ギルド・言い掛かり・再会
ギリギリ月内更新(*ノωノ)
何とかひねり出しました。
この調子では次回更新も危うい(ノД`)・゜・。
左腕を失ったからと言って、配達の仕事を辞めるつもりは毛頭ない。
本来ならばイグライツ帝国からの帰国後、数日の休暇を貰ってから復帰のつもりだったが、事情が事情なのでもう少し伸ばさせてもらわねばならない。
「ヴィリュークさん、左の傷どうしたんですか!」
カウンターで俺の顔を見るなり声を上げるロレンサ。初めて会った頃はまだ見習いで、上長のウルリカさんに付き従っていたというのに。
王都のギルドに顔を出しに行ったら、左の眼から頬にかけての傷を彼女に開口一番指摘されてしまった。
「まぁ、見ての通りだ」
「なに呑気なこと言ってるんですか!うちの稼ぎ頭をキズモノにするたぁ、相手はどこのどいつですか!」
久しぶりに会ったと思ったらこの調子だ。左手の事も伝えたらさらに大騒ぎしそうである。
「ウルリカさんがいないようだが、見習いから卒業できたのか?」
「とっくの昔ですよう」
ロレンサは目を伏せて息を吐いた。
「ウルリカさん、お嫁に行っちゃったんです」
何でもお相手は新進気鋭の商会長らしい。
商売に忙しくしていて、そちら方面に気を回す余裕も無かったところ、取引先の老会長に見合いを勧められたらしい。
妙な女に引っ掛けられては事だと心配され、数名の見合い候補の一人がウルリカさんだったのだ。
彼女自身にもちょくちょく見合い話の打診は来ていたのだが、来る傍から断りを入れていた所、何故かこの話にはためらいながらも応じたそうだ。
「その話っていつ頃なの?」
知らない仲ではない相手の慶事に、ナスリーンも驚きを隠せない。
「結構前ですよ。えーと、ほら砂嵐でヴィリュークさんが行方不明になったけど、そのあと無事帰って来たじゃないですか。あの後ですね」
なんと、俺が砂岩窟に閉じ込められた一件のあとらしい。そう言えば無事脱出して皆の前に姿を現した時に、ウルリカさんに抱き付かれ泣きながら謝罪されたことを覚えている。
ひょっとしたらそれが原因なのだろうか。
「お相手のどこを気に入ったかとか全然教えてくれないんですよ。でも結婚までとんとん拍子で進んだし、そこの商会の支店が出来たのはウルリカさんが辣腕振るったからだって専らの評判です。更にもうじき二つ目の支店がオープンするとか、もう順風満帆ですよ!あ~あ、私もそんな相手が欲し~い!」
要は玉の輿に乗りたいということか?ロレンサがウルリカさんのように商会で辣腕を振るえるとも思えない。
「その内いい人が現れるわよ」
「持ってるヒトにそんなこと言われても慰めにすらならないですっ。ヴィリュークさん、あたしとかどうです?末席でもい…い……いや、何でもないです」
尻すぼみになるロレンサ。何の気なしに隣のナスリーンを見やるが、彼女はニコニコ笑うばかりである。
なにかあったのだろうか?
