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蒔いた種・不具合・試作品


そう言えばあの名作のタイトルは「Arms」でした。ゲームタイトルもありますね。







自分が流した与太話が、まさか己に帰って来るとは思いもしなかった。




「師匠!」

「やーすみーんししょう!」


暇つぶしに武術を教えてやっている子供たちが声を上げてやってきた。


「ビィト、シィナ、大きな声を上げてどうしたの」


「ヤースミーン師匠!エステルさんが帰ってきました!」


問いに答えるように一番年長のエイツァがエステルを伴って現れ、そのエステルは巻き上げたじゅうたんを小脇に抱え、何やら真面目な顔をして佇んでいた。


「お久しぶりです、師匠」


「……暇ついでのご機嫌伺いではなさそうだね」


場の雰囲気にビィトとシィナは理解が追い付いていないようだったが、最近では身長も伸びたエイツァは察したようである。


エステルがこの村を旅立ったころは頭一つ差があったのだが、今では彼の背丈はエステルの背に届こうとしている。


「話があるんですよね。俺達は明日また来ます」


エイツァは下の二人を追い立てて出ていったが、去り際に“明日、手合わせしてください!”と付け加えるのも忘れていなかった。




「エイツァは大きくなりましたね」


「ああ、頼もしくなったよ。まだまだこれからだけどね」


エステルが席に着くと、私はお茶を淹れて勧めてやる。


彼女は“ありがとうございます”と礼をし、お茶を口にするがそこから言葉を発しない。


切り出し方を思い悩んでいる所を見ると、結構切実な話なのだろう。思い切りのよいエステルにしては珍しい。


程よく冷めたお茶を、エステルは大きく一口嚥下し、そして大きくひと息つく。


「ヴィリュークが大怪我を負いました。ですが命に別状はありません」


目を見つめながらの発言に、大きく一つ頷いた。本題はここからの筈だ。


「その際、左腕を斬り落とされました」


心臓が跳ね上がる。


男とはいえ可愛い孫が傷物にされたのだ。だが感情を露わにすることはしない。


「詳しく聞かせなさい」


エステルは落ち着いた調子で語り始める。


イグライツ皇帝主催の狩りに現れた魔熊の事。


人員も装備も消耗した状態で新たに魔熊が現れ、ヴィリュークともう一人が殿を務めた事。


魔熊を討伐したものの、そのもう一人が裏切り、ヴィリュークの左腕を奪った事。


「どんな手練れなの!?あの子の実力なら、そこまで遅れは取らない筈よ」


万が一そうならぬように私が鍛えたのだ。


だとしたらその者は、私と同等かそれ以上の実力ということになる。


「彼の証言とイグライツの書庫を調べたナスリーンによると、どうやら復讐目的で禁呪をかけたうえでの襲撃だったそうです」


あの子は一体何をやったのだ。思わず額に手を当て少しうつむいてしまう。


「ここからが本題です、師匠」


なんですって?ヴィリュークの負傷の事後報告ではなかったのか?


