前で繋がれていた。
その前を男が一人通りすがり、結わえてあった手綱を解いて立ち去る。危害を加えられたわけではなかったのでクレティエンヌも騒ぐことは無い。
手綱を解かれても彼女は大人しい。ゴーレム馬だから当然なのだが、はた目から見れば従順な馬に見えるだろう。
両脇に繋がれていた馬たちも、持ち主が用事を済ませて戻ってくると、次々といなくなってしまい、その場にはクレティエンヌだけの空白の時間が生まれた。
そして狙ったかのように響く数頭分の馬蹄の音。
馬の背には男たちが投げ縄を構え、すれ違いざまに彼女の首目掛けて投擲された。
止まっている標的を外すものなど居らず、数本の輪が彼女の首を絞めつける。
勢いをつけてロープを引けば、馬が追従するのは自然なことだ。それが数本まとめてともなれば、その馬は抵抗むなしく同道すること間違いない。
「はっはー!ざまぁないぜ!」
「ヒューッ!」
「高く売れそうだぁ!」
歓声を上げる馬泥棒たちであったが、調子が良かったのはそこまで。
二三歩よろめくクレティエンヌであったが、四肢を踏ん張り首にかかったロープに抵抗する。
するとどうなるか。
単純に握り締めていたものは運がよかった。鞍上で後ろによろめきながらもロープを放し、落馬を免れたのだから。
ロープを二重三重に巻き付けていた者は悲惨であった。手はロープによって引き絞られ、骨にひびが入り、通常の落馬であれば受け身をとれたのだが、ロープに引っ張られたせいで真横の体勢のまま地面に落下。あばらを強く打ち呼吸もままならい。
「「「あっ!」」」
無事だった者たちが仲間の落馬に気づいたものの、戻って助けるわけにもいかない。
そしてクレティエンヌは自分を攫おうとした男の頭を咥えると、軽く一発地面に叩きつけた。
「ぐえ」
首を痛めただろうが、声を漏らしているので死んではいない。
そして元の場所に戻り俺の戻りを待つのであったが、そこで俺がギルドから出てくるとなんとも惨憺たる有り様。
「おーい、衛兵を呼んできてくれ」
すぐさま逆戻りして職員に依頼する。
そこには悠然と佇むクレティエンヌが首から数本の投げ縄を垂らし、昨日に引き続き馬泥棒の頭を咥えていたのであった。
そして衛兵が連行しに来るまで、彼女がその口を開くことは無かったのである。
「なんとも治安が悪いところだな」
「ギルド前に馬を乗り付けるからだ。一人で来る奴はみんな裏に回って馬丁達に預けてるぞ」
「……そういうのは先に教えてくれ」
防犯意識の低い奴からカモられるようで、それは正に俺のことだった。当然すぐさま裏に回らされて、彼女を預ける羽目になった。
★☆★☆
「この手の依頼はどこも似通っているな」
視線の先の掲示板には、常設依頼や討伐対象リスト、そして個人や商店などからの採取や護衛の募集が掲示されている。
常設依頼とは特にカウンターで受注しなくとも、要件を満たして持ち込めば報酬が払われる依頼。
討伐対象リストは常設依頼に含まれるもので、ゴブリンを筆頭にした地域安全を目的にした討伐対象から、鹿や猪などの食料確保のためのもの。
魚類は漁師がいるので含まれないが、河川に生息する危険生物が対象として掲げられている。尤も目撃されようものなら、漁師たちが声を掛け合い総出で漁に赴くらしい。
「採取依頼は……聞いたことのないのが結構あるな」
ニスメンの花(黒限定)
ゴンジキ苔
ラスタハリギュサアカネ
フウジキ葛の根
イワタルアザミ
クラリブ
ざっと目に付くだけでもこれだけ聞き覚えのない名前がある。もしかしたらこの地方特有の種かもしれないし、ひょっとしたらこの地方での名称であって、王都近辺にも生えていて俺が知っている植物なのかもしれない。
要求数量が一つ二つのものがあれば十本単位のものまであるので、需要や希少性で数量を設定しているのであろう。
「こいつらの特徴を記したものはあるか?」
