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愛猫・余興・派生品

嫁回です






「灯りよ」


日も暮れ始め、私は船内のカンテラに明かりを灯して回る。


揺れる船内では火の気は必要最低限に抑えるものだが、魔法の灯りならば火事の心配もないので、油を入れてないカンテラに灯りの魔法をかけて回っているのだ。


就寝時にはシャッターを閉じれば眩しいことも無い。


「ありがとうございます」


国同士の交流なので、先日の使節団ほどではないにしろ、国からはそれなりの人員が乗船している。


これはバラク船長へこちらから申し出た事で、船長からは感謝の言葉と共に案内の船員をつけて貰っており、この航海が国の都合で無理をさせた故のちょっとした気遣いでもある。


灯りがあれば彼らの暇つぶしが捗ろうと思ったからでもある。


おかげで乗組員たちは、今晩もカードゲームに興じられるので感謝もひとしおというものであろう。




船室に戻るとエステルが自前の魔法で帳面を照らしていた。


「あ、ナスリーン、ヴィリュークが義手を受取ったって。うまい具合に使いこなしてくれてるみたい」


「ほんと?よかった」


魔道書簡伝達器で彼から連絡があったようだ。伝達器にセットされた帳面には、彼の筆跡が踊っている。


「国内なら街ごとに中継器があるから届くけれど、国をまたぐとそろそろ限界に達するわね。今のうち書きたいことは書いとかなくちゃ」


とかエステルが言っているうちに、次の文章が続いて来る。


「ふーん、剣の修行に城塞都市クティーロアへまた行くんだ」


「あ、そしたらドワーフの───」


「バルボーザにあたしの義手の感想を聞きたいわね」


ニヤリと笑うエステル。専門は違うが職人として自慢したいのか、つらつらとその旨を帳面に書き記していく。


「現物だけを見て分かるかしら?」


「こんなこともあろうかと師匠に設計図の写しを持たせるようにお願いしてあるわ」


「嘘ばっかり」


ツッコミを入れてやると“えへへ”と笑ってきた。原本はエステルが、複写をヴィリュークとヤースミーンおば様がそれぞれ所持するそうだ。


「私がいなくても師匠がいれば直せるから。破損時の保険ね」


確かにいざという時の備えは必要だ。


向こう(イグライツ)へはどれくらいの滞在になるの?」


「渡すもの渡したからと言って、即帰るって訳にもいかないから……短くて三日、長くても一週間ってとこかしら」


イグライツの社交界との交流、例の箱の返還と改良魔法陣の意見交換、ヴィリュークの仇の捜索状況確認……これらが今回の主な目的だ。


そして船は嵐に会うことも無く、順調に航海を終えてイグライツ帝国の港に錨を降ろした。


そのあとの移動もトラブルに会うことも無く、恙なく帝都イグライツに入都し、使節団は前回と同じ離宮に入る。


出国時の情勢はキナ臭いものであったが、道中から到着まで平穏無事でなによりであった。




何はさておき、到着の翌日には件の箱の返却だ。


貸与が内々的なものならば、返却も然りである。


城の一室で国務大臣に出迎えられるのは当然として、ソファに腰を下ろして暫し、皇帝陛下の入室が告げられるとか聞いていない。


エステルなんかは、丁度じゅうたんの収納魔法陣から箱を取り出したところである。


慌ててじゅうたんを蹴り飛ばして丸めつつ、箱をテーブルの上にそっと置き、腰のポーチをじゅうたんに向ける。


丸まったじゅうたんが垂直に立つと、角度を傾けポーチの口に倒れ込んだ。


エステルがポーチの口を広げ“くいっ”と腰を振ると、じゅうたんが収納ポーチの中に吸い込まれていく。


便利というか物ぐさな機能。それとその仕草ははしたないわ、エステル。


それでも皇帝陛下が入室する時にはしっかりと居住まいを正し、部屋の中の者達と揃って向かい入れられたのであった。




「我が国の旬の作物から、今まで日持ちの問題から輸出が出来なかった物、果ては我が王都で評判の茶菓子にデザートを見繕って見ました。お口に合えば幸いです」



スッと目録を国務大臣に手渡すと、彼は封筒を開いて中身を検め、問題が無い事を確かめると皇帝陛下に手渡した。


「確かに。デザートの類いは子供達も喜ぶだろう」


陛下が合図すると文官が数名近寄り、箱を回収していく。


じゅうたんから出されると、箱はどんどん保存の為に魔力を消費する。魔力が切れると中の時間が進み始めるので、一刻も早く城の地下にある魔脈に安置しなくてはならないからだ。


