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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
隣国にて~災難〜
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保存・諦念・懐柔


彼についてしっかり書ききれたか、正直もやもやが尽きません。







テーブルの上には中身のない豪華絢爛な装飾の箱と、それに収まるサイズの箱が置いてあった。


おそらく内箱であろうそれの外観は、両脇に取っ手がついている他は何もない木製のものである。


その内壁が重要だ。


内側には薄いミスリルの板が嵌め込まれ、複雑な魔法陣が彫金されている。


もちろん蓋にも魔法陣は刻まれており、蓋を閉じると分割された魔法陣が完成して中の時間経過が限りなく遅くなるという、イグライツ帝国の技術の粋を結集した代物である。


他国に易々と開示できない重要機密なのだが、中に収められている物が別の意味で重要であった。


エステルは内箱を収め、外箱の蓋を閉じる。


「……どうしよう」

「どうしよう……」


「「はぁ……」」


箱の中にはヴィリュークの左腕が収められているのである。




実のところ切断された腕の存在は早い段階で明らかにされており、腕の取り扱いをどのようにするか会議が設けられたものの、議論は宙に浮いてしまったのだ。


取り敢えず冷却保存されてはいるが限界はある。


しかし意外な人物が閃きを得た。


ローラ皇女が発想の転換とも言えるアイデアを口にしたのだ。


「可能な限り長く、新鮮な状態に保たせればよろしいのですよね?あれは使えないのでしょうか?」


ローラ皇女が言う“あれ”とは旬の食材を保存するための魔道具であった。




冷やして食材を保存する魔道具は、貴族社会をはじめ上流階級に普及していたが、それでも保存期間は常識の範囲内である。


だが季節の恵みの中には、旬が大変短いものが多々ある。新鮮なものをその時期に二・三回口にできれば幸運。それ以降は様々な形に加工して食すのが常であった。


だが食に憑りつかれたとある時の皇帝が、その欲望を言葉に発した。


正確な発言は記録に残っていないが、とどのつまり季節が過ぎても好物が食べたいという事だったらしい。


勅命で作成されたのは保存に特化した箱が三つ。もちろん魔道具である。


技術的にはそれなりの数を作成可能だったのだが、時の宰相に全力で阻止されたらしい。


一説には国家予算の三分の一を消費したとか、材料調達の為宝物庫の国宝がいくつか鋳つぶされたとか、枚挙にいとまがない。


そして時は過ぎて、皇帝ルーカス・イグライツの御代。


“旬のものはその時期に食すから価値がある“との言葉に、現在はデザートに使用する果実が数種類、旬の時期に収穫され保存されている。


しかしその様な規格外の魔道具、魔力供給をどのようにしているかは(おおやけ)にされていない。




「とんだ大飯喰らいよ、この箱」


常時稼働させるだけでもそうだが、性能に対して比例するような燃費の悪さが分かると、魔法陣の大家であるエステルもついぼやいてしまう。


「ヒトの手で魔力供給しようとしたら何人いても足りないでしょうし、魔石で何とかしようとすればお金がいくらあっても足りないわ」


「エステルで何とかできないの?」


ナスリーンは友人の能力を高く評価していた。


「うーん。興味はあるし、やってやれないことは無いだろうけれど……」


「けれど?」


「設計図がひけたとしても、作る技術がない」


「「はぁ」」


エステルが言う大飯喰らいのこの箱が稼働出来ているのは、使用環境が城内であるからに他ならない。


それぞれの国の首都は魔脈を中心に建設されており、それの真上に建築されるのが国の象徴である“城”なのだ。


ここまで言えば察しは付くだろう。“箱”は魔脈から魔力供給を受けているのだ。




「折角使わせてもらっているけれども、無駄になるかもしれないんだよね」


実のところ、ナスリーンの言う通りである。


手足を切り落とされ、その部位を持ち帰ったとしても、それを継ぎ直せたのは数例数えるのみ。


