16・盗賊、蹴散らそう
砂丘の間を進む。
所どころ棘がすごい低木が生えている。動物たちに食べられない様に自衛しているのだろう。
更に先には涸れた川がある。他の場所と比べると湿気があるのだろうか、植物がちらほらと見える。
一瞬何か光った気がするが、視線を向けてもそこは何も確認できない。盗賊の見張りがあるのは確実だ。
俺が乗っているのはおっさんのリディだ。カミーユのより頭もいいし足もいい。当のカミーユのリディは荷物を載せているだけで、ヒトは乗っていない。
二人はじゅうたんに乗り、緊張した面持ちで周囲を見渡している。
ちなみにじゅうたんは半自動で俺の制御下にある。ほっといても港街まで勝手に進むようにしておいた。
緊張で口が渇くのだろう、ちびちびとだが頻繁に水を口に運んでいる二人。
「おい」
「ひゃい!」甲高い声だがどちらのだろう。
「緊張はわかるけど、例の場所までまだあるぞ。肩の力をぬけ」
「そんな事いったって!」
「襲われ待ちって、腕利き冒険者ならまだしも一介の商人に無茶言うな!」
「一番速度の出るじゅうたんに乗せてるじゃないか。そうそう死にやしないさ」
「死んでたまるか!怪我すらしたくないっての!」
「大丈夫だって。武器も用意してあるし」と言って獲物をぽんぽん叩く。
「「盾って武器じゃなくて防具ですよね!!」」
「え?これで敵をなぎ払ってるけど」
「「!!?!」」
声にならない悲鳴を聞いた気がしたが、先を急ごう。
太陽がてっぺんに差し掛かる頃に、問題の谷間に入った。
盾はそれぞれ装備済である。
両手には指貫グローブ、それぞれ手の甲には魔石がはまっており、これは盾を運用するためのものだ。
何を隠そう三枚とも魔剣ならぬ魔盾である。
右手には小型の丸盾、左手には長方形の盾、内側に投槍とブーメランが保持されている。そして背中にはカイトシールド。紋章の形をそのまま大きくしたような盾だ。
「あ、おっさん。こいつ持っておいて。矢とか飛んできたらちゃんと防御するんだよ」と言ってカイトシールドを渡す。
「あ、おい、んなこと言われても無理だって」
「だーいじょうぶ。ヤバいと思ったら影に隠れてくれれば後はこっちでやるから。カミーユをちゃんと守ってくれよ」
盾の性能を知らないおっさんが、gdgdと五月蝿いがムシムシ。あ……カミーユには悪いことしたな。
本来リディに騎乗するならタワーとカイトは逆に装備するものだが、じゅうたんの二人を守らねばならないので変則的にこうなった。
タワーシールドの下半分が足に当たって持ちにくい。
……あ、タワーとカイトの構成を入れ替えればいいんじゃないか。って、タワーの内側の武器を今からカイトに移す暇はない。襲ってくれって言ってる
ようなものだ。
実家の師匠に知られたら大目玉では済まない、やべぇ。
この道も一直線と言う訳ではない。右へ左へと視線が塞がれている。
ヒトが隠れられそうな窪地や洞窟があちこちにあるし、上は切立った崖だ。崖の上に隠れられたら見つけられん。
だんだん道幅が狭まっていく。この先はゲートの様に岩盤がくり貫かれていて、平時ならば雰囲気があり涼しい場所だ。
しかし現在の状況だとこれ以上に襲撃しやすい場所はない。
気付くと後ろから砂を踏む音が聞こえてきた。盗賊さんたちのお出ましだろう。
「いらっしゃーい。通りたかったら金を払ってもらおうか……通行料は有り金全部だ!!」
盗賊団の頭目であろうひげ親父が寝ぼけたことを言ってくる。
「ふーん、寝ぼけたこと言ってんじゃねえよ!」
ここは先手必勝、右手の魔盾を勢いよく奴らの手前に叩きつけ、砂煙で目くらましをして逃げの一手だ。
「「「ばはっ…べっ、ごほ……」」」効果ありだな。