「ありますよ。こちらでーす」
若い普人女性の職員が使い込まれた冊子を持ってきて、依頼のある採取品を解説してくれる。
何ページか解説を受け、次のページが開かれると見覚えのある植物の図解が飛び込んできた。
「フウジギ葛でーす。つる草なので、よく木とかに巻き付いています~。似ているのがあるので間違わない様に気を付けてくださーい」
職員の言葉よりも俺は描かれた図解の方に目がいっていた。
「これは……殺生葛か」
「え゛っ……なんですかその物騒な名前は」
「故郷でも生えている奴なんだが、根っこが薬になるだろう?たまに群生してたりするのだが、中心にある株は必ず動物の骨に絡みつくようにして生えているんだ。で、だ。特にその株の根っこは出来がいい」
「え……それってフウジギ葛が動物を……」
おびえるギルド職員。
「そう……動物を捕らえて自身の栄養にすることから、殺生葛と言われるように───なったんだが実際はそうじゃない」
「ひぇ?」
「ただの植物だぞ。まことしやかに伝えられただけで、実際は骨のある土壌が適しているに過ぎない。多すぎてもだめらしいからな。たしか若い株にニワトリ一羽分の骨をやるだけでも効果があるとかないとか」
「ほへー、エルフさん物知りですね」
などと彼女が呆けている間に、冊子の情報を自分の帳面に写していく。今回はこれらの採取をやってみようか。
この土地の植生をまだ把握していないので採取依頼として受けずに、現地で見つけたものを採取して戻ってきてから精算するのがよいだろう。
いきなり依頼を受け、見つからずに違約金を取られるのも馬鹿馬鹿しい。
職員からおおよその採取場所を聞き出し、俺はクレティエンヌに乗って遅い出発をした。
鞍上から道の彼方を見ると、朝一出発の探索者らしい幾つかの集団が動いている。
馬と徒歩の速度差ならば、現地に着くころには追い付くだろう。まぁ同じ場所から採取場所には入らないだろうが。
見立て通り現地に着くころには幾つかの集団を追い越した。
森は道のすぐ傍ではなく、三十メートルほど先が境界となっている。見るからに鬱蒼とした森であるが、常日頃利用者がいるのか獣道がいくつも出来ている。
その利用者もヒトなのか、文字通り獣や魔物なのか、この距離では判別はつかない。
追い越した集団は普人ばかりで年齢層もばらばらだが、所見ではルーキーか中堅どころであろう。
ベテランが来るには実入りが少ないと推察する。
ともあれ彼らの稼ぎの邪魔をしない様に、もう少し先の獣道から森に入ることにする。
森歩きは久しぶりだ。
砂エルフと言われようとも森で迷ってはエルフの名折れ。時折確認しながら森を進む。
採取でよくある話は、目的のものを見つけられないという愚痴なのだが、その者は“機会”に恵まれなかったのだ。
採取は知識と経験がものをいう。つまりその知識と経験を得る機会が。
エルフだって子供の頃から親兄弟から教わり、小さい子供が見つからずに泣きべそをかく事も珍しくない。
クレティエンヌから降りて森に入ってしばらくたったが、分別しながら採取した袋は半分ほど満たしている。
切り傷に貼るもの、火傷に効くもの、解熱剤にいれるもの。このあたりではこの三種の薬草が採取できた。
サミィは下草の感触を感じながら俺の周囲をうろついている。
時折砂を撒き散らしているのは、背に乗せている砂の精霊が彼女の驚きに反応しているのか、害虫を攻撃しているかだろう。
だいぶ奥まで入ってきた。
それでも入ってきた方向は分かるし、それよりも大河の存在感は彼方であっても水術師ならば感じられるので、森に不慣れな者でも最悪は避けられる。
しかしここまで来たにもかかわらず、殺生葛の葉が見つからない。その葉を目印に採取部位である根を掘り起こすつもりだったのだ。
それよりもゴブリンがうざったい。
