到着・鍛錬・またしても
本章はこれにて。
あれこれと盛り過ぎた感がががが (/ω\)
クティロアへの道中は大きなトラブルもなく進んでいる。
ホームグラウンドである砂漠と違い、寒暖の差もなく汗をかくこともない。何より砂漠から遠ざかるにつれ、周囲の魔力が肌に感じられていく。
これはこの周辺の魔力が多いのではなく、砂漠の魔力が少ないからだ。
魔力が元通りに満ちていけば、砂漠にも緑が戻るのだろうか。いや、緑が戻れば魔力が満ちるのかもしれない。
俺は何度目とも知れない思索に耽る旅の空であった。
前回はエルフのじゅうたんでの旅路たったので楽だったが(それでも秋の雨で寒かった)、今回は季節も変わりゴーレム馬に揺られての移動である。
それでも世間では騎獣や馬車は、早くて楽な移動方法に分けられる。普通はみな歩きだ。
好天に恵まれ整備された街道を選んでいたので、魔物に襲われることもなく、食料を切らすこともない。
それどころか、点在する村に宿を求めれば普通に向かい入れられ、そこで食料を仕入れたりもした。馬鹿みたいに高額でないところを見ると、近年の作物事情は良好なのであろう。
そして目的地に近くなると、同じ方向に進む者たちが散見されるようになり、日が暮れると適切な距離を取って野宿する。
寄ってこないところを見ると、この近辺では夜盗の類は出没していないのだろう。
そして数週間かけてやっとクティロアに到着した。
外壁の門を何事もなく通過すると、久しぶりの城塞都市の広場である。
馬車や人の流れに身を任せ、大通りから少しずつ脇道に入るにつれ、周囲は閑静なものに変わっていく。
脇道に入る前には下馬をして手綱を引いており、ゴーレム馬であるので指示をしない限りは手綱いらずで追従してくれるのだが、そこは周囲の目もあるので馬扱いをしている。
そして木刀を打ち据える音が聞こえ始めると、目的地に近づいたことが分かるのだ。
【オガティディ水鳥流剣術道場】
門に掲げてある看板を目にし、俺はやっと到着したことを実感した。
表の訓練場では、数名の門下生が刃を潰した模造刀で、剣術と水術の連続技を稽古していた。
始めてから時間が経過しているようで、水が地面を濡らし排水溝へチョロチョロと流れている。
「御免」
普通に声をかけたつもりだったが、その場に居合わせた全員がこちらへ振り向いた。
「ヴィリューク!」
「ヴィリュークさん!」
この反応は素直にうれしい。だが───
「エステルちゃんはどうした!」
「いやナスリーンさんは?」
「サミィちゃん今日もかわいいでちゅねー」
お前らそこへ直れ。斬り捨ててやる───などと物騒な考えを、大きな罵声が吹き飛ばした。
「なんじゃ、騒々しい!」
奥の馬房(改)から聞き覚えのある声が響く。
「なんじゃヴィリューク、戻ったのか……エステルの嬢ちゃんはおらんか。積もる話もあったんだが仕方ない。お、ゴーレム馬に乗ってきたか。メンテしといてやるから、先にイトゥサへ挨拶してこい」
もう分かるだろう、ドワーフのバルボーザ。ここの居候だ。水鳥流剣士でない彼が居座っている理由を俺は知らない。
「お前ら散れ、稽古に戻れ」
バルボーザが手綱をもぎ取り周囲に声をかけると、門下生たちはそれぞれ俺に合図をして戻っていった。
あれ、サミィは?見やると鞍の上に乗ったまま運ばれていった。いい気なものだ。
玄関先で声をかけると、案内はすぐだった。客間に通され待つこと暫し。
「ご無沙汰しております」
「久しぶりですね。ヴィリューク君」
イトゥサ先生が現れた。相変わらずドワーフに見えない髭の少なさだ。
バルボーザと言い争いすると、髭なしだの似非ドワだの言われて憤慨しているが、剣の実力もさることながら、魔剣も研げる一線を画した研ぎ師でもある。
「先生もご壮健で何よりです」
挨拶を交わしているとお茶も届き、酌み交わしながらお互いの近況を報告しあう。
「それで今回は一人でこちらに」
「ええ、彼女たちは用事で同行できませんでした。それに私の事情につき合わせてはてはいけませんから」
そして居住まいを正して頭を下げる。
「改めて鍛えていただきたく、戻ってまいりました。お願いいたします」
「ふぅん……顔を上げなさい」
言われるがまま顔を上げると、イトゥサ先生は顎先のちょび髭を撫でながら、こちらを見つめてくる。
それは顔だけでなく、全身くまなく視線を走らせていった。
「不覚を取りましたか」
「はい」
左頬の伊達な傷の指摘ではない。
「それ、ですね」
先生の視線が左手に注がれるので、腕を持ち上げて手を取り、魔力の接続を断つ。
左の義手はあっけなく外れてシャツの袖から抜け出た。
「ご覧の有様です」
ぎょっとして目を見開くところを見ると、違和感はあっても気付いていなかったようだ。
「すごい代物ですね。これは?」
