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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
砂エルフ、旅情篇
168/195

当座しのぎの仕事






新しい街に到着して最初に行うこと。それはその街のギルドへ到着の登録(チェックイン)することだ。


門番に場所を尋ねると、キールケヴェンのギルドはこちらの門の近くではなく、河辺の方にあるとのこと。


「こっちの門より、舟でやってくる奴の方が多いんだ」


利用者に寄り添った結果なのだろう。ギルドに集まる仕事も河川絡みが多いと見た。




「遠いところからキールケヴェンにようこそ」


いつものようにギルド窓口でタグのチェックを済ます。


「クティロアからの道中は大丈夫でしたか?」


「問題ない。ゴブリンに一回遭遇しただけだ」


受付嬢は“ご苦労様でした”と言葉を返しただけだったが、荒事をこなせる者と分かったからか、新たな情報を得られたからか、こちらを見る目が変わった。


そして街についてざっと説明をしてくれる。


治安は悪くない街だそうだが、河寄りになればなるほど雑多な喧騒になり、酔っ払った船乗りには気を付けた方がいいらしい。


酒場も河寄りは居酒屋が主で、陸の街の中心になるほど高級になるとかで、それは宿屋でも同様だそうだ。




そして大体どの街にでもあるであろう貧民窟が形成されているのが、キールケヴェン建設時に選ばれなかった下流域。


力のないもの達が辿り着くそこは水はけの悪い場所で、大きめの舟を河岸に係留して住処にしているのは貧民窟でも裕福な方。河に漕ぎ出せない舟を数艘並べ、床板代わりに上に板を敷いて掘っ立て小屋を建てる者もいる。


それすらもできない者の掘っ立て小屋は、壁があるだけマシというシロモノ。濡れずに過ごすための板は貴重なくつろぎの場である。


彼らは主に荷役をこなして日々の糧を得るなど、抜け出すために貯えようにもその日を過ごすだけで精一杯なのはどこの下層民も一緒である。




「トラブルに遭いたくなかったら近づかぬことです」


「気を付けよう。ところで短期の仕事はないか?余裕があるうちに少し稼ぎたい」


以前は街を跨いだ配達の仕事をやっていたと申告する。つまり、向こうのギルドではそれなりに信頼されていたことをアピールしたのだ。


「配達ですか。まだ街の地理にも明るくないですよね、任せられたとしても子供がやるようなメッセンジャーくらいで、一通銅貨数枚ですよ。大人がやると言ったら荷役が定番です。何か特技でもあれば話は別ですが」


「力仕事くらいしかないのじゃないか?わしも鍛冶場の相槌とか量産品の作製くらいならやってのけるが、余所者は倦厭されるものじゃ」


「ドワーフさんの言う通りです。荷役はいつも人手不足ですから。ギルドも依頼に対して偏らない様に割り振っているので、いつも募集数に満たないのですよ」


釈然としないながらも、俺たちは翌日から荷役で汗を流すことにした。




前日はギルドで中の中から下の評判の宿を紹介してもらった。しかしゴーレム馬たちを置いておく厩付きの宿で探した結果、最終的に中の上の宿に。馬としての世話の必要がない事を理解してもらうのに苦心したが、ブラッシングなどの世話や飼葉や水の必要がない事から、値引き交渉に成功した。


「地味に痛いな」


「じゃが荷物を安心して置いて出かけられるのじゃから良しとせねば」


バルボーザの言葉に自身を納得させ、受けた依頼主を河岸で探すこと暫し。




「ドワーフはいいが、またヒョロっちいのが来やがったな」


仕切り役の中年オヤジが俺を見るなりこき下ろしてくる。


「うちは歩合制だ。運んだ荷物の個数で報酬が決まる。運べなきゃ給料も少ない。気張ってやれよ」


貸し出されたのは背負子(しょいこ)だ。それを背負い陸揚げされた荷物の集積所へ行くと、背負子に荷物を載せられて待機している馬車まで運ぶのだ。


別に手で持ち上げて運んでもよいのだが、視界も足元も悪いので大量に運ぶには矢張り背負子の方が効率良い。


「兄ちゃん頑張れよ」


「ぐっ」


声をかけられまず一つ載せられたが結構な重さであった。これでも鍛えているつもりだったのに。


「おいおい、まだ一つだぞ。三つは載せて運ばんと稼げないぞ」

「お、おう」


バルボーザは既に荷物を積んで歩き出している。


積載担当の男は俺に構わず荷物を一個積み、二個目が積まれると流石に足が震えてくる。


「ははっ、まだ銅貨一枚も稼げてないぞ!」


これはひょっとするのではなかろうか。


“剛力将来”


