片端・追剝ぎ・闇医者
“かたわ“は差別用語です。何故か。気になった方は、ウィキなど検索してみてください。
練兵場に剣を打ち合う音が響いている。
エルフの村では曲刀が好まれているが、この国の標準装備は直剣だ。
今日も騎士団員たちが剣を振るって汗を流しているのだが、ある一角だけ違う音がしていた。
音がしていない訳ではない。
荒い呼吸音、地面を擦る音、金属の擦過音。
剣撃の打ち据える音ではない。
その合間合間に“ガン”とも“ゴン”とも聞こえる音が鳴る。
「ぐっ」
胸板の分厚い従士が、板金鎧の上半身だけ身に付け剣を振り回している。
振り回すと言ってもそれは理に適ったもので、一つ一つの型を見れば隙の無い物であったが、型から型への連携となると小さな隙があった。
対するのは隻腕のエルフ。
手にしているのは素振り用の重たい模擬刀。ハンデと言うには重すぎるものであった。
汗だくの従士が薙ぎ払い、切り上げた剣をエルフは体捌きだけで躱した所へ、従士は手加減無しで切り落とす。
しかしエルフは素振り用の刀で受け流し、その勢いのままぐるりと背後を取ると、鎧の背中に刀を振り下ろした。
「そこまで!」
審判の声がかかる。
“ちくしょう”と罵り立ち上がる従士であったが、勝ったエルフが模擬刀を支えにうずくまってしまった。
「ヴィリューク!」
練兵場に似つかわしくない声が響き、女性が一人駆け寄っていく。
「大丈夫だ、すぐ治る。大丈夫……」
そう言いながらも、目をつむり両ひざをついて動かない。
「大丈夫じゃない、貧血起こしてるのよ!体調は戻ってないの!休んでったら!」
「すう、はあ、すう、はあ……ほら、もう治った。エステル、問題ない」
「だめ!ほら、お水。なんで無茶するの!?」
ヴィリュークはエステルの問いには答えず、それでも水を口にして団員たちの稽古を見る視線は真剣だ。
「ねぇ、もっと体を労わって」
エステルはそう言って左手に縋ったが、あるはずの無い袖口の感触から反射的に上腕へ縋り直した。
「エステル」
呼びかけに目を合わせた。
「早く隻腕に慣れないと、守るものも守れなくなる」
諭すような目に、エステルの手から力が抜けてしまう。
諭しているのは彼女に向けてなのか、それとも己自身に対してなのか、いずれにせよ騎士団の訓練が終了するまでヴィリュークは練兵場で模擬刀を振るい続けた。
★☆★☆
歓楽街のメインストリートは、店ごとの灯りのお陰で明るく照らされている。
しかし一本路地に入ると店に数は減り、当然明かりも減っていく。
明かりが減るという事は物陰に潜みやすいということで、金目当ての追剥ぎや強盗に遭遇しやすくなることだ。
しかしそう言った輩も手当たり次第襲う訳ではなく、同業者や明らかに見入りの少ない者は襲わないのだが、歓楽街の奥であったり貧民窟に近くなるほど例外がよく起こるようになる。
その路地裏を歩く一つの影があった。
フードを被ったその姿は道を急ぐことも無く、かといって酔っ払いのような千鳥足でもない。周囲を窺う迷い込んだ者でもなく、ゆっくりとしっかりした足取りである。
だがフード付きマントも時折のぞく衣服も、この辺りを根城にする者達と比べれば質が良い事は一目瞭然だ。
フード姿が四ツ辻に差し掛かった時、影から木の棒が振り下ろされた。
しかしフード姿は危なげなく半歩下がり、腰の剣を鞘ごと引き抜くと遠慮なしに襲撃者の頭目掛け振り下ろす。
「ぐっ」
倒れた襲撃者を蹴とばして表に返すと、腰回り・懐を検め刃物を持っていない事を確認、襟首を掴んで壁に叩き付けた。
「どこのモンだ」
「たのむ、ころさないでくれ」
襲った側、襲われた側、暗がりで顔は良く見えないが男であることは分かる。
「アジトがあるだろう。場所を言え」
この辺りを縄張りにしている追剥ぎと思っているのだろう。
「し、しらねぇよ。なんのことだよ」
それから二人は似たようなやり取りを繰り返し、しまいには焦れたフード姿が一発張り倒してその場を後にした。
何を目的としているのか、フード姿は何度か同じ事を繰り返していった。
扉が音をたてて隙間が空くと、一つの影が滑り込んで来た。
