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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
隣国にて~災難〜
143/195

秋波・蝋燭・着地

いつもの倍になってしまった……

前編・後編に切ろうかと思ったのですが、このまま更新です


どこで切ったものか分からなかったのです(*ノωノ)






今夜の夜会の会場は、ラスタハール使節団の離宮から一つ隣の離宮で執り行われる。


隣と言っても決して近い訳ではなく、移動に馬車が用いられる程度には距離が空いているのだ。


数台の馬車に分乗した一行が滞りなく到着すると、会場前の馬車廻しの広場では既に順番待ちの列が出来ている。


ならばそこで降りて歩けばよいと考えるのは平民の思考。例え残り数メートルであっても降車することなく、貴族ならば会場の正面に馬車を横付けするものなのだ。


今夜も正面口を取り仕切る一人の執事が、到着する馬車の紋章を部下に告げ、到着リストを更新していく。紋章を(そら)んじている彼がいないと、夜会の進行もままならない。


そして今夜の主役ご一行の到着を確認すると、彼は会場へ知らせを走らせ、担当の案内役を向かわせるのであった。




主賓の馬車が横付けされ扉が開くと、先ず出てきたのは帯剣したエルフだった。


周囲を確認しながら降りると馬車の横に控え、次に姿を現すのは使節団団長オルセン伯爵。


しかし彼はそのまま進むのではなく、そっと手を差し出した。


その手を取るのは、深緑を基調としたイグライツ風のドレスを身に纏うエルフ。危なげなく降車した彼女に続くのは、濃紺のイグライツドレスを纏うエルフ。彼女も伯爵の手を取り、降り立つ。


「お待ちしておりました、皆さま。それでは控室へご案内いたします」


案内役を先頭に、オルセン伯爵はエルフの令嬢を両手に花と歩を進めていく。


殿を務めるのは護衛のエルフ。彼も緊張を見せることなく、歩調を合わせて会場入りするのであった。






(ヒュウ、片方はハーフエルフって言ってたがどっちがどっちだ?)


愚痴りながらも警備をこなしていたヴィクターであったが、初めて見る主賓の女性(エルフ)たちを見て一気にテンションが上がってしまう。


(どんな抱き心地なんだろうな。耳が長いと感覚も鋭いのか?)


ヴィクターは無表情を貫きつつも、下世話な思いが止まらない。


(かぁーっ、是非とも(ねんご)ろになりたいねぇ)


視線を向けずに視界の端で女性たちを品定めしていく───と


ひやりとした気配が首筋を撫でた。


(!?)


剣気や殺気のような鋭いものではない。おイタをした悪餓鬼を、近所の大人が嗜めるような感覚。


気配を手繰ると、それは使節団の最後尾のエルフから“ゆるり”と発せられていた。


(優男にしか見えねぇのに……生意気に気を当てやがって)


ヴィクターは自分と相手の格を比べるが、どうにも判断が出来かねる。今まで対峙した事の無いタイプだ。


剣を交えれば勝てそうなのだが、底が見えそうで見えない。


などと思い悩んでいるうちに、一行の姿は会場に消えてしまった。






次々と現れる馬車からは、絢爛に着飾った貴族たちが降り立つ。


非公式とは言え皇帝陛下の参加が知らされたせいもあり、彼らの衣装は通常のパーティよりも格が高いものとなっている。格を高くしつつもやり過ぎない。今日の彼らの衣装(ヨロイ)は腐心の結果てあった。


そして当初のイグライツ側主賓の馬車が到着すると、警備隊の一員であるはずのヴィクターがいち早く出迎えた。


その姿は既に会場入りしている貴族たち一線を画す出で立ちであった。


イグライツ公爵家嫡男ニコラス。


現皇帝の甥である。


皇帝ルーカスが子沢山である為、皇位継承権は末席に連なっている程度。また、二十歳を過ぎているにもかかわらず、婚約者もまだ定まってはいないが、ゆくゆくは皇帝の娘を誰かしら娶って公爵家を継ぐものと目されている。