「負傷したとはいえ、彼も親善使節団の一員です。王宮へ帰参報告をしなくてはならないので、自由に動ける私がこれを持ってきました」


くるりと広がったじゅうたんに収納魔法陣が浮かび上がると、エステルはそこから一抱えもある豪奢な箱を取り出した。


「中にヴィリュークの左腕が入っています。この腕を魔脈のそばに置かせてください」


その言葉に先程まで忘れていた逸話がよみがえる。


「その与太話どこで……いや、聞いたからここまでやって来たのよね」


「ご存じなんですね!でしたら早く!」


「無理よ。斬り落とされた部位の鮮度が───」


「この箱に入れてきたので大丈夫です!なにせこの箱は───」


エステルが途端に早口で説明し始める。国宝を借り受けるとか一体何をどう交渉したのだろう。


「わかったわかった。直ぐにでも安置させるから。二人とも、聞いていたわね」


呼びかけると、待っていましたと言わんばかりに二人の幼女が顕現した。


「エステルおかえり」

「エステルおかえり」


「二人とも変わりないようね」


二人と言ったが、黄緑の髪をした子がこの家のブラウニー、深緑の髪をした子が家の隣にある大樹のドライアドだ。


こう見えて私の娘より少し年下である。


「わかった、すぐに置いて来る」

「わかった、すぐにやっておく」


二人掛かりで箱を持ち上げたかと思うと、その姿は“ふっ”と消えてしまうが、さほど待たずに再び現れた。


「かあさま、魔脈の真上に置いて来た」

「かあさま、魔脈の真横に置いて来た」


「ご苦労様」


労いつつ空の箱を受取り、頭をなでてやると嬉しそうに目を細めて消えていった。




お茶を二人分、新しく淹れる。


場が仕切り直されたことを察し、エステルは居住まいを正した。


「あの与太話をあんた達が聞きつけたのも驚きだけど、今の今までそれを語り継いできた事にも驚きだわ」


「与太話って、やっぱりあの話は師匠が?」


不安げになるエステル。まぁ、そうなるだろう。


「なんの拍子で口にしたかも覚えてないけど、話の出どころは私で間違いないわ。けれども私も確認したわけではないの。私も腐れ縁のドワーフから聞いた話で、あいつも嘘じゃないとは言っていたけど、それを成したヒトをその目で見たわけじゃないわ」


「百年でしたっけ?信じて待つには長すぎますよね」


「そう言う事よ。次善の策を練った方が現実的ね。しばらくこっちにいるのでしょ?いろいろ手伝ってちょうだい。国宝とやらの箱の詳細も拝みたいしね」


「ええ、彼とナスリーンも事が済んだらこちらに来ると言ってましたので」


それは楽しみだ。彼女とは手紙のやり取りはしていたが、会うのは久しぶりだ。


少しは変わったのだろうか。




★☆★☆




シャーラルの港に無事到着した親善使節団一行は、一泊して身体を陸地に慣らし(慣れない者は上陸しても揺れる感覚が続いていた)、翌日には砂漠の縦断ルートではなく一般人が使うオアシスルートを出発した。


