試行錯誤・彼の爪痕・合図
義手の接続部分が完成した。
布で内貼りされたカップ状のものは、ヴィリュークの残っている左前腕部を保護する形状に整えた。
肌に近付ければ意識せずとも吸い付き、外す時は明確な意思を込めれば外れてくれる。
このカップに義手を接続するのだ。仮に義手を整備せねばならなくとも、接続カップと互換性のある義手を複数用意すれば、交換して不自由することは無いだろう。
もちろん接続時の優先度の設定は忘れていない。義手の接続時には、まず義手から外れ、次にカップが外れてくれる。反応感度の調整には苦労した。
破損することは……無いと思いたい。メンテナンスは大前提だ。
荷重量も設定自由だ。魔力が続けば設定上いくらでも増やせるが、やろうものならまず肩が抜ける。さらに続ければ待っているのはスプラッターな現場であろう。
このリミッターを設定しないと、彼が無茶をする光景しか浮かばない。
(でも彼は“身体強化”も“身体魔装”も使えるのよね)
むむむ……
どうしたらいいのか、分からないから後回しにしよう。
ここまではいいのだ。
義手も試作品が完成した。試作のわりに動きも滑らか。
固定したトルソーでの荷重試験もクリア。まあ、重めの旅装を詰めた背嚢を持ち上げる程度のテストなのだが。
付与収納があるとはいえ、この手の確認は重要だ。
だが彼が使うには性能として不十分なのだ。
それは何か。
反応速度である。
日常生活程度ならば不自由は無いだろう。だが彼の剣捌きを思い返すと、遅れと言っても差し支えないこのズレは、確実に彼の剣筋に影響を及ぼす。
彼の両手で剣を振るう姿を思い浮かべると、このズレは製作者としては看過できないのだ。
「あと一歩なんだけどな……」
私は描いた魔法陣を指でなぞりながら呟いた。
「こう、スパーンと剣が閃いて欲しいんだけど……」
一拍の数十分の一の違和感が拭えないのだ。
「使ってもらって、私の気のせいだったら無視しちゃうんだけど……」
さっきから語尾の“だけど”が続いている。
「なんか足りないのよね」
とどのつまり、この出来に満足できていないのだ。
「気分変えよ」
師匠はまだ家に私の部屋を残してくれている。
綺麗にして出ていった部屋も、義手作りで乱雑に散らかってしまった。
一階に下りると師匠はお茶を手に何かを読んでいる所だった。
「あらエステル。お茶、飲む?」
「あ、自分でやりますので。ありがとうございます」
“勝手知ったる“って奴だからいいが、師匠にやらせるわけにはいかない。
「そう?お湯は沸いてるし、茶葉の場所も分かるでしょ?」
「ありがとうございます」
私はお茶を淹れると、師匠の対面の椅子に座る。
「進み具合はどう?」
「ぼちぼちです。一般人向けには」
「ああ、そういうことね」
私が満足していない事が分かったのだろう。
暫し無言が続き、時折紙をめくる音が小さく鳴った。
「何を見てるのですか?」
「んー、テレキネシス系の魔道具の設計図。けどねぇ……便利に作り過ぎちゃっているのよ。利便性を追求した結果で、いい事なんだけれどもね」
「どういうことですか」
私の問い掛けに師匠は、パサリと手にしていた紙束を置く。紙束には魔法陣が幾つも並んでいた。
「例えるとね、“指定した場所に在るものを・指定した加減で掴み・指定の位置で開放する”ってものがほとんどなの」
言われてみればその通りだ。魔道具は決められた動きを、寸部違わず繰り返す。
いま義手に求めているような、あいまいで自由度の高い制御と反応速度を具えている魔道具に、私は心当たりがない。
「私も結構な数を作って来たから、どこかに無いかって思い返しているのだけど、なかなかねぇ」
「投射武器はどうですか?ヴィリュークは弓よりそっちを使ってますよね?」
「そう言えばそうね。けど、あれらは私のじゃなくて、友人の作品なの。ん~、資料、残っていたかしら」
「それでしたら武器のリストあるので取ってきます」
「ちょっとさがしてくるわ」
そうして資料を取って戻った私たちは、お茶で腹を満たしながら資料を捲り続けた。
そしてヒトは気付いてしまえば“なぜすぐに思いつかなかったのか”と自己嫌悪に陥る。
「もう、あたしが、作ってたじゃないの……」