ともあれ実家のあるクァーシャライまで行かねばならぬと伝え、仕事復帰まで時間を貰えるよう伝えたのであった。
ギルドを出ると一旦緑化研究所まで戻る。
サミィとバドを研究所員である従姉のミリヴィリスに預けてきている。サミィは心配いらないが、バドは連れていくにも大変だし、置いていくにも心配だからだ。
向こうには旦那のセツガさんもいることだし安心して預けていられる。尤も預ける際には、構い過ぎないように釘を刺してはいる。
今頃所内の一角の砂地で遊んでいる事だろう。
ただ預けに行く時に左腕の事を話さない訳にもいかず、経緯を説明するとミリー姉さんは俺の左ひじを掴んで涙をポロポロと流し、左頬の傷にも気付くと抱き付いてしばらく放してくれなかった。
セツガさんが取りなしてくれて何とか解放された時には正直ほっとした。
知り合いに会う時程度の差こそあれ、毎回こうなるかと思うと正直気が重い。
ばあさまはどんな反応を示すだろう。
「クァーシャライまでどうするの?辻馬車も出てなかったわよね」
ナスリーンの言う通りだ。
王都内であれば数は少ないものの、移動の手段として辻馬車が運行されている。
「行商人がいれば頼んで同乗させてもらうが、そう都合よくいないだろうし歩いて行くか」
そもそもエルフのじゅうたんが反則級の移動手段なのだ。
歩き以外の手段となると、通常は馬などの移動用家畜に頼るほかない。俺のじゅうたんに収納されている馬ゴーレムは将来的な移動手段になりうるが、運用するには魔力効率の悪い開発中の試作品である。
自分で言うのも何だが、魔力保有量の多い俺だから何とかなっているようなものだ
「ナスリーンはどうする?」
「付いていきたいのはやまやまだけど、仕事が溜まっているの。手紙を書くからおばさまに届けてくれる?」
「お安い御用だ」
ナスリーンは明日早朝の見送りがてら、手紙を持ってくる事になった。
研究所へ向けてメインストリートを連れ立って歩いていると、馬車が渋滞を起こしている。
歩行者の流れは滞っていないが、それでも歩みは遅い。
ナスリーンと首をかしげながら進んでいくうちに原因が分かって来た。十字路で行商人と複数のチンピラが馬車を背に言い合いをしているのだ。
その馬車は横転していないが、車輪が外れてしまって擱座しており、幸いなことに馬は暴れていないが鼻息が荒いのを見て取れる。
「いてぇ、いてぇよう」
数人いるチンピラの一人が足を抱えて泣き叫んでいる。子供だってもう少しマシな演技をするだろう。
つまりはそう言う事だ。
「衛兵とか医者は呼んだのか?」
野次馬をしている中年男に声をかけると、衛兵は誰かが呼びに行ったらしいが、医者の類いは分からないとの事。
「なぁアンタ、こうしている間もご通行の皆さんに迷惑をかけてるンだぜ。馬車もあんなに列になってる。ごねている訳じゃねぇ、誠意を見せてくれりゃこの場は修めて立ち去るからよぅ」
「誠意、ですか」
「おうともよ!」
チンピラが行商人の肩に手を回し、指で輪っかを作って“誠意よ!”と要求する。
あからさまな態度に周囲からは同情の目が寄せられるが、仲裁しようと誰かが割って入ることも無い。
「怪我をなさっているのであれば、急いで手当てをした方が……誰か医者を───」
「余計な事すんじゃねえ!医者?こいつは俺達が運ぶから心配するな」
行商人が周囲に助けを求めるように声を上げるが、チンピラも余計な事をするなと周囲を威嚇する。
“うぅ~”
うずくまるチンピラのセリフも尽きたようだ。
「……で…で、如何ほどで?」
「おう分かってきたじゃねぇか、これで勘弁してやらぁ」
チンピラが指を五本立てている。
「銀貨五枚、ほどで?」
「ばぁ~か、銀貨じゃなくて金貨だよ」
男は凄みながら言葉を続ける。
「五枚じゃねぇ、金貨五十枚寄越せ」
「そんな!そんな大金払ったら商売あがったりだ!」
にっちもさっちも行かず、行商人から悲鳴が上がった。
「怪我なんて嘘ね」
「だな」
「渋滞が出来る程時間が経っているのに、顔つきに余裕があり過ぎるわ」
彼らが当たり屋のチンピラグループと断ずるには十分であった。
「あっ」
「いい加減諦めろ」
彼らの会話に割って入ると、ナスリーンから声が上がる。
いつものつもりで行動した俺であったが、ナスリーンからすれば片腕の俺が出張る場面ではない。ナスリーンの思いを余所に、見過ごせなかった俺は人混みをかき分け進み出る。
「あぁん?関係ない奴ぁすっこんでろ」
「あ、あ、わ、私はだいじょうぶですので……」
チンピラの態度は変わらず、行商人の男はこんな場面でも赤の他人を巻き込むのは本意でないようだ。
「通行を邪魔されている時点で無関係じゃない。難癖をつけて金を脅し取るのはやめろ。しばらくしたら衛兵も来るぞ」
「ばぁ~か、衛兵はここらを巡回したあとだ。知らせに行ったとしても戻ってくるまで時間がかかるんだよ」
チンピラの兄貴分?が得意気に解説してくると、その下っ端たちは威嚇をして場の雰囲気を引き寄せる。
“残念だったな”
“手前ぇやろうってのか?”