左上腕の欠損よりも、義手の方の衝撃が強かったようだ。
「もちろんエステルが作ってくれました。生身と遜色ない動きが出来ます」
義手を着け直して動かして見せると、物珍しそうに見つめてくる。
「義手に関して皆に言う必要はありません。問題なく剣を振るえるのでしょう?」
「はい」
「なら問題なし。部屋も以前使っていたものを用意させます」
「お世話になります」
こうして再び道場の世話になることが決まった。それ以外の世話にもなる予感をはらみながらではあるのだが。
その晩、宴会が催された。
俺が戻ってきたことにかこつけてではあるが、酒も相まって皆からは外の話をせがまれた。
剣士はいずれ武者修行の旅に出ると思われがちだが、町で暮らしている者であれば出張ったとしても精々日帰りできる範囲に収まるものだ。
また武器を振るえるものであれば、定期的に行われる周囲の魔物駆除くらいである。
そして今夜も定番のネタを披露している。
「熊の魔物かぁ」
「対処に困るな」
「ここらに熊は出ないからよく分からん」
イグライツでの魔熊退治は、酒の席で披露するにはもってこいだ。
しかも水術を駆使しての立ち回りを説明すると、門下生たちの食いつきが半端ない。
「魔法の援護なしでは自殺行為とか」
「よく生きて帰ってこれたな」
「水鳥流も隣国で名を上げたか!」
その晩は水術談議に花が咲いたのであった。
その翌日ともなると、朝の鍛錬が水術に偏重するというものだ。
剣から水術への連携をする者ばかりで、外の鍛錬場は水気が酷いことになっている。
それでも大惨事になっていないのは、地面にこぼれた水気を集め、再利用して水術を行使しているからに他ならない。それでも大人数でやり始めると、扱う水量の桁が違うわけで───
「お前たち!やりすぎるとご近所が乾燥して苦情が来るだろうが!剣術と水術の二つに分かれてやらんか!」
見かねた師範代が声を張り上げる。
「ここは一つ、やっている鍛錬を教えて貰えるか?」
こちらに水を向けられたのであれば仕方ない。同じ道場の仲間なのだからいくつか教えてやるか。
「刀身に水を纏わせる事は出来ている前提で話すぞ」
断りを入れながら木刀に水を纏わせ、打ち込み用の鎧人形の前に立つ。とはいっても遠間なので、普通の振りでは絶対に届かない距離だ。
試しに振って見せるが、木刀の切っ先は人形の鼻先をかすりもしない。ついでに踏み込んだ足先の地面に線を引いて目印にする。
「いくぞ」
一歩引いてから地面の目印まで踏み込む。もちろんそれに連動して構えて木刀を振り下ろしつつ───
“ガンッ”
鎧人形の頭を叩きすぐさま上段に構える。
「え?」
「いやいや届かない距離だったろ」
「線も超えてなかったぞ」
期待通りの反応に少し口元がにやけてしまう。
「少し考えれば分かるだろうから、ゆっくりやるぞ」
宣言してから上段に構えた木刀をゆっくり振り下ろす。上段から兜までの円弧を2/3ほど過ぎたあたりから、纏わせた水が切っ先に移動し始める。
兜に届こうかという頃には、10から15センチほど水刃で延長され、その額を叩く。
「この様に相手に間合いを誤認させる技だ。しかし素早く水を操らないと見破られるぞ。それくらいの速度は欲しいな」
“ガンッ”
“ガンッ”
“ガンッ”
三連打。
振り下ろし、素早く上段に構え直す。構え直した時に水刃は伸びていないのだが、振り下ろすと、兜を叩く音がする。
「えええ~」
「速すぎる」
「伸ばすのも縮めるのも見えねぇ」
もう一つ相手を惑わせる選択肢として、振りぬきざまに水針を飛ばす小技があるのだが、実力が伴っていないとどっちつかずになり混乱させるのでやめておこう。
「まずは水操作の訓練から始めるといい。水球を傍らに維持しながら素振りをするもよし、慣れたら複数維持するもよし、周回させながらの素振りとかだな。基礎は大事だぞ」
師範代の締めの言葉に門下生たちは訓練場に散らばり、それぞれの段位の基礎訓練を始めるのであった。
朝練後の食事は大変捗った。
今日の予定を考える間もなく、俺はバルボーザに誘われるがまま馬房に赴いた。
「おぬし、折角のゴーレム馬を馬代わりにしか使っとらんではないか!」
「いやいや、馬の代わりに使うのがゴーレム馬だろう」
何を言っているのかわからない。
「何のために様々な機能を付けたと思っている!目のライトも尻の飛び道具も使った形跡がないではないか!使い勝手を聞く以前の問題じゃぞ!」
「そうは言っても、日が暮れる前に野営場所は決めるし、尻の飛び道具といったって、盗賊に追いかけられでもしない限り使わんだろう。お前は俺がどんな渡世を渡っていると思っているんだ」
「切った張ったの波乱万丈?」
「ンなわけあるか!」
「冗談はさておき───」
こんなノリをする奴だったか?
