設計・ままごと・検品
「エステル、早くしなさい」
「エステル、急ぎなさい」
ドライアドとブラウニーの二人?から尻を叩かれているのには訳がある。
師匠の秘密の地下室には魔脈が走っている。
ヴィリュークの左腕が安置されているそこは常に封印が為されているのだが、今日は必要に駆られて彼の腕を取り出しているのだ。
それは左腕のサイズを測ること。
単なる長さだけではない。
切断面を基点に、関節までの長さや太さ、手首周り、手の形、指の長さや太さを測る。
それだけではない。実寸大スケッチも数枚描く。
細かい皴まで描き込む暇はないが、手のひらの剣ダコは触り、確認しながら正確に……
はっ。浸っている時間は無い。
筋肉の陰影も正確に。とにかく早さと正確さが重要だ。
「よしっ、戻してちょうだい」
私の合図にドライアドとブラウニーが、左腕を持って魔脈に飛び込むけれども直ぐに戻って来る。
そうしたら再封印だ。
とは言っても扉に鍵をかけるようなもの。そもそもこの玄室に入ること自体が困難なのだから、入れる者がいたとしたら同レベルの封印を施したとしても無駄であろう。
「先は長いなぁ」
私は彼の義手を作ることにしたのだ。
とはいえ私には設計図を引く事しか出来ない。
まずは大元である動かすための魔法陣の設計だ。
それでも動作確認をする為のガワは必要なので、仮ではあっても実物大の左腕を用意することにした。
腕付きトルソーと言う奴だ。ちなみに右腕はバランスを取る為だけなので適当だ。
ここで私が使っているトルソーは球体関節なのだが、義手の場合それは望ましくない。
ヒトの身体は様々な動きが出来、少し例を挙げるだけでも、曲げ・反り・捻じれが組み合わさり同時に動かされる。
荷重のかかり方も様々だ。
単純に物を持ち上げるだけではない。彼の場合、剣を振るうのだ。
振った瞬間、遠心力で義手ごと吹っ飛びでもしたら目も当てられない。
うん、固定方法も考えねば。
思いつくまま列挙しただけでもこれである。
焦っちゃいけない。一つずつ、一つずつ、だ。
取り敢えずトルソーの腕を、採寸したデータを基に組み立てる。パーツは様々な長さの物が取り揃えてあるので、ピックアップして組み上げれば、球体関節腕(左)の完成だ。
日常生活に耐えうる義手、そして彼の場合は剣を振るえる義手と考えた場合、二つの方向性を思いつくに至った。
一つは完全なる腕の代替品だ。腕の構造を解析し、その通りに作る。その一例が既に私の手元にはある。
ドワーフのバルボーザから貰ったゴーレム馬。
ヴィリュークがクレティエンヌと名付けたゴーレム馬は、金属の骨を中心に筋肉の代わりとなる部品で構成されている。
製作者であるバルボーザはまず馬のスケルトン作製から始めた。そこへ役割を分担させた部品を作り、連動するように組み上げていく。本来内臓が収まる胴体には、制御系を中心とした魔法陣と魔力タンクが収められている。
細かく話すと際限ないのだが、この案は義手というよりは新たな金属の腕と言ったほうが正確かもしれない。
だがこれには問題がある。
そもそも構造が理解できない。動かすためにどのような制御が必要なのか、理解が追い付かないのだ。
ヒトの腕の構造も然りである。
それであれば初めからバルボーザに依頼した方が良いものを作ってくれるだろう。
彼が製作したのは魔力を動力に稼働するゴーレムで、いま私が作れるのは精々精密なポーズを取れる人形なのだから。
そのもう一つの方法が、例えるなら“人形繰り”である。
人形に中身は無い。
綿が詰まっている?揚げ足を取るんじゃあない。
誰しも一回はやったことがあろう人形遊びは、胴体を手で持って移動を表現し、腕を摘まんで動かして意思を表現する。
手を触れずに人形遊びをやろうというのが、もう一つの方法だ。
意思の力だけでものを動かす能力もしくは魔法は、サイコキネシスに分類される。
方法は様々で、ヴィリュークが水を宙に浮かせて動かしているのも分類上はサイコキネシスだが、彼の能力は水に限定されている。
