討伐・新手・左──
遂に書いてしまった……
イグライツ側の追撃部隊から結構出遅れてしまったものの、彼らに追いつくには十分な痕跡がたくさん残っていた。
地面や草木の荒れた跡もそうだが、何より騒々しい音が聞こえてくる。
所々、魔熊の血痕も見つかったので、部隊を追いかけるより魔熊を目指したほうが本来の目的を達しやすいのかもしれない。
手負いの獣は油断ならない。それが肉食獣ともなると危険度はさらに増す。魔獣化していれば尚更だ。
魔熊が逃亡を図った時、皇帝イグライツが即座に檄を飛ばした訳も頷ける。
魔熊の荒々しい気配がチリチリと首筋を撫でる。
それを追っていたのだが、一回地形に阻まれて遠回りしてしまったため、追撃部隊の後を追う事に切換える。
知らない森なら起こりうることである。自分が焦っていることを思い知らされた。
それでも彼らの痕跡を辿っていくと森に響く音や声が次第に近くなってくる。
それは勢子たちによる大声であったり、木を打ち据える打撃音だったりする。つまり彼らは魔熊を包囲しつつあり、追い込みたい場所があるのだ。
腕っぷしだけでは討伐は為せないのである。
飛び込んだその先は、森の中に突然広がる空間だった。低木も生えておらず、下草が生い茂る広場といったところ。普段ならばのんびりとしたひと時を満喫できるのだろうが今は違う。
唸り猛る魔熊を相手に、身体強化を済ませた騎士たちが入れ替わり立ち代わり剣や槍で攻撃を加え、盾兵が囮として気を引き、弓兵も攻撃を仕掛けているが当たった傍から矢は弾かれて効果がない。
また負傷した者が既に数名。離れた場所で手当てを受けている。
「援軍ですか!ありがとうございます!」
イグライツの盾兵が俺の左腕をポンと叩いて労ってくる。
「先程の槍、惜しかったですね」
「しっかり当てていればこんな苦労も無かったのだが申し訳ない」
嫌味ではないことは口調で分かったのでこちらもさらりと返し、予め借りてきた槍を腰のポーチから引き抜いて地面に突き立てる。
「この距離ならば外さん」
この距離ならば投槍器の魔法効果が付与された槍を躱されることも無い。
投槍器に槍を合わせる際に左手に違和感を覚えたが、“ぐっぱ”と開閉を数度行うとそれも解消される。
緊張するとか柄でもない。隣の盾兵の顔が引き攣っている。
闘いの場を見やると、前面に立っているのはまたしてもヴィクターだった。
夜会ではいけ好かない輩だったがここの騎士団からしてみれば、度胸も実力も備えている頼りになる男なのだろう。
二・三本投擲してから戦列に加わることを決め、タイミングを窺うと機会はすぐにやって来た。
ヴィクターが肉厚の直剣を振り下すと、魔熊の分厚い脂肪を切り裂き肉をも断つ。だが相手は無駄に悲鳴を上げずに、前脚を掲げて振り下ろす。
しかしそうはさせない。最初からタイミングを窺っていた俺の投擲モーションは早い。
瞬間的に“剛力招来”を発動。
基部となる太腿・脹脛・下腹部の筋肉を強化。
主だったところでは大胸筋・広背筋・上腕二頭筋・上腕三頭筋が膨れ上がり、上着のゆとりがなくなる。
眼帯越しに敵を見る。狙うは肩だ。
左手を前方に、槍の右手は引き絞り後方へ。
“とっと”とステップを刻みタイミングを取ると───
“ブンッ”
勢い余って前転宙返りをしてしまい、纏っていた身体強化はもう消えた。
“A゛A゛A゛A゛A゛~!!”