「この度は彼の為に、国宝をお貸し頂きありがとうございました」


「なんの。ナスリーン嬢の身内の方の為。当然の事をしたまでである」


国務大臣を飛び越えて皇帝陛下自ら返答なさった。帝国騎士団団員の過失と言及しない辺り国家間としては触れたくないのだろう。


「その後調査はいかがですか」


何の?とは聞かない。


「すっかりと(なり)を潜めているようで、情報は皆無である。いくつかの犯罪組織のアジトを摘発したが、いずれにも潜んでは居らなんだ」


さすがに調査結果は国務大臣が説明してきた。


「これだけ時間が経過すると、捜査人員は減らさざるを得ないが、指名手配は継続中である」


こうなると国のメンツで何処まで追うかだが、これはもう期待できなさそうだ。あまり追求し過ぎない方が双方の為だろう。


「分かりました」


“よろしく“などと言おうものなら”しっかりやれよ“と受け取られかねない。言葉選びは重要だ。




「ところで」


この話題は終了。わざわざやって来た、陛下の本来の目的に移りたいのだろう。


砂天使(スナネコ)王獣(グリフォン)の姿が無いのは離宮に残してきたのかね?」


思いがけない話題に、キョトンとしてしまった。


「いえ、あの子たちは国元で留守番です。愛でたかったのでしょうか?」


だとしたら少し申し訳ない。


「それは───間に合っている。おい、連れて参れ」


その合図で編み籠が持ってこられたのだが、蓋を開ける前から中身の正体が窺い知れた。


“ミャーゥミャーゥ”


鳴き声から察せない者はいないだろう。言わずと知れた子ネコだ。


籠に入れられ、知らぬ場所に連れて来られて不安なのだろう。


蓋が取られると陛下自ら手を入れ、籠の主を抱き上げた。


「落ち着けアレス。お前は強い子であろう」


自らの膝にのせると、その身体を撫でて落ち着かせようと試みる。


子ネコ特有の薄い肉付き、手を広げてそれを伸ばし、鳴き声を上げて自己主張を繰り返す。


だがその三毛猫の背には、ある筈のないモノが生えていた。


そう、一対の翼が。


しかも未熟な翼を広げては、ぎこちなく羽ばたかせる。


「あ……うちのバドリナートが、申し訳ございません」


間違いなくバドがどこかのネコを孕ませた結果の子供だ。


「気にすることは無い。これは我が国にとって吉兆である。少し小さいがな」


グリフォンは稀に同種以外と交配する事がある。確認されている所では、馬との交配の結果であるヒポグリフが有名であろう。


それを何の気の迷いか、バドはネコをその対象として選んでしまったのだ。


「あわよくばと考えていたが、虫が良すぎたな。仮に交配が上手くいったとしても、望む結果が出る可能性は低いと言われている」


「それは?」


「こいつはオスなのだ。しかも三毛猫だ。一緒に生まれたメスに翼は無い。こいつが生まれるまで、我が国にネコの研究者がいるとは知らなかったわ。しかもそいつが言うにはオスが生まれる確率は、数万匹に一匹の確立らしい」


オスの三毛猫なら必ず翼を持つとは限らないだろうに……。


“ならばあてもなく血統を守るしかないか”と笑ってその場はお開きになったのだが、この件に関しては物分かりの良い方であった事に胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。


