閑話:こんなこともあろうかと~いや、彼女は備えていたわけではなかった~
次章のネタが思いつかなくて、その後の様子をお届けします(*ノωノ)
道場では今日も稽古に励む門下生の声が響いているr。
それは俺も同様で、今の時間は型稽古。それも足さばきを集中的に反復練習している。
しかも行っているのは水鳥流のものではなく、実家からの出発が遅くなった原因である動きなのだ。
その当時、水鳥流道場のあるクティロアへ真っ直ぐ目指そうかと思った俺だったが、ある人の足さばきをふと思い出したのだ。
それは山向こうのグルーバー男爵領の大奥様だ。名前をリヴェーナといい、棍を使わせれば、ばあさまに匹敵する腕前の持ち主である。
つまりあちらの騎士団員と訓練を共にした際、じっくりと撫でられたのだ。
「淑女の足さばきを見せろとか、あんた何言ってるの」
“足を見せてもらえたらなぁ“ふと漏らしたら、ばあさまに怒られてしまった。
地面をすべるような足さばきは、ロングドレスの裾に隠れて見えなかったからである。その裾を上げて見せろとは、カーテシーとはわけが違う。
「あの子はダンスの名手でね、そりゃあ舞踏会では引く手数多の上に注目の的だったのよ。婚約が決まった時は、男どものうめき声がうっとおしくて仕方なかったわ」
ピンと立った背筋や頭がブレない足さばきは、踊りの名手のお陰ではなく武術の達人が故の結果なのだとか。
華麗な足さばきがあれば、ダンスのステップなどお手の物とは大奥様の弁とのこと。
「あなた誰かをお忘れじゃない?」
「……ああ、ばあさまか」
「そうよ、誰があの子に教えたと思ってるの」
こうしていくつかの足さばきを覚えるまで、クティロアへの出発は先送りになり、ついでとばかりにダンスのステップも覚えさせられたのだ。
舞踏会なぞ参加する予定なんか無いのだが、事情を汲み取るばあさまではない。
「はえー」
「ぬ、どう動いた?」
「なるほど、わからん」
足さばきの練習は、一つを反復練習しているのではなく、数種類のものを連続して行っている。
さらには皆の邪魔にならぬように、外周を回るように移動するものだから、周囲から見られても把握されにくいのだ。
しかも───
「そこ、よそ見してるんじゃない!」
ヒトを気にしているとこうなる。そして度が過ぎれば、高弟からのちょっとした“可愛がり”が待っているのだ。
たしかに水鳥流に無い動きが含まれているが、それを気にする前に自身の流派を修めるのが先決である。
そして覚えたとしても昇華出来ていなければ、実戦で使うことはかなわない。
その先は気が遠くなる程で、あちこち食指を伸ばす余裕があろうものか。
★☆★☆
「なんで私は毎晩着飾られてパーティに出てるのかしら」
エステルが何度目とも知れない愚痴をこぼす。
「寄付を募るためのパーティだからよ。お金を集めるのに、貴女にいてもらわないといけないの」
ならば私は何度でもその答えを繰り返そう。
「ナスリ~ン、あんたがいれば十分じゃない。わたし、もう帰っていい?」
「まだ来たばかりじゃない。飲み物を受け取って早々何言ってるのよ」
一組目の招待客を目の前にして、これでは先が思いやられる。
ランブリング伯の腕の回復は、宮中で瞬く間に広がった。
正確には回復ではないのだが、練兵場での槍捌きは全盛期には程遠くとも、そこいらの騎士では太刀打ちできず、騎士団内のTOP3でやっと相手になる腕前であった。
“さすがに現役相手には及ばぬな”
“なんの、復帰直後でここまでとは”
“左様左様”
“勘を取り戻したら我らでも負け越しましょう”
そんな遣り取りがあったとかなかったとか。
練兵場にランブリング伯が通い始めて数日。
騎士団員でない装いの男たちが数名、訓練の様子をうかがい始めるようになった。
嬉しそうな者、涙を流して眺める者、そしてうらやまし気に見つめる者が───
彼らには共通している点があった。
