身支度・日常の中の裏話・鎧袖一触
タイトルに恥じぬ久しぶりの砂漠要素!とはいえ目新しくないかも(*ノωノ)
翌日の早朝、門が開く前から俺は待っていた。
砂漠縦断の準備は昨日のうちに済ませてある。
とは言っても必要な物は常に収納ポーチに入れっぱなしなので、新たに用意した物と言えば、食料などの消耗品と砂漠の足となるリディという動物の手配くらいだ。
彼らは乾燥に強く縦断程度では補給を必要としないタフさを持っているが、街に着けば水と食事は与えるし、情をもって接すればそれに応えてくれるので、ブラッシングは必要なコミュニケーションである。
今回も馴染みの貸しリディ屋で二頭頼むと、連れてこられた一頭は俺が度々乗っていた奴だった。
頼もしい限りである。
身支度をしていて困ったことがあった。片手ではエルフの耳飾りの付け外しが出来ないのだ。
つけっぱなしであった普段使いの耳飾りを、砂漠用のものに付け替えねばならない。
「んもう、仕方ないわね」
やむなくナスリーンに付け替えて貰っている次第だ。
常日頃耳掃除は水術で欠かしていないが、他人に耳を触られると身構えてしまう。
屈んでナスリーンが作業しやすいように高さを合わせるのだが、今までにない近さで耳を触られることに俺は赤面していないだろうか。
「はい、できたわ」
彼女の耳は心なしか赤く、俺の耳も赤くなっているのかもしれない。
それからマーカー探知の指輪も嵌めねばならない。無くてもおよその街のマーカーは感じられるが、“常に備えよ”とばあさまから教え込まれている。
右の手のひらに乗せた指輪を、指を曲げ角度を変えて指先に引っ掛けたが……付け根まで入れられないではないか。
「んもう!」
ナスリーン、そのセリフは二回目だ。
彼女は俺の手を取ると、人差し指に引っかかった指輪を抜くと薬指に嵌め直す。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
何やら朝から身体が熱い……
リディの鞍の上ではサミィが大あくびをしていた。
程無くして依頼人たちがやって来た。
コーデル会頭を先頭に、ウルリカさんと会頭のお付きの者、そして肝心の薬師殿だ。
「おはよう、涼しい朝だな」
会頭の挨拶を皮切りに、お互いに挨拶を交わしていく。
「見送りありがとうございます。涼しいうちに距離を稼いでおきたいので、我々は早速出発します」
「頼んだぞ」
「お気をつけて」
「無理しないでね」
ナスリーンがギュッと抱き付いてきたがすぐさま離れていく。
「さっさと済ませて戻って来る」
名残惜しむのもここまでだ。
鐙に足をかけ、右手と足に力を入れて騎乗する。この動きにもやっと慣れ始めた感があるが、意識している時点で完全に身についたとは言えないのだろう。
そして隣を見ると、薬師殿が騎乗するところだった。並み、といったところか。気を配って行こう。
「ヴィリュークだ、体調に異変があったら遠慮なく知らせてくれ。水も十分にあるから心配無用だ」
「ラルスと言う。よろしく頼む」
緊張しているのか言葉少なめだ。
「向こうに着いたら魔道書簡で一報を入れるから。では行ってくる」
皆に見送られ、俺は久しぶりに砂漠を縦断すべく足を踏み入れた。
王都から離れ砂漠に入るや否や、鞍上でくつろいでいたサミィは飛び降り、一目散に駆けていく。
「行ってしまったがいいのか?」
「はしゃいでいるだけだ」
進路上彼方で砂煙が上がるのが見えた。
勢いのまま砂にダイブしたのだろう。砂地に転げまわって全身に砂を浴びている
忘れてしまいがちだがサミィはスナネコ。久しぶりの砂漠に舞い上がるのも致し方ない。
かく言う俺も軽く興奮しているが、少し経てば逆にリラックスするだろう。
