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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
隣国にて~災難〜
145/196

狩り・狩り・狩り

区切りのいい所まで、って書いていたらまたもやこの量に






眼前にはちょっとした(くさ)(ぱら)が広がっている。せいぜい膝下くらいまでの高さの草だ。


四~五十メートル先には木々が立ち並び、鬱蒼(うっそう)とした森が生い茂っている。


所々に道らしきものが見受けられるが、ここは皇帝の狩猟場である森。人の出入りは基本的に禁じられており、目に見えているのは獣道である。


今待機しているのは小高い丘の上で目の前には森、後方に群れなしているのは狩りの参加者達と、それを見物に来たピクニック気分のご婦人方である。


参加者たちはそれぞれ弓や槍など得物を持ち、万が一の為に大盾を装備した一群もいる。


それに対して見物人たちは気楽なもので、ドレスなどではなく動きやすい服装で日よけの帽子を被っている。そのほか手袋をする者、日傘も用意している者など、色々な日焼け対策を講じている。


騎士団からは野営用の天幕が提供され、普段なら武骨な男達がうろつくところが、今日は貴族のご婦人方が設えさせた席でティーカップを傾けている。




静かに猟の開始が告げられると、見物人たちは揃って声を潜めて丘の上に登っていく。


その間も猟犬番が群れのリーダーを伴って、草むらの左右の外周へ大きく回り込んでいくのだが、リーダー犬が唸り声も漏らさず進むと、他の猟犬たちも同様に追従する。


左右に展開した犬たちの準備が済むと猟犬番から合図がなされ、その頃には丘の上では鷹匠たちや見物人たちも準備万端であった。




かく言う俺も腕にバドを乗せて待機中である。左右には数メートル間隔で鷹匠が整列し、次の合図を待ち構えている。


そして皇帝陛下がお出ましになると、ゆったりと腰の剣を抜き放ち真上に掲げると、勢いよく振り下ろす。


合図と共に猟犬が放たれ、犬たちは我先にと吠えたてながら草むらに突入する。


数拍待って鷹匠たちは自身の相棒たちを一斉に解き放ち、俺もバドを腕に乗せ軽く助走をつけ、腕を後方へ引き絞る。


投げ槍(ジャベリン)の投射に似ているが、同じようにしてはバドの体勢が崩れてしまう。けれども、バドも前脚の爪を革の小手に立て、羽も畳んで小さくなっている。


最近ジャベリンを手に取ることも殆どないが、投槍にはちょっと自信がある。


溜めに溜めた腕を勢いよく突き出すと、バドもタイミングを合わせて小手を蹴り、その上から飛び立った。


勢いに乗ったバドはすかさず羽を広げて羽ばたくと、十数羽の猛禽たちに混ざって獲物を追いかける。


猟犬たちが放たれた草むらでは、兎は一目散に巣穴に逃げ込むが、隠れていた鳥は飛び立つしかない。


数羽の鷹は早々に獲物を鉤爪に捕らえ地上に押さえつけ、鷹匠は相方の狩りの成果を確保し労う。


そこにきて、バドの狩り方は独特だ。


広げた羽の影で一瞬怯ませると、その隙を突いて前脚を一閃。その爪捌きはサミィを見て習ったのかもしれない。そもそもグリフォンと鷹では身体のつくりも違えば間合いも違う。


爪で引き裂いてとどめになれば良し。前脚でダメージを受けたり、脳震盪を起こして落下したものは、地上に降りて嘴で止めを刺す。


今まで猛禽を相手にしてきた彼らにとって、初見でグリフォンから逃れるのは厳しい事であった。


「おお、見事だ」

「小さくとも王獣ですな」


王獣呼びは簡単には改まらないようだが、結果として緒戦でバドは見事二匹の獲物をしとめて帰って来た。






獲物をしとめた猛禽たちには、鷹匠から処理済のご褒美が与えられる。


そして肝心の獲物は回収され、血抜きだなんだと処理に回されると、数日後に開催される晩餐会に並ぶ予定である。


狩りはまだまだこれからだ。


何やら遠くから音が聞こえてくる。


“カンカンカン”

“ジャーン”

“プィー”