あ、人形の綿の代わりに水を入れたら……
───ダメダメ。
私は彼にきちんとした義手を贈りたいのだ。
まずは物を動かす魔法陣だ。今手元にあるのは人形遊び用の魔法陣。おままごと用ではあるが、これでどこまで動かせるか。
おままごとでの使い方は難しくも無い。二メートル四方の魔法陣の上でやるだけだ。その上にじゅうたんやシートを敷いても問題ない。
……思い出した。
子供達に遊ばせたら、ままごと遊びではなく勇者ごっこになって貸し出し禁止にしたのだった。
魔法陣の上ならば魔力の続く限り自由に動かせる。子供用の為消費魔力は極限に抑え、使用者からの供給量が落ちたら終了させる安全装置も付けた。
しかし子供が考える事というのは想定の上を越えていき、それは斜め上だったりもする。
お父さん人形は大賢者、お兄ちゃん人形は勇者、妹人形は聖女、犬のぬいぐるみは神獣フェンリルとなり、そしてお母さん人形は───大魔王と変貌した。
魔法陣の上は、さながらお伽話の様相を呈した。
大魔王が魔法を唱えると炎(赤い花の花びら)が吹き荒れ、それを大賢者が防御壁(台所から持ってきた鍋敷き。少し焦げている)を生み出すも完全には防げない。
そのダメージを聖女の癒しの祈りで白い光(白い花の花びら)が包み込む。
傷が癒えた神獣フェンリルは、素早く回避する大魔王に追い縋り取り押さえると、すかさず勇者は聖剣(銀のテーブルナイフ、お母さんのお気に)で止めを刺す(効果音のみ)ことに成功した。
歓声を上げる子供達。
その背後に真なる魔王が腕組みしている事にも気付かずに
良かれと思って貸し出した魔法陣であったが、怒りを抑えながら説明と返却を告げる親御さんに、只々謝罪の言葉しか出なかった。
そこまで臨場感あふれる事が出来るように作ったつもりはなかった。だが子供たちがやってのけたのだからそれだけのポテンシャルはあったのだろう。
しかし再現するとなると話は別だ。
どうやっても聞いた通りに動かせなかった。
こっそりと子供達にも聞いてみた。
しかし“ぐっとやってぱーってやって、どーんだよ”と言われても皆目見当もつかない。
……話がそれた。
ままごと魔法陣がどこまで使えるかまずは検証だ。陣の上にトルソーを置いて、手始めにトルソーの左腕を動かしてみる。
“くんっ”
勢いよく肘が直角に跳ね上がる。
そこから手を上にあげてバンザイ───スパッと左手が挙手される。
んん?
もうちょっと、こう、緩やかというか滑らかさを思い描いていたのだが……
その後しばらく、私はトルソーの腕を動かしながら、魔法陣のチェックを進めるのであった。
それから数日が経過した。
おっつけやって来るはずだったヴィリュークから魔道書簡で連絡があり、緊急の仕事が入ったとかでシャーラルへヒトを連れて行かねばならなくなったとか。
会えなくなったのは寂しいが、この間に義手を少しでも完成に近づけたい。
で、だ。
ままごと魔法陣を使いこなすには、ヒトを選ぶというか慣れが必要のようだ。
そもそも身体を動かす時、ゆっくり動けとかきびきび行えとか明確な意思を持つことはない。
無意識のうちに“かくあれかし”と思っている程度だろう。
動かすにあたり、意思を持って出す指示とは如何ほどの強度であろう。例えるならば、騎士団の行軍訓練で号令をかけるようなものか。
さぞ反応が機敏になろうというものだ。
そこを自然とやってのけた子供たちの柔軟さには脱帽だけれども、ヴィリュークも難なくやってのけそうな気がする。
そこで受信部を小さくしてみた。
今まではままごと魔法陣の上にじゅうたんなどを敷き、その上で操作を行っていたので、乗っている身体全体から発信されたものを受信していた事になる。つまり過敏な反応の原因と思い至ったのだ。
そこで魔法陣を一枚の布に描き、巻き付けて操作することにした。
巻きつける場所も然程悩むことなく決定。
基点をどこに設定するか。それは義手に一番近い場所、左肘一帯だ。左上腕の動きとリンクさせて、前腕である義手を動かす構想だ。おまけに精度向上も期待できる。