港町シャーラルに到着しても、俺は知り合いの所へは顔を出さなかった。


左頬の傷は良いとして、左腕の事に触れられたくなかったからだ。


遅かれ早かれ知られてしまうと分かってはいるのだが、気を使われることが嫌なのだと、言い訳をするようにこの気持ちを分析している。




最近ではオアシスを経由した王都までの道の緑化も進み、馬車での行き来が楽になっている。


隻腕ということで気を使われたのか、馬車内での護衛を打診されたがやんわりと断った。


代わりに二匹をお願いすると、馬車内にはサミィ馬車上にはバドが陣取ることに。


俺には馬が宛がわれたのだが、正直に言うと片腕で騎乗するのに少し苦労した。


(あぶみ)に足をかけ、隻腕で身体を持ち上げる際のバランスが独特なのだ。


だがそれもそのうち慣れるだろう。




王都ラスタハールに到着すると、城門では人数の確認だけでほぼノーチェックで通過できる。


ベテランの衛兵ともなると、要人の名前や紋章は覚えているものだ。そして常連の俺の顔も覚えられている。


日差し避けのマントを羽織っているので腕は見えていない。衛兵隊長と目が合ったので、右手で軽く合図すると、見送りの敬礼をしながらニヤリと笑い返してくる。


馬車の列は何事もなく王都のメインストリートを進み、親善使節団は長旅を終え漸く王城に到着したのであった。




旅装を解き、旅の埃を落として身綺麗になると、その日はそのまま旅の疲れを癒した。


翌日はオルセン伯爵をはじめ、使節団要人が国王陛下に帰国の報告に登城する。


「陛下、このオルセンを筆頭に使節団の無事の帰国を報告いたします」


謁見の間には玉座の国王陛下を中心に、左右に主だった大臣が控えている。


「うむ。オルセン、無事の帰国、嬉しく思う。伯母上も長旅お疲れ様でした」


鷹揚に頷く国王陛下。ちなみに伯母上とはナスリーンの事だ。そして王族の方々は彼女の事を“おばあさま”とか“ひいおばあさま”と絶対に呼ばない。絶対にだ。


ナスリーンがうちのばあさまのことを“おばさま”と呼ぶのにも関連性があるのかもしれない。


「まー……マクシミリアン陛下、労いの言葉、恐縮にございます」


ナスリーン、いま愛称で呼びそうにならなかったか?衆目の面前でマー君呼ばわりは、陛下の立つ瀬がないぞ。


「ん゛ん゛。詳細は報告書を上げますが、大まかな報告をさせていただきます」


オルセン伯爵は咳払いをして仕切り直し朗々と語り始めると、周囲の者たちはその言葉に耳を傾ける。




「貿易交渉は思いのほか有利に事が運びました。当初の試算と比べて2ポイント増です」


周囲からどよめきが上がることから、想定以上の結果のようだ。


オルセン伯爵の報告は続き、内容もイグライツ帝国の軍事・学問・魔術、市場経済・文化と話題は途切れないかと思いきや、十分ほどで当の本人が打ち切った。


「この調子で続けましても話は尽きませぬ。報告書を上げますので詳細はそちらにて」


「うむ、わかった。だが当面の夜会の主役はそなたたちであろう。行く先々で土産話をねだられるぞ」


「心得ておきましょう」


“うむ”と陛下は首肯され、使節団の面々を見渡すと“大儀であった”と言葉をかけて退出された。


だがそれは俺に向けての言葉だったのかもしれない。


どうしてそう思ったのか。


それは見渡した際、俺が最後になる様に見渡して視線を留め、言葉を発したからだ。


その言葉を俺は、同情でも憐みでもない本心からの労いと感じられ、胸のつかえが少し軽くなったように思えた。






「これからどうするの?」


「どうするって言われてもなぁ」


謁見が終わると、俺はナスリーンからお茶に誘われた。


王宮には勿論彼女の私室がある。


普段は城外にある邸宅に住んでいるが、王族なのだから昔はここで寝起きをしていたのだ。だから居を移しはしても、彼女の部屋はいつでも使えるように整えられている。


だがその様な身分の未婚の彼女が、男を私室に招き入れるのは対外的にもよろしくない。


なので、少し離れた所には数名のメイドが控えている。部屋も公的なお客を迎えられるクラスに招かれた。


「ギルドの配達の仕事に戻りたいところだが、じゅうたんをエステルに預けっぱなしだし、ばあさまに事情を話しているだろうから、当人である俺が顔を出さない訳にはいかないなぁ」


「え?状況が許せば砂漠に出たかったってこと?」


ナスリーンのカップを持つ手が止まり、表情が顕わになる。


それを読み解くならば“なに言ってんだコイツ”であろう。


「まぁな。こんなナリになったからと言っても、生きてかなくちゃいけないから。この身体にも早く慣れないと……困ったこともあるしな」


「片腕にもなれば大変でしょう?」


「いや、そうではなくて───バランスがおかしい、というか、歩いていると少しずつ右にずれていくんだ」


「え?……まっすぐ歩けないの?」


俺は黙って頷く。


そうなのだ。まっすぐ歩いているつもりが、注意していないと右に寄り、曲がっていくのだ。


「左肩に肩当て(ポールドロン)でも着けようか」


「ポールドロン……ああ!肩鎧のことね。カウンターウェイトには良いだろうけど、仰々しくなるわね。となると益々義手を作れる職人を探さないと」


「義手職人とか聞いたことも無い……救護院をあたるか、それとも闇雲に職人にあたるか───そうか、肩当て(ポールドロン)ではなく籠手(ガントレット)で聞きこんでみるか」