森の奥に入った勢子たちが、鳴り物を響かせて獲物を追い出しているのだ。


彼らは木の板を打ち鳴らし、銅鑼を響かせ、喇叭を吹き鳴らす。


音は森の奥から響き始めるが、そのうち左右からも聞こえ始めると、最初に逃げ出すのは鳥類だ。


しかし彼らはむやみに上空へ逃げることなく、木々の間をすり抜けて勢子たちの頭上を通り過ぎる。


小動物たちは巣穴に逃げ込む。地面を掘った巣や木の洞など、身を潜める場所は事欠かない。


残るは大型動物。森を徘徊し、日々の糧を得る者達。この狩りでの獲物だ。


勢子たちによる包囲は完成した。


迫りくる鳴り物の音によって彼らは誘導され、森の奥に逃げる事は叶わず、左右に逃げることも出来ない。後は勢子たちの間を縫うか、包囲を大回りして逃げるよりほかない。


そして森の外の開けた草原に飛び出したのは鹿の群れだ。


貴族もそれなりに弓を嗜む。


自身の領地に狩場がある者にとって、狩りは実益も兼ねた趣味だ。


使用人に狩猟を任せる一方で、家を上げて狩りに赴く貴族もいることは確かである。


腕に覚えのある者たちが、自慢の弓を引っ提げて幾つかの塊に分かれて待機する。


そして再び猟犬たちの出番だ。


彼らは吠えたてながら森への退路を防ぐと、猟犬番たちの指示に従って鹿の群れを誘導する。


その誘導の見事さは、流石長年積み上げてきたものといえよう。


猟犬たちの配置と威嚇により鹿の群れは蛇行し、射手たちの前を端から端まで横切る羽目になる。


鹿の群れは、数人の塊になっている射手たちの前を横切るごとにその数を減らし、数頭が逃げられたのは単純に射手の人数が足りなかったせいであった。


それでも狩りは大成功。


誰がどの鹿を仕留めたかは刺さっている矢羽根を見れば明らかだ。射手たちこだわりの矢は、それぞれに矢羽根が違うので、止めの矢を見れば誰が射たものか一目瞭然なのだ。




鹿狩りはあっという間の出来事であった。


射手たちは自身の戦利品へ歩み寄ると、運搬係を誘導するように見物人が待ち構える後方へ移動していく。


そのあとは見物人たちにお披露目を済まし、順次解体係に引き渡される。これからもまだ獲物は運び込まれるので、解体係の忙しさは始まったばかりである。




───ばかりの筈なのだ。


後方では今さっき狩られた獲物が数頭・数羽が捌かれ、見物人たちに饗され始める。


普段屋外で食事をすることは無い貴族たちであったので、天幕の下で快適に過ごせるようお膳立てをされた環境であっても、景色を眺めながらの食事は新鮮であった。


しかしまだ出番が訪れていない者たちがいる。


「出番来ねぇなぁ」

「腹減った」

「肉くいてぇ」


防盾部隊の男たちが塔盾(タワーシールド)を手に愚痴をこぼす。鹿程度では彼らも盾を構えて立っているだけなので、指示を聞き逃さなければ楽な仕事である。


「おい」


一人が愚痴をこぼした者を小突いて知らせた先には、太い槍を携えた数名が睨んでいる。


「「「すんません……」」」


槍を手にした彼らは、武名を欲する者達である。 実力はあるが実績に乏しい彼らは、見習い騎士だったり見習いにすらなっていない者たちである。


武名を上げるには、馬上槍試合や剣術武闘会などがあり、今回のような皇帝主催の狩猟において、大物を仕留める事もその一つである。


飽くまでも武名の為なので武器・防具は何でもよく、身体強化は許されるが、獣相手なので魔法の類いは使わないほど名声は高まる。


彼らが待ち構えているのは、過去にも狩られた事例のある大猪だ。皇帝の狩猟場である森はほとんど人が入ることが無いので獲物は大型化する傾向にある。