「使う場面がなくとも、時折動作確認はやってくれ。定期的に動かすだけでも故障は防げる」
「……覚えておく」
「無茶な使い方はしとらんようだな。汚れも傷も想定より少ない。傷と言っても表面に少しあるだけだし、内部も汚れとは言ったが微々たるもんだ。あとは念のため制御系を走査させるが問題ないじゃろ」
外装を外して掃除までは分かるが、頭脳部分というか心臓部というか、その辺を言われてもチンプンカンプンだ。
その手の話はエステルと宜しくやっていたのだろう。
「それはさておき」
バルボーザの距離が近くなる。
「その左の妙な籠手を見せてみろ。あの嬢ちゃん、今度は何を作りおった?」
「いや……籠手ではなくて」
ためらわれたのは彼の圧だけのせいではない。ある筈のものが無い恥ずかしさとでもいえばいいだろうか。
だが、いずれ分かることだと思い、イトゥサ先生にやったように左腕を外して見せる。
「こういうことだ」
「───すまん」
頭を下げ見上げてくるバルボーザに、肩をすくめてやる。
「で、嬢ちゃんだな、嬢ちゃんが作ったんじゃな!」
……変わり身が早すぎる。
「見せろ、見せてみろ」
バルボーザは義手をひったくると、手首や指の可動域を確認し、表から裏から状態を見る。そして接合部を単眼拡大鏡でチェックするがすぐさま舌打ちが入った。
「───ばらしてもいいか?」
「ダメに決まってるだろ!」
ひったくって着け直すと、残念そうな声が漏れた。
「彼女から仕様書を持たされてるからそれで我慢しろ」
「それを先に言え!」
先にも何も、そんな機会はなかっただろうに。しぶしぶ収納ポーチから出すや否や、これまたひったくられた。
こちらには目もくれず、灯りをともして作業台に広げていくバルボーザ。
「おい、綴じてある糸を解くんじゃない」
「全部終わったら元に戻すから安心せい」
それは熟読して写本までのことを指すのだろうなぁ……
「あとはこっちに任せとけ」
何を任せろというのだ、全く。
それから一週間ほど経過した。
道場では門下生に交じり、剣術と水術の鍛錬に勤しむ。だが鍛錬は専ら剣術ばかりで、水術となると指導側に傾いた。
それもこれも天才肌のばあさまからの指導の結果だ。
ばあさまからの感覚的指導を、自分なりに解釈し試行錯誤して言語化した結果、術を行使した時の感覚を明瞭に説明できるようになったのだ。
それでも水使いは水術師からしてみれば、感覚で水を操っているとみなされている。
それは全くその通りなのだが、俺は自身が感覚で行っている操作を顧みることによって、術の精度の向上に至ったのだ。
「ヴィリュークさん、水球がうまく動いてくれないのですが」
「水への魔力浸透が不十分だ。しっかり染めれば動かしやすいぞ」
「ヴィリュークさん、水針で威力は出てるのですが、思うように飛ばせません」
「単に鍛錬不足だ。投げナイフで感覚をつかめ」
「ヴィリュークさん」
「ヴィリューク」
「ヴィリュー」
どうしてこんなに懐かれた。
「おいヴィリューク!ちょっとこっち来い!」
ヒトに教えることがこんなにも消耗することとは。バルボーザの呼びかけに、これ幸いとその場から逃げ出した。
馬房(改)の一つにはバルボーザのゴーレムロバが見え、その奥の作業場の扉の前で当人が待ち構えている。もちろん俺のクレティエンヌも磨かれて隣の馬房に鎮座している。
「早く来い」
字面だけ見れば乱暴な物言いだが、口角の上がったドワーフの髭面を見てしまうと、仕方ないと許してしまう。
いったい何を見せてくれるのやら。
「愛用品があったとしても、予備は必要だよなぁ?」
いきなり何を言い出すのだ、このドワーフ。
作業台の上には白い布がかけられ、いくつかの盛り上がりが何かを隠していると分かる。
「てことでわしからのプレゼントだ。有難く受け取れ」
もったいぶって白布が引かれ、プレゼントがお披露目と相成った。
「え?えええ~……ありがとう?」