魔力を巡らし身体強化を施すと、足の震えが消えてしっかりとバランスがとれた。


気持ち前傾姿勢の進める歩みはしっかりしたものになる。


「おう、こっちだこっち……よし、持ち上げるぞ。ふんっ」


馬車の荷台で待ち受ける男に背を向けると、男は順番に上から荷物を移していく。


呼気の様子から相当重いようだ。しかも二つ目も同様で、三つ目ともなると深呼吸してから持ち上げた。


「おう、いいぞ」


「おう」


相槌を打ち集積所へ戻るが、同業の男たちがニヤニヤしながらすれ違っていく。


そして二回目の積上げも似たような重さ。もう何が起こっているか分かろうというもの。


新人いびりの洗礼だ。


重い荷物ばかり宛がって、へばったところを攻撃しマウントを取るのだろう。


くだらん。


黙々と運んでいると、集積所の山は無くなっていた。


「おーい、次はこっちを頼む!」


荷物が山盛りの場所から声がかかるので、積み役の男を先頭に背負子の列が追従する。


空荷の馬車が示され、荷物を背に乗せた男たちが次々に向かうのだが、俺が歩き出すころには先頭の男が帰ってくる。


だがその男が何やら俺に意識を向けてくるのだ。しかも“そっちに気をかけてませんよ”と言い出しかねない不自然さ。下手くそな口笛が聞こえそうだ。


そして案の定、すれ違いざまに仕掛けてきた。


「おっtt、ぐふっ」


よろめいた振りをして肩口からぶつかってきたのだが、身体強化を施し鍔迫り合いの要領で不動の構えを取ると、吹っ飛んだのは相手の男であった。


「危ないぞ」


一応気遣っているふりをして馬車までいくと、荷下ろしの最中にバルボーザが悪い顔をしている。


「楽しそうじゃの。ワシもやってみたいわい」


「弱い振りでもしたら絡んでくるんじゃあないか?」


「なるほど」


一つ頷いたバルボーザは、ふうふう言いつつ足取りも与太つかせるが、大根役者もいいところ。


その後も引っかけようと差し出された足をそのまま引き摺って行ったり、出された足の甲を荷物の重みを加えて踏みしめたりと、退屈をしない仕事場だった。


俺たちは自分のペースで着実に個数を積上げ、まずまずの実入りになったが、嫌がらせをしてききた奴らの結果は言わずもがな。


「今日の支払いをするぞ~札を持ってこい」


荷役のシステムは一定数運ぶと木札を渡される。その木札の枚数に応じて日当が払われるのだ。


「初めてなのによく運んでくれたな。あんたとドワーフが今日の一番だ。ったくおめぇら、だらしねぇぞ」


仕切り屋の評価に常連の荷担ぎが悔しそうに睨んでくる。俺に絡まなければいつも通りの稼ぎだったろうに。逆恨みも甚だしい。


「ギリギリ黒字、か」


「チマチマやってられんのう」


かと言って新たな仕事を紹介してもらえるほど信用を得られてはいない。


「数日真面目に働いて実績を積むしかないか」


「わしは重い荷物より重い槌を振るいたいのう」


それから三日俺たちは信用を得るために真面目に荷役に付いた。


だが彼らはそれが正当なものであっても、新参者が(荷役にしては)高額な報酬を得ることを好ましく思わない。


そして日が傾くころ、因縁を吹っかけてきた───俺たち以外に。




「返せ!あたいの金だ!」


「お前みたいなガキがこんなに稼げるわけないだろ」

「媚びを売って水増ししてもらったんだろ」

「あの仕切りの男もとんだ幼女趣味ときたもんだ」


「「「はははっ!」」」


今日はいつもの奴らと俺たちのほかに、女の子?も荷役についていた。


荷役に付くだけあって身体つきはしっかりしたものだが、如何せん顔つきはまだ幼さを残している。


赤茶の髪を三つ編みにして左右に垂らしていなければ、男と見間違えていただろう。


もう少し奥まった人気のないところでやれば目につかないものを。曲がり角から覗いたら丸見えである。


通りすがりの人たちは関わりたくないのか、一瞥して足早に立ち去ってしまう。


「ヒトの稼ぎを横取りするとは───」

「しかも年端もいかぬ子供、女の子からとは……おぬしらモテぬじゃろ」


「!?てめぇらか!」

「余所者はすっこんでろ!」

「新入りがうぜぇんだよ!」


意外なことに拒絶は彼らからだけではなかった。


「あたいは大人だ!関係ない奴はどっかいけ!」


予想していなかった啖呵に、口角が上がってしまったのは俺だけではなかった。


バルボーザの口髭の端が明らかに上がっている。


「ほう。ほうほうほう」


何かを握り込んでいる男にするりと近寄ると、その手首をぐわしと握り締めたのだが、男はあっという間に音を上げるとその手からは硬貨が数枚零れ落ちる。


女の子は駆け寄り硬貨を拾い上げる。盗られた枚数も覚えていたのか、すばやく確認すると脱兎のごとく逃げて行った。


「イ〇ポになって〇ねっ!」