方針が決まると、心なしか気持ちが上向いていく。


ナスリーンを見ると、彼女も嬉しそうに見えた。






「申し訳ございません。当店では対応いたしかねます」


バッサリと断られてしまったのは、騎士団御用達の武具屋だ。


店舗と鍛冶場を分けている店で、そのお陰で店舗を表通りに構えているのだが、接客しているのは武具を作ったことなどなさそうな店員だ。いや、その手を見ればハンマーなど碌に振るったことが無い事が一目瞭然である。


ここに来る前にも王室御用達店に訪れたのだが、既存の型をお好みでアレンジする程度しか対応しておらず、こちらが望んでいるようなオーダーを受け付けてはくれなかった。


騎士団御用達も然りで、こちらはもっと頑なだった。


それもその筈、騎士達は揃いの装備にアレンジすることはご法度だったからだ。別に騎士団仕様のものをどうにかしろとは言っていないにもかかわらずだ。


隊長クラスにもなれば自由度が上がるが、彼らが自由の利かない御用達店に行くことは無かった。


「お店を紹介してもらったけど駄目だったわね」


「こちらの要求が規格外だったこともあるだろう」


義手代わりの籠手もしくは左腕一本、もしくは肩当て(ポールドロン)を含めた左腕鎧だなんて、真っ当な注文ではない。


だがこちらの状態を見て貰えれば、決してイロモノな注文ではない事を分かってくれそうなものなのだが、ただの窓口でしかない店員ではなく実際に槌を振るう職人でないとこの辺りは通じにくいのかもしれない。


「武具は自前で賄ってきたからなぁ、融通の利く店とか良く分からん」


「ギルドに行ってどこか紹介してもらう?」


そうナスリーンから提案されるが、正直この姿で行きたくはない。


「仕方ないわね。地道に行きましょ」


そう言って彼女は俺の左に立って腰に手を回した。






数店舗巡って漸く試着までにこぎつけた。だが事はそう簡単ではなかった。


籠手ならば単体で装着できるが、肩から上腕部は胸当てに装着したりする構造だった。


胸当てに装着しない肩当て単体のものもあったが、それは両腕を付けて初めてバランスが取れるものであった。


いずれも装備した姿は大仰なものであったし、重量もそれ相応であった。


「普段使いするにはちょっと大変ね」


「鎧だから普段使いするものではないです、奥様」


奥様呼びに顔が緩むナスリーンであったが、それもすぐさま引き締める。


「肘から先がこれしか残っていないと、籠手のみでは装備できませんぜ……」


対応してくれている髭面のドワーフの口調も重たい。


「さすがのうちの鎧も、装備できない事にゃあ補助できませんぜ」


この店の売りは全身鎧(フルプレート)のパワーアシスト機能である。


更にはなんとこの鎧、自立可能なのだ。


通常外した鎧は鎧立てに装着しておくか鎧櫃に収納する。だがこの店のフルプレート、下から順に組み上げていくと、動く鎧(リビングメイル)さながら自立可能なのだ。


この鎧の本来の性能とは、装備者への重量の軽減と稼働時の動作の補助。つまり防御力はそのままに、軽快な動作を可能としている。


もっともその機能も魔力ありきであり、核となる魔法陣への魔力供給が滞れば自壊するし、全身に張り巡らされた魔力回路が断たれれば、その部分(脛当て然り、兜然り)は己が筋力で動かさねばならない。


因みにこの店舗の主な顧客層は、身体が鍛え上がっていない若年層と、筋力が衰え始めた老年層である。本当に補助が必要な者も来店するそうだが、重厚な鎧を身に付け見栄を張りたい者の来店も少なくないだとか。


