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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
砂エルフ、旅情篇
170/196

渡河の先の街






バルボーザの商売(ひまつぶし)も心配する必要はないだろう。


それよりも自分のことだ。いい加減荷物運びに飽きてきた。


ギルドに顔を出すたびにチェックはしているのだが、これという仕事が見つからないのだ。


それどころか荷役元から頼りにされる始末。いや、頼りにされて悪い気はしないのだが、そうではないのだ。




さて、仕事の大元である舟たちがどこからやってくるのか聞いてみると、上流下流からくるのではなく、対岸にある街からやってくるそうなのだ。


目を凝らしてもよく見えず、荷役の空き時間にエルフの眼帯を付けて、ようやっとその姿が見える距離にあった。


河幅がとんでもないし、船頭たちもよくこの距離を流されずにやってこられると感心してしまう。さすがそれで飯を食っているというか、専門職(プロ)は違うのだと実感させられる。




積み込む荷物の運搬も仕事に含まれている。


尤も舟への積み込みは舟の者たちが行っている。バランスよく配置しないと転覆のリスクがあるからだ。素人には任せられない。


とは言え荷主自身も、一つの荷物の重量を調整しているので、そこまでシビアに調整する必要もないらしいが、大きさはそれぞれなので積み込み方は意識せざるを得ない。




今日の最後の積み込みも完了し、あとはノルマに応じた支払いを受け取るだけだ。


支払いの列に並んでいると、何やら連呼する声が聞こえてくる。


「おーい、この手紙も載せてくれー」


どこぞの商会の下働きなのだろうが、一足違いで舟は離岸してしまった。


「無理だ~すまんなぁ~」


船尾の男は無慈悲に力強く櫓を漕いでいく。そもそも勢い付いた舟を、元の岸に戻すのは手間がかかるのだ。




「貸してみろ」


俺は手紙を搔っ攫うと水面へ飛び込んだ。


「あっ!」


泳いで届けるのかと思ったのか、手紙の主から悲鳴が上がる───が届け物は濡れることはない。


お馴染み、水術の水上歩行だ。


勢いがついた舟ではあったが、俺が水面を走る姿を見て、船頭は口を開けて漕いでいた櫓を止めてしまっていた。


それでも船足は進んでいるので、並走しながら手紙を差し出した。


「───受け取ってくれ!」


声をかけてようやく受け取ってくれたが、まだこちらを見て呆けている。


「流されてるぞ!」


「おっ、おう!」


ようやっと正気に戻った船頭を確認し、俺は弧を描いて元の岸辺へ走り戻る。


「間違いなく渡しておいたから安心してくれ」


「あっ、ありがとう。助かった」


その日はそれで終了。


荷役の精算を済ませている間も、何やらぼそぼそ聞こえてきたがどうということもない。


いつもの時間に宿に戻るもバルボーザは戻っておらず、帰ってきたのは夜も遅い時間だった。


なんでも仕事は盛況だったらしく、飯もハーシャの家で食ってきたらしい。


このまま繁盛してくれればいいが、直しすぎて逆に客がいなくなっても問題だ。程々にして欲しいものではある。




河向こうにも街がある。


当たり前のことに今更ながら気付かされた。ならばこちら側だけで生活圏を決めてしまう理由がない。


よし、向こう岸を見に行こう。


荷役は日雇い仕事なので、毎回ギルドで斡旋して貰うのだが、今回はその仕事を受けない。


「えっ、ヴィリュークさん、今日仕事受けないんですか!」


「ああ、向こう岸の街を見に行こうと思ってな。届け物があるなら受けたいのだが、何かないか?」


俺の問い掛けもそっちのけで、途端にギルド職員が慌て始める。


「荷役、荷役の仕事募集中です!枠はまだありますよ、誰か受けませんか!」


「ちょ」


「貴方が荷役についてくれたお陰で、物流の滞りが軽減されたのですよ。どんなに重たい荷物も黙々と運んでくれるとか、休憩ばかり取っていた奴らに見習わせたいって評判、ご存じでない?」


