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収穫・価格交渉・私的な時間






蜜蜂が飛び交う中庭で朝食を取ることになった。


とは言っても軽く済ませる程度で、エルネスト夫婦は開店の準備、ラルスは部屋を借りて薬草の下処理に忙しい。


残った俺とアルマンゾ氏はのんびりと食後のコーヒーだ。


もちろん干しデーツを添える。


雑談はコーヒーと干しデーツから始まり、干しデーツにまつわる俺自身の話になる。アルマンゾ氏からは昨今の国の食糧事情から景気の話、そして最近帰国した親善使節団の話に移る。


商会のコーデル会頭ならば、オルセン伯爵とのつながりから他国の情報もスムーズに入るだろうが、支店長クラスのアルマンゾ氏ではそうはいかない。


この待ち時間中の雑談は、氏にとって大変有意義な時間であっただろう。




「ほったらかしでごめんなさいね」


ナフルさんが戻って来て、相当の時間が経過したことが分かった。


「いやいや、有意義な時間を過ごさせてもらった」


アルマンゾ氏が立ち上がりながら答える。


「旦那は?」


「店の片付け。うちのお客は午前中に集中するから、午後は明日の準備とかで休憩の札出して閉めちゃうの。けれど買い忘れのお客がそれなりにいるから、夕方にもう一回開けているわ」