その為店にはアシスト無しの鎧の取り扱いもなされている。


顧客の見栄を守るため、傍目にはどちらかなど分からないようになっているのだ。


「身体のバランスを取る為には、鎧のバランスを取る必要があるとか……俺は負荷トレーニングをするつもりはないのだが」


「すいませんエルフの旦那。これ以上うちでは如何ともしがたいです」


ドワーフの謝罪は、この店でも空振りに終わった合図だった。




「ん~っ」


疲れたのかナスリーンが伸びをする。空を見ると、鍛冶屋・防具屋巡りで日も傾き始めている事に気付いた。


「付き合わせて済まない」


「いいのよ、好きで付き合っているんだから。デートみたいだしね。だけど中々思うようにいかないわね」


そうなのだ。どこの店も客として想定しているのは五体満足な者で、四肢を欠損している者ではない。


「俺みたいな奴は稀なんだろうなぁ」


「でも職人ならそういったニーズにも応えて欲しいわ」


ナスリーンの言葉にエステルの顔が浮かんでくる。畑は違えど彼女はまさに職人だ。


「あっ、あそこもお店じゃない?」


彼女が指さす方を見ると、路地の奥に一枚の看板が見えた。看板が無かったらそこに店があるとは気づかなかっただろう。


【エドガー防具店】

【修理・相談、お気軽にどうぞ】


「んー」

「お気軽にどうぞ、って書いてあるわよ」


すると店の扉が開き、中からエプロンに三角巾を被った若い普人の女性が出てきた。


「あら、お客様ですか?相談も受けていますので、よろしかったらどうぞ」


微笑んで(いざな)ってくるが、少なくない圧を感じて逡巡してしまう。


「今でしたら相談料はサービスいたしますわ」


「せっかくだからお願いしてみたら?」


「はいっ、どうぞどうぞ!あなたー、お客様よー!」


あれよあれよという間に店内に誘導され、気付くと俺達はカウンター前のスツールに腰かけ、この店の店主と対峙していた。


「え~……「本日はどのようなものをお探しですか?」」


気優しそうな細身の男、彼が店主なのだろう。彼の言葉をさえぎって、女性のほうが訊ねてきた。




★☆★☆




今日も新規のお客は来なかった。


夫であるエドガーと結婚し、父の店から独立して店を開いてから、新規の客が来たのは片手で数えられるくらい。


父も娘の私や弟子であった(エドガー)を心配してか、時々お客を回してくれて何とか日々を暮らしていけている。


その夫と言えば鎧のジャンク品をいじって何やら試行錯誤中だ。


私はと言えば今日何度目かの店の掃除も終わり、彼の作業を眺めている。


「ん?」


なにかと思えば戸板の隙間から、夫の手元に陽の光が差している。どうやら大分日が傾いたようだ。


「マリー、今日はもう閉めようか」


「わかったわ。私、看板下げてくる」


申し訳なさそうな彼の顔。私は努めて明るく返事をする。


扉を開けて外に出ると、そこにはまさにお客と思しき二人連れが看板を見定めている所だった。


「あら、お客様ですか?相談も受けていますので、よろしかったらどうぞ」


新規のお客!逃がしてなるものですか!!