しばらくの間、サミィは追い付かれては走り、距離を稼いでは歩きを繰り返した。
そして満足したのか俺が近づくと“みゃう”と一鳴きするので、片足を鐙から下ろすと足を伝って登って来る。
サミィ、爪を立てすぎだ。痛いじゃないか。
砂漠の旅は日が昇る前には出発する。
暑くなる前に距離を稼ぎ、太陽が中天を過ぎ、空気と砂を熱で焼き上げる前に休憩を挟む。
一番暑い時間帯は天幕を張り、その下の熱い砂を横に除ければ、冷えた昼寝に最適な窪みが出来るって寸法である。
隻腕で天幕を張らねばならない事を、ここでも失念していた。ラルスにも協力してもらい、とにかく天幕を張ると、砂に関しては頼りになる一匹がいる。
サミィが契約している?砂の精霊が背中から降りると、らせんを描いて走ってあっという間に深く広い窪みを掘り下げる。
昼寝の為のヒト用の天幕・リディ用の天幕が完成だ。
昼飯は塩のきいた干し肉と干しデーツ、そしてたっぷりの水。平時ならば塩辛い干し肉が美味く感じる。
食事が済んだら昼寝だ。冷えた砂地が心地よい。
しばしおやすみ、である。
そして日が傾き始めれば起き出して再出発だ。
今度は地平線に太陽が差し掛かっても足を留めずに距離を稼ぐ。気温が下がって足が早まるのは道理である。
それでも日がとっぷりと暮れる頃には足を止め、野営の準備をせねばならない。日没後は星明かりがあるとはいえ見通しが利かないからだ。
もっともエルフの俺ならば裸眼でも辺りの様子は分かるし、エルフの眼帯を付ければ更に視界は良くなる。
しかしリディはそうもいかないし、何より休息は必要だ。
日が沈むと砂漠は思う以上に早く気温が下がるので、夕飯は魔導コンロを使用して温かいスープも用意する。
内容はいつも通り。
昼間の間から水に浸けて置いた干し肉と、朝市で購入した野菜をカットして投入。
ここでも隻腕の弊害が出てしまう。野菜を切ろうとするのだが、片手ではナイフを握っても野菜を押さえられない。だが抑えるくらいならば、水を操作して野菜を押さえ込むことが出来た。
しかし焼き締めたパンをスライスするには水は適していない。こればかりはラルスに協力を乞うた。
準備をする俺達の周囲では、時折“パンッ”とか“ザクッ”という音が鳴る。音の方を見ると灯したランプの光を受けて“らん”と光る眼。サミィが有害な虫や蛇を遠くに弾き飛ばしてくれている。
それだけでも俺の労力が助かっている。
サミィにとっては狩りのついでだろう。砂漠の獲物は彼女にとって故郷の味だ。
俺は労うために、彼女用の椀に水をなみなみと用意してやる。
食事を済ませばさっさと就寝だ。
明日の朝も早い。
砂漠での野営において注意して欲しいのが寝相だ。
慣れていない者は仰向けで寝ることをお勧めしない。風で砂が舞い、身体に降り積もるからだ。
当然顔にも降り積もるので、不用意に目を上げようものなら砂が目に入るのだ。
慣れている者が起きて最初にすることは、目を開けずに顔や頭に降り積もった砂を払い落す事。不安ならば横臥の姿勢で寝ることをお勧めする。
じゅうたんがあればその上で就寝し、風防領域を展開しておけばそういった煩わしさから解放される。以前の彼女らとの砂漠の旅においては、広めに展開をしておいたのだが気付いてないだろうなぁ。
朝になれば日課の水集めをして出発だ。
砂漠の旅はこれの繰り返しになる。
そして移動中というものは概ね退屈な物と決まっている。
平穏無事な道中であれば会話を交わす事もあろうが、熱波激しい砂漠ともなれば退屈であっても口を開くのも億劫になる。
慣れぬ者であれば尚更、暑い時間帯はそっとして欲しいものなのだが、始末に負えないのは“暑い暑い”としゃべり続け、飢渇を募らせ水を無駄に消費する者だ