結果を確かめるまでも無かった。
絶叫の先を見ると、肩から槍を生やした魔熊が転げまわっている。
しかも暴れたせいで、出ていた槍の柄が折れてしまう。あれでは自力で残りを抜くことは無理だろう。
「「「おおおお!」」」
イグライツ勢が鬨の声を上げ駆け寄る。
そのせいで二本目の投擲は叶わなかったが、及び腰だった彼らもここぞと刃を振るい、魔熊は着実に傷を増やしていった。
★☆★☆
組織から裏の依頼を受けたものの、この状況で魔熊にくそエルフを殺らせろとか無茶が過ぎる。
「ヴィクターを援護しろ!」
周りの奴らは騒ぎ立てるばかりで、ちっとも役に立っていない。今だって俺が一人で魔熊とやり合っているようなものだ。
そのくせ勝手に槍で突っ込んで勝手に払い飛ばされている始末。援護にすらなっていないのだ。
そして自力で作った相手の隙に剣を振り下したが、踏み込みが足りずに肉を少し切り裂くに留まる。
“くそっ”
悪態をついた時には大きな前脚が影を落とし、無駄に白い爪が目に入った。
それでも回避しないわけにはいかない。
しかし、足に力を込めたのと頭上の絶叫は同時であった。
目の前には槍を生やした熊っころが転げまわり、はっと振り返った先にはくそエルフがたたらを踏んでいた。
“またこいつの槍か!”
予備らしき槍が二本地面に突き刺さっているので間違いない。
くそっ、隣にいる盾兵は組織の者だな。面に見覚えがある。
遠間からやられちゃあ、お膳立てもひったくれもない。
そもそも魔物をけしかけ、どさくさで事に及ぶというのが無理だったんだ。
計画も穴だらけだったが、くそエルフがこうも遠間から一撃を加えてくるとは想定外だ。
まぁ組織の目撃者がいるから、うるさい事は言われまい。
それはもう誰の目にも勝利は確実であった。
魔熊の身体には何本もの槍が刺さり、その数が増える程に動きを鈍らせていく。
遂にその巨体は地に倒れ浅く呼吸を繰り返して身動きが取れずにいると、駆け寄った数名が首に剣を振り下し漸く討伐が成ったのであった。
「こいつを運ぶのか?」
「パレードの列に加われば箔が付くぜ」
「そうはいっても輜重隊を呼ばないと移動も出来まい」
騎士団の面々は好き勝手な事を言い合っていたが、少なくない負傷者の搬送やこれからの手配の打合せにと機敏に動き始めた。
★☆★☆
周りが慌ただしくする中で、ヴィクターは一息入れていた。
彼が矢面に立って魔熊と対峙していたからこそ、この闘いは成立していたのだ。彼がいなければ今頃蹴散らされていたに違いない。
雑務が免除されて一息入れていたヴィクターであったが、例の盾兵が落ち着かない様子で周囲を見渡している。
「おい」
声をかけるとびくりとしてこちらを見るが、ヴィクターは構わず肩に手を回し手繰り寄せた。
「そんなビクビクしなくても、お前ンとこのボスには話をするからお前も合わせろよ。それとも自慢の魔法が通じなくてビビってんのか?」
「いや、アイツにはちゃんと掛かった───じゃなくて、こんな簡単に終わる相手じゃない筈なんだ。なんで、なんで───」
何が彼を怯えさせているのか、首をかしげるヴィクターであったが、それはすぐに判明した。
遠くで鳥の鳴き声と飛び立つ羽音が聞こえた。
と思ったらそれはどんどんこちらに近付いて来る。それだけではない。木々を押しのけ、折れる音が接近してくる。
「警戒───!」
誰かが注意喚起したが、身構えるより先にそれは現れた。
大質量の突進を迎え撃とうなどと考えてはならない。
黒い巨大な塊は勢いを落とさず辺りを走り回り蹂躙する。
盾兵はそれを防がんと盾を構えるがもはや意味はなく、次々と弾き飛ばされてしまうが自身を守るという意味はあったのかもしれない。
目に付く者を手あたり次第攻撃したそれは新たな魔熊であった。
先程倒した魔熊も大きかったが、新たなそれも一回り二回りは優にある。
“GuruOuuu!”