「彼らは?」


「すでに到着済です。夜会も既に始まっておりますれば、歓談を楽しまれておられるでしょう」


「うむ。向こう(・・・)もそろそろの筈だ。こちらはこちらで楽しむこととしよう。行くぞ」


ニコラスは当然とばかりにヴィクターに命じる。


会場の警護(しごとちゅう)の者を私用で引き連れるなど、本来であれば横紙破りなのだが、彼に言わせれば“自身の警護を命じた”と開き直るだけである。


それならば騎士団から、ヴィクターを引き抜けばいい話なのだがそれもしない。身分差が大きく開いている二人であった。




ニコラスが会場入りすると、派閥と言うほど大きくは無いが、懇意にしている貴族たちがご機嫌伺いに集まって来る。


既に会場の雰囲気は温まっており、にこやかに挨拶だけ済ませて場所を空ける者、しばし歓談して席を譲るものなどなど。


それでも懇意にしている者たちは、場所を譲りはするがニコラスの脇に侍り、新参者たちの品定めをするのだった。


ヴィクターといえば、入れ代わり立ち代わりやって来る者たちへの検めに余念がない。


それは純粋に護衛の立場からであり、彼らの意図を見定める意味でもあった。そしてニコラスもヴィクターの嗅覚を頼りにしているのであった。




身分差で挨拶をする者・される者と区別はされるが、会場を移動していれば、される者同士が遭遇することはままあるものだ。


ヴィクターがニコラスに追随して巡っていると、もう一つの“される側”に気付いた。


そのラスタハール使節団は令嬢たちに取り囲まれていた───いや、よく見ると正確には使節団の護衛が令嬢たちに包囲され、肝心の使節団一行はこれ幸いと一息ついているようである。


護衛はイケニエになったのだ。




人身御供(ひとみごくう)となった護衛であったが、相手は神ではなくヒトである。おめおめと食べられはしない。


すると令嬢たちの歓声が上がった。


遠目では何をしたか分からなかったが、何かしらの特技を披露したのだろう。


「すばらしい!何をなさったのですか?」


「それは───秘密のとっておきです」


「もう一度、もう一度見せてくださいまし!」


「とっておきは、ここぞという時に披露するもので、何度も使えるものではありません。ご容赦ください」


エルフの護衛はただ口角を上げただけであったが、うぶな令嬢たちには十分だったようで───


「「「キャー!」」」


会場に歓声が鳴り響く。




「ヴィリュークさまはお国では何をなさっているの?」


「様々な仕事を請け負って東奔西走しております。私の雇い主は大変ヒト使いが荒いのですよ」


「まぁ!お可哀そうに!」


「我が国にいらしてくだされば、そのような無体な真似はいたしませんわ!」


「HAHAHA、大変魅力的ですが、向こうには知り合いも家族もおりますので」


乾いた笑いを上げる彼は、女性に囲まれての歓談には不慣れなようで、張り付けた笑顔が今にも引き攣りそうに見て取れる。


「それは様々な任務をこなしていらした、ということですかな?」


令嬢たちの輪の外から男性の声で問い掛けられると、彼女たちはその声の主が誰か分かったようで、“さーっ”と前が空けられた。


「幾つもの修羅場をくぐり抜けた……如何にも歴戦の佇まいですな」


「結果としてくぐり抜けられたと言うだけで、なんとか辻褄合わせで見た目を糊塗(こと)しただけです」


「これはこれはニコラス殿、今宵はお招きありがとうございます」


そこへラスタハール側からオルセン伯爵が間に入って来る。帝国側の貴族と王国側の無官の護衛が、このまま遣り取りするのは礼に適わないからだ。


「オルセン伯爵。楽しんでおられるようで何よりです」


ニコラスが視線で合図を送ると伯爵もすぐに察してくる。


「ご紹介いたします。我が国の緑化研究所からナスリーン嬢と、その友人エステル嬢です」


「ニコラスと申します。若輩者ですが宜しくお願いします」


ニコラスの挨拶に、ラスタハールの令嬢たちも挨拶を返すと、そのまま世間話が始まった。


当たり障りのないやり取りをしている間も、双方の護衛は周囲の警戒を怠らない───とはいうものの、このような夜会で不審者どころか不心得者が入り込む余地などないのだが。


それどころかヴィクターの方がヴィリュークに対して意識している。


明らかに自身を値踏みされているヴィリュークであったが、令嬢たちの視線に比べればどうと言うことは無いとばかりに受け流している。


事実、遠巻きにして見つめてくる彼女たちの視線の方が、彼にとってはむず痒かった。


こうも反応が薄いとなると、ヴィクターの遠慮も無くなって来る。


なにせ目の前にいるのは、イグライツ帝国ではまず見かけることのないエルフの女だからだ。


普人とは違う美貌を、ヴィクターは視線を向けずに視界の端に捉えて堪能していく。しかも気配を殺す徹底ぶりだ。


時折彼女たちから視線が投げ掛けられるが、気取られるわけがないと高を括る。逆に視線を受けてから“気付きました”という態で、視線を返す真似までやってのける。


そして目で笑いかけてから視線を外すのだ。彼はこの視線で何人もの女性を歯牙にかけて来た。


しかし彼女たちは顔を赤らめる訳でもなく、耳を赤くすることも無かった。


いつもの手口が通用せず肩透かしを食らっていると、予想外の物が釣れて来た。


覚えのあるひやりとした気配。


それを辿ると薄く細められた眼に気付いた。


“ただの護衛対象ってだけではなさそうだな。俺の(モノ)に粉かけるなってか?”