たまにその様な者がいるのだが、何より鬱陶しいので同道はご遠慮願いたい。
幸いなことに彼はそのタイプではなかった。
暑さ過ぎれば余裕も出てくるというもので、夕食後のティータイムは貴重な交流の時間である。
「コーデル会頭の商会で材料を受取ったら、どれくらいで調剤が済む?」
「材料ではなく原材料だ。処理を施して整え、複数の材料を調合せねばならない」
ん?どういう事だ。
ラルスは俺の顔を見て理解できていないと分かったのだろう。嫌な顔一つせず説明を続ける。
「会頭は病と言ったが、本当は一服盛られたんだ」
伏せていた顔を反射的に上げ、ラルスの顔を見つめてしまう。毒とは穏やかではない。
「先代の伯爵さまの不調が毒と分かった時、すぐさま解毒魔法を施されたそうだ。しかし解毒されなかった。その盛られた毒は既存の解毒魔法が利かないものだったんだ」
「そんな毒があるのか」
ラルスは首肯して続ける。
「ああ。酒に混ぜる毒で、そいつを入れられた酒はすごぶる美味くなる。先代さまはその酒を週に三本、ひと月で十本以上。それだけ飲めば全身に回るには十分な量だ。一服盛った輩は、じわじわと衰弱していくのを待てばいい」
「犯人は捕まえたのか?それに良く分かったな」
「詳しい事情は知らん。出処は偽装されていたとしか聞いていないし、不調になった前後に口にしたものを俺が虱潰しに調べてようやっと見つけた。げんばほぞん?あそこの執事長、只者じゃないぜ」
ラルスはカップを傾け、喉を潤す。
「それでもあんたの薬を飲めば一発で元に戻るのだろう?責任重大だな」
その言葉にジロリと睨まれてしまう。
「そんな魔法の薬あるわけないだろう。一日一回就寝前の服用を最低二週間。経過観察して場合によっては最大六週間かかる。あと……」
「あと?」
「くっっっそ不味い」
不味い薬というのは半端なく不味い。俺は心の底から先代伯爵に同情した。
砂漠の移動も大詰めを迎えている。
目の前の渓谷を抜ければ港街シャーラルまで一日なのだ、そして盗賊たちの格好の襲撃ポイントでもある。
「なんで俺にも盾を背負わせるんだ?」
ラルスが盾の重さに不満をぶつけてくる。
「安全の為だ。俺が盗賊たちを蹴散らす時のいつもの格好だ」
俺はと言えば久しぶりにカイトシールドを背負い、腰にはこれ見よがしに無銘の魔刀を佩いている。
知っている盗賊が見れば俺だと分かる出で立ちだ。剣の違いはあれど、この出で立ちで何度も盗賊を退けてきたのだ。
「これで盗賊避けになると?」
「賢い者ならば関わってこないだろう───あ……」
間延びした語尾に催促の視線が刺さる。
「馬鹿は仕返しに来るかもなぁ」
「大丈夫じゃないだろう!これ!」
この旅で一番大きな声が上がった。
★☆★☆
渓谷の上では男が二人寝そべって下を覗き込んでいた。
天幕と言うのもおこがましい物の下ではあるが日差し避けの要は足しており、寝そべる程度の高さの訳は下から発見されない為である。
「大して儲からないよなぁ、盗賊ってのも」
「お前、見張りになるといっつも言うよな」
応える男は革製の水袋からぬるい水を一舐めする。
「儲け過ぎると討伐されるし、程々にすれば遊びに行くのにも事欠くし」
「俺ぁ街で手伝い仕事もやってるから、まあそこそこイケてる」
「あっ、ズリィ!俺にも紹介しろよ」
「……話がきたらそのうちな」
そうはいったが、話が来ても当人にそのつもりはなかった。何故なら?分け前が減るからだ。
駄弁っている二人であったが、目端は利いていた。
「獲物が2」
「ギルドの配達員じゃないだろうな、あいつらは金持ってないぞ」
「一人はそれっぽいが、もう一人はシロウトだ。リディの乗り方が下手くそすぎる」