元々夫は口下手な方だ。


見習いの頃は誰しも拙い技術であったろうに、兄弟子たちからからかわれると彼はさらに無口になり、手を動かすことに集中していった。


独立した今ではお客から注文を受ける為に口数も増えたが、それでも会話が弾むまでには時間がかかるので、それまで私が場をつないでいるのだ。


「実は───」


口を開いたお客様。改めて見たら二人の耳は何と長い!しかもエルフの男女である。


男性の方がマントの左側を跳ね上げると、そこには左前腕が無かった。顔もよく見たら左頬から一本傷跡が走り、伊達にされてしまっている。


「左腕をやられて、バランスが右に寄って困っている。左に重しになるものを探しているのだが、なかなかこれだというものが無くて……」


「なるほど」


夫は一言だけ返すと、空の鎧立てを引っ張り出してきた。お客相手なんだから、もうちょっと何か言いなさいよ。


そして店の見栄えのする場所に飾っていた全身鎧(フルプレート)をばらしはじめると、空の鎧立てに肩当て(ポールドロン)を乗せ、右の腕鎧を装着した。


鎧立ては床に垂直だが、当然肩当ては傾く。


「日常生活に支障をきたすのですよね?」


「ああ」


腕を組み思案する夫が質問すると、当然だとばかりの返事。


「失礼ですが、左腕はどこまで?」


左の腕鎧を取り付けてバランスを取りながら訊ねると、お客はぐいと左袖を捲ってそれを露わにする。


「肘の先が少し残る程度だ」


傷を露わにすることを嫌がるヒトもいる。にも拘らず、そのヒトは躊躇せず露わにした。いや、その顔に表情が浮かんでいない。


「も、もう大丈夫です。しまって下さい」


いたたまれなくなって声をかけてしまった。連れの女性の表情も思わしくないものだった。


「防具として使いたいですか?」


「いや、取り敢えずはバランスを取りたい」


夫は“ふんふん”と頷き返しながら鎧の上腕部を外してしまう。右の籠手も外し、左の籠手を引っ掛けると当然(かし)いでしまう。


「ん~」


夫は考え始めると鎧立ての周囲をぐるぐる回り、次に鎧立てにのせていた肩当てや腕鎧の接合部をじっと見つめ、最後に自分の腕に嵌めながら固定具合を確かめていく。


その真剣な様子に私は勿論、お客の二人も黙って待ち続ける。


「ん゛~、マリー、採寸」


「はいっ。お客様、サイズを頂戴いたします!」


夫が何か閃いたようだ。


お客も目を見開いて夫にされるがまま寸法を取られ、その横で私は夫が測る寸法を書き記していく。


「三日後にまた来てくれ。それまでに仮提案ではあるが形にしておく」


言うだけ言うと夫はガチャガチャと鎧のパーツを抱えて奥に入っていってしまった。


「すいません、ある程度の完成形は頭にあるようです。ああなると止まらないんです」


夫の振る舞いに詫びを入れる私だったが、お客の二人は苦笑して許してくれた。


去り際に女性の方が“似ているね”と口にしていたが、夫みたいな言動のヒトが他にもいるのだろうか。だとしたらその身内は、結構な苦労をしていると思う。




★☆★☆




三日後、例の職人が指定した日になった。


注文を受けてくれたことは有難いが、あの様子では奥さんの苦労が忍ばれる。


路地は何本もあったが、例の看板のお陰で迷わず辿り着けた。扉を開け中に入ると、こちらの挨拶より先に向こうから声がかかる。


「いらっ「いらっしゃいませ、お待ちしてました!」」


店主の声も聞こえたが、奥さんの元気な声でかき消されている。


何はさておき誘導された店内のカウンターには左の腕鎧が置かれていた。籠手は指が五本独立しているガントレットではなく、親指だけが独立した二股のミトンである。


しかも金属の籠手で殴られても痛いのに、その籠手を補強するようにナックルダスターが取り付けられているではないか。


第一印象は“凶悪”だ。


奇妙なのはそれだけではない。


本来つくはずの肩鎧(ショルダーガード)はなく、長さも上腕の半分を覆う程度。上腕部の端には二か所に幅広の革紐が取り付けられていた。そして革紐の途中には幾つか輪っかが取り付けられている。


「手伝うから付けて見てくれ」


革紐が解かれると、店主の補助を受けながら腕鎧を装着する。


上腕部は筒状の受け口(ソケット)となっており、欠損した左腕を差し込むと内貼りの布の柔らかい感触に包み込まれた。


この革紐はどうするのかと思えば、背中側の紐を右肩から前に、脇の下を通して背面に回すと、今度は左肩から前に戻し、腕鎧の端を通してから取り付けられていた輪っかに縛り付けられた。


