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待ち伏せ・九死・薬湯


月刊砂えるふとして目安としている文字数ギリギリですが、キリが良いのでここで更新します。

書き続けたら月末更新が出来なさそうなので(*ノωノ)






オルセン伯爵の王都邸宅は、城に近い貴族街に位置している。つまり門からは距離があるという事だ。


歓楽街に近しい通りならば、この時間でもヒトの姿は見受けられるがそれは例外で、平民の住宅街は言うに及ばず、メインストリートから商業地区に至るまでヒトの姿はほぼ見られない。


たまに見かける人影も、小走りで先を急いでいる。


閑散とした通りを俺達のリディは早足(8~13Km/時)で駆けていく。


月明かりのお陰で周囲は比較的に明るく、貴族街まで辿り着ければ街灯もあるので、奇襲の危険度はさらに下がる。


“みゃあぅ”


こちらの鞍上にいるサミィが一鳴きし、ラルスの方へ飛び乗った。


「うおっ」


「サミィの邪魔をするなよ。合図をしたら一気に駆け出せ」


「それって……」


「見られている。サミィも感じたから、一番弱いあんたの方へ移ったんだ」


現実を突きつけられ、ラルスは思わず“うへぇ”と声が漏れた。


「ネコに格下と思われているとは……」



“バシュシュ!”


発射音が先か、防御音が先か、俺達の前に水と砂の壁が出現しており、そこからクロスボウのボルトの先端が飛び出ていた。


「前が見えん!サミィ解除だ!」


それを合図に砂の壁は消え失せるが、水の壁にはボルトが刺さったまま。その角度を辿った先の物陰に、隠れきれていない頭が見えている。


思ったより遠くから射かけられている。その脇を駆け抜けるには距離があり過ぎた。


「右だ!」


同時にリディごとぶつかりラルスを右に押し込んで回避させるが、砂の壁一枚減ったせいもあり、今度のボルトは貫通して彼方に飛んでいった。


そして物陰から剣を手に、目深にフードを被った者たちが立ち塞がる。さらには積み上げていた木箱や廃材を手あたり次第ぶちまけてきた。


しかしそれは完全ではなかった。


「突っ込め!」


ラルスのリディにの後方に付けると、魔刀を鞘ごと引き抜きリディの尻を引っ叩いた。


“ギュルァ!”


悲鳴を上げるリディをよそに、自身のリディから後ろへ抜けるように飛び降りた。


転がりながら身を起こすと、二頭のリディは瓦礫の隙間をぬって逃げ(おお)せるところが見え、その姿を隠すように色々と崩れてきた。


“予め薬をラルスに持たせておいてよかった”


身を起こして抜刀の構えを取ると、ぞろぞろと口元を隠しフードを被った男達が剣を抜いて迫って来る。


「誰かと間違えていないか?」


駄目元で問い掛けたが、案の定返答はない。それどころか包囲を狭めてくる。


ならば先手必勝。包囲前に仕掛ける。


いつもの疾駆招来(身体強化)を施し、魔刀を鞘の中で水を纏わせると、先ずは端の男を抜き打ちで切り伏せる。


だからといってそこで動きを止めることはない。


纏わせた水ごと血を払ってから再度水を纏わせ、足を滑らせながら納刀して次の相手に向かう。


相手からしてみれば、石畳を滑る様に接近されて一人やられたと映るだろう。


日課では剣を振っていただけではない。歩法や足捌きも徹底的に繰り返したのだ。


その成果が盗賊退治であり、今回の襲撃にも表れている。


“ザン、ザン”


更にもう二人。


そして視認できるのも二人。ただ他にも残っている気がする。まずは目の前だ。


あっという間に三人を切り伏せたからか、対峙するフードの男はバックラーとショートソードを油断なく構えた。


フードの奥からは、濁った目がぬるりと光って見つめてくる。


“病んでいるのか?それとも何か盛られている?”


いずれにせよ不気味な目であることに変わりはない。


男はバックラーを小刻みに動かす。それは隙のように見え、その実誘いなのは明らかだ。


同時に牽制するようにショートソードで斬りかかって来るので、斬り返そうとするもバックラーのフォローが巧みで攻撃に転じられない。


“シッ”


呼気と共の居合切り。だが一閃はバックラーを傷つけるだけであった。


しかしそれは十分な牽制になったようで、盾に入った深い傷に男の動きが慎重になると同時に、もう一人の男もそれに続いた。


二人の男たちはそれぞれ逆回りに動いていく。そのまま動きを許せば、前後に挟み撃ちになる。


“ふん”