師匠がボヤいたそれは、ブレードホルダーとでも言えばいいのか長い革の巻物で、そこには幾つものポケットがあり、その名の通りポケットの数だけ刃物が収められていた。
しかし刃物と言っても、敵に投げつける類いのものばかりである。収まっている投擲武器は、様々な形の投げナイフから始まり、ダーツ、チャクラムなどなど。
トマホークやジャベリン系統が無いのは、サイズだけが理由ではないようだ。
「投げ斧も収められるけど、斧は投擲軌道がナイフと違うから入れてないだけよ」
外に出ると師匠が使って見せてくれた。
“カカカカッ”
鍛錬場代わりの庭の端には的も設置してあり、師匠が革の巻物の両端を持って意思を込めると、ホルダーから刃物が飛んでいった。
一本ではない。
ホルダーに収められている刃物達の一斉射である。
「魔力を込めるだけの道具じゃないわ。意思を込めてやらないと的にも当たらないし、普通に投げるにしても、それぞれ加減が違うでしょ。そこまで意識しないとダメよ」
私も試しにやってみたがその通りで、的から外れるのは序の口、的にぶつかって刺さらないのはしょっちゅう、自分で投げたほうがしっかり刺さってくれた。
「まだ慣れてないからちゃんと出来ないだけ。けれども反応はいいでしょ?」
「……はい、流石は師匠ですね。かないません」
「何言ってるの。完成させるのに一年はかかっているのよ。あなたの魔法陣レベルまで仕上げるのに半年は優にかかったわね」
それと比べてあなたはどれだけの期間で作り上げたの?と師匠は眉を八の字にして問い掛けてきた。
「さぁ、これを基に作成に入りましょう!すぐに出来るわ!」
「はいっ」
これならば満足いく物が出来上がるだろう。
魔法陣に試行錯誤している最中、ナスリーンから魔道書簡に連絡があった。
ヴィリュークの腕を運んできたイグライツの箱を、早急に返却しなければいけなくなったらしい。
ただ船の手配がまだらしく、連絡が取れ次第向かいたいので王都で待機してほしいとのこと。
「そんなこと言ったって、義手を完成させなくちゃいけないのに」
設計図としての魔法陣は完成している。ブレードホルダーの魔法陣を基にして新たに描き起こした義肢制御魔法陣だ。
つまり、義手だけでなく義足の制御も視野に入れている。
そしてここから魔道具として作成の後、動作チェック、今回は義手との接続テスト、“問題なければ”細かい調整を施して、使用者である彼に装着してもらい、本テスト。
簡単にリストアップするだけでも、これだけ行わなければならない事がある。
「なにも一緒に移動しなくてもいいのでしょう?じゅうたんを使えばあっという間に追いつけるわ」
「それもそうですね。旅支度は整えて置きます」
例の箱は出発するまで玄室で魔力を貯めておこう。ナスリーンが言うには、空箱で返却するのも体裁が悪いので、ラスタハール王国の旬の食材を入れて返却するらしい。
つまり今回もヴィリュークのじゅうたんが必要なのだ。
じゅうたんには国宝の箱だけを入れて、それ以外は全てこの家の彼の私室に仕舞っておこう。
さすがにクレティエンヌは外の倉庫ね。ほこり避けに布を掛けるのも忘れずに。
「だけど余計な心配だと思うわ。二人でやればあっという間だし、微調整は私に任せて」
確かに師匠ならば任せられる。
そして私は余裕をもって出発し、王都でナスリーンと合流したのであった。
★☆★☆
「馬車の移動は本当に慣れないわね」
エステルが愚痴る。王都ラスタハールから出発し、港街シャーラルまでの馬車の旅ももうじき終わる。
「そうよね。以前は私も馬車が当たり前だったのだけれど、あなた達と付き合うようになってからはじゅうたん基準になっちゃったわ」
歩くよりは早いのだけれども、快適さを覚えてしまうとヒトはそちら寄りになってしまうものだ。
オアシス経由の街道も街が近くなったせいか、向かう馬車の数が多く見受けられるようになっている。
そうこうしているうちに街の門に辿り着いた。紋章付きの馬車群なので、当然のように貴族優先路を進んでいく。
「宿に着いたら港湾管理局とギルドに使いを出さなくっちゃ」
「早く捉まるといいわね」
ふと御者と門番のやり取りが聞こえてきた。
「街から出る馬車、少なくないか?」