つまり背中から見れば革紐が“∞”になって、肩で腕鎧を支えていることになる。


「手直しはまだこれからだが基本構造はこんなもんだ。バランスは大丈夫か?」


「おお。おう」


付けたままで室内を歩いてみると、あるのとないのとでは全く違う。


「こいつはいい……」


振り返って見ると、嬉しそうな三つの顔があった。


「もう一つある。手甲を上げて見ろ」


手甲……ナックルダスターのことか。言われるがまま力を加えていくと、拳の前面から手の甲側へ持ち上がることが出来、それに伴い拳が開いていくではないか。


「ほれ」


声と共にコップがカウンターに載せられる。


これは……


ミトンをコップの側面にあてがい、力を緩めるとミトンがコップを握り締めた。


「ミトンの内部に板バネが仕込んであるんだ。手のひらから指まで、滑り止めの革も貼り付けておいた。元の形は曲がっていて、手甲を動かすと真っ直ぐになる。緩めると曲がる。単純な仕掛けだが、板バネが強すぎると掴んだものを壊しちまうし、そもそも拳を開くのに一苦労だからな。板バネを程よい強さにするのが一番大変だったぜ」


説明を聞きながら開閉を試す。これならひょっとして───


腰には無銘の魔刀を佩いている。


手甲を上げ、ミトンに鞘を握らせる。さすがに左で鯉口を切ることは出来ない。


腰を落とすと右手の力で鯉口を切り───


“シャッ”


「はぁ……」


刀を抜きしなに、鞘鳴りをさせてしまった。


左腕の正確な鞘引きが出来ていないせいで、鞘の中で刃が接してしまった音だ。


「駄目だったか?使い物にならんか?」


俺のため息に店主が目を見開いて迫って来る。


「練習が必要なだけだ。簡単に前のようには行かん」


元の腕と同じように抜刀が出来ず、溜め息をついてしまったら店主を委縮させてしまった。


「でも問題はある。そうだな?」


「ん、んん。まあ、その通りだが」


「剣を抜く動きを見せてくれ。改良する」


店主の目が爛々と光る。こいつ、エステルと同類っぽい。


その後、俺は数十回抜刀する羽目になった。




「それで、こいつの代金だが」


三日という短期間でこれだけのものを作ってくれ、しかもまだ改良してくれるという。今後の作品に期待もひとしおだ。


「そうだな……モノは半端だったパーツで仕上げたし……金貨六枚でいい」


横では奥さんが“やれやれ”と額に指を当てている。声を上げないところを見ると、良くあることなのだろう。


これは良くない。


右手を財布に突っ込むと、“ちゃりちゃり“と金を積みあげる


「技術の安売りをするな。あんたは十数件の店がやらなかったことをやったんだ。倍払おう(・・・・)


「いやいや、そんな───」


言葉をさえぎって続ける。


「改良品も作ってくれるのだろう?先払いで三倍の金貨十八枚、いや、キリが悪いな。二十枚置いていく」


「それを言うなら十二枚の三倍で三十六枚。キリを良くして四十枚でしょ?」


俺が積上げた二十枚の横に、ナスリーンが同数を積み上げていく。追加で積み上がった金貨を見て、そろって口をパクパクさせるところは夫婦ならではか。


「足りないようなら見積もりを出してくれ」


今度はそろってコクコク頷く。


「そんときはどこに知らせを?」


「ああ、名乗っていなかったな。ヴィリュークという。ギルドに伝言してくれるといい」


“きゃー!”


奥さんは俺の事を知っていたようだ。


“砂エルフ!上客!太客!やっと運が廻って来たわ!”


悲鳴を上げながら旦那の片腕に抱き付いている。


「ありがとうございます!使い勝手が悪いときはいつでも来てください!」


店主のここ一番の大声を背に、俺達は連れ立って店を後にした。










主人公も負傷したせいか全く動いてくれません。それでも隻腕のままでは動き辛いので王都を巡ったようで……


義手ネタはぽつぽつと思い浮かぶのですが、はたと気付きました。これ、ライ〇ーマンじゃね?

隻腕苦労話もやり過ぎるとくどくなるし、義手無双させるには早すぎるし。

こんなこと書いている時点で、停滞・迷走っぷりが分かろうってもんです(*ノωノ)


あぁ、だから隻腕作品って少ないのか。

更新ペースが更に遅くなりそうで申し訳ありません。

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