現在イグライツ帝国が大きく騎士団を動かすことは無いので、武官たちの為にも定期的にこのような機会を設けているのである。




「大物が現れぬな……」


皇帝イグライツが護衛を伴って、丘から周囲の様子を窺う。


「まだ狩りはまだ前座でございますれば」


伴う護衛は騎士団長クラスの他、過去にこの狩猟会において実力を示した者達である。


今回の狩りにあたって、森番たちによる見回りが行われている。それによると大物小物の痕跡が多数確認されているので、今後の大立ち回りを期待する言葉も間違いではない。


「過去には大猪を打ち取ったとか。他にはどのような獲物がいたのでしょう」


オルセン伯爵が会話を広げる。皇帝主催の会にラスタハール親善使節が招待されぬはずもない。


「あの大猪はまさに主ともいえる巨体であったな。その後も猪は狩られたが、あれ以上の物は現れておらぬ」


護衛の壮年の騎士が誇らしげに胸を張っている。言葉を発しないが彼の事なのだろう。


「ゴブリンの掃討戦になったこともあったな」


「はっはっは。あれは(ひど)う何ございました。鹿や猪か狩られる様は平気なご婦人方が、ゴブリンとの戦いの様相に倒れられる方が結構な数に上りましたなぁ」


“後片付けが大変でした”と護衛達が笑う。


「エルフの方々も、何か大物を仕留めた事がおありかと思いますがいかがでしょう?」


護衛の一人がこちらに振って来る。


こちら側の要人はオルセン伯爵の他、ナスリーンとエステルだ。狩猟会と聞いていたので全員ひらひらした服ではなく、質の良い旅装といった出で立ちである。


となると護衛の俺達も相応の装備で参加している。もちろん俺もそのつもりの装備で整えてきたのだが、あまりにも実戦的過ぎて逆に浮いてしまっている。


かの発言も、俺に対して窘めているのか侮っているのか、今一つ判断がつかない。


狩り自慢なぞいくらでもできるのだが、張り合っても大人気ないし、変に恥をかかせても軋轢が残る。


「えー、まぁ、糧を得るための狩りはよくやっていました……」


「ほう、具体的には?」


大蜘蛛やワイバーンなどとやり合ったことがあると言っても構わないだろうか?


“猪だ!でかいぞ!”


「おお、きたか!」


皇帝陛下が身を乗り出したことで、この話題は流れてくれた。


ふぅ。




★☆★☆




遠くから勢子の出す音が響いて来る。


男は揃いの革鎧を身に付け、後方の貴族たちを守る為の盾役であった。


万が一の時は手にした盾を以って貴族の壁となり、その身で獣を阻まねばならない。


だが男にはもう一つの役目があった。


それは組織の一員として対象に報復すること。


数日前に組織の幹部に呼び出された彼は、とある指示を受けた。


組織に不利益を与えた男が王都にやって来た。機会を設けるので隙を突いて毒を盛れ、と。


毒を盛るといっても経口摂取だけではない。風上から毒の粉を撒いてもいい。毒を塗った刃物で傷つけるのは定番だ。


しかし男が得意とするのは何れでもなく、毒魔法と呼ばれるものだ。


効果は様々。


今回指定されたのは麻痺毒。


その筋から入手された情報によると、森には魔物化した獣がいるとのこと。しかもポッと出の騎士では太刀打ちできない強さらしい。


そいつが現れれば護衛は要人を守るために、盾となるか前に出ざるを得ない。その時に援護するふりをして魔法をかけるのだ。


哀れ対象は獣の餌食になるという寸法である。


他にも刺客が潜入しているらしいが、男は自身の仕事に専念するだけである。


“猪だ!”