鹿なら近くで遭遇すれば逃げるし、彼方ならじっとこちらを窺ってくるが、ゴブリンは違う。
一匹から三匹でうろつく奴らは、こちらを視認しようものなら奇声を上げて襲ってくる。二三匹で強気になるのは百歩譲って分かるが、一匹であっても襲ってくるのが分からない。
ゴブリン相手に魔刀を抜くのも大げさなので水槍の標的にしている。しかしゴブリンがフェイントをかけてくるはずもなく、お察しの身体能力で避けられるはずもなく、となるとこちらから縛りを入れて難易度を上げるしかない。
いかに遠くで当てるか
狙った部位に命中させられるか。
ぎりぎりまで接近させてから水槍を生み出し発射、つまり早撃ちで狙った部位に当てられるか。
まぁ今のところ百発百中である。
それよりも注意を払っているのは、数十メートル後方である。
子供というには年齢が上の普人四人組だ。
俺にとってゴブリン程度の討伐部位は、剥ぎ取るほど金には困っていない。すると自ずと放置するのだが、彼らにとっては貴重な飯のタネだ。
所謂手柄の横取りであるので褒められた行為ではない。しかし放置しているのは事実であるので、俺がいちいち目くじらを立てるのもおかしな話。
時折しばらく気配が動かないのは、ゴブリンの死体を処理しているからだろう。
そもそもゴブリンを倒せないであろう彼らの元に、徘徊しているヤツラを向かわせてはいけない。
目的の殺生葛が見つからないのであれば、見つけやすいゴブリンを退治しながら移動しよう。
サミィが歩くことに飽きてクレティエンヌの背に乗ってしばらく。
一塊の気配を察知した。
あぁ、規模は小さいが見つけてしまった。ゴブリンの集落というやつを。
そちらに向かいながら気配を数えるが、十も居らず六七匹といったところか。おそらく今まで倒してきたゴブリンはこの集落から来たのであろう。
「サミィ」
“わかっているわ“
サミィからもやる気を感じる。俺一人でも余裕なのだが、彼女も交えての討伐決定である。
起伏に富んだ開けた一角は、日向に影を落とし込むには十分な高さであった。
日向には低木が蔦をからませ日差しを横取りされており、元々ちょっとした丘であった場所は端から掘り起こされて窪地にされてしまっている。
掘り起こされた土は窪地の両脇に山積みされ、三方を高くすることによりゴブリンたちに快適な影を生み出していた。
「ゴブリンの癖にマメだなぁ」
思わず口からついて出てしまった。
「あ」
そして目的の殺生葛が低木に絡みついているとなると、ゴブリン駆除にもやる気が出るってものである。
“ギャギャッ”
“ガー”
“ギュギャッグァ”
ひと際大きい個体が声を上げると、他の個体たちもそれに応じて襲い掛かってくる。
それに相対するは、エルフ・スナネコ・馬(ゴーレム馬)。向こうからすれば恰好の獲物であろう。
駆け寄るゴブリンたちの汚い声も、喜んでいるように聞こえなくもない
初手はゴブリンの棍棒。一匹がサミィへ得物を振り下ろした。
危なげなく避けたサミィの背中から、砂の塊がゴブリンの顔へ叩きつけられる。
“ギャッ“
砂の精霊の援護に、サミィは魔力で形作った前脚の爪を大きく振りかぶる。
俺はその結果を確認せず、彼女らの上を飛び越えた。標的は一番大きな個体だ。
本気を出してしまうと一振りで倒してしまうので、型稽古がてら相手をする。つまり向こうの攻撃に対して最適な型で迎え撃つのだ。
ちんたらやっても身にならないので、二つ三つ型をなぞって倒してしまおう。
───と思っていたのに、うっかり初手で切り伏せてしまった。
相手の振り下ろした棍棒を半身になって躱したまではよかった。そこから踏み込みながら、切り上げざまに首元を撫でるつもりが、ゴブリンが必要以上に突っ込んできたため首を刎ねることに。
やってしまった……と振り返るとサミィも始末を終えていた。
“すげー!ねこすげー!うまもすげー!”
“しーっ!静かにしないと!”