ヴィクターはいつのまにか、どうやったらこの護衛のエルフに一泡吹かせられるか、頭を巡らせ始めた。




★☆★☆




夜会へ護衛として同伴したのに、なぜ俺に話しかけてくるのだろう?


始めのうちはオルセン伯爵やナスリーンが、イグライツ側の方々と挨拶を交わしていたのだが、途中から俺が若い女性に包囲されていったのだ。


思い返して見れば序盤に挨拶を交わした相手は、役職持ちの身分の高い男性や夫婦ばかりであった。つまりは素通りしてはいけない相手。


その方々との挨拶が済むと、床を滑るようにやって来たのが令嬢たちだ。当初、彼女たちとも伯爵らが応対していたのだが、数回言葉を交わすうちにいつの間にか会話に引きずり込まれていた。


そこからはあっという間だ。


伯爵は戦線離脱し、ナスリーンとは分断され、エステルはそもそも参戦していない。三人は俺を犠牲にして一息入れたのだ。


相手をしていると取り巻いている令嬢の中に数人、お茶会で見かけた顔があった。


そう言う事か。


お茶会参加者の令嬢が、そこで出会ったエルフの事を友人に話したのだろう。


となると暇な───げふんげふん、物見高い令嬢たちがそれを確認しない訳が無い。




それよりも今は目の前のイグライツ貴族だ。


水術を披露して黄色い歓声を浴びていると、様子を見に来ましたとばかりに声をかけられた。


そもそも遠間から値踏みされる視線は感じていた。


「如何にも歴戦の佇まいですな」


そう話しかけてくる貴族青年。それなりに剣を使えそうだが、貴族向けのスマートな剣術だろう。


それよりも問題は後ろについている護衛だ。入り口で会場警備についていた騎士が、なんで貴族の護衛についている。どういった繋がりか分からない。


そいつはとにかく胡散臭い。馬車を降りた時から、ナスリーンとエステルを品定めしていたのが気に入らない。ついつい出所を知られぬよう薄く気を当てたら、何とこいつこちらに気付きやがった。