地面には直径三メートルほどの穴が開き、時間稼ぎには十分だ
ちなみに今装備している物は全て、指貫グローブの魔石とリンクしている。正確には俺自身とリンクしているのだが、個数が増えると制御しきれなく、魔石を介して
いるのだ。
てことで、投げた魔盾が魔力をトレースして、右手のグローブの魔石の上に帰ってくる。
実は譲り受けたもので、細かいところもサポートしてくれる便利なシロモノだったりする。
そのシロモノを使いこなしていないと知れたら……おっかなくて身震いものだ。
今のうちに逃げの一手だ。
と思っていたのだが、おかしい。
確かに奴らと比べて俺たちの方が速いのだが、奴らが必死に追いかけてこない。
姿は見えるが一定の速度で追いかけてくる。
……理由はすぐに分かった。
「ヴィリューク!道が塞がれている!」
おそらくここが一番道幅が狭いところなのだろう。砂漠の棘のある植物が、道幅一杯に広がっている。棘植物でバリケードを作ったのか……あれを集める労力を考え
ると呆れてしまう。
まだ距離があるので、右手のバックラーを魔力こめて投擲する。
”ザンッ、ガン”
妙な音がしたので、すぐさま盾を戻すべく操作すると、棘植物をかき分ける様にして戻ってきた。途中茎を切断しながら戻ってくるのだが、下に落ちるわけでもなく
更に絡まって密度が増してしまった。
固い音がしたのは、こいつらを固定するための岩にでもぶつかったのか。じゅうたんだけなら飛び越してしまうのに……
そうこうしているうちに、盗賊たちが追いついてきてしまった。
「へっへっへ、もう逃げられねぇぞ。痛い思いして向こう側にいっても、うちの連中が待ち構えるからなぁ。そもそも向こう側に行けるとも思えんがな」
こいつらを牽制しながら棘のバリケードの突破は無理だ。と、考えているとじりじりと接近してくる。
「諦めてこのバリケードを撤去して、通してくれないかなぁ。でないと本気出さないといけなくなるし、お互い不愉快な思いをするよ」
「ばーーーか、この人数見てどこにお前らの勝ち目があるってんだ。金目の物、全部置いてけ!!命だけは助けてやる!」頭目が啖呵を切ると子分どもが追従して騒
ぎ始める。
「二人とも、しっかり盾の影に隠れていろよ」リディから降り、盾の裏側からブーメランを二本取り出す。
「がはははは、そんなもので俺らをどうしようってんだ!」
「こうするん、だ!」
一本目に投擲したのは旋回半径が狭い十字型ブーメラン。手首のスナップを利かせ、水平に投げて奴らに当てない様に牽制する。当たろうものなら、首ちょんぱか胴体切断である。
頭目がたじろいだのか、半歩後退した所をブーメランが通過する。半円を描き、差し出した左手のタワーシールドの上へ、魔石に反応して回転しながらのっかる。
襟元が切り裂かれたのに気付き、頭目ががなった。
「ば、ばかやろう。怪我したらどうする!」
「おおう、運がいいな。半歩下がらなかったら血の噴水だったぜ!」やべ、久しぶりだったから加減を間違えた……
「それ、もう一丁!」今度はV字ブーメランを空に向けて縦にぶん投げる。
「ど、どこ投げてんだ。すっぽぬけたのか?」ほっとしつつも声が裏返り気味の頭目に声をかけてやる。
「ははっ、後ろからくるぞ!気を付けろ!」頂点まで達したブーメランは、反転・降下しながら戻ってくる。勢いは削がれることなく、地面を切り裂く。
音と風を感じながらも盗賊どもは一歩も動けず、ブーメランは彼らの間を縫って音を立てて戻ってきた。
俺は半歩左に避け、ブーメランと盾の角度を合わせる。勢いが付きすぎていたので、盾で受け止めたとき衝撃と一緒に大きな音をさせる。
奴らはたった今切り裂かれた地面を目の当たりにし、ぎぎぎとばかりにこちらへ顔を向けてくる。