「ああ、砂漠の盗賊が退治されたってんで、そっちルートを選ぶ奴が増えたんだ。砂漠の案内人はほぼ出払ったって話だ」
「退治とか、街や国が動いた話は聞いていないぞ」
「砂エルフだよ、砂エルフ。何があったか知らんが本気を出して、盗賊連中はほぼ全滅だと」
思わず窓を全開にして声を上げ───
「もっと詳しく!」
先を越された。
反対側の窓からエステルが先んじたのだ。
「お、おう……砂エルフは盗賊に遭遇しても、今まではおちょくって逃げていたのは有名な話なんだが」
何やっているのよ、ヴィリューク。ちょっと聞こえにくいのでエステル側に移動する。
「むぎゅ」
窓から顔を出すには彼女の背中に重なるしかなかったのだが、声を上げるなんてそんなに重くないでしょ。
「それから?」
決して大きくない窓口から、二人目に催促されて驚いた門番だったが、気を取り直して続けてくれた。
「砂漠側の最短ルート、渓谷ルートじゃ盗賊被害が時々あって、危険を避けたい奴は一日二日遠回りのルートを選ぶんだ」
前提の話は不要である。視線で先を促した。
「まあ砂エルフは物ともしないんだけどな。なぜか今回は盗賊側も気合入って人数を集めたんだよ」
「何で分かったの?」
私の疑問をエステルが代弁した。
「死体だよ、死体。渓谷には干乾びた死体がゴロゴロしていたって話だ。なんでも一人の盗賊が助かりたい一心で、こっちへ来ようとしたらしいんだが、途中で倒れた所を砂漠越えの商人に見つけられたとか。事情を知らない商人が事情を聞いて手当てをしようとしんたが───」
「おい!いつまでも駄弁っているな!」
これからというところで別の門番に注意される。
「すまん!ギルドに行きゃあ、この話で持ち切りだからさ、向こうで聞いてくれ。どうぞお通り下さい!」
どのみち船の手配が出来たか、ギルドへ行かなくてはならない。
「ギルドへ急いで頂戴!他の馬車は予定通りに宿へ!」
宿で落ち着いてからギルドの予定だったが変更だ。私たちの馬車は急ぎギルドへ向かった。
「お待たせしました」
港街シャーラルのギルド長、ルファトスが入って来た。
仕事上の付き合いも多々あり、顔見知りの仲ではある。
「書簡で連絡のあったバラク船長の船ですが───」
「それよりも盗賊について教えてちょうだい」
彼の言葉に被せて問い掛ける。ルファトスの目が若干細くなるが、注視していなければ気付かないだろう。
「落ち着いてください。バラク船長ですが国からの指名なので、ここを出港する船に伝言を依頼した所、用事を済ませてこちらに向かっている模様です。伝言に次ぐ伝言でしたが、船上での時間差を差し引きますと、今日からおよそ三日もかからないうちに到着するかと」
中年の普人は茶で喉を湿らせ続ける。
「それから肝心の噂の盗賊の情報をお聞きになりたいとの事ですが、そこらの酒場を回ればほぼ全容が明らかになります。盗賊が退治されたと、ギルド自身が宣伝していますから」
商路の安全は流通の活性化に繋がるからだろう。
「勿体つけないで。“ほぼ”って事は全てではないって事よね」
エステルの口調もとげとげしい。
「……おっしゃる通りです。発見した商人と案内人には口止めをしましたが、人の口に戸は立てられないでしょう」
「でしょうね」
これまで眉を寄せていたギルド長だったが長々と息を吐いた。
「ある意味あなたたちも無関係ではないのです」
どういう事だろう。じっと見つめて促した。
「どうも砂エルフ、もとい、ヴィリュークさんが本気で事に当たったのは、あなたたちへの脅威を取り除くためだったようなのです」
「どういうこと?」
「盗賊を看取った商人が言うには“脅しでも口に出しちゃいけなかった”と、それに類する意味の発言を繰り返していたそうです」
「何といって脅したのかしら」
彼が怒りを露わにしたことなど、見たことも無かったので想像がつかない。
「エルフを、香辛料店を襲う、と」
エステルと視線が絡んだ。
盗賊たちは“竜の巣で金貨に手を伸ばした”のだ。
ポケットに入れずとも宝を守る為に、竜は容赦なく吐息を浴びせたのだ。
エステルは身内が狙われたことに驚いたようだが、私はその根本に冷や汗が流れる。
エルフという種族を標的にすることは考えにくい。特定の、ヴィリュークの身内を示唆したと考える方が妥当だ。
ならば誰が?