悟らせないようにこちらも窺うが、腕が立つのは分かるが底が知れない。かもしれないが、こちとら比較対象とする剣を交えた相手はごまんといるのだ。


……ばあさまより下だな。


ばあさまより上などいてたまるか。数段下と分かれば如何とでもなる。


くそっ、見逃してやっていたら性懲りもなくナスリーンとエステルに秋波を送ってやがる。


二人をこの場から連れて帰るわけにもいかないし、そろりと気の刃で撫でつけてやれ。




俺達の静かな攻防に気付いたのはエステルだった。相手の護衛からの秋波を無視した結果、俺達が視線で牽制しあっていると気付いてしまった。


「そちらの護衛の方、そのように見つめないで下さい。困ってしまいますわ」


猫を被ったエステルというのも珍しい。


ん゛、ん゛。勘違いさせるからやめなさい。


「これは失礼。あまりの美しさに、護衛(しごと)も忘れて見とれてしまいました」


「ヴィクター、仕事を忘れて貰っては困るな。それにナスリーン嬢の美しさだって、エステル嬢に負けてはいないよ」


「まぁ、ニコラス様ったらお上手」


これは仕事だ。ナスリーンの朗らかな口調も親善使節団の仕事だ。


そして俺も黙って仕事(ごえい)を為すのだ。




「君、我々が彼女たちと談笑しているからと言って、そのように睨むものではないよ。美しい花を愛でてしまうのは仕方ない事なのだよ」


ニコラス某、お前はナスリーン狙いか。


「仕方ない事です、花を愛でるだけならば。しかしその花を手折ろうものなら、|私がこの剣で守ります《その手を切り落としてくれます》」


HAHAHAとばかりに笑いながら、気を絞って二人に浴びせつけてやる。


俺の裏の意思を知らない周囲の令嬢たちから黄色い歓声が上がり、ヴィクター某は平然としていたがニコラス某の口元は軽く引き攣れを見せる。


「ほ、ほう、お二人は頼もしい騎士(ナイト)をお持ちでらっしゃる。いかがでしょう、武威をお示しになり不埒者を遠ざけるというのは?」


嫌がらせか?やり口がせせこましく鬱陶しい。


「武威などと、大袈裟な物言いをなさらないでください。私にできることは、精々彼女たちの盾となり、仲間の応援が駆けつけるまで時間を稼ぐくらいです」


そこの二人!俺が水鳥流剣術の目録に限りなく近い、というよりそれ同然の切紙持ちなのを漏らすなよ。こら、不満そうな顔を止めなさい。


「何をおっしゃるやら。私が仕合ったとして、何本取れるか分かりませんぞ」


「その通りです、謙遜なさらずに。皆さん、彼の実力を見て見たくはありませんか?」


ヴィクター・ニコラスの両名が言葉を継いできた。何が目的なのか、ただ困らせたいだけなのか?


「世辞でもヴィクター殿が認めたぞ」

「相当な使い手なのか?」

「もしそうならば見て見たいな」


ニコラスが拍手をすると、それにつられてパラパラと広がり、遂には無視できない規模にまで広がった。




断るに断れない状況になってしまっている。


退屈を持て余している貴族というものは始末に負えない。それを紛らわす為に余興を欲しているのだ。いつぞやの茶会の令嬢と一緒だ。


こうなると腹をくくって、ちょっとした一芸を披露したほうが終息は早かったりするものだ。


「この場で仕合う訳にもいかないでしょう。剣を使った余興というのは?」


“仕合ったら”といった言葉を発したヴィクターも巻き込んでやる。こいつの手の内も明かさせてもらわねば割に合わない。




「私一人、技を披露しても分かりにくいでしょう。比較対象として何かお手本をご披露ください」


ヴィクター某に先行を押し付けてやる。


パーティ会場内でやるとなると、威力を競う技は迷惑になるので、こいつもその辺りは忖度するだろう。


ふふ、渋い顔をしてやがる。ヒトを嵌めようとするからこうなるのだ。


「それでは燭台に火を灯してください」


ヴィクターの言葉に準備が整えられる。


会場の真ん中にテーブルが一つ、その上に燭台が用意されると蝋燭が立てられる。新品のそれに火が近づくと、まだ長めの芯は数瞬チリチリと音をたてて燃え始めた。


観衆の注目を浴びるヴィクターであったが、緊張などは見受けられず、観衆に距離を空けるよう指示を出したり、前列の者達へは後ろも見えるようにしゃがむように声をかけていく。


随分と手馴れているが、初めてではないのかもしれない。


その蝋燭を挟んだ向こう側には、ナスリーン・エステルをはじめイグライツ貴族の令嬢やご婦人方が列を成している。


「では」


その宣言にざわつく会場から音が消えた。


ヴィクターは勿体付けずに剣をすらりと引き抜くと、肩口でピタリと構える。


視線は蝋燭を見つめているのだが、その向こうの女性たちは自分が見つめられていると錯覚してしまっており、数名の女性は身震いを堪えるためにしっかりと自身の身体を抱きしめる。


「んっ」


気負いも見せず右から左へ剣が薙ぎ払われるが燭台は微動だにしない。


しかし蝋燭からは火が消え、長剣の上には斬られた芯の切れ端が載っていた


「「「おおぉ!!」」」


万雷の拍手が沸き起こり、彼は剣の上の芯を落とさぬよう観客に見せて回り、最後に使用人の手のひらに落として処分を命じた。




「さぁ、あなたの番です」


ヴィクターは剣の精密性を披露した。単純に消す程度なら、剣術道場でやらされたので俺にも可能だ。


しかし芯を切り落として剣に載せるには、芯の長さも得物の幅も足りていない。


さてどうするか。


観衆のざわめきは止まらない。


「あの重さの剣であの精確さ、できるか?」

「レイピアならまだしも、ちょっと自信がないな」

「あのエルフは何を披露するのか?」


よし、あれをやるか。思いのほか俺は負けず嫌いだったようだ。


少しズルしてやれ。


「参る」


大きな声ではなかったのに、おしゃべりはピタリと止まった。


蝋燭の向こうのナスリーンとエステルの眼は好奇に満ちており、思わず笑いの吐息が漏れてしまった。そうしたら隣にいた妙齢のご婦人の頬がさっと朱色に染まった。


ヴィクターへ色気のある視線を送っていたので覚えていたのだが、身なりからして既婚者であることは間違いない。少女の様に頬を染めるさまは可愛らしいのだが、この後アプローチしにきそうな熱のこもった視線が返ってくる。いや、自意識過剰か?