いずれも熟練の癒し手によるもので、たまたま現場に居合わせたとか、切断から時を置かずに処置できたとか、成功例はいずれも癒し手による迅速な処置が為されていた。


「左腕はいいよ。蓋を開けずに稼働状態にしておけば、半永久的な保存が可能なんだから」


「問題はヴィリュークの患部か」


彼の傷口は徐々に塞がりつつある。


仮に癒し手が見つかり施術が受けられるとなったら、塞がった患部を再度露わにせねばならないだろう。


いずれにせよヴィリュークに伝えぬわけにはいかない。






「なにこれ!」


憂鬱な気持ちで彼の部屋をノックすると、返事は普通に返ってくるので入ってみたら、部屋の床からベッドの上まで武具が所狭しと並んでいた。


一応歩くスペースはあるのだが、それはもはや獣道といったところか。


「えっと、なにしているの?」


「なにって、整理に決まっているだろう。こんな体になってしまったからな。種類ごとに整理している」


そう言いながら付与背嚢の中へ両手で使う長柄の武器(ポールウェポン)を入れていく。短槍、長槍、斧槍、薙刀、両手斧───


「……ばあさまのしごきはきつかったけれど、嫌いじゃなかったンだがなぁ」


呟きながら手にしているのは、何の変哲もない木の棒。達人が手にすれば恐るべき武器となる“棍”である。


祖母(ヤースミーン)からは一対一で教えを受けていたし、エステルと共にしごかれたこともあった。


感慨深い代物であったが、木の棒はごく自然に背嚢へ放り込まれた。




部屋の窓は開け放たれ、バドが庭の木の上で佇んでいるのが見える。サミィと言えば室内でじゅうたんを宙に浮かせてお昼寝している。


やって来た二人と言えば小さなテーブルに向かい合わせで座り、お茶を飲みながらヴィリュークの作業を眺めている。


「いったいどういう風の吹き回し?今まで見向きもしなかったくせに」


エステルの言う通りである。


祖母から武器を押し付けられて結構な月日が経つのだが、リストを眺めて何本か取り出すことはあっても、この様に全て並べて整理するのは初めての事である。


「そんなことは無いだろう。こないだの夜会の為に見栄えのいい剣を探したじゃないか」


「それから無銘の魔刀とダイアンにあげたフランベルジュでしょ。とんでもないレプリカ(あらしをもたらすもの)もあったわね。でもね、それくらいよ」


「……ヴィリューク、今回の一件で自分を追い詰めていない?」


ナスリーンの言葉にヴィリュークは一瞬整理の手を止めたが、誤魔化すように一つ向こうのスペースに飛んで置いてある剣を手に取った。


「何のことだ?」


彼は鞘を左脇に挟んで剣を抜くと、光にかざして刃の点検をする。丁度、二人に背を向ける格好だ。


「ヴィリュークの怪我をね、帝国側は相当負い目に感じているわ。国宝とも言える魔道具を貸してくれているし、あなたがかけられた麻痺の魔法の調査も手伝ってくれたわ。あれをかけられて斬り合い───いえ、動けたのは恐らくあなたが初めて……生きて戻れたのは凄い事なの!」


ナスリーンは簡単に言っているが、実際は第二種閲覧制限書庫の入室許可証が発行され、調査の結果該当術式は禁呪であることが判明したのだ。


「不覚を取ったのは事実だ」


「「……」」


自己評価が低いのではない。自分に厳しいのだ。


そして振り返り一言。


「腕、駄目なんだろう?」


「「!!?!」」


「持ち帰ったのがかえって悪かったな。回らない頭で何とかしてくれるとか考えたのが間違いだったんだ。迷惑かけてすまん」


「迷惑だなんて!」

「ぅっく……」


思わず涙ぐむナスリーンの元へ近寄ると、ヴィリュークは右手で胸元に抱き寄せたが、すぐにエステルの視線に気が付いた。


その視線を例えるなら、羨ましくて仕方ないが我慢している子供であろう。


眉尻を下げて頷いてやると、席を立って傍に寄って来る。


だがエステルは微妙に距離を空けてくるので、じれったいとばかりに肘先十センチ残った左腕で抱き寄せると、頬と頬を合わせてやる。


三人の距離が一番近くなったのは、今この瞬間なのかもしれない。




★☆★☆




“みゃぁぅ”


日課となっているラスタハール使節団へのお伺いから帰って来ると、愛猫のミネットが出迎えてくれる。


用事からの戻りならば、ミネットの抜け毛を気にせず可愛がれるので、彼女もこのタイミングで甘えに来るのだ。


ミネット、かしこい!