会話しながらもナフルさんは、如雨露で鉢に水を与えていく。


「再開するわよ!」


並んだ鉢の列の正面に立つと、パンと手を打ち鳴らす。


俺はそそくさと昨晩の位置へ。声が聞こえたのか、ラルスが中庭へ見物に出てくる。




彼女の指示の出し方は変わらない。


右手が蝶のように舞うと花びらがしぼみ、花床(花びらが付いている根元の部分)がふくらみ始める。


左手の指示で水の供給は続けていたが、花床がある程度までふくらむと指示は極々小さいものになる。


その頃には大きな葉は枯れ、細かい毛の生えた小さな葉が残るだけとなり、細かい毛は茎にも生えてくる。


だが左手の指示は細かいものになるが止まることは無い。


これまでは細い水流だったのだが、これ以下は水滴になってしまう。けれどもそれは違う気がする。


ならばこれでどうだ。


水球を鉢の前に一つずつ生み出すと、水球から鉢に向かって一定間隔で噴霧する。


気付くと果実が色付き始めていた。


指示はさらに緩いものへ変化。


初めから見ていなかったら止まっていると錯覚していただろう。


やがて果実は赤く熟していく。


葉は八割方枯れたが、まだ残っている。茎は太く、細かい毛がびっしりと生え、噴霧した水をしっかりと捕らえている。


水滴は集まり、大きくなると茎を伝い、その根元へ誘導されてゆく。


………

……


そして左手は完全に止まり、程なくして右手も止まった。


「ふうー」


“一仕事終えました”とばかりにナフルさんは額の汗を腕で拭う。


「さぁ収穫しましょう!」




「その前に」


ナフルさんは巣箱の上の小壺を取ると、俺に差し向けてくる。


「取れたての蜂蜜って水分があるのよ。いつもはこの子たち(ミツバチ)が羽であおいで水気を飛ばすのだけど、ヴィリュークくん、出来ない?」


出来ない?と聞いてくる。そこは“出来るか”と聞いてほしかった。


「まかせてくれ」


小壺に意識を向けると、粘性の高い液体には確かに水を感じられる。


いつもの湿気た衣類の水分をとばす要領で力を込めるが、粘性の高い液体(はちみつ)に邪魔をされて水が上がってこない。


しかしここは水使いとしての面目躍如。


努めて平静に力を振るい続けると、一筋の水煙が上がる。


「「おっ」」


観客?が声を上げるが、まだまだ水分は残っている。


そのまま力を振るい続け、三分弱でなんとか七・八割方水分を飛ばすことが出来た。


「こんなところでどうだろう」


「すごいわ、ここまで期待していなかったのに!あの子(みつばち)たちにお願いしたら最低でも二日はかかるのよ」


ここまで頑張る必要はなかったらしい。


俺は背中にかいた汗を、隠すように洗い流すのであった。




やっと収穫が始まった。


だがそんなに大げさな事でもない。ヘタを摘まんで実をねじれば簡単に取れる。


各々用意してあった浅い籠片手に収穫していく。


しかし俺はそちらの係りではなく、集まったマルバオの実を洗浄し、用意した布の上へ広げていく。


よし。


ハチミツと比べれば余裕であるが、数回に分けて水分を抜いていくと、辺りには花とはまた違うマルバオの香気が漂う。


「ほう」

「これはまた……」

「この香りだけでもリラックスできそうね」


大体のところは俺の力で水を抜いたが、最後の詰めは天日干しを行う。


収穫からの水抜きも終わり、中庭にはマルバオの天日干しが広がった。夕方には完成するだろう。


それぞれの鉢には、種取りの為の実が数個残されている。今後の為に保存されるのであろう。




「なんやかんやで借り出されてしまったな」

「面白い体験でした」


「さぁお茶が入りましたよ」


一仕事終え、テーブルを囲んで腰掛けると、エルネスト夫婦がやってきた。


ナフルさんが配るお茶を飲んで一息つくと、エルネストがアルマンゾ氏に手にした紙をそっと差し出した。


「こちらをお願いいたします」


「ああ!今回の請求明細ですな、どれどれ」


アルマンゾ氏がテーブルに滑らせてきた紙を手に取る。


明細項目がズラリと並ぶのが目に入った。ざっと確認できただけでも───


特急料金

技術料

三種混合土

鉢使用料

受粉料

種子持込み分使用

種子育成返却

余剰種子買取り

ハチミツ代

紹介割引


金額の欄までは確認できなかった。


紙を手にしたアルマンゾ氏の目が鬼気迫るものになる。


どこからともなく算盤をとりだす。


“ジャッジャッ、パチパチパチ……”


算盤を整えると滑らかに珠を弾いていく。これは、検算だろうか。


二度ほど繰り返すと、次はじっと紙から目を離さないことしばし……


「エルネスト殿、よろしいだろうか?」


「やだなぁ、改まって」


微笑むアルマンゾ氏、へらりと返すエルネスト。


「特急料金の額なのだが、いささか高額ではないだろうか」


「あれでも勉強させていただいたほうですよ~。ナフルの指は繊細ですからねぇ。しかも数を揃えるために鉢を同時に五つもですから~。本当でしたら技術料も、もっと高額だったのですよ。今回は摘蕾でうまく調節できたから手間が省けましたが、摘花や摘果もやらずに済んだのはナフルの指による育成とタイミングの上手さです。」


アルマンゾ氏、黙って先を促す。


「判別しやすいタイミングで育成を止め、摘蕾の見極めも完璧。急ぎ仕事との事で、無駄な時間は一切無し。しかもスープ(・・・)にするには最上級で問題なしの品質。いかがです?」


「むむむ……ならば!」


逆襲を謀るアルマンゾ氏であったが、エルネストの返答は的確で逆転の余地はなかった。


ここまで頼もしい彼を見るのは初めてである。


そこへナフルさんから助け舟が入った。


「あなた~、今回ヴィリュークくんはアルマンゾさんに雇われているのよ。つまり、あちら様の協力を得ていたのだからもう少し、ね?」


「そうだった!だ・と・す・る・と」


勿体ぶって言葉を区切る。これ、ナフルさんの発言も織り込み済みか?


「これでいかがですか?」


勝ち誇る顔もせず、変わらぬへらりと人好きのする顔で問い掛けるエルネスト。それは決して嫌味なものではない。


「むむむ……」


なにが“むむむ”だ。アルマンゾ氏の負けだろう。


「くっ、金はすぐにでも運ばせよう。次はこうはいかん」


「おや、今後ともご贔屓に」


これ、今後も取引をするのか?エルネストへの認識を改めなくてはな。




★☆★☆




「マクシミリアン陛下、お見えにございます」


先触れを合図にソファから立ち上がり、礼を取り入室を待ち構える。


扉が開き衣擦れの音もさせずに入室すること数名。すぐさま“楽にせよ”と声がかかる。


その合図に直ると、丁度陛下がソファに身を任せるところであった。


「ナスリーン叔母上もどうぞおかけになって下さい」


席を勧めるのも、言葉など掛けずに身振りで充分であるのに、陛下は礼を尽くしてくれる。


「失礼いたします」


すぐさま茶が供され、お互いに軽く口を湿らせた。


「帰国後、間を置かずに忙しくなさっているようですが、お変わりありませんか」


「ええ。それよりも陛下、常々申しておりますように、臣にはもっと───」


「ええい、まだるっこしい。その方ら、この部屋でのことは他言無用だ、よいな」


今回も我慢が利かなかったようだ。


「まー君、どんどん堪えが出来なくなっているわよ」


片や二十台ともとれる淑女(ハーフエルフ)、片やひげを蓄え引き締まった身体の中年の普人紳士。


「姉上、そう言ってくれるな。肩の力を抜いて話せる相手はカルヴィンを始め数人と、貴女くらいなのだから」


マクシミリアン・ラスタハール国王陛下。


カルヴィン辺境伯とは乳兄弟で、勉強を見てあげていた。子供の頃は叔母上と呼ぼうものなら、半泣きするほど宿題を出してやった事も一度や二度ではない。


そのせいでプライベートでは、姉上と呼ぶのを止めなくなってしまった。




「オルセンの件で便宜を図って下さったと聞いている。感謝を」


「私ではないわ。彼が決めた事よ」


まー……マクシミリアン陛下は溜め息をついて、だらしなくソファにもたれかかる。


「あ゛~まったく、馬鹿どものせいで疲れた、頭が痛い、いなくなればいいのに」


相当溜まっているようだ。


「何があったのです?」


「───言葉遣い」


ティーカップに手を伸ばし、だらしなく茶を飲む陛下。作法なぞあったものではないが、さすがに茶を啜るほど無作法をはたらかなかった。


「わかったからしっかりしなさい。で、何があったの?」


「オルセンの先代に一服盛ったのが、タカ派の貴族どもらしい所までは分かったが、首謀者がはっきりせん。親善使節団 (当代オルセン)を送るのも奴らは反対していたし、ったく“イグライツと慣れ合うな”とか国同士の関係ってそんな浅いものではないだろう」