有翼猫が空を舞う光景、見て見たい気もするが問題も多そうだ。




★☆★☆




非公式での入国ではあるが、秘密にしている訳ではない。


国を挙げての公の行事が無いだけで、それでもちょっとした夜会は催される。


穿った言い方をすれば、私たちをダシにしてパーティを開いているのである。


「ナスリーン様、エステル様、ご無沙汰しております」


誰であろう第四皇女のローラ様だ。


「お変わりはありませんか」


「ええ、私は。ただ……」


何やら言い淀むので、小首をかしげて促してみる。


「私のミネットが子ネコを生みまして、その内の一匹が───」


「ひょっとして陛下が連れて来た」


「まぁ、お父様ったらそんなに自慢したかったのかしら」


単に見せたかったという事は考えにくい


「可愛い事に変わりありませんからね」


「「ほほほほほ!」」」


取り敢えず三人で笑ってそう言う事にしておく。




「ご歓談中失礼します。皇女殿下」


一区切り付いたと判断したのか、近くに控えていた貴族らしき夫婦が声を掛けてきた。


「あらランブリング伯、お久しぶりです。この様な場にいらっしゃるのは珍しいですね」


現れたのは髪に白いものが混じり始めた普人の男性。右腕をアームスリングで釣っているのは怪我だからだろうか。


「見苦しい姿をお見せして、申し訳ございません。ですがラスタハールの方々に、お礼を申し上げたく参上いたしました」


「お礼、と?」


心当たりが無く、エステルと顔を見合わせてしまう。


「先日の魔熊討伐です。あれは餌が乏しくなると人里を襲うのです。過去に私の領地の村も二つ被害に遭いました」


「ランブリング伯は豪槍で、並ぶ者無しと言われているのです」


「過去の栄光です」


ローラ皇女の称賛を苦笑しながら伯は訂正した。


「魔熊は放置するほど厄介に、且つ被害が増します。ましてや帝都近郊での出没。日を追うごとに知恵をつけ、討伐も困難になるのです。それを発見即討伐。改めてお礼申し上げます」


ランブリング伯夫婦が再び頭を下げる。


「けしからぬのは例の男。名前を口にするのもおこがましい。騎士の風上にも置けぬ……いや、もう身分は剥奪されていましたな。微力ながら私もお手伝いしておりますので、暫しの猶予を賜りたく」


「「よろしくお願いします」」


「ランブリング伯は文官の差配でも評価が高いのですが、以前は武官職で名を馳せていたのです。───そうだ、皆さん伯の武勇伝を聞きたくはありませんか」


皇女が周囲に問いかけると、私たちに会話に耳を傾けていた者たちが口々に賛同していく。


“また聞きたいわ”

“あれはいつ聞いても胸が熱くなる”

“誰か楽師を”