猛る唸り声。
その声に彼らは竦んでしまったが、新たな声に喝を入れられた。
「構えろ!」
声と共にまたしても一本の槍が投擲されるが、魔熊は事も無さげに叩き落とす。
そこに間髪入れずに走り寄る姿。
その姿が手にしているのは、どうやって運んだのか分からぬ巨大な戦斧。しかし戦斧は水の様に透き通っている。
事も無げに間合いに入ると、戦斧は八双の構えから魔熊の右膝目掛けて横薙ぎに振り抜かれた。
“どんっ”
戦斧は水飛沫となって砕け辺りに散らばり、それを受けた魔熊は悲鳴こそ上げなかったが衝撃で足を掬われ転がってしまう。
「撤退!負傷者や動けぬ者には手を貸してやれ!」
誰であろうヴィクターの声であった。彼はさらに続ける。
「奴は俺が引き付ける!」
しかし周囲からは彼の蛮勇を諫め、ともに撤退することを勧める声が上がったが、ヴィクターはそれ以上意見させなかった。
「邪魔だ!急げ!」
そもそも二匹目の魔熊がいるなどと想定できるはずもない。
だからこそ一匹目が手負いになった時に追撃の指示が出たのだ。
本来であれば装備も人員も万全に揃え、作戦を練り、討伐する相手である。それが備えもなされていないところに奇襲をかけられたのだ。迎え撃つのは愚の骨頂、撤退の判断は正しいと言えよう。
だが撤退を無事に済ますには、誰かが殿を務めなければならない。
「邪魔だ!さっさと行け!」
再び怒鳴り声が響いた。
★☆★☆
魔熊と相手している間にも、ヴィクターの指示の声は耳に入って来ていた。
そもそも一匹目の場合でも、魔法の援護なしに追撃をかけたこと自体が無茶だったのだ。それでも一匹は討伐できた。しかしそこへ無傷の魔熊の登場となると、撤退指示は当然である。
なんてことを思っているが、俺自身の腹は据わっていた。
いけ好かなくとも腕の立つ男が隣で剣を振るっているからだ。
魔熊が立ち上がれば足を攻撃して機動力を削いていく。
四つ脚になると突進を警戒し、身体強化をかけて周囲を走り、狙いを定めさせない。
とにかく撤退の為に時間を稼ぐのだ。中途半端な時間稼ぎでは追撃されると被害が出てしまう。
魔熊が立ち上がるのを見て、俺は“三本目”の水斧を生み出す。
先程二本目を叩き込んだ時に、手応えと奴からの忌避感を感じ取ったからである。しかし奴は三本目の水斧を見ると飛び退って四つ脚に戻ってしまった。
「り゛ゃっ!」
反対側にいたヴィクターが剣を振るうが掠る程度。傷を負わせられない。
「こいつ物覚えが良すぎるぞ!」
「くそっ。獣から魔物になるだけの事はあるってか」
「それでもやることは変わらんのだがね!」
仕方なしに水斧は消すと魔刀を抜き、その刀身から水弾を生み出して叩き付ける。同じ場所に当て続ければ、内出血も期待できるし、痛みで意識が回れば隙も生まれるからだ。
「けっ、厭らしい事しやがる!」
「減らず口たぁ随分と余裕があるな!」
「抜かせ!」
思えば強敵相手に強者と肩を並べて戦った記憶がない。ばあさま相手にエステルと?いや意味が違うし。
お互いに身体強化を済ませて戦っているが、ヴィクターは基本の筋力強化系でこちらは敏捷強化系である。
こちらが撹乱し、あちらが強打する。
だからといってこちらが弱いわけではないし、あちらが遅いこともない。
まだ一撃も喰らってはいないが、喰らえばそこで終了だ。
「もう十分時間は稼げたンじゃないか?」
「後は追いかけてこられないようにすれば───だが、倒しても構わんのだろう!」
そう宣うヴィクターの向こうには、倒れ伏した一匹目の魔熊が見え、前脚を振りかざす奴の姿も見えていた。
「───!」
警告も間に合わず襲い掛かる爪。しかしヴィクターの剣が迎撃すると、外側の爪を一本切り飛ばした。
「くそっ浅いか!」
悔しそうな口調とは裏腹に、獰猛に歯を剥き出し口角を上げる男。
