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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
砂エルフ、旅情篇
169/196

よろず金物承ります






少女の名前はハーシャといった。


鋳掛屋を営んでいた父が体を壊し、その間彼女が家族の生活を支えるために働きに出ているそうだ。


「母さんは弟を生んで死んだ。あたいは父さんの仕事を手伝ってるうちに、力がついたからこの仕事を選んだんだ」


彼女の事情が少し聞けた頃合いに、舟の到着の声が上がり、ハーシャは重い腰を上げる。


「たくさん運んで稼がなくちゃ」


彼女の足取りは先ほどよりマシになったが、空の背負子は軽く見えなかった。




その日も俺たちは(他の者と比べると)結構な稼ぎを得た。


ハーシャも俺達ほどではないにしろ、荷役としてはまずまずの稼ぎを得ている。


あとはもう帰るだけだったのだが、バルボーザがハーシャを呼び止めた。


「おぬしの親父さんに聞いてみて欲しいのだが、鋳掛の縄張りを貸してもらえんか?もちろん使用料は払う」


突然の申し出にハーシャは戸惑い、右の三つ編みを指でくるくるといじってひとしきり悩んだ。


「ちょっとあたいには分かんない。父さんに聞いてみるから返事は今度でいい?」


「構わんぞ。何だったらわしがそっちに出向いてもいい」


彼女は頷き小走りで立ち去った。おそらく今日の稼ぎで食料を買って帰るのだろう。


「なんじゃ」


バルボーザも結構なお人よしだった。


「いいや、なんでも」


「久しぶりに槌を握りたいだけじゃ。弱みに付け込むほどじゃないが、打算ありきで声をかけたにすぎん」


「……使わせてもらえるといいな」


バルボーザは“さっさと帰るぞ”と先に進んだが、その歩みはいつもより速めであった。




「父さんが会いたいって」


翌日の荷役の仕事前に、早速ハーシャが返事を持ってきた。ならばとその日の荷役を終えた足で彼女の家へ出向く。


「なんでお主もついてくるのじゃ」


「いいじゃないか」


案内された先は貧民窟の中ではマシな治安の一角で、貧しいながらも道や掘っ立て小屋は小綺麗に整えられていた。


買い込んだ食料を小脇に、ハーシャは家の扉を開いた。


「ただいまー」


「掘っ立て小屋に開き戸か」


バルボーザがつぶやく。


掘っ立て小屋だと入り口に布や(むしろ)で仕切り、中が覗けないようにするのがほとんどである。


奮発したとして引き戸。


開き戸にするには扉と壁に一対の丁番を複数取り付けねばならない。とは言えその扉も、板材を継ぎはぎした代物であったのだが。


中に入ると思った以上に小綺麗に整えられている。


特に目についたのは竈門(かまど)だ。


石積みではなく土で形作られたそれは、薪の投入口や鍋の設置も整えられ、部屋が煙くならぬように煙突で外に誘導されている。


「おかえり。……あんたらがハーシャの言っていた物好きか」


中の片隅で道具を広げている男が一人。多分整理でもしていたのだろう。


ぶつけたのか、治りかけの腫れた顔は不信感で一杯だ。


「鋳掛屋をやっているアイゼアだ。今は休業中だがな。まぁ座ってくれ」


勧められたのは何かの草を編んで作られた敷物。誰が作ったのかよくできている。


それぞれの敷物に座ると、まずはバルボーザからであった。


「ワシはバルボーザといって見ての通りドワーフじゃ。日銭を稼ぎにあんたの娘と同じ荷役をやっとる」


向かいの親父の厳めしい表情は変わらない。


「娘さんから体を壊して商売を休んでいると聞いてな。ワシも鍛冶仕事の槌を振るわなくなって、久しぶりに仕事をやりたくなってしまったんじゃ。ショバ代諸々は払うから使わせてもらえんか」