魔法陣の布で肘を包み込むようにするのだが、関節の内側が汗で蒸れないように布の上下に伸縮性のある生地を輪にして、肌が露出するようにした。
中心となる義手関連の魔法陣だけにとらわれてはいけない。
一生ものとなる部分なのだから、耐摩耗などの劣化防止の魔法陣を考え付く限り配置した───ら必要魔力量が“す・こ・し”多めになってしまった。
彼ならば大丈夫だろうが、汎用性を求めるならばいくつか魔法陣を減らしたり、性能を落とさねばならない。
そして肝心のこれを腕に固定する魔法陣。さらには義手を腕に固定する魔法陣。それを義手の使用者からの操作は簡便にし、悪意ある外部からの操作を阻害するようにする。
ああ。
考えていると、次から次へと必要な物が浮かんできてしまう。
想定しうる状況には対処せねばならない。私がこれから作る義手で彼を守るのだ。
★☆★☆
門をくぐると直ぐにシャーラルのギルドへ到着報告に赴く。併せて魔道書簡でラスタハールに向けて無事の到着を知らせた。
向こうではナスリーンもコーデル会頭もやきもきしている事だろう。
急いでコーデル会頭の商会に向かわねば。
コーデル氏が会頭をしているのがグラッスル商会だ。場所は聞いていたし知らぬ街でもないので迷わず到着すると、思った以上の大きな店舗だった。
今まさに店仕舞いをしている最中だったので、声をかけながら急いで入店する。
「お客様、よろしければお伺いします」
入るや否や、素早く店員と思しき青年が御用聞きに寄って来た。教育が行き届いているのか、もうじき閉店になるとか無粋な事は口にしない。店によってはあからさまな態度を取ることも珍しくは無いのだ。
だが今回は客ではない。
「コーデル会頭の依頼で来たヴィリュークだ」
俺の名乗りに青年は奥の別の店員と頷き合う。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ。お連れ様もどうぞこちらに」
通された部屋は商談用のものだろうか。
豪華なソファーやテーブルがある応接室ではなく、実務的なテーブルとイスが設えてある部屋であった。
通されると同時に飲み物が用意されるが、それはお茶とかではなく良く冷えた水であった。しかもお代わりが出来るようにデキャンタも二つ。
旅装を見て到着後直ぐ店に来たと察したに違いない。確かに砂で薄汚れている事は否めない。
砂漠帰りなら下手なお茶より、汲み立ての冷えた井戸水の方が好まれる。
ラルスも二杯目を飲み干そうとした頃に、部屋の扉が開いてがっしりとした体格の普人男性が店員を伴って入って来た。
「遠路はるばるご苦労だった。道中問題は無かったかね?私はこの店の支店長を任されているアルマンゾという。よろしく」
伸ばしてきた手を取り握手すると、体格に見合った力で握ってくる。
「ギルドの配達人、ヴィリュークだ」
「薬師のラルスという」
簡単に挨拶を済ませて着席すると、事をどんどん進めていく。
「依頼物だ。確認してくれ」
表向きの依頼である現金の入った箱をテーブルにのせると、大きな手がそれを引き寄せて掛かっていた錠を解除していく。
ふたを開けたその中には、紙帯で束ねられ整然と並ぶ金貨たち。物語とかでは宝箱に雑多に詰め込まれている描写があるが、これはこれで壮観だ。
「緊急ではなかったのだがな……あればあったで助かる」
独り言ちるアルマンゾ。表向きの依頼と聞いていたのだが、ここぞと利用されたか。往路は問題なかったからよいが(盗賊襲撃は除く)、これからも油断はできない。
「それよりも」
「ああ、本題に移ろう」
ラルスの催促にアルマンゾが合図をすると、店員が持ち運んできた箱からガラス瓶を次々と取り出しては並べていく。
ラルスの目つきが変わり服の袖口を折り捲ると、ガラス瓶を一つ手に取って中身を検め始める。
知識の無いこちらからすれば、木の枝・根っこ・種・乾燥させた葉くらいの判別しかできない。