なんとも下品な捨て台詞を残していった。


「逞しい子じゃのう……」


「はなっ、はなっ、せっ」


暢気な感想を他所に、手首を握られていた男は痛みでしゃがみ込みながらバルボーザに握りこぶしを振るうが、全く力が入っていない。


「おっとと」


ようやっと解放された手首には、真っ赤に手の跡がついていた。


「この野郎!」


別の男が何もしていない(?)俺に、手にした薪を振り下ろす。いつの間に拾ったんだ。


危なげなく半身になって躱し、薪を握っている手を掴んで捻り上げる。


「あたっ、たたた」


「その手を放せ!」


最後の一人が拳を振りかざしたが、男の手をさらに捻じり上げると爪先立ちになるので、そのまま盾に。


“バキッ”


「あっ」


盾にした男から力が抜けるので解放してやると、くたりと地面に横たわった。


「あっ、あっ……」


「ちくしょう!」


大した捨て台詞もなく、最後の一人は走り去っていった。


「仕事場での文句の一つも言いたかったンだが」


「そこに二人残ってるぞ」


ドワーフが指差すそこには、痛みに悶絶する男と気絶している男が。


「どうでもよくなってきた……帰ろう」


「そうじゃなぁ。帰って飯にしよう」




そんな調子で帰った翌日。


「あっ」


「おう」


赤毛の三つ編みが今日も荷役の仕事を受けていた。


「今日も同じ仕事場だな。よろしく」


「よろしくなんてやってられねぇよ」


辛辣な返しではあるが、不必要に絡むつもりもない。奴らのように嫌がらせなと以ての外だ。


そして例の三人組もやってきて視線が合ったが、こちらに絡んでくることはなかった。しかし昨日の“かわいがり”のせいなのか、今日一日動きが鈍いのが見て取れた。


対して俺たちといえば余計な妨害もなく、運んだ分だけの正当な報酬を得られた。口の悪い赤毛の彼女であったが、無駄口をたたくことなく仕事に励んだ。


こちらから構わない限り、彼女も不干渉であるようだ。




そんなこんなでさらに三日。


例の三人組は依頼主の口入(くちいれ)屋に頼んだのか、俺たちとは別の集積所へ仕分けられている。


こちらに干渉してこなければどうでもいい。代わりに別の者たちがやってきたが、彼らはこちらに無関心だ。干渉する暇があったら一つでも多く運んで稼ぐのが本来の姿であろう。


そしたら今度は三つ編み娘の様子がおとなしい。


大人しいというよりは歩みが遅く足取りがおぼつかない。


飯休憩になると、ふらっと何処かへ消えてしまい、時間になると戻ってくる。


そして舟と舟の切れ目が休憩時間だ。大体の者は水を口にしたり、河を眺めてぼーっとしたりして時間を潰す。


この休憩時間では、俺たちも三つ編み娘も並んで河を眺めて時間を潰していた。


「次はあの舟かなぁ」


「だとしたら結構な量を積んどるのう」


返事は期待していないが、ちらりと赤毛の顔を見ると様子がおかしい。


ぼーっとしていると言うよりも目が(うつ)ろなのだ。


「おい、大丈夫か?」


「っ!だいじょぶだっ」


反応も鈍いし明らかに呂律が回ってない。よくよく見ると初日に出会った時より肌艶が悪く見える。


「飯食っとるのか?」


「食ってるにきまってらぁ!いつもいい稼ぎしてるの見てるだろ!」


問いかけたバルボーザが”ちら”と見てきたので目で合図する。


この娘、何かの事情で飯を抜いている。全く食べていないことは無いのだろうが、十分な食事量でないことは確かだ。


こんな時はいつものアレだ。


腰のポーチから干しデーツを取り出す。


「手を出せ」


バルボーザが大きな手のひらを出し、娘にも催促する。


「お前もじゃ。手を出せ」


「え?」


あまり頭も働いていないのだろう。いつもなら言い返してくるところを、言われるがまま手を開いた。


女の子らしい小さく華奢なそれは、日々の仕事で荒れた手であった。


二・三センチの筒状の干果が数個、果糖でべたつきながら手のひらに転がる。


「甘いぞ。食ってみろ」


この辺りでは見かけない食べ物に躊躇(ちゅうちょ)する彼女であったが、俺たちが躊躇(ためら)いなく口に入れるのを見、恐る恐る口に含んだ。


その瞬間広がる甘味。


噛み締めるとねっとりした歯ごたえとともに甘みがさらに広がった。


「あま……みんなに、たべさせたい……」


「……帰りに持たせてやるから、それは全部食べろ。あまり食べてないのだろう?」


こくりと頷き飲み込むのも惜しんで噛み締めていた彼女だが、口の中が唾液でいっぱいになってしまうと、どうしても嚥下せざるをえなかった。








お読みいただきありがとうございました。



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