そのまま遣らせるわけが無かろう。相手の目論見を鼻で嗤うと、水を集めて頭大の水球を一つ浮かせる。


挟まれる前にバックラーの男へ。滑る様に接近しつつ、水球の水を使って水弾の弾幕を張る。


男は慌てることなく避け、避け切れない水弾はバックラーで防いでいくが、そこへ魔刀の一閃が加わるとあっけなく崩れた。


水弾をたて続けに喰らい、更なる一振りで血しぶきを上げる。




油断なく次の相手を探す。


おおよその方向へ素早く視線を向けようとしたその時、この時間にはない筈の光量が飛んできた。


火の矢(ファイやボルト)


スペルキャスターまで混ざっていたことに驚愕しつつも、水を纏った魔刀で切り上げる。水球を移動、もしくはそこから水弾で迎撃では間に合わないと判断したからだ。


“ブシュッ”


消火?いや迎撃は問題なかった。


だが二の矢も放たれていた。


その影を視認した時、身体が勝手に動いた。


後から思えば、左側から胸元にくると予感めいたものが有ったのだろう。魔刀を持ったまま義手でそこを庇ったのだ。


庇った義手からはクロスボウのボルトが貫通。その先には普通ではない液体がぬるりと(したた)っている。


くそっ。


水球に義手を突っ込み、義手の表から内部までしっかり濯ぐが、ボルトは刺さったままだ。


残るは?二人!


回り込んでいた男と、ボルトを発射した男が物陰に見える。今の今まで隠れて機会を窺っていたに違いない。


水球を二分割して水槍(ジャベリン)に変化させて発射する。不要に魔力を込めすぎたのか、命中すると刺さるだけではなく吹き飛ばしてしまった。


やったか?


魔刀を構えつつ接近すると、回り込んでいた男は目を見開いて絶命していた。


物陰のもう一人も確かめねば。


新たに水盾を生み出し、構えながら接近するともう一人はまだ息があった。


「……毒矢を食らった筈なのに……なぜ……」


「やはり毒か。濯いでおいてよかった」


毒混じりの水の槍は効果絶大だった。一歩間違えば死んでいたのは俺だっただろう。


こんなことエステルやナスリーンにはおろか、ばあさまにだって言えやしない。


男は震える手で懐から小瓶を取り出すが、その手を魔刀で峰打ちして奪い去る。


「かえ、せ、げど…k……」


言葉を最後まで発せぬまま、男はこと切れた。


「不味そうだな」


意識を向けると小瓶の中で液体が渦巻く。俺だったら手を使わずとも水術で飲めるだろう。


「ラルスは無事付いたかな」


サミィも一緒だし、こいつら以上の待ち伏せがあるとは考えにくい。


しかし義手(これ)のお陰で助かるとは皮肉なものだ。


「迂回するのも手間だな、こりゃ」


俺は瓦礫を前に独り()ちた。




迂回してオルセン伯爵の邸宅に着くまで、結構な時間がかかってしまった。


邸宅の前は灯りで煌々と照らされ、伯爵家の私設騎士団が物々しく守りを固めていた。


灯りの下へ姿を現すと一斉にこちらを警戒し、隊長格(兜に角が生えていた)から誰何される。


「ギルドからの配達人、ヴィリュークだ。ラルスは無事に辿り着いたか?」


騎士団の警戒をよそに小さな影が駆け寄ると、勢いそのまま肩までよじ登ってきた。


つまりはサミィなのだが、スナネコが頭を俺の顔にこすりつける様子に、騎士団も毒気を抜かれてしまったようだ。


「砂エルフのヴィリュークで間違いない様だな。無事で何よりだが襲撃者たちは?」


二つ名呼びが不本意だが、致し方あるまい。


「返り討ちにしてやった。奴ら毒まで使って来たぞ」


隊長はぎょっとした顔をしたが、すぐさま指示を出した。


「五人ほど行って確認してこい。用心して盾も持って行け」


場所も伝えてやると、“ハッ”と敬礼した数名が走っていく。


「あんたのリディは厩舎で世話をさせている。薬師は薬を煎じに厨房だ。部屋に案内しよう、一息入れるといい」


案内された部屋は、砂漠帰りの埃まみれには相応しくない豪華なものだった。部屋に通されるや直ぐに、お茶と軽食が供されて俺は肩の力を抜いた。




軽食を平らげ一服付けていると、扉がノックされるので返事をする。


入って来たのは館の主、オルセン伯爵だった。


「ああ、そのままで。今回は助かった、礼を言う」


出発時は挨拶もおざなりで飛び出していったが、戻ってきた今は区切りも付き落ち着いて会話ができる。


「まずは現状を教えておこう。君たちのお陰で薬の入手は成った。ラルスが今煎じているので、追っ付け父上に服用させられるだろう。しかし酷い臭いだな、あれは。父上には同情するが、治療の為にも我慢して欲しいものだ」