中は明かりが灯っているが十分ではなく、椅子やテーブルそしてヒトの姿が分かる程度。
悪意を持って足を出されたら、引っ掛けてしまうには十分な暗さである。
それもその筈。ここは歓楽街の奥、治安もよろしくない場所にある酒場だ。
ぼそぼそと雑音のような話声が止まり侵入者を品定めするが、入って来た影はマントに付いているフードを目深に被り、暗さも相まって顔が見えない。
フード姿が滑るように店内を横切ると、カウンターの店主の斜め前に腰を下ろした。
暇つぶしにグラスを磨いている店主であったが、自ら声を掛けようとはしない。
目深に被っているフードであったが、薄明りのお陰で色白の顔は分かりやすく、店主は目の前の者が男で、結構な場数を踏んでいると察していた。
それでも店主が作業の手を止めずにいると、男はパチリと店主の前に硬貨を置いてくる。
銀貨だ。
ヒトの手を渡り歩いた黒ずんだ銀貨ではない。
暗い店内で異様に光る。
周りの席で、その光に気付いたものが何人もいた。
それもその筈。こんな場末の店には相応しくない。これ一枚で酒が十杯以上飲めるのだ。
「ヒトを探している」
声でフード姿が男と確定した。
店主は銀貨を拾い上げポケットに収めると、微かに顔を向けて先を促す。
「身の丈は───」
男が探している相手の風体・人相を聞くうちに、店主はそれが誰であるか感付いた。
官憲が血眼で探している元騎士団員のヴィクターと言う男だ。
だが男は名前を言わず、飽くまで姿形を言うのみだ。
「この店には来てねぇな」
この店は店主が把握できる暗さまで落としている。客の足元が覚束なくとも、店主は余裕で歩けるし人相だって把握できる。それ故の返答だった。
「……」
男は小さく小さく息を吐く。人探しは順調ではないようだ。
「この手の仕事に目端の利く奴を知らないか?報酬なら───」
「へへっ、おっさん羽振りがいいな。人探しなら引き受けてもいいぜ」
「前金をはずんでくれりゃぁな」
「俺達の懐もあったかくしてくれよ」
男の後方の席でちびちびと酒を舐めていた男達だ。無精ひげがむさくるしい。
「見つけたら報酬は弾むぞ」
真面目に返答するフードの男であったが、男達の腹の中はそうではなかった。
「まだるっこしいこと言ってんじゃねぇ」
一人がフードの男の左肩を掴んで振り向かせる。
勢いよく引っ張ったせいでマントの裾がひるがえり、左半身が顕わになると腰の刀が顕わになると同時に、肘から先の左手が無い事も明らかになった。
武器が顕わになって怯んだのも一瞬、左手が無い事も分かり男たちは俄然元気になった。
「店で暴れるんじゃねぇぞ」
店主が仲裁に入ったかに思えるが、店内での乱闘を嫌うが故の発言で、男たちもそれは分かっている。
「ちょっくら表で話ししようか」
フードの男は肩の手を振り払ったが、椅子から立ち上がる所を見ると“お話し”する気ではあるようだ。
他の客と店主は、我関せずと無視を決め込む。
連れ立って出ていった彼らが、今晩戻ることは無かった。
「ぎゃっ!」
フードの男が手刀を振るうと、男の腕から血が噴き出る。
右手に刃物を持ってはおらず、隠しているわけでもない。獣のように爪が伸びていることも無く、フードの男が手を振るうと、難癖をつけてきた男の仲間は次々と血しぶきを上げて倒れてしまう。
それでいてフードの男の右手に血は付いておらず、衣服に返り血もついていない。
「まだやるか?早く傷を何とかしないとお前ら死ぬぞ」
学の無い彼らは失血死という単語すら知らなかったが、自然に血が止まる傷ではないと宣告されたのだ。
「ちくしょう、覚えてやがれ」
捨て台詞を吐いて男たちが逃げ出すと、後に残ったのは男たちの短刀とフードの男だけであった。
少し距離を置いてフードの男が追跡を開始すると、路地裏の妙に湿気った空気が風に流れた。
「よし、これで終いだ」
闇医者の男は縫合した傷目掛け、含んだ蒸留酒を吹きかけた。この界隈では値の張る酒が、壁際に五・六本並んでいるのは、どうやら呑むためだけではないらしい。
「いってぇよセンセイ!」
文句を言われた普人の男は腹が少し出ている。白髪交じりの短髪を、男はゴマ塩頭と自虐していた。