気持ちを切り替えよう。息を吸って、吐いて、吸って、止める。


ゆっくりと腰をかがめ、鯉口を切り、添えていた手は柄を握り締めると───


二閃。


剣は二度振るわれた。


一閃目は蝋燭の下三分の一を残して斬り、二閃目はで宙に浮いた残りを半分にした。


剣はそこで静止。


下三分の一は燭台の上。


中央三分の一はテーブルの上を転がった。


上三分の一は───燃え盛りながら細身の剣の上に静止していた。


「「「おおおお!!!」」」


結果、歓声と拍手が降り注いだのである。


とまぁ格好つけたのであるが、切り飛ばすだけなら造作もない。だが剣の上に乗せて静止させるために、剣に纏わせた水で固定したのだ。


この場にばあさまがいようものなら、“わたしでなきゃ見逃しちゃうわね”と耳打ちをしてくるだろう。


いや、この場の者達には看破できない……はずである。


ともあれ我が姫君たちは満足げに拍手をしている───のだが、隣のご婦人の目の色も拍手の勢いもちょっと違う。


妙なことにならねば良いのだが。




「はっはっは、双方見事である。なかなか見応えがあったぞ」


唐突にかけられた声に、周囲のイグライツ貴族だけでなくニコラスまでが一糸乱れず畏まるではないか。


「よいよい、楽にせよ。今日の儂は娘のエスコート役だからな」


「皆さま、お邪魔させていただきますね。噂の方々とお会いしたかったのです」


にこやかに登場したのは現皇帝ルーカス・イグライツと、その第四皇女ローラであった。


恐れ多くも一国の主が娘のエスコート役として現れるとは、結構身内には甘いのかもしれない。ただその身内と(みとむ)るのが自身の血縁まで広いのか、それとも自信の子供までなのかは分からない。


“普通に考えれば子供までだろうな”


それでもいざという時は、容赦なく損切りするのが王の務めと聞いた事がある。


うちの国ではナスリーンも王族なのだと思うと、彼女の幼少期に何が起こったか窺い知れない。


ただ彼女が生まれた時に、ばあさまが召還された事実を鑑みるに、相応の混乱があったはずであるし、こちらが詮索するものでもない。


現状(ないがし)ろにされていないなら問題ないのだ。


などと考えながらも護衛をこなす。


伯爵と彼女たちは皇帝陛下と皇女様と歓談中だ。


しかし和やかな雰囲気はここまでだった。


会場の外からヒトではない金切り声と威嚇音が鳴り響いた。




★☆★☆




バドの捕獲に失敗した男たちは、難無く離宮から脱出する。


しかし建物から脱出できただけであって、敷地内の外周にある木立へ向けて走っていくのだが、行きと違って物陰に隠れることなく、それは一刻も早い脱出を目指した動きであった。


だがその行動は敷地内にある魔力灯に姿を晒すことを意味する。


“KiryuryuryuuuAAA!”


そう、照らされていればバドの目からは逃れられない。


視認からの全速で飛来したバドであったが、距離が空きすぎており急降下して爪で切り裂こうとするが、逃亡者たちは木立の暗がりに辛くも滑り込んだ。


手近な枝に止まり相手を探すバド。しかし音はすれども姿が見えぬ。音を頼りに追おうにも、暗い森ではバドの目は役に立たない。


手をこまねいていると、彼の脳裏に指示が飛んでくる。それは確かにこう聞こえたのだ。


“待ち伏せなさい”


バドは森を駆け出し、指示された方角へ飛び立った。




森の暗がりに逃げおおせた男二人であったが、他人より夜目が利くとは言ってもヒトである以上限界はある。


可能な限り急いだ二人であったが、百戦錬磨のサミィの追跡を躱せるはずもない。


“ぐるるるるるる……”


ヒトとネコの体格差から考えれば、このように威嚇されても恐怖は感じない筈。


しかし二人は、あちこちから放たれる砂礫に気勢をそがれ、森の奥に逃げようとすると回り込むように樹上から襲い掛かられる。


それはサミィの指示で砂の精霊が砂礫で逃走路を誘導し、大きく外れそうになるとサミィが立ち塞がっているのだ。


既に男二人の身体は、砂礫の打撲痕と爪による切創が刻まれ、特に命に係わる傷ではないのだが、痛みが彼らの神経をすり減らしていく。


視界の利かない場所で襲われ続けるとどうなるのか。生かさず殺さず攻撃されると、見えない恐怖から男たちは明かりを求めて走り出すのは、仕方のない事だと言えよう。




“あかり、あかり!!”