マイペースで運んでいただけなのだが、そんな事になっていたとは。


「で、届け物と言われましても普通に舟便があるので、その手の依頼はありませんよ。ヴィリュークさんも舟で渡るのでしょう?」


昨日の一件はまだ広まっていないらしい。


「いや自前で渡るから聞いてみただけなんだ」


「はぁ」


受けられる依頼がないなら仕方ない。今日は向こうの街へ観光だ。




実は試したいことがある。


通常、水上歩行の対象は自分自身である。いわゆる魔法における付与術式とは似て非なるものだ。


集中を切らしたり負荷が大きかったりすると水没する。


つまり水鳥流剣士が、水の上で剣の立ち回りを熟すというのは、鍛錬の賜物なのである。


ここで俺が試したいことは水上歩行の対象を、自身と接触している物までに範囲を広げるということ。


イグライツへの航海中海に落ちた時に、一緒に落水したバラク船長を背負ったことがあった。あれの逆を試してみたいのだ。


それもクレティエンヌ(ゴーレム馬)で、だ。




クレティエンヌに跨ると、今日もサミィが同乗してくる。彼女は馬に揺られる事が結構好きなようだ。


いつもの船着き場に着くが、その真ん中を突っ切ることはせずに端の方へ馬首を向ける。端に行くほど水深が浅くなっているからだ。


慣れた馬であれば、そのまま進めて足が付かなくなれば泳ぎだすのだろうが、ゴーレム馬ではそこまでの機能はないとバルボーザから聞いている。


足が付く水深までは歩を進めてくれるとは言っていたが、一歩進んだ先が突然深くなる事がある川において油断はできない。


まずは浅瀬に踏み込ませ水術を纏わせる……まとわ……まと……


───自分自身は対象になっている。その範囲をクレティエンヌまで拡大したいのだが、思うように馴染んでいかない。


精々接触面くらいで、そこから奥に進まない。取っ掛かりが無いか探るのだが、ええい、野次馬がうるさい!


なまじ貧民窟の近くなので、暇している連中が好き勝手言うのが耳に入る。


「何やってんだ、ありゃ」

「馬洗うにしちゃ降りてこないな」

「おうまさんきれー」


大人も子供も好き放題である。


しかし術が通らない。例えるなら対人戦において、弱体化(デバフ)魔法をかけるも抵抗(レジスト)された状況であろうか。


ふむ。となると手段としては強引に突破するか、抵抗されないようにするかだろうか。


ならば定石通りにやるまでである。


俺の魔力をクレティエンヌの魔力吸収口から流し込めば、クレティエンヌの魔力炉は俺の魔力で動くのと同義である(尤も一般人がこんな真似をすれば、魔力欠乏で一発ダウンだ)