片腕がない者、片足がない者、足はあれども杖をつく者。
彼らは傷痍軍人。任務中に傷を負い、騎士団を去らざるを得なくなった者たちである。
傷の程度も様々で、手足を欠損した者もいれば、傷が癒えたにもかかわらず手足の麻痺が残った者もいる。
つまり四肢の何れかが正常に機能していない者たちが、伯の復帰を聞きつけて熱い視線を投げかけていたのだ。
そしてランブリング伯もそれらの視線に気づかぬほど鈍くはない。
彼は訓練を終えると汗をかいた身を清め、ラスタハール王国の彼女らを訪ねに離宮へ赴いた。
★☆★☆
「怪我で退団せざるを得なかった元団員の為に義手義足をなんとかって……お金も手間も追っつかないっての」
「だから寄付を募るの。ランブリング伯だってあそこで応対してるでしょ」
ナスリーンの指した方には、グラスを右手に歓談するランブリング夫妻の姿がある。
そう、右腕の不自由から解放されたランブリング伯は、エステルへ傷痍軍人への義肢作成を依頼してきたのだ。
だが義肢を作る事に否やはないエステルではあったが、“先立つもの”つまり金も材料も足りないことは明白であり、二つ返事というわけにはいかない。
そこで頼りになったのはナスリーンである。
その手の問題はナスリーンにとっては日常茶飯事。国立緑化研究所での資金繰りの経験が生きた。
“ないのであれば、あるところから調達すればいい”とは彼女の弁。
「献金パーティとか、エルフの私には理解不能だわ」
「騎士団の任務中に負傷ならば国が補償すべきだし、事実イグライツ帝国は見舞金を出しているから良心的ね。けれどもお金を貰っても、手足の不自由が無くなるわけではないわ。本人の苦労は続くの。それに対して手を差し伸べられるのは、貴族やお金持ちくらいよ」
「メリットもないのにお金持ちが貯えを出すかしら」
「あら、メリットならあるわよ。このパーティ自体、帝国の税制を基に開催しているから、寄付の金額に応じて税の控除が受けられるわ。おまけに寄付したと名が売れるし、結果が出ればなおのことよ」
“成功例がアピールしていればサイフのヒモも緩もうってもんでしょ?”
ランブリング伯を見やり、広げた扇の陰で悪い表情をするナスリーン。
エステルは“そんなものなのか”とため息をついた。
「ナスリーン嬢、エステル嬢、少しよろしいか」
そのランブリング伯が一人の客を伴いやってきた。
年のころは30過ぎ、40まではいっていないといったところか。
服装もあか抜けてはおらず、明らかにこういった催しに慣れてはいない事が分かる。ひょっとしたら衣装も借り物なのかもしれない。
「私の部下でアイザック騎士爵だ。アイザック、私の恩人であるナスリーン嬢とエステル嬢だ」
「お初にお目にかかります、アイザックと申します」
アイザックは現場からの叩き上げのような風体である。丈が長めの衣装を身に纏っているのは、がっしりした体形を納められるのが、それしかないからだろう。
ちらりと見えるスラックスのウエストは、思いのほか引き締まっており、布地が余ってしわが寄っているのに対し、太もも辺りの余裕はほどほどだ。
「お願いしたいことがあり、罷り越しました!」
アイザックは最敬礼とばかりに腰を折るが、ランブリング伯は気が早いとばかりに彼を宥める。
「診てほしい欲しい者を連れてきたのだが、ここへはちょっと……別室まで同行願えるか?」
「主催者全員席を外すわけにはいかないでしょう?技術的な話なら私が残るから、エステル行ってきていいわよ」
「しかたないわねぇ」
言葉とは反対に、エステルは宴席から逃れられて嬉しそうである。
「閣下、彼女のことをよろしくお願いします」
「承った」
★☆★☆
退屈な寄付金集めのパーティから逃れたエステルは、ランブリング伯とアイザック騎士爵にとある一室に案内された。
騎士爵がノックとともに入った部屋には、普人の男女が待ち構えていた。