狩場が動いたが、あれは只の良く肥えた獣だ。


あれではない。


男はジッと機会を待つ。




★☆★☆




ヴィクターは狩場の様子を丘より俯瞰しながら、数日前の晩を思い出していた。


今日の表の仕事は皇帝陛下をはじめとした要人警護だが、実は彼には裏の顔がある。


その数日前の晩の事だ。


ヒモの女……もとい、懇意にしている女性の都合がつかず、仕方なしに馴染みの娼館へ向かった時の事だ。


色町を歩いていると顔見知りのチンピラに声をかけられ、普段ならばあしらって先を急ぐ所なのだが、チンピラを使って呼び出してきたのは無視できない相手だった。


「急に呼び出してすみません、旦那」


「前置きはいい」


呼び出したのは歓楽街を仕切っている顔役だった。仕切っていると言えば聞こえがいいが、とどのつまりは犯罪組織である。


トレードマークともいえる派手な服の襟は既に緩められ、高級酒のボトル片手にヴィクターに勧めてくるが、彼はにべもなく断った。


「そうでっか、いい酒なんですがね。あぁ!酒の気分じゃなかったですなぁ。女のとこへの途中、呼び出してほんますみません」


「うるせぇ」


ヴィクターの返事も短い。


「懇意にしている侯爵夫人からは距離を置かれ、上流階級のご婦人方は別の楽しみを見つけて、あぶれた旦那は馴染みの娼婦のとこでっか?」


「言いたいことがあるならはっきり言え。相応の覚悟をもってな」


抜く手も見せず、ヴィクターは腰の剣の切っ先を男の喉元に突き付けた。


しかし男はにやけながら自身のグラスを傾け、平然と言葉を続ける。


「ご婦人方はラスタハール王国のエルフに夢中でっせ」


「良く調べているな。何が言いたい?」


「うちらもそのエルフに恨みがあるんでさ。ご理解いただけたならこの物騒な物、納めてもらえませんかね」


男は切っ先を指先で抓み、喉元から遠ざけるように力を加えると、ヴィクターも態と音をたてて納刀する。


そして彼が指先で合図するのに気付いた男は、新たなグラスに酒を注いでヴィクターの前に滑らせた。




「旦那には後詰めをお願いしたい」


「俺に斬って欲しいンじゃないのか?」


「そうしてもらえると手っ取り早いんですが、んなことしたら旦那が捕まっちまうじゃないですか。んで近々、皇帝陛下主催の狩猟会があるでしょう?その狩猟会の森にヤバい奴がいるんでさ。当然護衛任務で参加するでしょうから、そいつを奴にぶつけます」


しかしヴィクターは顔をしかめる。


当然だろう。護衛が守る対象を放り出して、敵に立ち向かうはずがない。


「言わんとする所は分かりますよ。まぁ安心してくだせぇ、いろいろ段取りも仕掛けも用意しますんで、はい」


まだヴィクターは自身の役目が分からない。酒を口に含んで促した。


「ぶっちゃけますとね───」


男が身を乗り出すのに対してヴィクターはソファに身を預けると、復讐にむけての相談が始まった。






少し離れた場所では、槍を持った数人が大猪と対峙している。


慣れていない者ではヒトより巨体の猪に二の足を踏んでも仕方がない。そこには騎兵対歩兵とも違う威圧感がある。


“通過儀礼みたいなものだ。慣れてしまえばどうと言うことは無い”


あくびを噛み殺しながらヴィクターは眺める。


盾持ちが逃げ道を塞ぎ、今日の花形ともいえる槍持ち達が大猪とにらみ合っている。


“タイマンじゃないんだからよ。誰でもいいから美味しい所、掻っ攫っちまえって”


まだかまだかとイラついているが、ヴィクターならば直剣一本で頭を叩き割っておしまいだ。


結局猪は、盾持ちが気を引いている隙を突いて一人が槍を突き立てると、それを追うように他の槍も次々と獲物に突き立てられて決着がついたのだった。




「こんなところか」


「まずまずの成果かと」


皇帝のつぶやきに騎士団長が答えるが、主が落胆していることに騎士団長は十分に察していた。


しかしそのゆるい雰囲気から、突然の空気の変化に気付けたのは何人いただろう。


「ん?」


注意を喚起する前に、次々と猟犬たちが森に向けて唸り声をあげていく。


唸り声から森へ吠えたてると同時に、茂みの中から小さな人型が飛び出した。


「ゴブリンだ!」

「襲撃だ!」

「陛下の森に害獣が出るとは!始末しろ!」


三々五々声が上がるとともに、後ろに下がっていた騎士たちが得物片手に飛び出してくる。


「陣形を組め!後ろに一匹も通すな!」


勇んで整列する男達だったが、ゴブリンたちは目の前にニンゲンに襲い掛かることは無く、左右散り散りになって逃走を図る。


「包囲殲滅!」


号令と共に各部隊長が小隊を引き連れて走り出す。


「丁度いい訓練になるか?」


「左様でございますね」


本当は騎士団にゴブリン程度では訓練にもならず、精々憂さ晴らしであるのだが───


“バキッ!”


突然枝をへし折りながら、森から何かの塊が飛んできたかと思うと、地面に転がったのは血を流し色々と関節の向きがおかしいゴブリンの死体であった。


“GururuUOuu!”


雄叫びと共に黒い塊が飛び出してきた。




そびえ立つその巨体、それは一頭の巨大な熊であった。漏れ出るその威圧は尋常ではなく、魔物化している事は間違いない。


あまりの突然の事に、その場で固まるもの多数。


「迎撃せよ!!」


檄を飛ばしたのは皇帝イグライツであった。我に返った騎士団長が続けて指示を繰り出す。


「身体強化出来るものは前面に!出来ぬものは下がって避難誘導にあたれ!強化無しでは死ぬぞ!」


魔物化した熊


直立した状態での高さは三から四メートル。相対して威圧を受けると、倍以上あるように錯覚させられてしまう。しかも単純な高さだけではない。高さ相応の肉厚の体格。ゴブリンやオーク程度なら餌にしているのかもしれない。


「でかい……」


誰かの呟きが聞こえてくる。


「オルセン伯爵、皆さんは避難を」


「私たちは援護ね!」


「いやいや、エステル嬢、ナスリーン嬢は避難です。国賓に何かあっては問題になります」


「えぇ~」


帝国側の諫めに不満げな声を上げるエステル。対して同列に扱われたナスリーンは別の意味で不満げだ。




“うおおおー!”