“女がいるからって格好つけてんじゃねぇ”
兄貴分は下卑た嗤いを浮かべて近寄って来る。景気づけに暴力を振るって、行商人の金払いを良くするつもりなのか。
だからといって過去に対峙してきた相手と比べると雑魚もいい所で、殺気を込めて睨むほどの相手でもないが、意思を込めた目は逸らさない。
怯まぬ俺に苛立ったのか、それでも右手で胸倉を掴んでくる。十分な暴行の意思表示だ。
しかし手が伸びて来た時点で身構えていたので、掴まれると即座に左のナックルダスターで殴りつけてやる。
「ぐっ」
金属塊で殴られた痛みに手を離すチンピラ。だが怯まず腕を掴んで反撃を試みるのだが握りしめたのは義手。
引っ張っても俺の身体は付いてこず、代わりに緩んだ義手がチンピラの手の中に残る。
「うぉっ、なんだなんだ」
腕がありえない方向で曲がったと驚くチンピラであったが、それは生身ではなく義手である。装着が緩んだ義手はそのまま地面に落下。
「義手!新品なのに!」
「ぎしゅ?なんだてめぇ左腕ないのか!片輪風情がしゃしゃりでてくんじゃねぇ!」
拾うべく右手を伸ばした目の前で、チンピラは思い切り蹴とばした。
宙を飛んだ義手は路肩の幌馬車の幌に当たり、がちゃりと地面に落下する。
「ああっ!」
・
「へへっ」
鼻で嗤うチンピラであったが、余裕はそこまでであった。
フードが外れ顔が露わになった相手が誰か分かったのだ。
装飾品が付けられた長い耳。
エルフの耳飾りはその効果で肌を褐色化させ、強い日の光から肌を守る。
厄介ごとに度々首を突っ込み、場を収めてきたエルフは一般人にも結構知られている存在だ。
「おい、あのヒト」
「砂エルフじゃないか?」
「砂エルフのヴィリュークだろ」
「顔に傷あったっけ?」
「左腕失くしたとか聞いてないぞ」
顔を知らなかったが存在は耳にしていた兄貴分は、鼻で嗤って煽りを入れる。
「砂エルフも落ちぶれたもんだな」
再び胸倉に手を伸ばすチンピラ。だが二回目は無かった。
相手の手首を掴むと、身体を回転させてねじり上げる。持ち上げるようにするとチンピラはつま先立ちとなり、思うように力が入らず抵抗もままならない。
ねじり上げたまま移動して、子分たちの近くまで寄ると突き飛ばすように放しついでに、腰のあたりを蹴っ飛ばす。
「うわっ」
「ぎゃっ」
「いてっ」
チンピラたちは一塊となって転がったが、怒り任せに次々と立ち上がる。間抜けな事に怪我の演技をしていた奴も一緒である。
「怪我も無い様だから慰謝料も必要ないな」
「え?」
「あっ」
「ばかてめぇ!」
引っ込みがつかない兄貴分は、それでもがなり立てる。
「迷惑料だ!四の五の言わずに払いやがれ!」
舐められたらおしまい、と思っているかは分からない。短刀を抜き放ったのは脅しか威嚇か。
「そいつはいけない」
抜く手も見せずに、水刀の切っ先を相手の喉元に突き付ける。
これを腰に差した魔刀でやっていれば達人級であるが、実際は水術で為したイカサマ技である。
しかし知らない者が見れば十分なハッタリとなる。
「覚えてやがれ!」
冷や汗をたっぷり掻かせたのちに切っ先を外してやると、チンピラたちは捨て台詞を残して走り去った。
水刀を右下方に切り払うように見得を切り、左肘でマントに隙間を作ると納刀するふりをする。その実、マントの中で霧散させて消してしまっているのだが、衆目の面前で隻腕が明らかになってしまった今、実力が衰えていない事を示すためでもある。
納刀の仕草を目の当たりにして、取り巻いていた群衆も荒事が終わったと歓声を上げる。
「大丈夫か?」
その歓声を余所に被害者の行商人に声をかける。