作業台の上には鈍く光る黒い籠手。しかも左腕だけ。それを中心によくわからぬ武器らしきものが並んでいる。
「ひょっとして義手なのか?」
「それ以外の何に見える!わしのゴーレム技術の粋を集めて作成したお前の義手だ。あの嬢ちゃんは天才だな。根幹である制御系が分かりやすいお陰で、系統が違うゴーレム技術を落とし込むのに然程苦労がなかったわい。ついつい思いつくまま作ってしまったわ!とにかく着けてみろ」
作業台の上には三つの義手?が並んでいる。
手を伸ばしはしたが、とりあえず当たり障りのない義手らしい義手を手に取る。
今ついている義手を腰の収納ポーチに突っ込み、接続を解除するとするりと中へ収まった。
そしてバルボーザの義手の接続部を左肘にあてがい、魔力を込めると何の不具合もなく接続できたことがわかる。
試しに、と明確な意思を込める必要もなく、生身に見間違えっこない義手は、極小の擦過音をさせて動いてくれる。ゆっくり動かせばその音も防げるだろう。
「生身の相手ならぶん殴ってもものともしないが、硬いものは殴るなよ。頑丈に作ったつもりだが、外装は大丈夫でも内部に不具合が起きたらコトだからな」
「今までだって壁を殴ったことすら無いっての」
ヒトをなんだと思っている。
「荒事をするならこっちを使え」
バルボーザが指さしたのは、さらに武骨な義手だ。丸みを帯びている部分が皆無で、拳頭や拳面に低めの突起がついている。
突起のついた拳で殴られたら、痛いどころでは済まないだろう。
「どういう荒事を想定してるんだ」
喧嘩程度では使いたくない。いや、喧嘩すら憚られるのだが。
「前に構えて拳を握り、魔力を込めてみろ。安全装置は外してある」
言われるがまま操作すると、鋭い音とともに外側に向けて魚の胸ヒレの様なものが展開された。振るった拳を外側によけた時に広がったらと考えると、血まみれな光景が目に浮かぶ。
「こいつはぶん殴っても内部に衝撃がいかないように作ってある。その分、指の精密動作は劣るがな。慣れればどうということはないじゃろう。今広がっている刃は、展開も収納も自由自在じゃ。誤動作防止の安全装置のかけ方はあとで教えてやるから安心せい」
「暗器仕込みの義手なんざ物騒すぎるわ!」
「ノリが悪いのう」
物騒な暗器義手を作業台に戻し、最後の義手を手に取る。
「どうせこれも何かの武器なんだろう?」
それは吹き矢の筒に何やらあれこれ付けた形状をしており、その中間より肘側には四角い長めの箱が差し込んであった。
「こいつは石礫弾を発射する装置じゃ。弾がそこの箱に入っており、筒の中へ給弾され、爆発術式で標的めがけて発射する。円柱の鋳物から正確に穴開けするにゃあ苦労したぞ。何種類もの錐をとっかえひっかえした上に、内径を合わせるのはもちろん、滑らかにして発射抵抗を極限まで減らした渾身の作じゃ」
石礫弾はクレティエンヌの製造機能を調整し、箱(弾倉というらしい)に収めるところまでやってくれるそうだ。
「ん?それってクレティエンヌの部品の流用ではないのか?」
「……ばれたか。作成はだいぶ前じゃが、苦労したのは本当じゃぞ。正確な切削にどれだけ苦心したことか」
“うぅぅ~”とドワーフの泣き真似がうざったい。
試し打ち……なんて、ここらじゃ迷惑になって出来やしない。
しかしこれは気を遣ってくれているのだろうか。新しい技術を試すついでの製作、なんて思ったら罰が当たるか。
「それとこいつはおまけじゃ」
“ごとり”と作業台に置かれたのは、同じ意匠の右の籠手である。
「左右の籠手が同じ拵えなら、目立つこともあるまい。重量バランスもとってあるぞ」
「……その気遣いの方が重要だろ!」
こうして俺は新しい義手たちを手に入れたのであった。
月刊と謳いながらも次回の原稿は真っ白です。ピンチです。
場合によっては老砂エルフでの更新の可能性も……
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