幾つもの鬨の声が上がった。


振り向くと何人ものイグライツ兵が魔熊に立ち向かうところであった。


盾兵と猟犬は囮役だ。前面に立ち音をたてることで気を引き付ける。


弓兵は気を逸らさせる。弓矢程度では魔熊の毛皮に傷を負わせることは出来ないし、分厚い脂肪を貫通させるのは至難の業だ。それでも顔面に矢が当たれば鬱陶しい。目を傷つけられれば大金星である。


魔物狩りにおいて本来の主力は魔法使い(スペルキャスター)である。実力のある者は魔導部隊に編成されており、今回の狩猟会には参加していなかった。


今回の部隊編成をしたものはどのような形にしろ、責任を取らねばならないであろう。


そして騎士団の花形、騎兵はこの場にはいない。となると主力はなにか。


槍兵である。


前述の者たちの援護を受け、間隙を縫って槍を突き立てるのだ。




迎え撃つ者は身体強化が出来る事が前提である。


しかしそれを維持し続けるには魔力が必要で、騎士になるには一定の魔力量に達せねばならない。


達しない者は?達するまで従者か準騎士扱いである。尤も裏道はいくらでもあるのだが。


「少し分が悪くないですか?」

「うむ……」


オルセン伯爵と肩を並べて見た先では、攻撃を受けた盾兵が傷は負っていないものの、立ち上がって盾を構えられていない。


それも複数の者達が、である。


彼らが崩れていないのは、夜会でやり合ったヴィクターという男のお陰である。


彼は腰に剣を佩いてはいるが、槍を片手に魔熊と戦っているのだ。


強化された彼の身体は魔熊の突進を躱し、前脚が振り下されれば槍で受け流し、余裕があれば一撃を入れて距離を取る。


「くそっ、ヴィクターに肩を並べられる者がいれば……」


イグライツ騎士団の団長の声が耳に入ってしまい、俺達は二人して彼の方を見てしまったのだろう。


なにかに気付いた彼はこちら側を振り向いて気付いた───のだが、すぐに眼前の魔熊に意識を戻した。


「弓兵、射続けろ!盾兵は交代しつつ役目を果たせ!槍兵、ヴィクターにばかりに頼るな!」


そしてイグライツ皇帝に進言する。


「陛下、ここは危険でございます。どうぞ後方へお下がりください」


「いや、我はここで彼らを鼓舞する。あれは確実に退治せねばならない魔物で、彼らならきっとやり遂げでくれるであろう」


イグライツ皇帝は腰の宝剣を鞘ごと抜き、身体の正面の地面について、柄頭の上に手を置くと真っ直ぐに立ったのであった。




ならばと彼らの予備の槍が近くにあったので一本借りてくる。


「閣下、少々助太刀へ参ろうかと」


「私たちも援護しますよ」


エステルの横ではナスリーンが頭を振っていた。


「くれぐれも無茶はしないでください。二人はここを動いてはなりません!」


オルセン伯爵も黙って見ている訳にもいかないと分かっているから俺に許可を出したが、流石に二人の援護は許可しなかった。


俺はエルフの眼帯を左目に付けると、準備していた投槍器(アトラトル)で槍を構える。


「剛力招来」


魔力が身体を強化する。


ラスタハールの仲間たちだけでなく、イグライツ側からも視線が集まるが気にしていられない。


右腕を引き絞り、バランスを取る様に左手を前に突き出す。


おあつらえ向きに魔熊は立ち上がって胸元を晒した。眼帯のお陰で標的(しんぞう)の位置が良く見える。


ステップを踏んで、投槍器(アトラトル)に魔力を込め、全身を使って、右腕を振りぬく。


投槍器で槍に最後の一押しを加えた時、俺は魔熊に見られた気がした。いや、少なくともこちらを気付いたに違いない。




魔力を纏った槍は空を切り裂く。


しかしその数瞬の間に、魔熊が何を感じたかは杳として知れない。何かが飛んでくると察知したのか、掲げた左腕を振り下しながら四つ脚に戻ったのだ。いや、戻ろうとした。


“Gyaururuuwo!”