その妄言にうっかり乗ってしまった。
「どちらが止めを刺しても恨みっこなしだぞ」
「HAHAHA,俺と張り合う気か?負けるかよ!」
俺達は時間稼ぎではなく、本格的に討伐へ剣を振るう。
★☆★☆
くそエルフと肩を並べ、魔熊とやり合っていたら楽しくなっちまった。
騎士団内で腕の立つ奴はごまんといるが、背中を任せられる奴や共闘したいと思える奴はいなかった。
それがよりにもよって組織の仕置き対象を見染めちまうとは……楽しい剣舞も魔熊を倒すまでと思うと勿体なくなってしまう。
今も俺が攻撃を躱すタイミングを計っていると、飛んできた水弾が魔熊の顔に当たり、散漫な攻撃が来るので悠々と躱す。
くそっ援護のつもりか?あれしき余裕で躱せるわ!それはそれとしてカウンターを入れるには十分すぎる隙なので、すかさず前脚を深く切り裂いてやる。
痛みに魔熊がのけ反ると、くそエルフが翳した左手からは水槍がたて続けに放たれる。
しかも狙いがとんでもない精度で、一本目二本目と胸の同じ場所に当たって弾かれたが、三本目は突き刺さりしっかりと傷を負わせた。
しかも刺さった水槍が霧散すると、傷口が顕わになり出血が始まる。ただの槍では抜かねばこうはならない。
水術か……左手から発動されたり、切っ先からも出ている。発動場所が限定されていないとは、頼もしいがやっかいだな。
★☆★☆
実は少し前から自身の左腕の効きがおかしい。何をするにも負荷をかけられたかのような反応の悪さ。平時の力を振るうために、それは俺の集中力を削っていく。
一匹対二人の戦いは長時間に亘った。
二人は流石に無傷とはいかなかったが、致命的な傷は負っていなかった。それでも擦り傷や打撲痕は多数。
双方疲労で息を肩でしていたが、そこは交代で攻撃しながら整え、豊富だった魔力も節約して使用している。
魔熊も疲労困憊である。こちらは身体中に傷を負っていたが、命に係わる深手は負っていない。
しかし魔熊側もヒト側もどちらかが背を向けた瞬間、背中から一撃を貰う事を予感していた。いや、放たれるそれは間違いなく致命的な一撃である。
「ふんっ」
手応えのある一撃を与えられないからか、苛立つヴィクターの剣が大振りになってきている。
この様な時こそ消耗を避けなければならないのだが、一々指摘もしていられないし余計なお世話というものだ。
「はっ」
魔熊の爪を難なく回避したヴィクターは、身体強化をかけた一撃を振るうのだが、跳躍し体重を乗せて一撃を繰り出した。
確かに当たれば強力なのだが躱され易い欠点があり、強化を覚えたての者がよくこのように剣を振るう傾向がある。
それを魔熊は見逃さなかった。
振り下ろしの爪は回避されたが、そこから内から外へ薙ぎ払う連撃だったのだ。
水弾程度では不可避の攻撃。咄嗟に水壁を張って防ごうとしたが、十分な厚みを持たすには寸毫の時間しかない。
それでも稼いだ刹那の時間でヴィクターは肩口に傷を負わせる。
しかし水壁が稼いだ時間は僅かなもの。魔熊の腕の勢いも僅かに減衰させたが、ヴィクターを弾き飛ばすには十分なものであった。
剣を完全に振り下す事は叶わず、彼は一撃を食らって真横に飛ばされた。
「ぐっ」
地面を転がっていくヴィクターであったが、すぐさま起き上るタフネスさを発揮。しかし鎧の前面は爪痕でひしゃげてしまっている。
「余計なことすんじゃねぇ!」
「それが恩人への言い草か!」
鎧の留め具もいかれてしまっていたのだろう。ヴィクターは力任せに鎧を脱ぎ去るが、幸いなことに鎧下も引き攣れているものの、薄っすらと血が滲む程度ではあるが衝撃によるダメージがあることは間違いない。
魔熊はこちらに突進。これもまた回避するが、ヴィクターの方へ追いやられた。俺達に挟み撃ちにされることを嫌がったのか?
