彼女の置き土産・試運転・新たな目標
月刊すなえるふ更新です
翌日にはオルセン伯爵に暇を請い、実家へ帰宅の途に就いた。
運び人としての依頼は完了し、ラルスはそのまま先代伯爵の治療のために留まる。
邸宅に居る方が安全だし、オルセン伯爵もやられっぱなしではなく、きっちりと落とし前はつけると宣言していた。
借りていたリディは返却したので、実家までは徒歩だ。行商人の馬車でもあれば同乗させてもらうつもりだ。一本道の先にあるのはエルフの村なのだから、エルフに親切にしておいて損はない。
などと目論んでいたのだが、こんな時に限って一人旅になった。
サミィも同道していたが、自分の足で歩くのはその時の気分。疲れると俺の身体をよじ登り、肩の上で休む。多少は目をつむるが、危なっかしくなってくると、抱っこ紐を引っ張り出して赤子の様に抱えるのだ。
そしてそのまま眠りにつくとか、随分と楽をしているな、サミィよ。
「とまぁヒトガタになって歩けばいいものを」
「元々ネコなんだから面倒見てあげなさい」
実家に無事到着すると、ばあさまが淹れてくれた茶を飲みながら、道中の様子を聞かせてやる。
「それよりも言う事があるでしょう」
「……心配かけてすみませんでした」
それでようやっと睨めつけていたばあさまの眼が和らいだ。
「それで、どうなっているの?よく見せなさい。んもう伊達にされちゃってからに!」
左頬の傷を揶揄われる。
「言ってくれるな、ばあさま。よりによって今日の門番があいつら二人とか、うざったくて仕方なかったわ」
「今日は……ブラスコとカルジェロね。幼馴染に見つかるだなんて、広まるのに二日とかからないわね。それよりも───」
ばあさまは用意していた物をテーブルにのせる。
「試してみてちょうだい」
多くは語らず出してきたものは、ヒトの左前腕であった。いや、よく観察すればそれが人工物と分かるだろうが、何も言われなければ気付かれないだろう。
「本物そっくりだ……え?手相に指紋まであるじゃないか」
「現物を魔脈で保管しているからね。見本があればそっくりに作ることは訳ないわ。流石に手触りまで同じにはならないけれど、手持ちの素材と技術ではこれが限界ね」
「限界どころか、これ以上の物とか無理だろ。……ありがとう、ばあさま」
「お礼はエステルに言う事ね。それよりも早くつけて見なさい」
ガントレットのような義手を外してテーブルに置くと、見た目からして新しい義手の違いが明らかになる。
水を生み出して左肘の先を洗って外に捨てる。
「最初にこれを着けて」
手渡されたのは伸縮性のある袋状の編み物だった。
「本職は凄いな……」
エステルの肩書は織物職人だ。
靴下をはくように肘の先を入れると、滑らかな肌触りと装着感、そして微量の魔力を吸い上げられたのが分かる。
「単純な力ではズレないようになっているわ。魔力と意思を込めて摘まめば付け外しは自在よ」
「お、おぉ……これ、総ミスリルシルクじゃ?」
「当然。日常的に使うものだから、編み込んだ魔法陣も新たに描き起こしているの。さあ早く着けて見て」
義手を掴むと恐る恐る肘先に近付け押し込むと、角度を合わせるように回転して吸い付くように止まる。
「はいこれ」
ばあさまが木刀を義手の近くに差し出すので、反射的に、いや自然に左腕が伸びてそれを握り締めた。
「え?えぇっ!?」
驚いたせいなのか、左手が緩み木刀が落下して床に転がってしまう。だが、一々構っていられない。
左前腕をねじり、左手を開閉して、指を一本ずつ折っては開く。
「うごく……すごい……」
左腕を伸ばして、床に転がっている木刀を拾い、掲げた。
「ちょ、ちょっと、裏で素振りしてくる」
ばあさまの返事も聞かずに俺はいそいそと部屋を出た。
ばあさまの瞳が潤んでいたことにも気付かずに。
裏手に回り、庭と言う名の鍛錬場にやってくる。何とも久しぶりな気がする。
“Kyuruiieee”
甲高い鳴き声と共に黒い影が飛んできた。
木刀を右手に持ち替えながら左腕を掲げると、それを踏みしめながら肩から首にすり寄る懐かしい感触があった。
「久しぶりだな、バド。少し大きくなったか」