“おまえm……”
どうやら観客がいたらしい。藪に隠れているが四色の髪の毛が隠れ切れていない。
クレティエンヌは……既に一匹踏みつぶしているが、ゴブリンたちはクレティエンヌの前後に分かれ攻めあぐねている様子。
前から攻めれば踏みつぶされ、後ろから攻めれば蹴り飛ばされる。ゴブリンらからすればどちらかが上手く囮になるしかない。
ここまでは一般的な馬の話。ゴブリンらはクレティエンヌの臀部から伸びる、二本の筒の正体を知らない。
陽動は前から仕掛けられた。
ゴブリンが間合いに入ると前脚を振りかざすクレティエンヌ。
最初から本気で攻撃を仕掛けるつもりのないゴブリンは、すぐさま間合いから遠ざかるが前脚はまだ宙にある。
ここぞと後ろから襲い掛かったゴブリンたち。しかし臀部の筒が狙いを定めていた。
“パパパパパパ”
筒から連続する破裂音。
見ればゴブリンたちの顔面には、幾つもの黒いダーツが突き刺さっている。
そして前脚は踏み締められた。
怯んだところへ後ろ脚で蹴り飛ばすと、蹴とばされたゴブリンが後方のゴブリンを巻き込んで吹っ飛ぶ。
なんとも壮観だと眺めながら、一匹残ったゴブリンを切り伏せた。
この窪地を使えない様にするついでに死体も埋めてしまおう。流れのゴブリンに再利用されては癪である。
「隠れている四人!」
“ひゃっ!”
三人は声を上げなかったが、一人が悲鳴を漏らした。
「出てきて埋めるのを手伝ってくれ。駄賃は討伐証明だ。ここまでのゴブリンも始末してきたのだろう?」
声をかけて暫し、観念してぞろぞろと藪から出てきたのは、男2女2普人の少年少女であった。
身嗜みには気を付けているのは分かるが、結果が伴っていない。少女たちは髪を縛って見れる姿だが、少年たちはボサボサだ。ある程度伸びたらその都度ナイフで切っているのだろう。
「本当に貰っても……?」
「ああ。済んだ奴はそこの窪地に入れてくれ」
彼らへの依頼の体を為すため、敢えて手伝いはしない。それよりも殺生葛を掘り起こそう。
掘り起こすといっても手や道具は使わない。
「水よ」
いつものように水を生み出すと、蔓の根元に渦を巻かせていく。当然水の渦は土で濁るのでどんどん横に捨てていくと、地面の下が露わになり殺生葛の根だけでなく低木の根っこも姿を現す。
「まともにやっていたら折れていたな」
殺生蔓の根は低木の根の間を縫うように生えていたのだ。
葛の根の頭を切り落とし、折れない様に絡みを解いていくと……五十センチほどの殺生葛の根が採取できた。
「長っ!」
「高値が付きそう……」
「私たちには無理だわ」
少年少女が目を見開いていた。死体は……窪地に山積みになっている。
採取した根を折らない様に付与ポーチにしまうと、彼らを窪地から遠ざける。
「水よ」
殺生蔓の時とは比べ物にならない水の渦が立ち昇る。
丘の半分を包み込んだ渦は周囲の土壁を巻き込むと、どんどん水の嵩を減らし水のない反対側と似た形を成していく。
そして水は見えなくなり、大きい泥の丘が出来上がるがそれで終わりではない。泥の丘からは蒸気が立ち昇り、固まり、嵩を減らす。
「ふんっ」
“ぼしゅっ”
その気合を最後に、立ち昇った大量の蒸気が風に流されていくと、そこには土やら石やら混ざった丘が出来上がった。
「疲れた。二度とやらん」
とは言ったが低木の所の処理もしないわけにはいかない。規模は小さいが同様に処理していく。こちらは簡単だった。
放心していた少年少女だったが声をかけると我に返り、繰り返し礼を述べながら足早に去っていった。
これは……怖がられたか?
ブクマ、ひとこと、イイねボタン、お待ちしております。
お読みいただきありがとうございました。




