検分・密会・招待
クズの思考に整合性を求めてはなりません。
「陛下がお召しです。こちらへどうぞ」
皇帝陛下が手招きを止め、中に入っていくのを見送っていると、使用人というには格が違う者がやってきて声をかけてくる。
執事?文官?宮廷内の役職はあまり良く分からない。
ナスリーン・エステル・オルセン伯爵にも人がついて先導しているということは、行先は同じなのだろう。
バルコニーから広間へ戻ると、皇帝陛下・皇女殿下が待ち受けており、夜会参加者たちはその前を広く空けて俺達を待ち構えていた。
「面白いものを見せて貰った。なりは小さいくとも気概は立派なものだ」
「「「おおぉ」」」
言わずもがな、バドの事であろう。
「しかも砂天使は斯様な力を持っていたのか。知らなかったぞ」
サミィの砂の能力までしっかりと目撃されてしまった。というかサミィの種族名はスナネコではなく、それが正式名称なのだろうか。
それよりもなぜ俺が最前列に据えられているのだ。
オルセン伯爵は近くにいてくれてはいるが一歩引いた位置だし、ナスリーン・エステルは完全に後方である。
「お騒がせ致しまして申し訳ございません。我々が出立する際には部屋の戸締りもしっかり、ちゃんと二匹を寝かしつけて参ったのです。それが───」
「男たちを追いかけていた様子を見れば何かあったのであろうな。男達は取り調べに回した。そちらの離宮へも確認のため人を送ってあるので、おっつけ情報が届くであろう……それよりも、近う寄れ、よく見せろ」
陛下の好奇心による声を、お付きの者が“危のうございます”と諫めるのだが、“手は出さぬ、見るだけだ”と言って聞かない。
どちらの指示に従うか板挟みである。お付きのヒトに恨まれるのも嫌なので、視線で方針を促すと、ようやく折れてくれて身振りで合図がきた。
バドのバランスを崩さぬ様に進み出ると、陛下は“ふんふん”と俺の周囲を回ってバドの観察に忙しいのだが、まるで俺が品定めされているようで居心地が悪い。
視線を真っ直ぐ定めて腕を動かさぬように固定。するとローラ皇女が俺を見て微笑んでいる。
先日の昼間の一件から推察するに、皇女であれば離宮まで入り込めたというのも不自然ではない。
少し口角を上げて返すと、丁度陛下が周回から帰って来た。
「ふむ、前脚が鉤爪ではないのだな」
決して大きな声でなかったのに、その場にいた者たちの耳にしっかりと響いた。
庭で目撃した者達はバドを“王獣”と評したが、改めて衆目の中で一国の王が“否”と断じたのである。
先日のローラ皇女が判断したように分かりやすい“前脚”を理由にすれば、この国の逸話を利用した不心得者はまず現れないであろう。
わざわざこのために突発で参加を決めたのだろうか。それともただの偶然か。いずれにせよこちら側からすれば、未然にトラブルを防げるのは有難いことに変わりはない。
「どうも前脚のせいで親から捨てられたらしく、面倒を見ておりま“にゃぅぅん”」
後ろから抗議の鳴き声が上がった。
「主に面倒を見ているのはこちらで、我々はその手伝いです」
後ろが見えるように半身になると、ナスリーンに抱かれたサミィの姿が現れる。
一瞬きょとんと瞬きをする陛下であったが、すぐに笑いに変わる。
「はっはっは、砂天使が親代わりか!なんとも変わっておるな!」
陛下の笑い声に反応して、バドは二度三度俺の腕の上で大きく羽ばたいた。
★☆★☆
ハプニングもあったが夜会は落ち着きを取り戻した。
私的に参加した皇帝陛下も、いつの間にか会場である広間から姿を消している。
参加者たちは友人たちと親交を深め、また新たな出会いに興じているのであった。
「マルロー夫人、今宵も一段とお美しい」
「あら、そのセリフ、他の方にも言っているのではなくて?」
会場から少し離れた一室に、二人きりで滑り込んだ男女。仕事から抜け出したヴィクターと、剣技を披露した際に蝋燭の向こうにいた女性である。
髪は流行りのデザインで結い上げ、ドレスも不用意に肌を見せていないのに、均整の取れたプリポーションが見て取れる、そこいらの令嬢には真似出来ない成熟した女性が佇んでいた。
コーリン・マルロー侯爵夫人。某子爵家の令嬢でしかなかった彼女は、今回のような夜会で現在の夫に見初められ、侯爵家の後妻に収まったのだ。