悲鳴を上げた魔熊の左肩からは、槍が生えていた。しかも突き刺さった反動で仰向けに転がっている。


そこへ“ここぞ”とばかりにヴィクターが地を這うようにして接近すると、手にした槍を突き立てると刃は中ほどまで埋まるのだが、ここでも分厚い肉に阻まれる。


「■■ 風───ああん、そんなとこいちゃ魔法が発動できないじゃない」


止められていたのにエステルは詠唱をしていたようだが、誤射にならずによかったというべきか。


“GururuaOuuu!”


やられた魔熊も寝転がったままではない。


ヴィクターが槍を引き抜き、距離を取ると相手も唸りながら立ち上がる。


それを座して待つ俺ではない。


遠方でも正面からいって察知されるのであれば、側面に迂回するまでだ。


魔熊から視線を外さぬ俺に対し、ラスタハール・イグライツの面々は俺から目を離さない。


先程の外した一投も、声は上がらなかったが呼気が漏れ出た。


腰のポーチから久しぶりにV字ブーメランを引き抜く。


身体を左右にねじって手早くストレッチを済ませると、ブーメランに魔力を込めつつ腰を右に捻転。


限界までねじると右目に敵は映らず、眼帯越しに左目だけで相手を捉えることになるが、それで十分だ。


魔熊が立ち上がるタイミングを見計らい捻転を開放。瞬間、限定的に魔装を纏い、全身を保護する。


ブーメランを放った勢いで身体は数回転、停止する頃には魔装の魔力も解放されるのだが、回転と共に魔力が金色の粒子となって渦を巻いていたこと、その場の人々にしっかり目撃されていたことを俺は知らない。


その様な事があっても、周囲はブーメランの軌跡を追うが、表情は明るくない。確かに飛んだのは明後日の方向である。


しかしそれも弧を描き戻ってくると、声は抑えられなかった。


今やヴィクターと魔熊は正対して隙を窺っている最中だった。だからこそ突けた隙。


魔熊の視界には一瞬でも映ったのだろうか。またしても身じろぎした魔熊であったが今度は遅かった。


弧を描いて頭蓋の中央目掛けて飛翔していたそれは、またしても魔熊の余計な動きのせいで狙いを外し違う場所に命中。


しかしそれは魔熊にとって藪蛇、裏目、とにかく大ダメージであった。


ブーメランは鼻を直撃し飛び去った。


“Kyuiee,Gruuuoaaa!!!”


鼻のダメージに情けない泣き声を上げたのも刹那、次いで出た泣き声はヴィクターの刺突による悲鳴であった。


魔熊は鼻の痛みに力が抜けてしまい、その隙にヴィクターの槍は脇腹へ突き刺さった。


“GururuRuoouw!”


さらに深く突き立てようとしたヴィクターであったが、一瞬にして変わった固い手応えに槍を放して飛び退(すさ)る。


その勘働きはまさに正解であった。


魔熊の腕の一振りは空を切ったが槍の柄に当たり、それをへし折りながら刃も一緒に抜けていく。


それは決して浅い傷ではなく、形勢不利を悟った獣は逃亡を図るのであった。






小高い丘の上から、魔熊が猟犬を蹴散らして森に逃げていくのが見える。


「逃すな!」

「とどめをさせ!」

「手負いは面倒だぞ!」


魔物化していなくとも、手負いの獣は凶暴化する。ましてや魔物化するとなるとヒトへの敵視は尋常なものではない。


出血や傷による死を楽観的に待てるほど、魔物化した獣の生命力は低くは無いのだ。


帰還したブーメランを受け止め、腰のポーチに仕舞いながらオルセン伯爵に視線を送る。


「陛下、こちらからも人員を出しましょう」


皇帝イグライツはオルセン伯爵の申し出に即首肯する。


「助かる」


俺はラスタハールの皆をぐるりと見渡すと、その場から走り出す。


既にイグライツ側の追撃は森に入ってしまっている。


遅れは取ったが森はエルフの縄張りだ。例えそれが砂エルフと呼ばれていようとも、だ。


ナスリーンやエステルは俺を見てしっかりと頷いていたので後は任せられるだろう。


俺は眼帯の微妙なずれを直しながら森に飛び込んだ。







いい加減「章」のところから「仮」を取らにゃいかんのですが、なかなか決まりません。


一言・評価お待ちしております。


お読みいただきありがとうございました。



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