大きめのネコサイズのグリフォンが、俺の頭に身体を摺り寄せる。そして義手であろうがお構いなしだ。
それを宥めながら下に降ろし、ひとしきり背中を撫でてやると満足したのか、助走をつけて滑空すると庭の片隅の大振りな石の上に着地した。
定位置なのかと思ったら、サミィがそこに陣取っていた。なんだ、甘えているだけか。
俺は新たな左腕を確かめるため、木刀を大きく振りかぶった。
どれくらい振るい続けていただろうか。
着ている服は汗で濡れそぼり、額からの汗を何度拭っただろうか。
この義手は本当にすごい。
触っても触覚があるわけではないのに、指などの動かす感覚が伝わって来る。
言葉にするならば、緩く握った木刀を上段に振りかぶり、振り下ろしながらキュッと握り締める感覚が伝わってくるのだ。
腰の付与ポーチから魔刀を取り出して腰に佩く。
構え、左の義手で鯉口を───切る。
義手の親指で鍔を押し上げる感覚が伝わって来た。
“ほう”思わず歓喜のため息が漏れた。
一体どういった仕組みなのやら、エステルはとんでもないものを作ってくれた。
“シッ”
“チン”
居合抜刀、そして納刀し残心。
「ふう」
「満足したかしら」
ばあさまもこちらにやって来た。木刀を携えて。
「これは、凄いよ」
そうでしょう、とばかりに頷くばあさま。
「そろそろ素振りも型稽古も十分でしょう?相手が欲しい頃合いじゃないかしら」
以前はばあさまのその言葉に戦々恐々としていたのに、素直に返事をする俺がいた。
「ああ、一つ頼む」
★☆★☆
ヴィリュークは魔刀を仕舞って木刀を手にする。
素直に受け入れたことに少し驚いた。
以前であれば嫌々仕合っていたのが、すんなりと承諾して構えて見せるのだ。
先程見た居合切りは見事なものだった。彼なりの鍛錬の賜物であろう。
視線が絡むと彼から打ち込んで来る。
上段からの連撃。
こちらも危なげなく受けきると、鍔迫り合いになり力比べになるかと思いきや、いなして離れ際に一太刀放って来る。
もちろん喰らってやるほど優しくはない。
「ヴィリューク、余計な力が抜けたわね」
「そうか?一応必死なのだが」
本当に格が上がっている。
以前は鍛えてやるという気持ちがあったのだが、今や鍛錬に付き合うというのが正しいであろう……いやその方が正確だ。
「試したい事があるなら付き合うわよ」
「そうか?相手がいるとやり易いから助かる。それじゃあ───」
私は暗くなるまでヴィリュークの鍛錬に付き合ったのであった。
その晩ヴィリュークの幼馴染であるブラスコとカルジェロが、手土産持参で妻を伴って訪ねてきた。
両名ともばつの悪い表情をしており、訊ねてみると細君たちに絞られたらしい。
「傷を負ったのに思慮に欠ける発言でした」
「大変申し訳ない」
二人を中央に、両脇を細君たちが固め、“バシッ“と二つ音がする。
尻でも叩かれたか。
「「すまんかった」」
同時に頭を下げる。
「どうって事は無い、頭を上げてくれ。これに比べりゃ大したことは無いさ」
そして目の前で左の義手を外して見せるヴィリューク。
「ばっっ!!?!」
「なっ!」
狼狽して二人が声を上げるのはまだしも……
ブラスコの細君パミラがよろめいたが、ブラスコの肩を支えに転倒から耐えた。
「他人を驚かせるんじゃないよ!」
デリカシーの無い馬鹿孫の頭を引っ叩く。
「え?ヴィリューク、それ……」
呆然として指さすのは、カルジェロの細君オルエッタだ。
「黙っていてもバレるのは時間の問題だからな。久しぶりに飯でもどうだ?土産話は唸るほどあるぞ」
感付かれて腫れ物扱いされることを厭ったのだろう。我が孫ながら思い切りが良すぎである。
「何なら子供達も呼べばいい。センシティブな内容は……まぁ、言葉を選ぶさ」
ヴィリュークの誘いに四人は顔を見合わせたが、私が水を向けると興味はあったようで宴会は決定となった。
★☆★☆
三人組の子供のうちエイツァとビィトは男の子なだけあって、先日の航海の話をしてやると食い付きが良かった。
山間の村の中で育っていると、海は物語の中の存在だ。
しかしそれは大人であっても同様で、海に落ちた話や漂流した一件も目を輝かせてせがまれると、非常に話し甲斐がある。
「ありゃ、寝ちまったか」
話しも一段落。