盗賊のやらかしならば然程憂うことも無い。ヴィリュークが元を断ってくれているし、街の官憲に話を通し見回りを増やして貰い、ギルド長だって目の前にいるから安全確保の依頼もしておこう。
これがオルセン伯爵の政敵の指示だとすると、範囲を広げなければならない。伯爵の耳にも入れておくべきだし、その力を振るってもらわねば。場合によっては私の職場に勤めている、ヴィリュークの従姉夫妻の警護も依頼しなくてはいけない。
これはきっちりと伯爵には骨を折ってもらおう。
「きっちり済ませておかないと、おちおち帝国なんか行けないわ」
★☆★☆
うっすらと霧がかる早朝、一日分の水袋を満たし終える。
薬師のラルスは、まだ夢の仲だ。
「サミィ、起こしてやってくれ」
サミィは横になっているラルスの胸に飛び乗った。
「ん゛っ」
その程度の重量はどうという事はない様だ。
野営の片付けをしながら見ていると、追撃とばかりにサミィは左脚を口にのせて体重をかけ、ラルスの額を右脚で叩いていく。
「ん、んん~」
寝ぼけながらラルスは、サミィを押し退けようと手を伸ばした所へ───
「痛っ!!!」
サミィに噛まれて飛び起きた。
「このクソネコ!」
「おはよう。直ぐ出発するぞ」
「……おう。あんたのネコ、躾がなってないぞ」
「サミィが本気で噛んだら、肉がちぎれているぞ。そもそも起きないのが悪い」
帰りの砂漠縦断は強行軍だ。
早く起きて旅程を稼ぎ、遅くまで進む。昼間の休憩時間も削減しているので、疲労でラルスが起きられないのも同情の余地がある。
「顔を洗え。それから水袋だ。足りなくなったら───」
「教えろ、だろ。へいへい、もうちょっとの辛抱ですよ、ってね」
薬を早く届けなければならないと分かっているので、自虐的な口調で彼は愚痴りながらも怒らない。
あと一日頑張れば、日没にはラスタハールに着ける。通常のペースであれば余裕をもって一日半の距離を押し通す。
乗っているリディにも無理をさせている。向こうに着いたら労ってやらねば。
ナスリーンから魔道書簡に連絡が来た。
エステルと共にイグライツまで例の箱を返しに行くこと。
そのエステルが義手を作ってくれ、実家でばあさまが保管していること。
なによりも俺が盗賊を殲滅したことが知れていて驚いた。それについて事細かく書き込みがあり、なによりも身内の警護を手配したということは、生き残りがいて自白でもしたのか。
さらには俺も気を付けろと警告がなされた。
敵にとって薬を運んでいる俺達は、何としても阻止したい標的だ。
警戒を掻い潜り伯爵邸に辿り着ければ一番楽だが、警戒網に引っかかり襲撃されるとやっかいである。
オルセン伯爵には連絡を取ってくれたそうだから、伯爵も王都で何かしら動いてくれるだろう。
いざという時はラルスを先行させて盾になるだけだ。
そうしてなんとか一日で辿り着いた俺達だったが、日もとっぷりと暮れて門もしっかりと閉まった後だった。
門前では数組の入都待ち達が、翌朝の開門を待って列を成している。
しかし俺達はこの時の為に伯爵より徽章を預かっている。
それ故開門待ちの列には並ばず、門番の詰め所に向かう俺達を見る視線は良いものではない。
「何の用だ」
「急用だ。通してくれ」
当然門番には誰何されるが、伯爵から預かった徽章を提示すると効果は覿面だ。
「隊長!」
門番が上司を呼び寄せると、徽章を明かりにかざして確かめるが、本物と分かって苦い表情になる。
例外対応、いや特別対応が気にくわないのだろう。
「どうぞ、お通り、下さい」
大きめの通用口をリディの手綱を引きながらくぐり抜ける。
「お役目ご苦労様です」
労いの言葉をかけるが、彼らの表情が変わることは無かった。
通用口を抜けると王都内の門前広場に出るが、昼間とは違い閑散としている。
「急ごう」
俺達はリディを進ませる。
俺達が去った広場の片隅の暗がりからカンテラのシャッターが開け閉めされて、光線が彼方に走っていた事にも気付かずに。
イイねボタン、評価、一言、お待ちしております。
お読みいただきありがとうございました。
インボイスについて……
声優さんたちも事務所に所属していても個人事業主扱いらしいですね。
つまりはインボイスの対象って事だ。
対象者を調べてみると、インボイスを考えた奴って日本を衰退させたいのかって思います。
何とか阻止させたいものです。