あっという間に場は整えられ、楽器を手にカルテットによる演奏が始まった。




それは一人の領主の武勇伝であった。


始まりは一つの村の悲劇。


家畜が食い殺され、村の有志による山狩りが行われたが、足跡を見つけたのみ。


ギルドより専門家を派遣してもらったが、明らかになったのは犯人が大きく成長した魔熊であるということ。


それどころか派遣された討伐隊からは少なくない被害が出る始末。


新たにもう一つ、別の村も被害に遭う。


演奏はおどろおどろしい曲調になり、魔熊の恐ろしさを掻き立て、歌われる内容は見通しの立たぬ不安で一杯だ。


しかしここで勇壮に曲調が変わる。


ランブリング伯が騎士団を引き連れて勇ましく出撃する。


場面は一気に転換。魔熊が出たという山間の森。


山歩きに慣れた手練れを先頭に、槍を携えたランブリング伯。追従する者達の手には、魔熊戦を想定した武器が握られ背負われている。


場面が野原に切り替わると、話は一気に加速する。


魔熊の登場だ。


冷静に聴いていれば、どのような手段で誘き寄せたのか詳細が不明なのだが、どうやらカルテットは一番受けの良い場面まで飛ばしたようである。


聴衆たちはこぶしを握り、楽曲に聴き入っている。


討伐隊は盾を押し出し、矢を射かけ、槍を突き出す。


稀少な呪文使い(スペルキャスター)は魔力を練り、ここぞという場面に備える。


しかし盾は魔熊の爪で切り裂かれ、射かけた矢も突き出された槍も分厚い脂肪を貫けない。


果たして彼らの攻撃が如何ほどの効果があるのだろう。


曲からは彼らの苦境が推し量れる。


そこに響く力強い一音。


場が転じた。


ランブリング伯の豪刺突。


槍の穂先が魔熊の腹に埋まり、ほとばしる血飛沫。


その快挙に会場の熱量が更に上昇。


歓声が上がるが、ふと主人公であるランブリング伯の顔を窺うと、耳が赤く口元が何かに耐えるように曲がっている。


相当に恥ずかしいらしい。


だが伯の事情などお構いなしに演奏は続く。


舞台は最高潮、魔熊とランブリング伯の一騎打ちだ。




最初で最後の機会が訪れる。


全身を使って突き上げた豪槍は、魔熊の胸板を貫き心臓に達すると、傷口からは大量の血が噴き出した。


致命の傷を与え油断はしていなかった。だが相手も只者ではなかった。


心臓を貫かれながらも魔熊の豪爪が横薙ぎに伯を襲う。


ランブリング伯は右腕を折られながら真横に吹っ飛んだ。


だが魔熊は自身の攻撃で傷口をさらに広げてしまう。傷口から血を滴らせながら数歩、ついにその巨体は地面に沈んだのであった。


終わりを告げる旋律が鳴り止み、カルテットが楽器を降ろしてお辞儀をすると、聴衆から惜しみない賛辞が降り注いだ。


聴衆の意識が彼らに向いていると、ランブリング伯はこちらに合図をして中庭を見渡せるベランダへ出ていった。




「実際はあのように華々しくはなかったのです。何名もの部下が命を落としました。一命をとりとめたものの、引退を余儀なくされた者が何名もおります。私もその一人なのですがね」


伯は自傷気味に語る。


「魔熊にとって私は獲物の一人であったでしょう。最後の最後まで、自身がやられるとは思いもよらなかったからこそ、戦い続けたのです。不利だと悟れば、逃げ出すくらいの知恵は持ち合わせていました。まさにギリギリからの逆転勝ち。奴の一撃は、道連れの一撃のつもりだったのでしょうが、幸いな事に少し遅すぎました。お陰で私は生き永らえることが出来た……」


「帰って来られて良かったではありませんか。ヴィリューク───彼も戻ってこられたからこそ、私も彼に義手を作って上げられたのですから」


エステルがランブリング伯に慰めの言葉をかけ……表情が変わる。


「ん?んんん~」


「エステル?」


「ちょ、黙って……あれをそのまま落とし込んでは不味い、出力の調整は……ああ、筋肉が無いとと思考に付いてこないから問題ない?でも無理をすると腕を痛めてしまうから、予め可動域の制限は設定しないと……事故防止、事故防止、始めが肝心。しっかり鍛えた後に制限(リミッター)解除すれば……あれ、これって麻痺対策にもなる?いや、それだけの為に付けるとかめんどくさいし……ああ、でも怪我して麻痺ならば……」


ランブリング伯夫婦がこちらに向けて何事か視線で問い掛けてくるが、私は指を口元に立てて静かにするように合図する。


エステルの口から漏れる思考が、あちこちに飛びまくっているのだが、結論としてまとまるのだろうか不安だ。


「閣下、傷は肩や側頭部では?その際に治癒魔法は?」


「ああ、場所はそこで間違いない。魔法もかけて貰い、その場で傷は塞がって出血は止まった」


「その場での術では完治してなかったのでしょう。戻られてから数回、重ねてかければ防げた可能性があります。それよりも──」


彼女の目が、口元が、何かの確信を得ている。


「もう一度、腕、動かせるかもしれないとしたらどうでしょう」


ランブリング伯は目を見開いた。




翌日私たちが逗留している離宮へ、ランブリング伯夫妻が訪れた。


「ようこそいらっしゃいました、といってもここの主ではないのですが」


「なんの。陛下より貸し与えられている以上、貴女はこの離宮の主ですよ。ところで───」


「貴方、せっかちすぎです。昨日の申し出から、この人ったら落ち着きに欠けていまして」


ランブリング夫人が窘める。伯の期待度が窺える。エステル、大丈夫よね?


「心中お察しいたします。どうぞこちらへ。あれからエステルは作業に没頭していまして、その、相応しい身嗜みを整えておりません。ご容赦ください」


そうだのだ。エステルは戻ってくるなりドレスを脱ぎ捨てると、テーブルに道具と材料を並べ始めたのだ。


下着のまま始めようとするのを制止し、なんとか普段着を着せることが限界。夜食を作って部屋の隅に置いてもらったら、それはちゃんと食べてくれていた。


それでも部屋の中はひどい散らかりようで、一晩でここまで荒せるものかと逆に感心してしまう。


部屋の主はその腕を一心不乱に動かしている。一見すると何をしているか不明なのだが、時折手元が光るので注視してみると、その手には細い針が握られており、さらにはもっと細い糸が通されていた。