「さ、威力は見たな?近寄った奴からやってあげるよ。脳天唐竹割と首ちょんぱはこっちで決めさせてもらうけどな。まとめて来られたらこちらもやばいが、三人ま
では確実にやってやるから心してかかって来いよ。はじめに動く勇気のあるやつは誰かな~?」
と脅したにも拘らず、頭目が震え声でハッタリ?をかましてくる。
「ふひ、ふひひひひ、そんなこと言ってていいのか?時間の問題でお前らお陀仏だぜぇ……」
なにをバカなことを、と思っていると小石がパラパラと落ちてくるのに気付いた。
ハッと見上げると、上から大岩がこちらに傾いでおり、今まさに落ちようとしている。
身構えた腕がリディの尻に当たり、合図されたと思ったのかバリケードの方に逃げていく。反射的にじゅうたんを操作し退避させる。
何も考えていなかった。身体が命ずるままに、全筋力と全魔力を駆使し装備品を大岩目掛け連続投擲する。
十字ブーメランは当たっても弾き返されず、大岩を縦に二周して溝を掘るにとどまった。
次に、出来た溝めがけてV字ブーメランが打撃を与える。溝は全体的に大きくひび割れていく。
そしてとどめとばかりに、魔力をたっぷり注ぎ込まれた魔盾がど真ん中に命中すると、大岩はいくつもの破片へと砕かれた。
……いや砕かれて小さくなったとは言え、大けがさせるには十分なサイズのものが一つ、こちら目掛けて落ちてくる。
魔盾は左手のタワーシールドのみ。なけなしの魔力を掻き集め、魔盾の能力を起動・投擲。
とんでもない初速で飛んで行った盾は、高周音を響かせて真っ直ぐに岩に直撃、刺さったと見えたのも束の間。岩を砂や小石に変え、それらを盗賊たちの上に撒き散
らしながら飛んで行った。
よく見ると、盾の裏に固定していた投槍の先端が飛び出しており、意図せず槍の能力も起動していたようだ。
魔力不足で誘導も不完全だったのだろう。武器たちが次々と俺の足元に落ちていくのに気付き、残った魔力を気合でグローブの魔石に注ぐ。
凧のようにこちらに漂ってきているタワーシールドを、わざと音を立てて掴み装着する。
「で?なんだって?よく聞こえなかったんだけど?」
開いた口が塞がらない状況なんて初めてだ。しかも塞がせていないのが俺っていう状況だ。
落ちている武器を元通りに装備し直す。十字ブーメランはタワーシールドの上だ。ブンブンと音をさせて回転させる。V字ブーメランは右手側に持ち
、肩に担ぐ。
ブーメランが回転しているタワーシールドを奴らに向ける。
「切れ味はご覧の通りなんだがね」半歩進む。
盗賊たちの動揺が手に取る様に分かる。
「おらぁ、死にてぇのかああぁ!!」とどめとばかりに威嚇すると、漸く後ろの雑魚から情けない悲鳴を上げて逃げ出していった。
「あ、こらお前らにげるんじゃねぇぇ~」頭目の語尾が情けないことになっているが、まだ留まっているのは大したものだ。
振り返りながら子分を叱責する頭目の背中を、左手の盾で乱暴に突く。
「いでっ、なにしやがr……」
「あ゛?まだやるんか?」更に乱暴に突くと、あっけなく腰砕けになった。
「ひゃ、あ、うぉおぉ、覚えてやがれぇぁぁーーー」たたらを踏んで最後に残った頭目も逃げていった。
姿が見えなくなるまで確認し、じゅうたんの方へ戻っていくと、おっさん・カミーユ・リディ二頭がひと塊になっていた。
棘のバリケードの向こうにいると言っていた奴らの仲間も、隙間から様子を伺っていたのか、逃げ出した後だった。
荷物から取り出した水袋で喉を潤すと、固まっている二人にそれぞれ水を渡し声をかけてやった。
「もう大丈夫だから、水でも飲んで落ち着け。そろそろ出発しないと間に合わないぞ」
しかし水を握りしめた二人は、カクカクうなずくばかりなのであった。