暗い室内の中、闇医者の手元に集中していた明かりは、手当てが終わると部屋全体を照らしていく。
「今日はツケといてやるが、金持ってこない限り───」
「次の治療は無しだ、ってんでしょ。二・三日中に持ってくるんで、今晩のとこは勘弁してくだせぇ」
“どんどん”
不意に扉が叩かれた。
よくあることなのか、闇医者は慌てもせずに狭い裏口を指さし、男たちを追い出しにかかる。
「どちらさんだい?」
「……治療を頼みたい」
腐っても闇医者。治療が必要な者の雰囲気くらいは察知できる。
「すまんな。今日はもう店終いなんだ」
しっし、と手を振って男たちを追い出していると───
“ゴトン”
重い落下音に振り返ると、扉の閂であった太い木の角材が落下している。
いや、よく見ると切断されて落下したのだ。扉の向こうの誰かが、戸の隙間から行為に及んだらしいのだが、隙間に差し込める薄刃の武器の使い手となると相当な実力者である。
“ぎいいぃぃぃ”と軋ませながら扉が開いた。
「強引な奴だな」
押し入って来たのは案の定フードの男だ。
彼が入って来るのと、男たちの最後の一人が出ていくのとほぼ同時。
「なかなかの腕前とお見受けする」
「アンタさん程ではないがね」
治療の腕前、剣の腕前、どちらも並みの腕前ではない。
「あの短時間で全員の縫合を済ませ、裏口から逃がす余裕。あんたに聞きたいことがある」
「あぁ……」
フードの男は制止しようとする闇医者を無視し、ここでも人相・風体を一方的に話し出す。
「最後に太ももに長い刀傷の男だ。治療した覚えは無いか?」
「あー、闇医者の俺が言うのもなんだが、職業倫理上患者のことは話せねぇんだわ」
椅子に座って足を組む闇医者の右足は、ズボンの先から木の棒が飛び出ていた。
「迂闊な事を喋れば組織から追われるし、この足だから逃げようにも直ぐに捕まるってね」
黙って聞いていたフードの男は、ゆっくりと右手で刀を抜いて闇医者の喉元に突き付ける。
だが闇医者も慌てるそぶりを見せずに肩をすくめる。
「今か後かってだけだ。殺すならスパッとやってくれ」
切っ先が喉の皮膚を窪ませる。まだ血は出ていない。
しばらくにらみ合う二人であったが、根負けしたのはフードの男であった。
左腕でマントを払って鞘を露わにすると、ちらと腰元を見てゆっくりと納刀した。
「なぜわかった」
「んまぁ殺気もないし、なによりあいつらの傷だな。見た目は派手な傷だが、簡単に死ぬようなモンじゃあねぇ。大げさに言いやがって……」
つまりは男たちも闇医者も、殺す気は無かったという事だ。
「左腕にアヤ(因縁)付けられた相手かい?やめとけやめとけ、仕返しなんか。あいつの足の傷だって、治ったとしても元の動きは出来ねぇぞ」
言外に治療したと白状している。
「居場所を言う気は……ないのだろうな」
「まあな。尤も、隠れ家など知らんが」
肩まですくめて見せてくる。
「ついでだ。斬られた傷、見せて見な」
しばし逡巡したフードの男であったが、一歩寄ると左腕を差し出した。
「んん~?やつと同時期に切られたンだよな?治りかけてるじゃねぇか」
“きれいなモンだ”とふんふんと頷きながらぼそりと言葉を漏らした。
「斬られてすぐだったら……つながっただろうなぁ」
「それは新鮮な状態で、という意味か?」
フードの男の圧が増した。それは殺気とは違うものである。
戸惑う闇医者から離れると、フードの男は右手でマントの裾を払い腰のポーチに手を当てる。
すると柱状のものが飛び出し、広がったその正体はじゅうたんであった。
さらにフードの男が手をかざすと魔法陣が現れ、次に飛び出したのは木箱。蓋を開け遂に取り出したそれは───
「俺の左腕だ。保存状態は保証する。接いでくれ」
「え?え?え?」
目が回りそうになりながらも、闇医者は渡された左前腕を調べ、フードの男の左上腕と並べて比較する。
不意に手にしていた左前腕に戸惑いながらも、入っていた木箱に戻して蓋を閉じると大きく息を吐いた。
「いきなりなんつー物を見せやがるンだよ、おい」
「で、どうなんだ」
「落ち着けって」
闇医者は迫る男を押しのけ、コップに酒を少量注いでひと息にあおった。
「ぶはあ……結論から言うとだな」