二回りもの年の差のうえに初婚であったが、十年も侯爵家で揉まれると彼女からは独特の色気が醸された。
「何分こちらから連絡も取れませんから。そうなると一人寝は寂しいのですよ」
「よくおっしゃい。初めは貴方から誘ってきたくせに」
侯爵は前妻との間に二男を設けていたので子を望まれなかったし、彼女も子を産むつもりが無かったので、これ幸いと侯爵の方針にのっかった。
だがそれ以外の侯爵家の妻としての責務は果たし、程よい匙加減で夫を立てていたので、彼女は自身の人生を謳歌していた。
「今度、私的な夜会を催しませんか?ご都合は合わせますよ」
ヴィクターは夜会と言ったが、とどのつまりは夜の逢引きの誘いであり、二人はその様な関係であった。
「どうしようかしら?……ふふ、剣を構えた時の貴方、ゾクゾク来ちゃった。だけどあのエルフの彼の立ち姿にもキュンと来ちゃったの」
「これは聞き捨てならないですね」
ヴィクターはコーリンの腰を引き寄せるが、彼女は腰を合わせても顔の距離は空けて視線を外さない。
「ふふ、嫉妬してくださるの?」
「ええ、嫉妬してしまいますね。この浮気者」
「知りませんでした?私、浮気者なのですよ」
その言葉にどのような感情が渦巻いたのか、ヴィクターはコーリンの頤に手を当て、少し乱暴に唇を奪った。
お互いに堪能しおわると、どちらからともなく唇は離れ、身体の距離も空いた。
「夫が疑い始めているわ」
「……少し距離を空けますか」
二人ともお互いはアヴァンチュールの相手であったが、彼にとっては金蔓の一人でもあったので別れは正直痛手であった。
「そうね、それがいいわ。その間私は、エルフの彼を誘惑しようかしら。彼、なかなか面白そうよ」
“またね“と言ってマルロー夫人が立ち去ると、部屋にはヴィクターが一人残された。
「あの野郎」
件のエルフが何かをしたわけでもない。
ヴィクターのスタンスは、ジゴロというには女性に対して勤勉ではなく、ヒモと言うほど女性に依存していない。だが女性に対して屑であることに変わりはない。
しかし彼には、彼女が夫の不信にかこつけて、自分から別の男に乗り換えるように思えた。
単純に距離を置くことを告げられたのであれば、どうと言うことは無かった。しかしそこに別の男をちらつかされるとなると、彼のはらわたは沸々と煮えくり返った。
ヴィクターが約束の刻限にとある部屋にやって来ると、丁度執事が出てくるところであった。
扉を閉めて立ち去ろうとしたところにヴィクターの姿を認めると、彼はヴィクターの為に扉を開けて中へ誘った。
“ごくろう”とばかりに手で合図をして入ろうとすると、室内からペン立てが勢いよく飛んでくる。
角を取られたクリスタルの丸いペン立てであったが、頭にぶつかれば傷を負うには十分な重さだ。
「うおっ!」
反射的に受け止めるヴィクター。その方向を見やると、ニコラスが息を荒げて執務机から立ち上がっていた。
「どうしました?荒れていますね」
その理由も凡そ察しは付いていたが、ヴィクターは扉を閉めるとソファの一つに腰を下ろした。
「どうしたもこうしたもあるか!お前も見ていただろう!」
ニコラスは両の拳を机に叩き付ける。
「まぁ、見てはおりましたが……結局の所、どうなったのです?」
手の中のペン立てをゴトリと目の前テーブルに置く。人が荒れている所を目の当たりにすると、自身の怒りは静まって来る。
「失敗だ、失敗!こうも未然に防がれてしまうと打てる手も無い。難癖も根回しもしようが無いわ!」
ニコラスが差し向けた男たちは三人とも捕らえられた。子飼いの者達なので、目的は簡単に自供しても、動機はじっくりと黙秘を貫いてから折を見て用意した話を吐露することになっている。
それでも疑いが晴れぬようであれば、食事の差し入れも視野に入れている。
「ケダモノ一匹捕まえられないどころか、逆に襲われる始末!小動物に追われ、よりにもよって会場に逃げてくるとか何を考えている!」
たしかに大きさだけを見れば抱きかかえられるサイズである。
「それよりも問題は私的に参加された夜会とはいえ、陛下があれを王獣とは違うと発言なされたことだ」
「そいつぁ強引に行こうにも、こちらに分が悪いですね。一旦引いたほうが良いのでは?」
「くそっ、台無しにしよって!腹の虫がおさまらん!」
