かぽかぽ、てくてく
今月は危うく更新できないところでした(*ノωノ)
カッポカッポと蹄鉄の音が響く。
よく聞けばそれは微妙なずれがあり、発生源は二頭であることが分かる。
もっと耳をすませば靴が地面を踏みしめる音も聞こえるだろう。
穏やかな昼下がり、空には種類もわからぬ小鳥が鳴いている。つまりはそういう季節なのだ。
“くぁあああ”
ゴーレムロバに乗ったドワーフが大あくびをすると、馬上に座っているネコも大口を開き、ゴーレム馬の手綱を引くエルフも静かにあくびをかみ殺す。
それくらい長閑な旅路であった。
しかし異変は向こうからやってきた。
緩やかな丘を越えると、向こうのさらに低い丘に動く影が一つ。
「なんじゃありゃ?」
四つ足の獣ではない。はぐれのゴブリンにしては色も大きさもちょっと違う。
「歩き方がおぼつかないように見えるが……」
相手の歩みよりもこちらの方が速く、辿り着いてみればその正体は一目瞭然であった。
「普人の子供、だよな」
「なぜこんな所を歩いている」
子供は物怖じもせずに、ゴーレムロバの前脚に抱き着く。怖いもの知らずもいいところで、本物であったら齧られて泣き喚いていただろう。
「抱き着くんじゃぁない」
ドワーフが下りて抱き上げて注意すると、興味は次のものに移った。
「おひげ!」
「ぶふっ!」
かなり乱暴にひげを撫でられて声が漏れた。
「撫でるならそっとやるんじゃ」
「そっと?」
「そっと」
子供は注意を素直に聞き入れ、小さな手で優しく撫で始める。やんちゃだが聞き分けは悪くない。
年のころは……三歳くらいだろうか。癖のある茶色い髪がくるりと巻いており、今はひげに夢中だ。
「親はいったいどこにいるんじゃ」
「この辺りに村とかは?」
丘の中腹では先も見通せない。子供をロバゴーレムに同乗させ丘の上まで移動すると、遠くに集落らしい一塊が見えた。
「結構距離があるぞ。よくここまで歩いて来れたな」
「あそこの子供だとしたら、親が心配してるだろうに」
放っておくこともできず、連れていかない選択肢はなかった。
「名は何という?いくつだ?」
子供は首をかしげるわけでもなく、辺りを見渡している。
「名前だ、名前はなんだ?」
「カーくん!」
「よし、カー君はいくつだ」
「ん!みっつ!」
その集落は街道沿いではなく、枝道の先にあった。
牧畜が盛んなようで、彼方には羊の群れや牧童の姿、馬の茶色い馬体が散見される。
分かれ道に入ってすぐ、複数の言い争う声が耳に入ってきた。
「なんで見ていなかったんだ!」
「あなたこそ目を放してたでしょ!」
「ちょっと馬が気になっただけだ!」
「子供のことは気にならないの!?」
「喧嘩してる場合じゃないだろう!みんな集まってくれたから周辺を探すぞ!」
入り口と思しき場所には大勢のひとがたむろしており、言い合いをしている男女を諫める男がいた。
ひょっとしなくともアタリであろう。
「ちょいとすまぬ。道を一人で歩く子供を見つけたのじゃが───」
一同の視線を一斉に浴びて、さしものドワーフもたじろいでしまう。
「「カーツ!」」
そこを飛び出してきたのは言い争いをしていた男女である。
「カーツどこに行ってたの、心配したでしょ」
「一人で出歩いてはダメだぞ」
夫婦なのだろう、二人は子供に身を寄せ合って無事を確認し、集まっていた人々は“無事でよかった”と胸を撫でおろしている。
俺たちといえば、無事保護者に引き渡せたこともあり、そっとその場を立ち去───
「待ってくれ、あんたたちは子供の恩人だ!」
───立ち去れなかった。
「子供ははしっこいからの。よく見ておくことじゃ」
「そうだな。油断していると何をしてかすか分からんぞ」
それじゃあ、と誤魔化……せなかった。
「俺たちを恩知らずにしないでくれ!」
「旅の方たちですよね?旅の空では温かいものもままならないでしょう。竈の火は落としてないので食べていってください!」
そう言って彼らは俺たちを強引に招待したのであった。
★☆★☆