「俺なら接げられるが、くっつくとは限らねぇ」
意味をはかりかねて押し黙る相手に、ゴマ塩頭を撫でながら酒を注ぎ、言葉を継いでいく。
「やるとなると手間も時間もかかるから、金も弾んでもらわにゃいかん。接げられるのは俺くらいだろう。だが接いだ腕がつながるとは限らん」
同じ言葉を繰り返し、ゴマ塩頭は酒を注ぐ手を止めず、喉を湿らせながら話を続ける。
「箱ン中の前腕の状態は申し分ねぇ。だがあんたの上腕が問題だ。何というか……問題が無くなっている、その状態で治っているんだ。くっついたとしても指とか動く保証も出来ん。最悪くっつかずに腐り落ちるとなると、繋がっている間毒素が身体に巡る」
“止めたほうがいい“と口にし、闇医者はコップをあおって酒臭い息を吐く。
「力になれなくてすまんな」
そうつぶやく男の顔は、この場所に在っても医者であった。
「最初から期待はしちゃいなかったさ」
しかしその口調は強がりに聞こえた。男は木箱をしまい、じゅうたんを巻き、太い丸太もどきは腰のポーチに吸い込まれた。
「義手なんかどうだ?つけるだけでもバランスが取れるぞ」
酒が回り始めて調子づいたのか、先程と雰囲気が変わって来た。
「……作れる職人にあてなどない」
「俺も義肢職人など聞いた事ない。俺のこいつでさえ、色んな職人に手を貸してもらったからな」
裾から見える闇医者の義足は丸い木の棒に見えたが、先端には木とも違う滑り止めがついていた。
裾の中がどうなっているか、固定方法はどうしているか、想像もつかない。
「しっかし大層なものに保管してるな。魔力が続けば新鮮なままなんだろ?」
闇医者は木箱の正体を知っているようだ。場末の闇医者には不相応な知識である。
フードの奥の目が“すぅ”と細くなった。だが気付かないのか彼は構わず続ける。
「俺も若い頃いろいろ調べてな、どこぞへ調査に出かけたり、文献をあれこれとひっくり返したもんよ。時間さえありゃぁなぁ、その左腕も最高の義手に出来るんだがなぁ」
闇医者は酒の手を止めず、勿体を付け、意地の悪い笑みを浮かべた。
「知りたくはないか?」
「……知りたいね」
「ふーん……まぁ与太話の可能性はあるが、俺が見た文献にゃとあるエルフからの証言と書いてあってなぁ───金はいらんが、それなりの礼儀ってのはあるよな?」
「……教えてください」
「お願いします」
「……お願いします」
これは騒ぎに対する仕返しなのか、武器を突きつけられた意趣返しなのかもしれない。
「ひひっ、そこまで言われちゃあ教えない訳にゃいかんな。んん、ごほん。曰く“四肢のいずれかを切断された場合、可能な限り早急に露出した魔脈のそばに置くべし。さすれば百年後には結晶化し、本人の魔力で動く【輝く腕】とならん”」
ふひひと笑いながら、闇医者はゴマ塩頭をのけぞらせた。
「ふん、駄目で元々。試してみるか」
「へ?」
そしておもむろにフードを剥ぐ男。
「それが本当なら、百年後に最高の義手が手に入るのか。腕への固定方法が分からないが、ゆっくり考えるさ。それともその前に何か出来ているかもな」
男は長い耳を露わにし、さらに続けた。
「どうやら結構な地位にいたようだが、実力があっても勿体つけた意地の悪さは直したほうがいいぞ。尤も、落ちぶれた理由はそれだけではなさそうだがな」
「お前に何が分かる、くそエルフ!時間が合っても、お前が使える都合のいい魔脈などあるまい!」
図星だったのか闇医者はがなりたてるが、エルフは意に介さない。
「はっ、確実に一つはあるんだな、これが。交渉次第ではもう一つ何とかなる」
鼻であしらわれた闇医者は激高し、器用に義足を軸に地団太を踏んだ
「俺が、確かめる、はず、だったのに!」
エルフの男から冷静に“寿命が足りないだろ”と突っ込まれた闇医者は、顔を真っ赤にして再び地団太を踏む。
“があああああ!ドンドンドン!”
その音を背に男はフードを被り直してその場から立ち去った。
“何とかなるって思ったじゃないか”
フードの中の微かな声は、どこか苦々し気であった。
次回最終話です。
お読みいただきありがとうございました。
一言。評価、お待ちしております。