普通に考えれば失礼な話だ。赤の他人が自分の縄張りで商売させろと言っているに等しいからだ。


しかし今はそうも言ってはいられない。


部屋の隅には今回の話を持ってきた娘、見知らぬドワーフとエルフを警戒した息子は娘に縋っている。


食事も毎食取れてはいない。場合によっては、娘が荷役の稼ぎで購入してくる夕飯だけ。


「器用な仕事ぶりじゃな。家の中を見ただけで分かるわい。近所の家もあんたが手を加えているだろ?仕事のくせがおんなじだ」


「……ハーシャも連れてけ。巡回路を知っているし、研ぎ仕事も仕込んである」


了承を得られた、ということだろう。二人は金銭面の詳細を詰め始めるので、俺が横で聞いていても退屈なだけだ。


ハーシャをちょいちょいと手招きすると、広げさせた手にポーチから干し肉を出して積み上げる。


「ちょ、ちょっとあんた」


「消費期限が近い干し肉だ。捨てるのも勿体ないから食ってくれ……あぁ、坊主、鍋とかあるか?」


ハーシャの弟は首を縦に振ると、竈の横に吊るしてある鍋を取ってくるので、あとはいつもの干し野菜を鍋へザラザラと投入。


「干し肉も入れて水で戻すといい。柔らかくなってから火にかければ具入りスープになる」


親子三人ならば三食分にはなる量を渡してやる。結構な量だな。


「バルボーザ、先に返っているぞ」


「おう」


“それじゃあ”と席を立つと、扉の前でハーシャに手を掴まれた。義手ではない方なので、握られた手が温かい。


「あ、あのっ!」


「すきっ腹に詰め込むとよくないから、少しずつよく噛んで食べること。小さい弟にもよく言って聞かせろよ」


「あっ、ありがと……」


するりと手を解き、頭を一撫で。あとはバルボーザに任せて先に帰る。


奴もうまい事やったな。俺もそろそろ荷役から次の仕事に移りたい。




★☆★☆




翌朝、飯もそこそこに仕事に向かう。


ヴィリュークは今日も荷役へ。身体づくりには最適だが、よく続くものだ。


ワシはといえば今日からハーシャのところで鋳掛仕事。腕には自信があるが、商売初日はどれだけ客が来てくれるか心配だ。


「そいつも連れていくのか?」


ヴィリュークが言う“そいつ”とは、わしのゴーレムロバ“ヴァロ”のことだ。


「客寄せは必要だろう」


「意外と考えているなぁ」


「意外は余計じゃ」



分かれ道で“バルボーザ頑張れよ”とのエルフの言葉を背に、貧民窟のハーシャの掘っ立て小屋に到着すると、彼女は仕事道具を表に用意して待っていた。


「バルボーザ、さん、今日はよろしくお願いします」


「よろしく頼むぞ」


下町以下でありがちな下品な言葉遣いではない。丁寧な言い回しが出来るのは、客商売において重要だ。


「すごい!なにこれ!」


「ワシが作ったゴーレムロバだ。荷物を載せるから手伝ってくれ」


手伝わせながらバランスよく配置していると、近所の住人(やじうま)が集まってくる。


“ハーシャちゃん商売再開だって?”

“気を付けてね”

“ドワーフさん、ハーシャちゃんを頼んだよ”


と、気遣うセリフを吐きながらも、視線はワシのヴァロにくぎ付けだ。なかなか幸先がいい。


「おう。そろそろ道を開けてくれ。それとも最初の客がいたりするのか?」


であれば願ったり叶ったりなのだがそうはいかなかった。


「ここいらじゃ仕事はないぞ」

「親父が直し尽くしてるからな」

「たまにハーシャちゃんに刃物研ぎを頼むくらいよ」


貧しいながらも近所付き合いは良好らしい。


「ちょいと稼ぎに行ってくるわい」


大人たちは道を開けてくれたが、子供たちは隣の区画の境目まで見送ってくれた。単にゴーレムロバが歩く姿が物珍しかっただけなのだが。




「いかけぇ~とぎぃ~、かなものなおしぃ~」


ハーシャの呼び込みを先頭にワシが続き、手綱に引かれたヴァロがゆっくりとついてくる。


鍋や釜ややかんの類は、作りの悪いものが結構ある。拙い鋳造技術で作られたそれらは、溶けた鉄を鋳型に流し込む際にムラが生じ、隙間()が入りやすい


そのような製品は使用中にひび割れたり穴が開いたりするのだが、だからといってすぐさま買い直すことはせず、補修を繰り返しながら使うのだ。


“ドワーフ界隈じゃ、ありえん仕事じゃなぁ”


仮にあったとしても誰かに頼むのではなく、ドワーフならば父親の手仕事である。




「鋳掛屋さ~ん、待ってたわよぅ」


早速客が一人。普人の主婦が鍋を片手にやってきた。


金のやり取りはハーシャがやるので、こちらは軒下を借りて準備を始める。


簡易炉やら坩堝やら炭やら整えると、相棒に声をかける。


「熾せ」


ヴァロの魔力炉から火線が一筋、炉に向けて走る。


「「ひゃっ」」


金銭のやり取りをしていた二人の喉元から声が出た。


「な、なに?」


「炭に火を熾しただけじゃ。ほれ」


坩堝を持ち上げ炉の中を見せると、炭を真っ赤に燃え上がらせる蜥蜴(サラマンダー)が一匹。


「「……」」


反応がないので仕事に取り掛かる。


特に珍しくもない鋳掛の仕事。


本気を出して完璧な鍋に直してしまうと、彼らの懐具合では支払うことはできないだろう。


“わざわざ手を抜いて直さねばならんとは”


