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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
砂エルフ、旅情篇
166/196

旅は道連れ

まだ次章のテーマが決まりません!

てことで前回からの続きです_(:3 )∠)_







“ブン”

“ブン”

“ブン”


今朝も水鳥流剣術道場では素振りの音が響いていた。


開始後それなりに経過しているようで、整列して木刀を振るう門下生の額には汗がにじみ出ている。


しかも単純な素振りではなく、彼らの足元には自らの領域下にある水の上に立ち、それを維持しつつ素振りをしているのだ。


そして熟練していくほど支配下に置ける水は分厚くなり、さらに習熟していく先では───


宙に浮かせた水の上での素振りを可能とする。




水術の基本は、

1・湿気を集め、

2・湿気を集め水球にし、

3・空中に維持すること。


そこから形状を変化させ、様々な技へと広がっていく。


次に習得するのは水上歩行である。


最初は(たらい)に溜めた水で鍛錬が始まり、次いで溜め池、そして川など流水での走行が水鳥流目録の条件の一つである。


その中でも難易度が高い技の一つが、宙に維持した水の上に立つこと。


さらには水を複数維持し、そこへ移動することである。


板状の水を一枚作りその上を移動するのも難易度が高いが、維持の個数としては一つである。


それを複数維持しつつ飛び移るのだが、それと同時に水上歩行も維持しつつバランスをとる。


それを繰り返せば空中戦もこなせる……というのは理屈の上で、一つこなせれば合格、二つできれば一目置かれ、三つ駆使するとなると将来免許皆伝間違いなしと称賛されるほどなのだ。


そして宙で素振りを熟しているのは、師範代クラスのほかには俺一人のみである。


(承認欲求が無く熱心なのは良いですが……)

(逆に周囲にはよくはない……)


水鳥流道場の先代と当代の声を潜めた会話を知る由もなかった。




その視線に気づいたのは全くの偶然だった。


相手はこの道場でも実力のある門下生で、中堅どころからあと一歩で抜け出せるといった男だ。


仲間内からは、剣の腕も水術の行使も一目置かれており、昇段は時間の問題と評されている。


仲間からは相談相手に選ばれることはしょっちゅうで、稽古中の指導はよくあったし、酒席に誘われる場を目にすることもよくあった。


そんな皆から慕われている彼と、ある時偶然にも目が合った。目が合うことなど、日頃同じ道場にいれば珍しくもないだろう。


しかしその目が彼らしくなかった。


嫉妬と羨望が()ぜになった視線。


目が合った瞬間“いけない”と思ったのだろう。その感情を霧散させ目を逸らし、再度目を合わせるとごまかすように笑った。


こちらもその場は流し、その日の稽古は終わる頃にはもう忘れ去った。


だがこの道場に戻って三か月経ったある日、俺はその視線を投げかけられた事を思い出した。




「ヴィリューク、その実力を認め、目録を与える」


高弟が集められた席での、当主ディーゴによる突然の告知だった。


先代イトゥサも同席しての宣言ともなると、異議を差し込む余地はない。


「お言葉ですが、彼は門下に加わってから日も浅い。目録を与えるには早すぎるのでは?」


高弟の一人があえて口にする。しかしその異議に対して、当主ディーゴは頷いて言葉を継いだ。


「元々目録を与える話は上っていたのだ。それを当人の時期尚早の言葉から前回は切紙に落ち着いた。皆も日頃の鍛錬を目にしていよう。日頃の行いも問題ない。ここで目録を認めなければ、他の門下生達へ求められる水準が高くなってしまい、そちらの方が問題だからだ」


ディーゴは一息に自身の考えを伝えぐるりと高弟達を確認するが、彼らから不満の様子は皆無であった。


「……ひょっとして伝書の作業が」


「あるに決まっている。払うものも払ってもらうぞ」


切紙伝書の作業時では、フデの書きにくさに豪く苦労した記憶がある。


それを知ってか知らずかディーゴ先生がにやりと笑い、隣のイトゥサ大先生もよい笑みを浮かべている。


そんな顔をしては、事情を知らない者が見たら金で段位を売ったと勘違いされても、仕方がないだろうに。


それからお決まりの仕合が行われたが、勝手知ったる師範が相手だったこともあり、型と水術を披露して俺の目録はあっけなく確定した。


伝書の記述という一番の難関を残して。




「俺と仕合ってくれないか」


例の視線の主であったハイラムが声をかけてきたのは、バルボーザの作業場と化している馬房で、クレティエンヌ(ゴーレム馬)のメンテナンスのおさらいをしている時だった。


記述?まだ途中で止まっているが?