しかもそれらが数種類ずつ混然としているのだ。
流れるような検品の手が止まる。
大人の指ほどの太さの木の根を手にし、くるくる回したかと思えば断面をじっと見つめる。
木の根はきれいに洗浄され、産毛のような細い根も確認できるほどである。
ラルスは紙を一枚敷き、鋭利に光るナイフを取り出すと根の皮を薄く薄く剥いていく。作業が終わった彼の前には、根の皮と剥かれた根が山となっていた。
次に取り出したのは棹秤だ。
棹の片方に吊るされた皿に剥いた木の皮を乗せると、フック近くの取皮と呼ばれる持ち手を保持し、反対側に吊るされているおもりをスライドさせてバランスを取る。
バランスが取れた位置の目盛りを読めば重さが分かる仕組みだ。
「皮を使うのだな」
「芯はまた違う効能があるから、今回は使わん……四週間分といったところか。容体によっては完全な解毒にはならないな。この根は継続して仕入れてくれ。場合によっては服薬を延長しなければならない」
「すぐ手配させよう」
店員がアルマンゾの視線に頷き退出していく。
「それよりも問題はこいつだ!」
並んだ広口瓶の中から小振りな一つを摘まみ上げると、わざと音をたてて置いた。必要な物が揃っていない抗議が入っているのだろう。
「マルバオの干果を頼んだのに、これはマルバオの種じゃないか。これじゃ期待している効果が出ないぞ」
「連絡では種でも効果があると───」
店員の答えにラルスは静かにだが怒気を込めて口を開く。
「俺は“多少は混ざってもいい”と言ったんだ。種でも良いとは言っていない」
「どどど、どうしましょう」
「何とかならんのか」
アルマンゾと店員の視線がラルスに縋るが、彼は黙って首を振るだけである。
「種のみで調剤するとなると配合も変えねばならない。服用期間も二倍どころか三倍近くになる。しかも───」
ラルスは並んだ瓶を一本ずつ確認する。
「多く見積もって三週間分。足りないな」
「弱ったな。これらを集めるだけでも、この街の商会を総当たりしているのだ。
このままでは先代伯爵の命も危うい。
「もう一度だ。商会だけでなく個人商店、露店も総当たりしろ」
「多少の品質の悪さは調剤で何とかする。とにかく可能な限り集めてくれ」
「手の空いたものから順次走らせます」
もう間もなく夜になる。店の扉を開けて貰うのにも一苦労だろう。
「一つ聞きたいのだが」
俺の言葉に三つの視線が集中する。
「その種はまだ生きているのか?」
「火入れしていないので、生きているといえば生きてますが……」
「蒔けば芽が出るなら問題ない」
「今から育てろと?!馬鹿言うな!」
何を呑気な事を、とばかりにラルスが怒鳴る。
「そう大声を出すな、当てがある。兎に角その種を持って一緒に来てくれ」
宥めながら席を立つと、ラルスとついでとばかりにアルマンゾも席を立ったが、俺自身はといえば少々憂鬱だ。
それは見込みが少ないからではなく、またもや知り合いに左腕の事を説明しなければいけないから。
近況報告行脚。そう、行先はエステルの実家なのだ。
エステルの言う義手を例えるならば、正確ではありませんがLB〇と〇ラフスキー粒子でしょうか。
それぞれ元ネタからイメージしていただければと思います。
義手ネタでも苦労しています。
登場作品は多々あるのですが、義手そのものの描写はあれども接合部の表現があまりありません。
有名どころではハガレンのエド某。
あれだけがっしりと肩から脇にかけて土台を形作っていれば、普段の生活だけでなく荒事も問題ないでしょう。
でもあれ魔法や錬金術じゃなくて、確立された技術なんですよね。凄すぎですΣ(・ω・ノ)ノ!
動力源は何なんだろう……
最近のキャラクターでは某エルデン登場のマレニア。
あの義手は不思議な力でくっ付いている模様。
格好いいけれど参考にはなりゃしない(*ノωノ)
結果あのような形に収まりました。
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