「……でしたら飼い主のエルフに恥の一つでもかいてもらいますか?もしくは格の違いを思い知らせてやるのはいかがでしょう」
ヴィクターはついでとばかりに、自分の(逆)恨みをはらすべくニコラスにささやいた。
「……ふむ。王獣でないグリフォンなど殺してしまいたいが、まだ利用価値があるかもしれぬ。となると今回の件も飼い主の躾がなっていないせいだな。ペットの不始末は飼い主の不始末。さて、どうしてくれようか」
言っていることは小悪党そのものなのだが、ヴィクターの発言に機嫌が上向いたニコラスであった。
★☆★☆
その様なやり取りが為されている一方で、歓楽街の奥にある建物の一室でも不穏な動きがあった。
「ふう」
ソファに腰を下ろした男の身なりはいかにも行商人風ではあったが、溜め息をつき腰を下ろした瞬間に雰囲気が一変する。
「戻って来て早々悪ぃな。んで、どやった?」
対面のソファに座る男の姿は対極的で、その派手な服装は誰が見てもその筋の大物である。しかもソファで対峙した二人が纏う空気は同一のものであった。
「苦労しましたわ。占拠していた村は解放されて、騎士団がちょくちょく巡回に来よるし、当然畑は例の雑草から普通の作物が植わってますわ」
「ちっ、クスリは売れちゃぁいるが、アレを入れてないせいで売上が今一つ伸びねぇ。一体どこのどいつのせいだ」
「元に戻っただけでしょうに。十分な稼ぎでしたし、目立ちすぎるとお上が煩いですぜ」
やってられぬとばかりに男は軽く手を上げると、行商人風の男に先を促した。
「どうもこっちのニンゲンではなさそうです。向こうの辺境騎士団が動いていたのは明白ですが、切っ掛けを作った奴がおって、それがどうもエルフらしいんでさ」
エルフが帝国で動けば一目瞭然であるが、隣の王国だとその動向は探りにくくなる。
「お前の事だからそいつの素性も調査済みだろうが、報復しようにも国境またいで行くには割が合わんぜ」
派手な服の襟元を緩め、男はテーブルに備え付けられているグラスに酒を注ぐ。
「あっしも帰ってくるまでそう思ってたんですわ。けど状況がかわりまして」
行商人風の男もテーブルの酒に手を伸ばすと、対面の男もそれを許して次の言葉を待った。いつもならば手を伸ばせないそれを、彼はグラスに注いで胸いっぱいにその薫りを楽しんでから口を開いた。
「そのエルフ、今こっちにきてますぜ。しかもラスタハール王国親善使節団の護衛だとか」
勿体つけただけの情報だ。
「……旦那に渡りをつけろ。場合に寄っちゃ、助っ人に入ってもらう」
どちらからともなくニヤリと笑い、お互いにグラスを差し出すと“カチリ”と合わせた。
★☆★☆
今日も飽きもせずお茶会からの戻りである。
よくもまぁ話題が尽きないと思ってしまう。いや、参加者が変われば同じ話題が振られては来るが、変わったら変わったで違う話題も振られたりする。
先日の夜会のあと、騎士団からのお誘いが来るようになった。間違いなく例の余興が原因だ。
既に一度、帝国騎士団の演習は使節団として見終わっている。それが今度は騎士団の訓練を見学しに来ないかとのお誘いだ。
それも一護衛でしかない俺に対してだ。
そもそもこの使節団の護衛は俺一人ではなく複数人いる。一人欠けても支障は無いだろうが“手合わせを一つ”と言われることは分かりきっている。
なので、一貫してお断りをしている。
「狩り?ですか?」
「左様。皇帝陛下主催の狩りが催されるので参加することになった」
オルセン伯爵は頷いて説明を続ける。
「皇室が所有している森があって、そこを開放しての狩りだそうだ。魔物の駆除に入ることはあっても基本狩りは禁止されている森なので、獲物の影は大変濃いそうだ」
お貴族様の狩りの場合、森に入って獲物を探すことは無い。森の奥から追い出して、弓か槍で狩るのだ。
「露払いとして鷹狩りを行うそうだから、君のとこのバドリナートも連れてくるようにとお誘いが来ている」
喉から出そうになった言葉を飲み込んだ。
あれだけ騒ぎを起こしておいて、そっとしてくれるはずも無いのだ。
今章も後半に突入です。
悪役とか悪巧みとかさせるのって本当に苦手です。悪意のある行動とかも然り。
評価・一言、お待ちしております。
今回もお読みいただきありがとうございました。