私がそっと近寄ると、夫妻も一緒に足を忍ばせる。


覗いたエステルの手元では針が踊り布地の上で糸が走ると、細かい魔法陣の刺繍が広がっていくのだ。


その見事さに半歩近寄ると、彼女の手元に影が差し掛かってしまい、そのせいで彼女の手も止まってしまった。


「あ、気づかなくてごめんなさい。あああ伯爵、このような格好で失礼しました」


「いやいや、集中しているところを邪魔したのはこちらのほうだ」


わたわたと謝罪するエステルに、ランブリング伯は逆に非礼を詫びる。


「それよりも!試してもらいたいものがいろいろあるの……あるのです!」


諸々すっ飛ばして本題に入るあたり、エステルは物作りが好きなのだなと分かる。できた作品を試して貰いたいのだ。


「基本となる魔法陣は出来上がっているから、それを伯爵に合わせて再構成するのだけれども、容態の程度で必要となるものが変わってくるって考えたら───」


エステルは部屋の隅のテーブルを示す。


「あんな感じ」


彼女が作ったであろう魔道具が、ざっと五・六個ほど並べられていた。一般の職人が作ろうものなら、一晩で一つも完成しないはずだ。相変わらずとんでもない。


「ささ、上着を脱いで着けてみて。着け方は教えるわ」


「いや、女性の前で服を脱ぐのは」


エステルの言葉が砕け始めているのもそうだが、脱衣をためらう伯爵へ彼女は追撃をしていく。


「患者の裸でいちいち恥じらってらんないわよ。奥さん、脱がしちゃってちょうだい」


患者という表現が正しいかはさておき、とうとう素を隠すことすらやめてしまった。夫人もその勢いに流され、伯の上着を脱がしていく。


「どれが使い勝手がいいか分からないから、思いついたのを片っ端から作ってみたわ。まずは腕全体を覆うタイプのものよ。ずり下がらないように作ったけどどうかしら」


手首から上腕まで覆う筒状のアームカバーは、縦にも横にも伸縮性があるが、エステルは均一に腕を覆うようにあちこち引っ張って位置を定めていく。


「上下は穴の大きさで分かるでしょ?肘あて(エルボーガード)も付いてるから向きの間違えもしにくいわ。初期起動は左手から右手首に魔力を循環させてね」


「……やってみます」


指示通りにランブリング伯は魔力循環を始めるが、肝心の右腕に変化はない。


「左手から右手首に流れた魔力を、右肘から右肩、背中を通して左腕に。どう?」 


「……左から流してはいるのだがよく分からん」


「どれどれ……右肘……右肩、量は少ないけど流れているわね。自信をもって。彼の義手は魔道具だから即動かせるようにしたけれど、これは動かない腕を動かす補助の為のものだから、いきなり動かして痛めてしまうといけないから。それに自分の身体を巡っている魔力を感知するとか、それなりに訓練した人でないと無理だから気にすることはないわ」


エステルはそう言うが、身体強化の発動にはこの手の魔力感知が出来ないとお話にならない。豪槍と謳われたランブリング伯であれば、身体強化を修めていたことは間違いないだろう。それを感知できないとなると厳しいのではないだろうか。


「ま、感知は追々。腕に血が流れている以上、魔力も巡っているのは間違いないしね。つまりそのアームカバーにも魔力が通っている。てことで、はい、どうぞ」


おもむろに彼女は腰の付与ポーチに手を入れると、引き出したものをくるりと回して伯に向かって放り投げた。


エステルが取り出したのは一本の棍。緩やかに放り投げられたそれを、ランブリング伯は反射的に宙で掴んだ。


もともと利き腕だった右で。


「「えっ」」


ランブリング夫妻の驚きの声とともに、右手は棍を放してしまった。


「おっと」


エステルは床に転がる前にキャッチすると、棍を回転させて床を突いた。


「これで動かせることが実証出来たわね。作ったものはまだまだあるから、それぞれの相性と使い勝手を確かめて……それから訓練ね」


しかしその言葉は夫妻の耳には届いていないようだった。


夫人は伯の右手を取って涙を浮かべ、伯はまだ小さくしか動かせない指に見入っていた。










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