ちょっと時間がかかったが、馬体も俺の魔力に馴染んできた。


気が付くと静かになっていたので、周囲を見渡してみると野次馬は大分減っていた。


馬に跨って微動だにしていなければ、野次馬も飽きるってものだ。そもそも見世物じゃない。


いつもより範囲を広げて術をかけると、クレティエンヌの蹄鉄は水面を踏みしめた。


しかしそこは乾いた地面ではなく、蹄鉄はバシャバシャと水たまりを歩く音を立てる。


クレティエンヌが沈む様子もないので、手綱で合図をして速足で進ませるが、その足取りはしっかりしたもの。


常歩に戻しては、対岸に着くころには下流に流されてしまうので、このまま速足で進んでいこう


物珍しさからか、サミィが背中によじ登り前脚を肩に乗せてくる。視界の端で顔を動かしているのが分かるが、微妙に毛が顔をくすぐり、もう少し離れて欲しい。




野次馬があっけに取られているのも知らず、クレティエンヌが流される速度も考慮に入れて、気持ち上流に向けて走らせる。


船便の合間なのか、水上に舟は見当たらない。あったならば速度の目安になったのだがなぁ。


水面が光を反射し、それにエルフの耳飾りが反応して肌の褐色がさらに濃くなった。陸に上がれば落ち着くだろう。


しかしこの河には敵性生物や魔物の類はいないのだろうか。荷役についていた時でも、その類いの話は聞こえてこなかったので、この辺りにはいないのかもしれない。


なんにせよ水上戦や水中戦をしないで済むのは願ったり叶ったりである。


進むにつれて小さかった対岸の街が大きくなっていくと、街の様相が明らかになる。


兎に角高い建物が見当たらない。高いものといったら、四方に配置されている物見櫓くらいであろう。


もう陸は目の前だ。


桟橋は舟が接舷して、その上を人が行き交っているから、そこから上陸しない方がいいだろう。しかも何人もがこちらを指さしている。


どこか通れるスペースは……っと。


下流に進んでいくと桟橋と桟橋の間を通れるスペースがある。接舷している舟が小型のため、隙間が空いていたのだ。


“カココ”


蹄鉄は水から陸を踏みしめる音に変わる。


「ちょっと尋ねるがギルドはどう行けばいい」


こちらを呆けていている男に聞いてみた。半袖シャツに膝下までのズボンを穿いているので、水辺で働いている地元民だろう。


「ほ、方向はあっちだが、ぐるりと回った方が行きやすいぞ。太い道を進んでいきゃぁデカい建物があるから直ぐ分かる」


「ありがとう」


彼の言う通り進んでいくと目的地は直ぐ見つかった。相も変わらず擦れ違う者たちの視線が集めながらだが……


その違和感に気づいた。


武器を携帯している者が多いのだ。俺を窺う者のほとんどが、何かしらの武器を持っている。


剣はもちろんのこと、槍や弓、ちらほらといる杖をついている奴は恐らく何かしらの呪文使い(スペルキャスター)であろう。




ギルド前の馬留めには、数頭の馬と見張りなのか持ち主なのか数人の男がたむろしている。


ゴーレム馬のクレティエンヌならば、指示をしておけば待機するのだが、ここは倣って手綱を馬留めに結わいておく。


サミィといえば俺の肩に身を預けてぶら下がっており、今日もいいように使われている。


なにはさておき受付カウンターに行くと、恰幅の良い中年男が待ち構えている。ギルドタグを引っ張り出しながらカウンターへ向かうと声をかけられた。


「らっしゃい」


本に出てくるような塩対応ではなく、言葉少なではあるが真っ当な応対である。


「河向こうから来た者だが、こちらの仕事の傾向を知りたい」


(はす)に構えて片肘をついていた職員は、体を正面に向けるが両腕をカウンターに乗せる。


「エルフか、この辺りじゃ珍しい。あんた、河向こうで荷運びやってなかったか?」


タグの更新をしながら聞いてくる。噂になるほど珍しかったのか。


「……まあな」


思わず苦虫を潰したような感じになる。


「すまんすまん。ええとこちらの情勢だったな───」


詮索しすぎたと反省したのか、職員はすぐに説明を始めるが視線がこちらから逸れていく。


サミィは肩からカウンターへ降りると、距離を取って男を見つめながら座る。


「なんかやりにくいな」


男はぼそりとつぶやいた。すまん。




なんでも河を境にこちら側は魔物の出現頻度が高いのだとか。


点在する村々も食糧生産地ではなく、開拓村としての色が強いとのこと。それ故に村と村の距離は長く、馬で二・三日かかることもざらで、それはもう“隣”村とは言えない距離。開拓に適した場所を選んでいたら、一週間以上かかった村もあるとか。


今でこそ軌道に乗ったので、現地までキャラバンを組んで商人が向かうまでになったが、それまではハイリスクハイリターン、一攫千金の商路とも言われていたそうである。


「だからここの仕事といえば専ら護衛と討伐だ。採取系もあるっちゃあるが、河向こうでは入手困難なレア物を探せってンだから、受ける奴はある意味腕利きだ。何せ失敗すれば実入りは無しだったり、違約金取られたりすっからな」


ますます本の世界と酷似してきた。


「ただ気をつけろよ。みんながみんな成功しているわけじゃねぇ。失敗してあぶれる者が、ここじゃ掃いて捨てるほどいる。懐は常に気を付けとけ。それに外に出たら出たで、野盗の類もウロウロしてる。護衛は魔物相手だけじゃないってこった」


説明をする職員をじっと見つめるサミィ。聞き入っているように見える彼女であったが、入口へ振り返るとカウンターを飛び降り、小走りでそちらに向かう。


“ぎゃああああああ!!!”


