15・お節介の理由
東の空が白み始る頃、いつものように目が覚める。
昨晩飲み残した水を三つの桶に空け、そのうちの一つで顔を洗う。砂漠で毎日洗顔できる贅沢、けれどもこれが俺の日常だ。
さて、新しく水を汲もうか。
今朝は三人分の水を汲まねばならないので大変だ。革袋にジョウゴを差し、次々と水で満たしていく。
ふと衣擦れの音に気付き、ついと視線を向けるとカミーユが起きた所だった。
「おはようございます、手から水が出てくるだなんて魔法みたいですね」
「おはよう。んー、魔法とはちょっと違うんだ。で、ただ水を出すなら手を添える必要はないんだけどね。狙ったところに出す時はあった方がやりやすいのさ」
と言いながら、手を外して水をジョウゴに注ぐが、散らばってしまい上手く注げず腕を濡らしてしまう。
「っとと、普段はもうちょっと上手く注げるんだけど、観客がいるせいで緊張しちゃったかな」苦笑するとカミーユも”ふふっ”と笑う。
「朝ご飯の支度、手伝います」
「具合は大丈夫か?」
「まだ本調子ではないですけど、おかげ様で昨日より良くなってます。少しは働かないと申し訳ないですし」
なんとも殊勝な心掛けだ、未だに寝息を立てているおっさんに聞かせてやりたい。
「それじゃ、桶に水溜めてあるから顔洗っておいで。それからお茶でも入れて貰おうか」
「昨日もそうだけど、砂漠の真ん中でこんなに水をつかえるだなんて初めてです!ありがとうございます」
といって、カミーユは嬉しそうに桶の水の感触を楽しんでいた。
お茶が入る頃には太陽はしっかりと登り、俺の肌も太陽が昇るにつれて色を濃くしていった。
「いつ見ても不思議です」お茶を淹れながら、カミーユがエルフの耳飾の効果を眺めてくる。
だが素肌が出ているのは手と顔くらいなものだから、自然と表面積の多い顔を見つめられる。
数十歳年下とはいえ、女の子に見つめられるわけだ。照れるぜ。
「ふわあぁぁ、いいにお~い。お茶俺にも~」
一口飲もうと茶碗を持ち上げたとき、間延びした声が聞こえてきた。
物凄くイラッと来た。スッと視線を逸らすと、無表情な顔が同様にこちら側に視線を逸らしていて目があった。。
「ねぇ~あさごはんなにぃ~?」寝ぼけた無神経な声が続く。
二つの視線が会話を交わす。
桶の水を操作し手繰り寄せる。水の玉を作ると大きく振りかぶる。
「寝ぼけとらんと、目ぇ覚まさんかい!」作った水玉を、奴の顔目掛けて投げつけた。
「酷いじゃないか。鼻に水入ったぞ」憤慨するおっさん。
「いやー、砂漠で水遊び出来るだなんて贅沢だなー」
「いやー、砂漠で”水もしたたるいい男”を体現するだなんてエルネストさん只者じゃないです」
「君たち一晩で随分と交流を深めたね」嘆息するおっさん。
貴重な朝の時間を無駄にしてしまった。
暑くなる前に少しでも距離を稼がねばならないので、大急ぎで朝飯をとった。
カミーユをじゅうたんに乗せ、男二人はリディで移動する。リディに跨っての移動はそれなりに体力を使うため変更したのだ。
彼方に大小二つの砂丘が見えてきたのは昼前である。もう少し進むと渓谷に変化していくのだ。
昔は大小二つの岩山だったのが、年月を経て砂が蓄積していき今に至る。場所によっては岩肌が出ている所がちゃんとある。
港町は大きい方の向こう側にある。一番楽なのは渓谷の間を通過する事だが、途中に両面崖の盗賊が襲うのにおあつらえ向きの場所があるので危険だ。
そこを通るのは、なにも調べていないおバカさんか、大規模な隊商か、襲われても逃げられる自信を持つ者。
俺は襲われても逃げられるので、毎回使っている。この仕事の始めのころは嫌がらせで矢を射かけられたりもしたが、最近は人影を見るくらいで”基本”何もしてこない。
隊商云々と言ったが、そもそも大規模な隊商を組める奴は道がしっかりしているオアシス経由を使う。
カミーユの親父さんは数組集まった商人達に雇われたのだが、烏合の衆と目をつけられたのか、町を出る前から情報が漏れたのか、盗賊の標的となってしまった。
結果として、盗賊どもの実入りは少なく、商人たちは怪我を負いながらも街に辿り着いたのだ。
早めの昼飯を済ませ、それぞれに水袋を配布する。
「これから谷間を通過する」改めて宣言すると、
「え?通常ルートをいくんだろ!?」おっさんが反論する。
「はぁ?んなことしたら納期、間に合わないでしょ。違約金だなんだと二人とも大変なことになるじゃないか」
途端に二人がおろおろし始め……
「ややや、そうおっしゃって下さるのは嬉しいのですが、ヴィリュークさんはなぜそこまでしてくれるのですか?」カミーユが困惑を露わにする。
「何の見返りもないのに何でそこまでしてくれるんだ!?」これはおっさんだ。
改めて聞かれると困るな……なんて言おうか……
「んんー……ああ」言い訳を思いついた。
「リディが呼んだんだ。助けてくれって。二人ともそいつらに感謝しとけよ。あとはまぁ、知らない奴じゃじゃなかったし」
「……何か後ろ暗いことがあるんじゃないか?」
腐っても店舗を立ち上げ軌道に乗せている商人、余計な所で鼻が利きやがる。
「ナンニモナイデスヨ」
「あ、これは私でもわかります」
「ナンニモナイデスッタラ」
ちくしょう、弄り過ぎたか。追及してきやがる。
「なにをやった」
「……盗賊相手にちょっとね」
「そのちょっとの内容を聞こうか」
「えー、退屈しのぎにじゅうたんが不調の振りして追いかけっこかな。追いつけそうで追いつけない様に速度を加減した」
「それだけじゃないだろ」
「へばってきたところを、挑発してからかった」
「よく攻撃されませんでしたね」カミーユが疑問を投げかける。
「いや、山ほど射かけられたよ」
「へ?」
「余裕で躱してやった」
「その様子だと弓矢の腕もからかったんだろ」
「あ、わかる?」そもそも騎射が上手い盗賊なんてまずいない。それ故ゆえの挑発だ。
「結論、お前への怒りのはけ口が他人に向かった。その他人がカミーユの親父さん達ってことだ。全ておまえのせいだ」
「そんなの無茶苦茶だ!」
「でもやり過ぎたと思ってるんだろ?取り敢えずカミーユに謝ろうか」
カミーユが困った顔をしている。
「……なんというか、すまん」
「悪いのは盗賊の奴らですし、ヴィリュークさんが謝ることはないです。エルネストさんも飛躍しすぎです」
「で?」
「で?」
「普通に通ろうとしたら餌食になるだろが。なにか作戦は?」
「奴らが襲撃してくるおおよその場所は分かっています。そこを大急ぎで通過すればよいのです」馬鹿丁寧に答える。
「それで逃げられたら盗賊被害なんかでねぇよ」
「まぁ、多少接近されてもこいつで蹴散らすから」
と言って、俺は用意しておいた三枚の盾を見せるのだった。