完璧なバルボーザのメンテ後なのに何故やっているかというと、教わっても手を動かして確認しなければ身につかないからだ。


タイミングを計っていたのだろう。人目がある場所では声を掛けてこなかったので、気配を感じてはいたが放っておいたのだ。


「これを済ませてからでいいか?」


「ああ」


ハイラムは少し離れた柱に寄りかかり、俺の組み立て作業を見守っていく。


「……エルフって奴は森で弓を引いてるもんだと思っていた。魔道具をいじるとか、まるでドワーフだな」


「ばあさまの教育の結果だな、いろいろやらされたよ。村ではエルフに似つかわしくない事をやらかすって言われていたし。それに弓はあまり得意ではない」


しゃべりながらもメンテの手は動く。


「弓が得意でないって……いったい何を教え込まれたんだ」


「剣術に槍というか棍術、投擲系を一通り、体術に盾。盾の訓練じゃ、うまく受け流せないと吹っ飛ばされるわ痛いわで大変だったな。そのあとはエルフのじゅうたん関連の勉強とか。あの頃のばあさまは、兎に角自分の知識を可能な限り教え込みたかったのだろう。さすがに音を上げたら、ばあさまも我に返ってくれたがな」


ついつい自分語りをしてしまい、ふとハイラムを見ると真面目な顔をしていた。


「俺は剣一つで精一杯だ」


「どれをとってもそれなりさ。水鳥流を習い始めて、俺はやっと胸を張れるようになったと思う」


「……」

「……」


馬房では作業の音だけが小さく鳴り響き、ようやっと最後の外装が嵌め込まれた。


だが工具を片付けるまでが作業だ。工具箱にそれぞれ収めると、その工具箱もゴーレム馬に備わっている収納魔方陣に収められる。


「さ、どこでやろうか」


手の埃を払ってハイラムに問いかける。


だがハイラムはかぶりを振った。


「いや、もういい」


言い出したのはそちらだろうに。二の句を継げないでいるとハイラムは続けて言う。


「驕っていたのだ。他人を気に掛ける暇があったら、鍛錬に時間を費やすべきだったのだ」


ため息をつきながら彼は続ける。


「年上のエルフ相手に、俺は何を嫉妬していたのだろうな。俺は本当に馬鹿だ。すまん、今回のことは忘れてくれ」


重ねて“すまなかった”と詫びの言葉を最後に、ハイラムは馬房から出ていった。


「……長居、してしまったか」


思わず言葉が漏れた。




修行の旅に出るのに否やはない。


しかし頭によぎるのは彼女たちのこと。魔導書間があるので連絡の取りようはあるが、当人たちが遥かイグライツ帝国から帰ってこない限り返事が来ることはない。


進めば進むほど王都から離れていく。


「いい年こいて寂しいのか」


自嘲が口に出てしまう。すると足に何やら感触が。


どこに隠れていたのか、サミィが体をこすりつけて去っていた。


“気を遣われているなぁ“


今度は口から洩れなかった。


「なるようになるさ」




それから四苦八苦の末に、伝書の記述を終わらすことができた。


「うむ、たしかに」


当主と先代の二人の確認が済み、相応の金銭の支払いが終わると、俺の水鳥流剣術目録が正式なものとなった。


「さらに一年ほど鍛錬を重ねて箔をつければ、免許(その上)は確実ですよ」


イトゥサさん(大先生)がニッコリ。


「そうですか。ではこれを機にお暇致します。ちょっと箔をつけに行って参ろうかと」


唐突な意思表示に場の空気が引き締まる。


「決断が早いな。すでに考えていたか」


ディーゴ先生は驚きもせず、イトゥサ大先生は“うんうん”と頷いている。


「それでどちらへ向かわれるのですか」


「王都方面は凡そ足を延ばしているので、その反対へ行こうかと」


「大丈夫とは思いますが気負わずいくことです」


最後に改めて礼と暇を告げると、その場はお開きとなった。




「話は聞いたぞ!」


大した量もない身の回りの物をまとめていると、バルボーザが戸を開けながら叫んだ。