「そろそろケリをつけるか」
「全くだ」
応援も欲しい所だが、聞くところによると兵を揃えるには時間がかかるらしい。単純に頭数を揃えればいいものではなく、各種装備・兵種を整えての出陣を直ぐにとはいかないらしい。
「だからここで倒しちまえば面倒なことも無いンだよ」
こいつそう言って睨んでくるが、索敵・誘導などをやり直すのが面倒故の発言か?
まぁ今更あとには引けないのはこちらも一緒だ。
「やるか」
俺は左手の感触の確かめながらヴィクターを睨み返した。
腹立たしい事に、ヴィクターと魔熊の両方に左半身の不調がバレているらしい。
魔熊は俺の左からの攻撃よりも右の攻撃に注意を払い、自身の攻撃は俺の左を執拗に狙ってくる。
ヴィクターはさり気なく俺の左をカバーしてくれていたが、魔熊にバレてからは大っぴらに助けに入るようになった。
当事者の俺と言えば諸々の動作を早めに行ってはいたが、その甲斐空しく徐々に削られている。
とにかくまともな右半身に対して、左の鈍さが看過出来ない。身体強化で無理矢理動かしているくのだが、感覚の違和感のせいで剣筋を維持することに一苦労である。
そして遂に真正面から対峙と相成った。
魔熊と相対して左にヴィクター、右に俺。
奴は立ち上がり右腕を振りかぶる。右腕で薙ぎ払う事で、二人まとめて始末するつもりなのだ。
だが俺達はそんな事も意に介さない。
ヴィクターは振り下ろされる右腕に一歩踏み込み迎え撃つ。下段右脇に構えた剣を、左上へ切り上げると魔熊の腕を肘先から斬り飛ばす。
俺も一歩踏み込み、魔熊の左腕の防御の隙間を縫う。刀を右の腰に溜め、跳ね上がる様に両手で刀を突きあげた。
狙いは過たず心臓を貫いたが、魔熊は即死することなく残った左腕を振りかぶった。
しかしそれは悪あがきでしかない。後は距離を取って失血死を待てば余計なリスクも無いのだ。
振りかぶられた腕を視界に入れ、予想通りとばかりに刀を引き抜き、慌てず後退。
だが想定外の方向から殺気を浴びて横を向くと、ヴィクターの挙動に目を見開く。
振り上げられたヴィクターの剣が、今まさに俺自身に目掛けて振り下ろされていた。
虚を突かれたとしか言いようがない。
何故?どうして?狂ったか?頭によぎったのは疑問ばかり。
今さっきまで脅威である魔熊を前に共闘していた剣が、突如自分に襲い掛かってきているのだから。
回避しようと足に力を込めるが、先程まで動いていた足が麻痺したように動かない。咄嗟のことに水術も出ず、身体強化を全開にしてできたのは、己を庇わんと左腕を掲げるだけであった。
腕は違うが奇しくも魔熊と同じように、左腕は肘先から切り落とされて血しぶきと共に宙に舞う。
そこにヴィクターの背中へ魔熊の爪が振り下され、浅くはない爪痕を背中に残した。
しかし物ともせず、ヴィクターの追撃は続く。
振り下ろされた剣はさらに一歩踏み込まれ、再び切り上げられる。
傷口が熱い。その感覚のお陰か身体は覚醒し、追撃から一歩離れることが出来た。
だがそれでも足りずに切っ先が数ミリ届くと、左の頬骨を裂き、眼帯を切り飛ばし、左眉を浅く切り上げた。
“何のつもりだ!”と誰何の声が喉まで出かかったが、明確な殺意を以って襲われた以上今更なセリフである。
なにせ片腕を切り落とされているのだから。
逃げるか、迎え撃つか。
しかし逃げおおせられるとも思えない。
“左腕持って帰ったら、魔法で何とかならんかな?あ、エステルから貰った眼帯も拾わにゃいかん”
俺は危機を目の前にして、とんちんかんな事を考えていた。
書いてしまった。書いてしまいました。
この状況はこの章を始めた頃から考えていたものです。当初はもっとピンチに、ヒロインたちもピンチにと考えていたのですが、このようになりました。
いつも凪状態の感想欄が荒れそうで怖いです(全く荒れない悲しい予感も……)
それでも、評価・一言お待ちしております。
お読みいただきありがとうございました。