男たちが森から戻ると、依頼元の村の雰囲気が違うことに気づいた。
「なんか陽気、とまでではないが……?何があったんだ」
「俺たちの成果に期待してんだろ」
気が早い槍を担いだ男が“そうに決まってる”とはしゃぎはじめる。
彼らは四人でチームを組み、ギルドで害獣や魔物の駆除を請け負っている者たちである。今回も村からの依頼で魔物の駆除を請け負い、見回りの途中でコブリンを数匹駆除した帰りであった。
「もう少し退治しないと赤字だからな、今日の成果を見せて契約期間の延長だ」
もう一人の男が棍棒を肩にして方針をあらわにする。
「オオカミとかオークとか出てきて欲しいな。そうすりゃ報酬も上がるぜ」
「それもいいが俺は羊の肉が食いてぇ」
羊の群れを横目で睨みながら村に入ると、すれ違う村人から労いの言葉をかけられ、成果を訊ねられたりする。
当たり障りのない言葉を返していくのだが、依頼を受けた時の沈んだ雰囲気は感じられなかった。
ともあれ四人は村長宅へ進捗報告に向かった。
「こんちわ、村長さんいるかい」
声をかけノックをすると、間を置かずに扉は開かれた。
「あんたらか、ごくろうさん。首尾はどうだった?まぁ、入ってくれ」
部屋に通されるとすぐに人数分の茶が配られた。あらかじめ用意されていたにしてはぬるくなっていない。
気を遣われて嫌な気はしないが、それにしては用意周到である。
「ああ。客人が来ていて、丁度湯を沸かしていたんだ。待たせずに出せてよかったわ」
村長、察しがよい。
「お、おう。んで、今日の結果なんだが───」
リーダーの男が報告する。
「───目撃した数には足りんので、もう何日か森に入るつもりだ」
「よろしく頼む」
「で───ありゃなんだ?」
開いたドアの隙間から見えているのは、もてなされているはずなのに得も言われぬ表情のエルフとドワーフであった。
「彼らは孫の恩人だ」
今一つ理解できていない様子の探索者たちに村長は続ける。
「孫が家を抜け出して遠くまで行ってしまったんだ。で、見つけて連れてきてくれたのが彼らってわけだ」
低い丘一つ向こうまで行っていた村長の孫の行動力に、探索者たちも開いた口が塞がらない。
「礼に夕飯を出してるんだが、妙に遠慮されちまってなぁ」
探索者たちは、彼らがもう少し旅程をこなしたかったのだろうと勝手に推察し、苦笑するしかなかった。村長の厚意は本物で間違いないのだから。
★☆★☆
その日は村長宅で一泊。昨日は礼は不要と立ち去ろうとしたのだが、引きずられるようにして歓待を受けることに。
今日ももう一泊どうぞと言われたが、先を急ぐと言って断ると流石にそこは折れてくれた。
出発の見送りをされている俺たちの横を、村から何かの依頼を受けたであろう探索者たちが横を通り過ぎて行った。
軽く会釈をすると、相手からも同情顔で会釈を返された。そんなに困った顔をしていただろうか。
緩やかな起伏の道を進み、時折振り返ってみるが彼らはまだその場でこちらを見送ってくれており、遠目からでも振り返ったことが分かると手を振ってくる。
仕方なしに手を二度三度振ってやると、これまた返事が来る。
とうとう姿が豆粒大になって、それはようやく終わることができた。
「律儀じゃのう。振り返らず進んでいれば済んだものを」
「うるさい」
サミィが馬首の上で俺を見たが、すぐに視線を進行方向に戻す。
「なんだよ、サミィまで」
「ネコに当たるんじゃあない」
道はヒトの領域の境界線を越えた。
明らかに植生が変わり、道は木々の中へ続いている。しかし頻繁にヒトや馬車が通過しているのだろう。地面は踏み固められ、所々に轍も見受けられる。
「そういえば村から探索者たちが出て行ったが、あれはその手の駆除依頼なのか?」
「そうじゃろ。ゴブリンなのか肉食の獣なのか、家畜の被害でもあったんじゃないか?」
「ゴブリンか、王都近郊ではめったに出ないんだよな。最後に見たのはいつだったかなぁ」
記憶を辿るがさっぱり思い出せない。