「エステル嬢、息子のオスカーです。オスカー、ご挨拶を」
「この様な格好で失礼いたします、アイザックが一子、オスカーと申します」
紹介されない女性は恰好からして、オスカー付きのメイドなのだろう。距離を空けたがすぐにオスカーの介助が出来るように待機している。
そのオスカーは瘦身をソファに預けており、ただでさえ細い上半身に対して、スラックスの細さから伺える下半身は骨と皮といっても過言ではないだろう。
「ラスタハール王国から参りました、エステルと申します」
ドレスで着飾り、結い上げられた髪から覗くエルフの耳には、イヤリングが揺らめき輝いている。
(本物のエルフだ)
思わずこぼれた彼の声は聞かなかったことにした。
「見ての通り、息子は落馬事故で下半身を動かせなくなりました。もともと食が細かったこともあり、このような姿です。ランブリング伯の腕が元通りに動いた話を聞き、居ても立っても居られず参りました。どうかそのお力で、息子を元に戻してくだ、ください。たのんま、頼み、お願いします」
必死のあまり、アイザック騎士爵の言葉遣いが乱れ始めた。
下半身麻痺の治療ともなると、ランブリング伯の腕とは事情が違うと彼にも分かっていた。
「───厳しいわね」
予想していた言葉。
「何とかしてくれ!一人息子なんだ、飯も食えなくなれば、俺より先に逝、逝くことになる……」
とうとう言葉遣いが素に戻る騎士爵。その様子にオスカーもお付きのメイドも視線をそらした。
「厳しいと言ったの。無理とは言ってないわ。用いる技術は変わらないの。それを拡張すればいいだけだし、問題なのは装着者側よ」
「どういうことですか、エステル嬢」
「ランブリング伯の場合、魔力操作の習熟に問題なかったし、身体強化も修めていたから、魔道具の操作もすぐだったわ。オスカー君の場合どうかしら?既に事故前から訓練をしていたなら、感覚もつかみやすいだろうし、見込みはあるのだけれども」
エステルの言にアイザック騎士爵も歯を食いしばってうつむいてしまう。当人であるオスカーの眼の光もそうだ。
その姿に察してしまったエステルは、結い上げた髪に構わず頭をかいてしまう。当然のように崩れる髪型なのだが、バランスが崩れて重心のおさまりがよろしくない。
「ああっ、もう!」
やにわにエステルは、髪を飾っていたアクセサリーを次々と外し、令嬢が持つような小さなポーチへ詰め込んでいく。
手鏡と櫛くらいしか入りそうにないポーチへ放り込むのだ。それなりに膨らむはずが、一向にその気配はない。
それも構わず頭を振って結われた髪を解き、今度はポーチをまさぐると一枚のバレッタを取り出し、長い髪を素早く束ねる。
「わたし、うじうじするのも“や”だし、見るのも“や”なの。騎士アイザック手伝いなさい!」
「はっ!」
エステルの命令に反射的に答礼するアイザック。隣のランブリング伯の背筋も思わず伸びた。
当事者であるオスカーやお付きのメイドは、その様子に目を見開いて固まってしまった。
「いろいろ試しに作っておいてよかったわ」
独り言ちながらパーティ用のポーチから、何やら次々と取り出すエステル。
もうお分かりであろう。
入っている中身はお察しの通り。外装をパーティ用に装飾した付与ポーチである。
「あらかじめ増幅器と中継器をいろいろ作っておいてよかったわ。とりあえず、まぁ、これとこれとこれ。サイズ調整は後でも出来るから、とにかく着けて頂戴」
依頼してすぐさまモノが出てくるとは、この場に居合わせた者たちは思ってもなかった。
手渡されたアイザックも、どうしたらよいのか途方に暮れている。
「それじゃ貴女、靴を脱がせて足首にこれ着けて。こっちの……つけ方は膝防具と一緒、転んだ時の防具も兼ねているから。───最後は見た目飾り紐だけど、腰に巻くならベルト型を作らないとね」
見た目はさておきオスカーの腰・膝・足首に、ワンセットの魔道具が装着された。