「ローラ様、お着替えを」


メイドのカレンが声をかけてくる。


彼女もミネットを可愛がっているのだが、ドレスを整えてくれるのも彼女の仕事なので、抜け毛問題は彼女のジレンマになっている。


それでもミネットを抱き上げて部屋の奥に入ると、窓の外に見知った姿が見えた。


“Kyururuuuu……”


ヴィリューク様のバドリナートが木の枝で横になっていた。


窓の外の木といっても距離はあり、ヒトが飛び移るには遠すぎるし、登るには細すぎる。


「ここまで飛んできたのですか」


窓開けると、彼はすぐさま滑空して中に入って来て、それに気付いたミネットと一緒に部屋をうろつきはじめる。


種族の違う二匹が喉を鳴らすのは、なかなかほほえましい。


「仲は悪くなさそうですね」


「その様ですね」


お茶を持ってきたカレンにもそう見えるならば、二匹をそっとしておいてやろう。


となるとラスタハール側にも知らせておかねば。また誘拐騒ぎになってはいけない。


カレンにその様に指示した時にはもう、二匹は寄り添って目をつむっていた。




★☆★☆




帝都内では警邏隊が増員された。


入都時の検問は大きく変わらなかったが、出都時の取り調べが非常に厳しいものとなったのだ。


荷馬車の確認は勿論の事、箱や樽の類い、ヒトが潜めそうな類いのものは徹底的に荒らされる始末。


特に男性の取り調べが厳しく、それに反発した者が無駄に半日から一晩、拘束される事も稀ではなかった。


「こうも厳しくちゃあ、裏口も開けるに開けられん」


夜も更けて組織の中年男がぼやく。お上は裏口の存在を認識しているが、その所在は確認できていない。その為現在、帝都周辺の巡回が厳しくなっているのだ。


「若頭のシノギもしばらくはなさそうですね」


まだ若い手下の男も暇そうである。


「一発はでかくとも需要は低いからいつもとかわりゃあせん。別のシノギで稼がにゃならんのは毎度のことだ」


男の別のシノギとはスリの元締めである。帝都の裏口通行料と比べると些細な額だが、組織内で割り当てられた仕事である。


「あーあ、娼館とは言わねぇスが、娼婦の元締めとかやってみてぇなぁ」


そんな事を口走る手下に、若頭は娼婦のつまみ食いが目当てだろうと指摘すると、手下も頭を掻き掻き認めるどころか、男は全員大好物と開き直った。


「そういやぁ旦那のとこに世話役の娼婦を送ってたのはどうなったンで?」


「……ありゃあちとやべぇな」


「え?ヴィクターの旦那、そんなに傷が重いンすか?」


「ちげぇよ。女の方だ。なんていうんだ……惚れてて世話も甲斐甲斐しいンだが……そう、“執着”してるってやつだ」


「そんなうざってぇのは一発張り倒せば済む話じゃないすか」


「しっ……」


若頭は口元に指を立てて静止し、手下もつられて身体を強張らせて辺りを窺っていく。


なにかの気配を感じているのか、しばらく身動(みじろ)ぎもせず固まっていた。


“ぢぢっ”


あまりにも静かだったのでネズミの鳴き声が聞こえてくる。


気のせいだと判断したのか、ようやっと息を吐いて脱力する若頭。


「気味が悪ぃんだよ、あの女。何が起きるって訳じゃないんだが、時折タイミングを計ったように現れるのさ」


「タイミングって、いったいどういう?」


「それがだな」


とその時、扉がゴンゴンとノックするように蹴とばされた。


「飯ぃ持ってきましたぁ。開けてもらえやせんか」


気付けば昼時だ。


扉を開けてやると、下っ端の男が大きなトレイの上に食事を乗せて入って来る。これでは自分で扉も開けられまい。


「美味そうだな」

「ですね」


二人の前に配膳されたのは、籠に山盛りのパンと具沢山のスープであった。なんと肉団子も入っている。


「うめぇっすよ。なんでも具材を一回焦がしてから煮込むんだとか」


下っ端の太鼓判に二人も早速食べ始めると、口の中に旨味が一気に広がっていく。


「うめぇな。このスープ、誰が作った?」


「へい!ヴィクターの旦那を看病している女でさ。鍋一杯に作ったとかで、おすそ分けって言ってました!」


その事実に二人が手にしたスプーンの動きが止まった。


「ほかのみんなも、うめぇうめぇって取り合いになってるっす。いっその事ずっと飯作って欲しいっす」


どうやら胃袋を掴まれつつあるようだ。


「あーゆーのを嫁に欲しいっすねぇ」


呑気な下っ端。


組織がゆるゆると、女に対して寛容になりつつあることを、彼らはまだ自覚していない。


だが飯の美味さは間違いなく、二人のスプーンは再び動き始めた。








お読みいただきありがとうございました。

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