“あ゛~馬鹿どもめが”と呟きながらティーカップを仰ぎ、お代わりを要求する。




「先代が完治したとしても、奴の事だから楽隠居を決め込むだろう。問題はタカ派(やつら)がそれを理解しているかどうかだ。俺としてはちょっかいを出して復帰して(やりかえされて)欲しいのだがなぁ」


「その前に、薬の入手とか輸送の邪魔とかしてくる……わよね?」


「あっても不思議ではないな」


呑気な返答に思い切り睨みつけてやる。


「姉上、そのように睨むな。砂エルフが砂漠で後れを取るわけが無いだ───あ、あぁ……」


間延びした語尾を発するに、彼の状態は耳に入っていたようだ。


「お守も付けたし、大丈夫の筈よ」


「そうか……それと少々めんどくさい事になっている」


面倒くさい……彼が“困った事”と言わないからには、手間がかかっても解決策は無くはないという事かしら。




「イグライツが国宝を、我が国へ無期限貸与していると噂が広まりつつある」


それを知っているのは使節団の者に限られている。ならば誰かが口を滑らせたのだろう。


「詳細な事情までは広まっていないし、物がどこにあるかも知られてはいないが、悪意を持って利用されると要らぬトラブルになる。精神的にマウントを取っている程度なら可愛いものだが、イグライツがラスタハールに国宝を差し出したなどと言い出そうものなら外交トラブルは必至だ」


とか言いながら慌てていないのは、国宝(モノ)をエステルがジャスミンおば様の所で保管しているからだろう。


「てことは、だ。モノがあるから余計な事を考えるのだから、さっさと返却すればいい───という理屈なのだが、これがめんどくさいのだよ、姉上」


ソファに寄りかかり、肘掛けに腕を乗せ、脚を組んで溜め息ひとつ。


「この為だけに再度船を出すとか、手間も金もかかり過ぎる!」


足を崩し前かがみになると、両ひざに両肘を乗せて上目遣いでこちらを見る。まーくん、分かり過ぎるよ。


今度はこちらが肘掛けに寄りかかり、手を頬に当てて足を組む。


「船を一隻丸ごと用立てようとするからお金がかかるの。信頼できるものに運ばせればいいでしょう?この間使った船なら、船長も船員も安心して任せられるわよ」


「……(つかま)らんのだよ、その船が。仇を探すとかで、足取りが早すぎて使いが港に着く頃には出港していて全く会えんのだ」


「んもう、融通が利かないわね。追いかけて捕まえられないなら、言付ければ済む話じゃない」


エルフのじゅうたんで一飛(ひとっと)び、とか簡単に考えすぎよ。エルフが誰でもじゅうたんに乗せない以上、単身エステルにイグライツへ向かって欲しいと考えているのはお見通しである。


「私の名前を使えば入港次第向こうからくるわよ。だとしたら王都(こっち)でなくて港街(むこう)で待っていないと効率が……エステルも呼び戻さないといけないし……あっ、空箱で返却なんて恥ずかしい真似できないわね。まーくん、何か旬の食材を手配して。むこうでは専ら食品保存で使っていたらしいから。あぁ~もう、また支度しないと。船酔いは大丈夫かしら」


「待て待て、そんな捲し立てるな。それに姉上も行くのか?」


「行かざるを得ないでしょう?オルセン伯爵は無理でしょうし、代わりになる者といったら私くらいのものよ。まさかエステル一人に行かせるつもり?」


すると慣れ親しんだ者にしか分からぬ間が一瞬。


「そのようなことは無い」


「……」


お互いの視線がぶつかり合う。


逸らす気配が無いのは流石一国の王だ。


しかし、このまま続けたら彼に勝ち目はないのだが、姉貴分としてここは引いてあげよう。


「すぐにエステルに連絡を取るわ。三日もすれば飛んでくるでしょ。その間に食材、お願いね」


「聞いていたな。直ぐに手配しろ」


上意下達。控えていた者たちが動き出す。


例えそれが姉貴分に弱音を吐き、やり込められた弟分の指示だとしても。


「ところで姉上、話は変わるが」


「なに?」


「プロポーズはいつ頃になる?」


「ばかっ!」


周りの判断はさておき、唐突な話題転換で弟分は一矢報いた。







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お読みいただきありがとうございました。

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