「聞いたところによると、飲み続けられなかったせいで完治しない者が多いそうだ」


「父にもよく言って聞かせよう」


ナフルさんからの情報だが、“多い”と分かるほど処方履歴を持っている事に脅威を感じてしまう。


裏を返せば毒の使用があるから処方があるわけで、それは彼女が解毒剤の処方に関りがあることに他ならない。


「ナスリーン様とエステル嬢から話しは行っているな?国の都合で彼女たちに骨を折ってもらう事になり、申し訳なく思っている。トラブルの芽を摘むのに、早いに越したことは無いからな。上手い事にバラク船長を捕まえられたので、航海の中の心配はないだろうし、君も船長ならば安心だろう?」


こうなると肩をすくめるしかないのだが、左肩に連動して義手も動くと、刺さったままの鏃の先端も動いてしまう。自ずと伯爵の視線が集まるのも致し方ない。


「襲撃者たちの調査を指示したが、大したことは分からんだろう。当たりは付いているが、捕まえることは困難だし、証拠は……それくらいか」


それでも無いよりはましだ。


「少し手伝ってもらえないだろうか」


部屋の中は二人っきりで、扉の外にいるのは席を外しているメイドくらいである。


「押さえていればいいのか?」


テーブルの上に義手を載せ、綺麗にしたとは言え毒矢を抜く手伝いを伯爵にさせてしまっている。


矢柄を握り引っ張ると思いのほか抵抗があり、伯爵が体重をかけて押さえてようやっと引き抜くことが出来た。


「誰か団員を呼んで調べさせるように」


呼びつけられた使用人がボルトを手に部屋を出ていく。




「この後はどうするのだね」


「ギルドに完了報告をして……実家に帰らねばならない。エステルが義手を作ってくれて、ばあさまが最終調整しているらしい」


「ヤースミーン様が……それがいいだろう。裏の組織なのか私の政敵の手下なのか、明らかに君も標的にされていた。ほとぼりが冷めるまで王都から離れていたほうがいい。私の方で手を回しておくが、結果が出るまで時間がかかるからな。君の関係者の護衛も根回ししておくから安心してくれ」


なんでも俺の盗賊退治が砂漠の向こうで話題になっているらしい。それが向こうに到着したナスリーンたちの耳に入り、伯爵へあれこれと命令(おねがい)が来たのだとか。


「目的が果たせなくて、逆恨みで襲撃か。いい迷惑だ」


「尤も、君たちの到着が早すぎたのだ。王都の到着も早ければ、迎えの者を配置するより早くこちらに向かったからな。しかしそれは相手も同じだったようで、騎士団長が言うにはラルスに追手が無かったのも、人員が集まりきらない所を先行させただからだろうとの事だ」


それでもあの人数か。ともあれ無事でよかった。


“もっと水を持って参れ!”


遠くから怒鳴り声が聞こえてきた。病床の先代伯爵だろう。


「相当不味い味らしい」


「ですね」


お互いに目を合わせ、口にしていない薬湯の味に揃って身震いした。




夜が明けてからすぐにギルドに完了報告を済ませたが、伯爵からの申し出で邸宅にて一日世話になった。


身綺麗にして一休みしたその晩、先代伯爵から会いたいと言われて見舞いに行くと、ベッドの上には妙に目力のある痩身の老人が身を起こして待っていた。しかし───


「む」


その一言で何事か分かる。


ノックと共に扉が開かれると一層鼻が疼き、原因が明らかになった。


「大旦那様、お薬の時間です」


「う、うむ」


「まだ二回目ですよ。頑張ってください」


先代伯爵は鋼の意思を持って煎じ薬を飲み干したが、百戦錬磨の元外交妙手も表情までは平静を保てなかった。


余計な事は口にせず、服用者が水を飲み終えるまで待つ周囲の者たち。


何杯目かの水を飲み干し、何事も無かったかのように“さて”と取り繕っても今更だ。窓が解放され空気が入れ替えられる。


「では、聞こうか」


詳細を知りたいと言って譲らないので、仕方なく往路・復路であったことを口頭で伝えてゆく。


「大変世話になった。既定の報酬とは別に何かあったら知らせてくれ、可能な限り助力をしよう。彼の来訪時には直ぐに案内するように皆に申し伝えよ、よいな」


「はい、父上」


先代は“うむ”と呟くと、背中にあてがわれているクッションにもたれかかった。


ラルスが合図すると、夜番の者を残して退出していく。振り返って見た先代の姿は、強がっては見せても消耗は隠せていなかった。










一言、評価、イイねボタン、お待ちしております。


お読みいただきありがとうございました。



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