「ゴブリンを見てないってお主……あぁ、王都というか砂漠周辺は特定の魔物以外、奴らが育つほど魔力が無いからな(本編参照)」
「実家でも隣の領でも、出没するのは獣の類で魔物じゃないんだよ」
「クティロアじゃ町ぐるみで人を出して、周辺の駆除をしてたぞ。おぬしのとこは平和じゃのう。この先、王都から離れるほど魔物と遭遇するからな。……ほれ、おいでなすった」
バルボーザが顎をしゃくると、汚い緑色をした人型が奇声を上げて飛び出してきた。
「倒しても報酬は出ないんだがなぁ」
「じゃ、やめとくか?」
「そうもいかんだろ」
俺たちは鞍から滑り降りると、得物に手をかけた。
危なげなくゴブリンを斬り捨てた俺たち。道の真ん中で五体のゴブリンが転がっている。
このまま放置では、後からの通行者に迷惑となるだろう。
「森の中に誘導して倒せば、こんな手間をかけることも」
「愚痴ってないで手を動かせ」
二人していやいやながらもゴブリンの手や足を握り、木々の奥へ放り投げて人目につかなくしていく。
その後も手に付いたゴブリン汚れを生み出した水で洗ったり、あれこれ駄弁りながら進むこと一日。
なんとか日が沈む前に森を抜けることができた。
「熾せ」
生木は俺が水分を飛ばし、火おこしはバルボーザがサラマンダーに一声かけると一瞬である。
「深い森と思っていたから、一日で抜けられるとは思いもよらなかった」
「そういうルートで切り拓いたんじゃないか?なんにせよ道を拓いた当時の誰かさんに感謝だ」
食後にはコーヒーを淹れずに白湯で済ます。
見張りの眠気覚ましは必要なく、当直はゴーレム馬とゴーレムロバがやってくれる。妙な動きがあれば知らせてくれるが、その手段が蹄ともなると有難味が薄くなるのは否めない。
「これからどうするんじゃ?」
名目が剣の修行とはいえ、道場破りをするつもりはない。
「ただ移動するだけじゃ金も減るからなぁ。護衛の仕事か配達の仕事でも探すか」
そうは言ったもののクティロアで集めた情報では、街道での賊や魔物の襲撃情報は聞こえなかった。
そう考えると平和なご時世である。たとえそれがこの近辺であったとしても。
「まずは大きな町についてから、てことかの。ヴァロ、異変があったろ起こしてくれ」
バルボーザは自身のゴーレムロバに声をかけると、毛布に包まりごろりと横になる。
しばらく起きていた俺であったが、手の中の白湯もなくなるとバルボーザ同様横になったのだが、真夜中サミィに毛布の中に入れろと(肉球で)叩き起こされた。
それでも慣れ親しんだ砂漠のように、平穏な一夜を過ごすことができた。
その後も変わらず騎乗で移動すること数日。
大河の畔にある街に到着した。見るからに交通の要所だ。
「でかい街だな」
「河の流れも緩やかだから、舟での物の流れが盛んだそうだ。大店になると漕ぎ手をそろえた船で、下流から上流まで商っているとか」
「へぇ。てことは水深も結構あるんだな」
雑談しながら街に入る列に並ぶのだが、周囲の視線をひしひしと感じる。
なにせエルフとドワーフの凸凹コンビのうえ、傍らには明らかに生命を感じない馬とロバの姿をしたもの。
いななきもせず手綱を引けばおとなしく歩を進めるのだ。
「次」
一日の仕事が長い衛兵は、程々の加減で職務を全うしていたが、異形を目にして背筋を伸ばした。
「お前ら、なんだそれは」
「なんだとは失敬な。ワシらはこれに乗って旅してきたんじゃぞ」
「おいおい」
ひと悶着始まりそうなところへ割って入る。突っかかるより自慢話にした方が角も立つまいに。
兎に角間に入って衛兵を宥め、バルボーザのゴーレムを褒めそやすこと数分。
「なんとも凄いシロモノだなぁ」
「そうだろうそうだろう」
「ではタグの確認を」
機嫌がいいうちに胸元のタグを提示して、入街チェックを完了させてしまう。
バルボーザ、悦に入ってないでお前もチェックしてもらえ。
彼女たちの旅とはまた違った苦労をさせられ溜息が出そうだ。
こうして俺たちは河の畔の街、キールケヴェンを訪れるのであった。
お読みいただきありがとうございました。