「魔力操作はどれくらいできるのかしら」
「……爵位をいただいてはおりますが、実は平民からの成り上がりでして、私も身体強化はできますがその辺はさわり程度しか……」
息子の能力も“推してなんとやら”ということなのだろう
「ああもう、順番に積み上げていかないと、次にステップに進めなかったり、応用が利かなくなるのよ……」
アイザックの告白に、エステルはオスカーの実力を察してしまう。
「嘆いても始まらないわ。彼を寝椅子に移して、足を延ばしてちょうだい。そう、それいいわ。じゃ、触れていくわね」
はた目から見ると、ドレス姿のエルフが線の細い少年に寄り添い、足を撫で擦っている。
悪意のある者が穿った目で見ようものなら、宮中であらぬ噂が広まる行為だが、幸いなことにこの場にはそのような者はいなかった。
「ん~ランブリング伯の時みたいには無理そうね」
「そ、そんな!」
「慌てないで、今日この場では無理だけど、努力したその先は見せてあげられる。その努力がいつのタイミングで結実するかはオスカー君、君次第よ」
「は、はい……」
エステルはそう告げたが、アイザック親子の表情は明るくない。
「んもう、暗くなるのはこれを見てからにして頂戴。もっとも暗くなんかさせないけどね」
エステルがやることは変わらない。
腰の飾り紐に左手をあてがい魔力を通すと、うすぼんやりと光はじめ、右手は足首に巻かれたアンクレットに触れて待つこと暫し、膝防具も発光し始める。
「動作確認のために光らせているけど、通常は光らないからね───魔力の充填はこれくらいにして、次は君に身体強化を付与するわよ。───“■■ ■ ■■■ 汝に恩恵を与えん”───っと、これでどうかな?まずは足先から試してみようか」
「はい……」
オスカーは眉根を寄せて集中していくと───力なくがに股に開かれていた足が真っ直ぐにそろえられた。
「おおっ!」
続いて足の指が結び開かれる。
「なんか、へんなかんじ」
嬉し涙を流すオスカー。控えているメイドも、顔を見せぬように横を向いているが肩を震わせている。
「魔法の効果があるうちに立ってみようか」
オスカーはカウチから足を下すと、背もたれを必要とせずに着座する。今までソファにもたれかかっていたにもかかわらず、だ。誰もそれを指摘しない。
「脇に手を入れて介助してあげて、ゆっくりとね」
アイザックは言われるまでもなく手を貸し、オスカーを持ち上げると足の裏が床に接地した。
そしてゆっくり慎重に介助の手を緩めていくと───
「高い……」
立った、オスカーが立った。
そこから足を踏み出そうとするが、つま先は思ったほど持ち上がらず、身体のバランスは崩れ前のめりになるところをアイザックが抱き留める。
「やった、やったぞ……」
居合わせた全員が感涙に咽び泣いた───エステルを除いて。
「ふう。これが努力の先に見える未来よ。そうね、立てるまでに一年は頑張ってみて頂戴」
一同の驚きのまなざしに対し、エステルの表情は冷ややかだ。
「場合によってはそれ以上ね、やれそう?何か月も努力の結果が見えてこないことは必至よ」
エステルはオスカーに顔を寄せ改めて問うた。
「やる?」
「───やります!」
オスカーは頬を染めて宣言した。
「なら貴方のための、専用の道具を作ってあげる」
エステルも白い歯をこぼしながら笑って応えた。
★☆★☆
「ナスリ~ン、もうちょっとこの国にいなくちゃいけなくなったわ」
「!!?!あんた、なにやったの!」
会場に戻ったエステルに、ナスリーンのツッコミが響き渡った。
【客寄せパンダ】の異世界変換が思いつきませんでした _(:3 )∠)_
いやはや、次回更新も危うい(*ノωノ)
お読みいただきありがとうございました。
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