それでもワシが手をかけた部分は一目で分かるほどきれいなものだし、同じ箇所で不具合が再度起きることはありえないと断言できる。


同じ材料を使ってもこの仕上がりよ。ふふふ。




鋳掛の仕事は最初の一件だけで、その後ちょいちょい来た仕事といえば刃物研ぎだった。


ワシがやってもいいのだが、これはハーシャの仕事だ。手出しは不要。


「また研ぎを頼みたいんだけどねぇ」


何件目かの中年女普人の客は雰囲気が違った。


なんというか……いうなれば“何かをせしめてやろう”という物言いであった。


「いらっしゃい、ませ」


気の強い性格とは言えまだ子供だ。ハーシャも察するところがあるのだろう。


ぼろ布に包まれていた包丁を手に取ると、刃先を検めゆっくりとリズムよく研ぎ始める。


時々透かすように見て研ぎ具合を確認し、使う砥石を二回替えてやっと研ぎが仕上がった


最後に包丁を洗い水気をぬぐう。


「できました」


包丁の峰をもって持ち手側を差し出す。ここで金と引き換えなのだが、普人の女はもったいをつけた。


「前も研いでもらったのだけど、ひと月切れ味がもたなかったのよ。まけてちょうだい?」


「え?」


とっさのことにハーシャは固まってしまった。


父と一緒の時は誰もがすぐに支払ってくれたのに、この女はまけろと言う。なんてことはない。いつもの親父は居らず、いるのは新顔のドワーフと親のいないまだ若い女の子。


相手をなめているのだ。


「ねぇ、どうなの?まけて頂戴よ」


そこへ“ぬう”と手を伸ばして包丁をさらっていく。


「問題ない、代金に値するしっかりとした研ぎだ」


じろりと女を見ると、びくりと体を震わせた。


「ひと月で切れ味が落ちる?違うな、これ位の質の包丁でひと月よく持ったと褒めてもらわねば」


「ひと月経たずに切れなくなったのよ!」


「だとしたら相当の量を切ったか、硬めのものを切ったかだな。この包丁でこれ位の研ぎなら及第点だ」


ここまで言っても不満顔の女。


「で、だ。追加料金を払うならワシがさらに仕上げてやろう。切れ味も倍は無理じゃがひと月半は保証するぞ。研ぎたてならば魚程度ならズッパシと切れること請け合いじゃわい」


「で、でもお高いのでしょう?」


「いつもなら八割増しじゃが、今回に限り四割増しで研いでやろう」


「───じゃ、じゃあ、やってもらおうかしら」


「よし」


悩んだのも束の間。女の決断を翻されてはたまらぬとばかりに、あらかじめ水につけておいたワシの砥石を引き出す。


「バルボーザさん……」


「まかせとけ」


ハーシャと場所を代わり、研ぎを始める。とはいっても派手な音は出ない。


耳を澄ませれば包丁が砥石の上をすべる音が聞こえたかもしれないだろう。


合計三つの砥石を使い、仕上げの研ぎが完了した。


「直ぐ使うと切ったものが鉄臭くなるから、帰ったらもう一度洗って夕飯の支度から使うといいぞ」


いつの間にか集まっていた野次馬からは“切れ味見れねぇのかー”とぼやきが広がる。


「で、昨晩予め研いでおいたワシの私物の包丁がここに」


「「「おおお」」」


丁度居合わせた流しの魚屋から一匹調達すると、素早く三枚に下ろして見せる。


「見事なもんだ」


「試してみるか?気に入ったなら依頼してくれたらいい」


魚屋はこれ幸いと試してみる。


ウロコを落とし、はらわたを出したところで手を止めた。


尻ヒレ側から包丁を入れ、そのヒレを左で持ち、右の包丁は外から内へとクロスさせるように、止まることなく振るわれた。


結果。


三枚おろしの一枚目は、エラで包丁が止まることもなく頭まで一緒に開かれ、当の魚屋自信が切れ味に一番驚く始末。


「こりゃ玄人仕様だな。素人はやめといた方がいい」


「それくらいよく切れるってこった。お客さん気を付けてな」


中年普人のお客は喜んで帰っていき、それから日暮れまで来た仕事は研ぎの仕事ばかりであった。




★☆★☆




その日彼女は夕飯の支度が少し楽しみだった。


安価で包丁をよく切れるよう研がせることに成功したからだ。


“すとん”


根菜の頭を簡単に落とせた。


滑るように皮むきもできる。いつもの半分以下の力加減でスルスルと剥ける。


“ストトトトト”


楽しくなるほど素早い薄切り。


“ト”


勢いあまって伸びた爪の先まで切ってしまった。


調子に乗った自分に反省するのであったが、指を見るとちょっとおかしい。


ところどころピンク色の箇所がある。


長年の生活で厚くなっていった指の皮が、薄く削がれている事にようやっと気付いた。


“え……切った感覚ぜんぜん無かったンだけど……”


少し間違えば野菜やまな板が血塗れになっていただろう。


彼女はここで初めて、とんでもない切れ味に体を震わせるのであった。








お読みいただきありがとうございました。


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