「はい。助かりました、ありがとうございます」
「怪我とかも無いわ。よかったわね」
先にナスリーンが確認してくれていた。俺の義手も拾ってくれており、胸元に掻き抱いている。
「ええ。撫でられた程度で多少痛みますが、それも直に治まるでしょう」
「是非にお礼を──」
「その前に馬車を何とかしないと。みんな焦れているだろう」
しかし既に擱座した馬車には既に数名がたむろしていた。一人は外れた車輪を点検するように回して見ている。
「車輪が外れただけで付けてやりゃあ済むんだが──」
「荷物を降ろさにゃ厳しいか?」
「手間もかかるし、人も集めないと」
どうやら手に職を持った男たちが集まってくれているらしい。
「さあ荷台を持ち上げよう」
声をかけると男たちが振り向いた。
「お、おう。あんたか。その……大丈夫なのか?」
その内の一人が不安げに聞いてくる。
「なんなら一人で持ち上げようか?」
「いやいやいや。おい、やるぞ!」
周囲に声をかけると車輪を持った男を中心に、力自慢は直ぐに揃った。
俺もその輪に混じり、右腕一本で荷台の縁を掴む。
「「「せーの!」」」
力を合わせれば楽々持ち上がるし、“剛力招来”をかければ尚更だ。
(おっと)
持ち上げる勢いと周囲の男達より腰が高めだったようで、数瞬一人で保持できてしまったが、その直後何もなかったように全員で荷台を支える。
すかさず車軸に車輪が填められると、荷台は下ろされ固定の作業は滞りなく行われた。
「荷台が一瞬宙に浮いたな」
「人数多すぎたんじゃないか」
「ははっ、ちげぇねえ」
事が済んでしまえば笑い話になる。
「皆さんお仲間ですか?ありがとうございます、助かりました。」
「なんてこたぁない。傍目にもちょいと気分のいいものじゃなかったからな。黙って見ていた罪滅ぼしみたいなもんだ」
行商人はそこで終わらせず、職人達の親方であろう彼に礼金を握らせる。
「酒代の足しにしてください」
硬貨を一枚握らせるが、一枚は一枚でも金貨一枚である。酒代としては振舞い過ぎで、押し問答が繰り返されたが、最終的には収まる所に収まった。
「ありがたく使わせてもらうぜ。おう、おまえら一杯行くぞ」
男たちは意気揚々とその場を立ち去るのであった。
「俺達も行こう、ナスリーン」
「そうね」
「ちょちょ、ちょっとお待ちください!」
直った馬車を脇に寄せていた行商人が慌てて駆け寄って来る。
「このままお帰ししては主人に怒られます。是非、当商会にお立ち寄りください。こう見えて私、新進気鋭の商会に勤めておりますれば」
“さあさあ“と誘導されると、俺達はいつの間にか馬車に乗せられ、彼の勤めるという商会まで運ばれていく。
「さあこちらです!」
到着したのは大店と言って差し支えない店構えで、馬車が止まると中から小僧が飛び出してくる。
「おかえりなさいませ!」
「ただいま。馬車を裏手に回してくれ。私はお客様をご案内する」
小僧は元気に返事をすると馬車に飛び乗り走らせる。
「こちらへどうぞ」
店の扉が開け放たれ中に誘導されると、そこには幾つものカウンターに客と店員が商談中である。
「お疲れ様、クーパー。あら?」
「奥様、ただいま戻りました」
落ち着いた装いの女性店員が近寄って来たと思ったら、この店の店主夫人だったようだ。
「あ、ああ……」
「お久しぶりです」
本当に顔を会わせるのは久しぶりだ。
以前は活動的なイメージで髪をアップにしていたが、今は緩やかに結い上げているウルリカさんの姿がそこにあった。
一言・評価・いいね、よろしくお願いします。
お読みいただきありがとうございました。