おしなべて盗賊たちは髭面が多い。身嗜みに無頓着なのが彼らである。気を付けるのは精々街に出向いて娼館に行く時くらいなのだ。
「案内人を雇ったシロウトだろう。雇える位には金を持っているはずだ。やるぞ」
「おう」
渓谷の上から覗き込んでいた二人の男は天幕をそのままに、仕事をすべく仲間の元へ戻っていくのであった。
★☆★☆
「ぎゃっ!」
悲鳴を上げて地面に転がる盗賊。こいつで最後だ。
どうやら新手の盗賊が周辺を縄張りにしたらしく、ここを往復していた頃の出で立ちは盗賊除けにならなかった。
「ちょっ、まっ」
別の盗賊がよろめきながら立ち上がるので、手加減して側頭部を蹴り飛ばし、再度地面を舐めさせた。
渓谷に入ってしばらく進むと、十数名の盗賊に囲まれたが手にしていたのは剣ばかり。“動くな”との声と共に足元に矢が刺さった。
舐められたものだ。
見上げた先には、隠れていれば良いものを弓を手にした者が二名。
答えも返さず一息に水槍を生み出し射出。肩を貫いて無力化する。それを合図にサミィと俺は縦横無尽に駆け回る。
言い含めて置いたラルスは、周囲を窺いながら盾を構えてじりじりと後退していく。
剛力招来を施せば、この程度の相手魔刀を抜くまでもない。
サミィと共に蹂躙が始まった。
「あ、あぁ・・・・・」
「いで、いでぇ……」
「くそ、くそったれ」
俺からは殴られ蹴られ、サミィからは爪で引っ掛かれ、男たちは満身創痍ではあるが命に別状はない。
「ふん縛って連行するのも面倒だから見逃がすが、この場所は盗賊稼業に向かないぞ」
「ぅるせぇ!大きなお世話だ!」
言い返してきた男が頭目なのか。
「一番早いルートはここだが、迂回路も無くは無いからな。砂漠縦断する者はほぼそちらを選ぶから、俺達が久しぶりの通行者だろう?獲物じゃなくて残念だったな」
こちらのルートは日陰も多いので、俺はお構いなしに利用している。迂回ルートは日陰が無いのだ。
「くそったれ!次あったらぶっ殺してやる!ぶはっ」
口が減らない頭目の顔へ、ただの水球を生成して叩きつけてやる。水弾でないのがせめてもの優しさだ。
「帰りもここを通るからな。もし襲ってくるなら返り討ちにしてやる。切り刻───みはしないが、今度は骨の一本は叩き折るから、くるなら覚悟してこい」
「俺達には武器も必要ないってか?上等だ!」
それだけの気概があるなら、まじめに働けばいいものを……水球をもう一発生み出して、再度叩き付けてやると、丁度罵声を浴びせるタイミングだったようでむせる男。
これ以上付き合っていられないので放置して出発だ。容易に起き上がれないくらいにはお仕置きしたつもりだ。
手間取りはしたが、俺達は日没前に無事街まで辿り着いた。
門では馴染みの衛兵が仕事をしていた。
「お!あんたか。久しぶりだな」
「別件で飛び回っていたからな。こないだはオアシス側の門を使ったから」
「ああ。向こう側じゃあ顔も見れんわな」
衛兵は素早く視線を巡らせ、合図をして近づいて来た。
何かと思い頭を寄せると、彼も顔を寄せて声を潜める。
「いつもの近道使ったのだろう?新しい賊が縄張りにしたって情報があるんだが、襲われなかったか?」
「襲われたぞ。急ぎだったから連行しなかったが、お仕置きはしておいた」
俺の言葉に苦虫を潰す衛兵。
「盗賊なんかに慈悲かける必要ないだろ。相変わらずだな、あんたも」
「エルフより寿命が短い奴らの命を奪うのもなぁ、気が咎めるんだよ」
「逆恨みされて万が一って事もあるだろ。気を付けろよ」
衛兵の気遣いに礼を言うと、俺達は門をくぐるのであった。
一言・評価・イイねボタン、お待ちしております。
お読みいただきありがとうございました。