ブラスコとカルジェロの一家との宴会はそろそろお開きだ。
三人組の紅一点、カルジェロの娘シィナが俺の膝で眠ってしまったのだ。
宴会の間は話をねだってきたり、食事や飲み物を甲斐甲斐しく世話してくれた。言葉にすると羨ましがれるだろうが、相手はまだ小さな子供だ。
出会った頃はまだ舌足らずな口調だったが、久しぶりに会うと物言いもしっかりしてきた。
その時には“けっこんする!”と衆目の面前で宣言されたが(本編41話)、今日は口にはしていなかったものの距離は大変近いものだった。
「うちのシィナがごめんね」
母親のオルエッタさんが俺の膝からシィナを抱きかかえる。
「いやいや、どうという事はない」
対して父親であるカルジェロの視線は大変鋭い。
「シィナは絶対やらんぞ」
「その心配は無用だって。まったく父親ってのは、こうもポンコツになるものなのかね」
俺の言葉に周りの大人は皆苦笑を隠せない。
「片付けは終わったよ」
「ざっとしか手伝えなくてすみません」
ばあさまとパミラさんが台所から戻って来た。
「いやいや助かったよ」
今宵はそろそろお開きだ。
「ではそろそろ、お暇しようか」
「楽しかったよ」
「また旅の話を聞かせてくれ」
玄関まで見送ると、二つの家族は月夜の中を帰っていった。
それから二日ほど、実家で過ごす日々が続いた。
荒事とは無縁の穏やかな日常だ。
朝起きれば一杯の水を飲んで、魔刀で素振りと型稽古を行う。
ひと汗かく頃には、ばあさまから朝食が出来たと知らせてくるので、身綺麗にして一緒に取る。
食後のお茶でのんびりしていると子供たちがやってくるので、ばあさまがいろいろ面倒を見ているのを眺めているのだが、それも束の間で手伝う事に。
読み書き算術はもちろん、弓や剣や棒術も一通り。終わる頃には昼頃になるので、彼らも自宅に帰っていく。
一度山菜取りに山に入るというから、付いていった事があったのだが、バドがいつも付いていっていると聞いて驚いた。
裏の山を縄張りにしているのか、それとも護衛のつもりなのか、いずれにせよ村にしっかりと馴染めているらしい。
子供達の言葉だから、それは結構的を射ているものだ。
その日は俺だけでなくサミィも一緒だったので、籠の中身を一杯にすることが出来たのであった。
「そろそろかなぁ」
「なにが?」
夕食後のお茶をばあさまと一緒にしていたら、ついつい言葉が漏れてしまう。
「ギルドの仕事に戻るか、剣の修行をしにいくか」
「帰って来て感じたけど、前はそんなに熱心じゃなかったわよね」
何がって、剣の修行の事だろう。今までも修行は続けていたが、ここまで熱を入れてやっては来なかった。
これまでは腕が鈍らぬ程度にやっていたに過ぎない。
「こんなことになったからかなぁ……」
義手をひらひらと振ってみる。
「片腕でもそれなりに戦えるように、試行錯誤していたらやる気が出た?」
「何で疑問形なのよ」
「俺にも良く分からん。妥当な理由付けするとしたらそんなとこ」
「まったく。片腕失ってからやる気でるなんて遅すぎるのよ」
とはいえ片腕を失ったそもそもの原因は、鍛錬不足ではなく敵の弱体化魔法なのだ。しかしその言い訳を、ばあさまに反論することは憚られた。
「決めた、目録を狙おう。あわよくば免許だ」
行先は決まった。水鳥流道場で剣に磨きを掛けよう。
そして決めたのならば即行動だ。
ギルドに出向くと出立の挨拶をし(受付はオルエッタさんだ)、知り合いたちへも挨拶をして回った翌日にはもう出発だ。
水鳥流道場のある城塞都市クティーロア。
前回はじゅうたんでの旅であったが、今回はゴーレム馬での移動である。
旅の友はサミィ。当然の様に鞍上の荷物の上に陣取った。
バドは付いては来ない。ばあさまの家を中心とした一帯を縄張りとしたので俺達を見送ってくれる。
ばあさまだけでなく、子供達にも懐いているので安心して任せられる。
さあ出発だ。
エステルやナスリーンにも魔道書簡で知らせねば。
向こうは元気にやっているだろうか。彼女たちの事だ、そつなくこなしているだろう。
お読みいただきありがとうございました。
一言・評価・イイねボタンお待ちしております。
それではみなさん、よいお年を。