「大声を出すんじゃない」


寝ていたサミィが目を見開くと、バルボーザから距離を置く。


「武者修行に出るらしいな。面白そうだからわしもついていくぞ!」


「修行名目の旅だから、面白くはないぞ」


にべもなく断ったつもりだったが、バルボーザは“どっか”と座るとしっかりと視線を合わせてきた。


「わしもそろそろ頃合いと考えていたのだ」


そう前置きをするバルボーザ。


「この道場は居心地がよくてな、随分と長い間居座ってしまった。用事で空けることはあっても、それが済めば戻ってきた。あやつらの厚意に甘えてしまった」


あやつらとはイトゥサ大先生と大奥様のことだろう。


「家賃代わりに何本も刀を打ってやったわい。手入れも引き受けた。そんな居候生活も終わりにするにはいい機会じゃて」


「終わりにするのはあんたの自由だし、俺を切っ掛けにするってのは聞こえがいいが、俺をダシにするというか、俺の旅にかこつけて出ていくように見えるのは気のせいか?」


お互いに睨み合うこと暫し───


「バレたか」


ニヤリと笑い言葉を続ける。


「おぬしにもメリットはあるぞ。義手が壊れたら直してやれるし、その以前に不具合が出たらすぐ調整してやれるからな」


「エステルの義手があるのだがなぁ……ま、予備があるに越したことはないのは確かだし。けど、ゴーレムロバでゴーレム馬についてこれるのか?」


「む、むむむ……そこは歩調を合わせてだな、な、な?」


「ええい縋ってくるな、暑苦しい!分かった、分かったから!」


一人と一匹の旅と思っていたのが、一人追加になってしまった。




もったいぶって引き延ばす理由もないので、出発はその翌朝である。


「馬房に残っている物は自由にして構わんが、使うからにはちゃんと管理しろよ」


「分かってますよ。しかし貴方まで付いていくこともないでしょうに」


「自分の作った物を具合を見るには当然のことじゃろう。それとも寂しいのか?髭なし」


「髭なし言うな!ちゃんとあるわい!」


イトゥサ大先生が顎のちょび髭を指さして怒鳴るのを見ても、周囲の見送りの者たちは構いもしない。


「壮行会を開く間もなかったな。気をつけてな」


「ええ、皆さんもお元気で。では」


挨拶もそこそこに、ゴーレム馬の手綱を取って歩き出す。サミィは朝の冷えた空気を嫌がって胸元のおくるみの中だ。


ちらりと振り返るとバルボーザはまだ大先生とじゃれあっていた。


見送りの人たちに手を振って別れを告げていても気付きやしない。先に進んでもそのうち追いついてくるだろうから放っておこうか。




城塞都市クティロアの門をくぐり抜け進路を西に取る。


日が高くなり気温が上がるとサミィがもぞもぞするので、クレティエンヌの鞍上に移してやる。


普段とは違う視線の高さである鞍上は、彼女のお気に入りでもある。


“来たわよ”


当然異変に気付くのも早いわけで、何が来たかは察しが付くので“そうか”と返すのみで歩みを止めることはない。


主街道を同じ方向に進む者たちが、脇によって休憩し始めるのを見て、それなりの時間が経過したことを察する。


程よく距離を空けて俺も道の脇に腰を下ろして待つこと暫し。


「出るなら声を掛けんかい!」


「名残惜しそうだったからな。邪魔しちゃあ悪いと思っただけだ」


とぼけながらコップを取り出して差し出すと、バルボーザは受け取りながらも空なのを指摘しようとするが、それを制してあえて一言。


「水よ」


一塊の水が落ちてコップを満たした。


バルボーザは睨みつけながら一息に干して突きつけた。


「もう一杯よこせ」


俺は腐れ縁の予感を感じながらも、黙ってコップを満たしてやった。








お読みいただきありがとうございました。


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