その瞬間、外から濁声(だみごえ)の悲鳴が上がった。




何となく察せた俺は歩いて外に向かうが、職員の男はカウンターから飛び出し俺を追い抜いていく。


「放しやがれこの野郎!」


濁声を耳に、外に出てみると数名の男たちがクレティエンヌに群がっていた。


それよりも先に目についたのは、クレティエンヌが一人の男の頭を咥え、引きずり振り回していることだ。


隣にいた馬たちは馬番たちが避難させているので周囲は広く開いており、それも相まって暴れるスペースが確保されている始末。


男の仲間たち?が助けようと試みるのだが、手綱を取ろうにも咥えた男を振り回して近寄れない。


後ろから近寄ろうとすると蹴りの餌食だ。


“みゃぁぅ”


諫めるようなサミィの一鳴きに、動きを止めるクレティエンヌだったが、口元へ咥えていた男が伸ばしてくる手に反応し、地面を左右に掃くように振り回して黙らせる。


「おめえら、早く何とかしやがれ……」


息絶え絶えの咥えられた男がリーダー格なのであろう。その子分たちも、打つ手がなくてオロオロするばかり。


「馬をまともに扱えないとか何やっている!それとも未調教の馬を連れてきたのか!」


職員の男が騒ぎの収拾にかかるが、彼らが答えるはずもない。


何故なら、間違いなく馬泥棒なのだから。


「すまん、俺の馬だ」


ゴーレム馬であると注釈を入れるのも面倒くさい。


「───解放するように宥めてくれないか」


職員は何か言い淀んで頼んできた。普通に考えれば馬のしでかした事なので、強く出ても聞いてくれるかは馬次第なのだ。となると馬主に宥めてもらうより他はない。


「あ゛い゛っttt!」


悲鳴に振り向くと、咥えられた男の頬にサミィが爪を一薙ぎした跡があった。それも綺麗な三本爪。あれは跡が残るに違いない。


「うちのネコもおかんむりらしい。あー……、クレティエンヌ、放してやれ」


けれどもそこはゴーレム馬なので命令には忠実に従う。もちろん何も配慮無く。


唐突に解放された男の頭は、自由落下ののち地面に打ち付けられた。


「!!?!」


起き上がり荒い息を繰り返しながらも解放された男は、俺を飼い主と認めたからだろうか掴みかからんと腕を伸ばしてくる。


「てめぇ、躾はしっかりして置きやがれ」


腕が俺の胸倉をつかんだ瞬間、俺も一言。


「待て」


男の動きが止まったが、忍び寄ったクレティエンヌも男の頭を咥えて動きを止める。


「うちの馬はできた馬でね、危害が加えられると反撃するんだ」


「俺ぁまだ何もしてねぇぞ」


胸倉をつかんだ手が震えて動きを止めた。むしろ頭を咥えられて動けないのだろう。


「やらかして目をつけられているに決まっているだろう」


「お、おい、何とかしやがれ」


「何とかしてほしいなら、まずその手を放したらどうだ?馬泥棒君」


「な、何のことだ……」


「これに懲りたら下手な真似はしないことだ。放してやれ」


今度はしっかり地面に立っていたので、頭を打ち付けることは無かった。


男はこちらから視線を外さずゆっくりと離れていき、十分安全であろう距離に至ると捨て台詞を吐いて走り出した。


「覚えてやが、ぶふっ」


予感はあったので水球を生み出しておいたら、捨て台詞を吐こうとしたのでぶつけて妨害してやった。


げほげほ(むせ)ている男を、手下たちが肩を貸して逃げて行った。


「やり過ぎだ。報復に来たらどうする」


職員の男が苦言を呈してくる。


「落ちぶれた探索者に後れは取らんよ」


それもまた修行になるさ。


ブクマ、ひとこと、イイねボタンお待ちしております。

お読みいただきありがとうございました。

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