男たちは明かりを求め、茂みから音をたてて飛び出した。


飛び出した先は夜会の会場の庭園である。


無論そこには騎士達が万全の警備態勢を敷いており、不審者へ停止命令を下すのは当然である。


「何者だ!止まれ!」


「助けてくれ!」


男たちは騎士たちの命令を聞く余裕もなく、足を絡ませそうになりながらも助けを求める。


“シャァァ!”


闇より爛々と光る瞳が飛び掛かる。


「ネコ?」


身構える騎士達であったが、小さな姿の正体が分かると迎撃の手も緩んでしまう。


割を食ったのは逃亡者(おとこたち)だ。稼いだ距離を騎士たちによって潰され追い付かれてしまった。


とっさに騎士の脇をすり抜けて再逃亡を図る男。


サミィは標的と入れ替わった騎士の鎧の隙間に爪を立て、肩まで懸け上がり跳躍するが獲物を捕らえる事は叶わず。


“にゃうぅるるる……”


そのひと鳴きに柳の葉(すなのせいれい)が地面を砂走り合流するが、その姿を認識できたものはいなかった。




遂に会場の庭園へ逃げ込めた二人。果たして逃げ込めたと言えるのだろうか。


庭園の魔力灯に姿を晒した男が、上空で旋回していたバドに見つからない筈がない。


バドの急降下による攻撃は、爪による切創を目的としている。


翼を畳んで急降下すると、狙い過たず勢いを獲物の身体に爪を立ててブレーキとする。


「ぎゃあああぁぁ!」

“Kyiryuuaaaa!”


獲物(おとこ)は腕を切り裂かれながら引き倒され、追撃とばかりに顔面を襲う爪と嘴を負傷した腕で庇うのだった。




もう一人の男は一旦騎士の横をすり抜けたに見えたが、そうはさせじと腕を振るった騎士によって地面へ引き倒される。しかし横取りされたと思ったサミィがそれに怒った。


“ぐるるるるぅぅぅぅ”


抗議と命令するような鳴き声を発し、尻尾を立て、ひげを震わし、歩み寄るサミィ。


捕縛している騎士も、騒ぎに寄って来た夜会の参加者も何事かと見守っていると───


“るるるぁああ!”


首だけ残して男は砂に埋められた。捕らえていた騎士も砂にまみれたが、咄嗟に飛び退ると大した抵抗もなく脱出できたのは、サミィが騎士を対象にしていなかったからであろう。




★☆★☆




遠くでバドの威嚇する声がした気がした。


出発時に部屋で眠りについたのを、確認して夜会にやって来ているのだが、そんなはずはないと聞き流していたら、今度ははっきりとサミィの声が鳴り響いて来るではないか。


しかも庭園からは警備の者の誰何の声がしてくる。


目の前で皇帝陛下が視線で不快感を示すと、すぐさまホスト役でもあるニコラスが声を上げる。


「何事か!確認しろ!」


しかしラスタハール側としては心当たりがあるのだ。


オルセン伯爵をはじめナスリーンやエステルに視線を投げ掛けると、流石に天を仰ぐような分かりやすい態度はとっていなかったが、必死に苦虫を噛み潰すさまを堪えている。


「ちょっと失礼します」

「ではわたくしも」


お花摘みでないことは分かっているので、こちらも目礼をして彼女らに続く。


当然向かう先は廊下側ではなく、庭園への出口だ。


バルコニーへ出ると既に物見高い貴族たちが、騒ぎに原因達の活躍を観戦中であった。




“ぅるるるるる……”

“Kyuryuieee!”


一目瞭然だった。


サミィは男の頭が載っている砂柱の周りを威嚇して回り、バドは地面で丸くなっている男へ散発的に攻撃を加えている。男たちが何をしてここまで彼女らを激怒させたか知らないが早急に止めねばならない。


「バド!サミィ!そこまでだ!」


サミィはすぐに落ち着きを取り戻すが、砂柱はそのままにしてこちらに駆けてくる。しかしバドの興奮は収まらず、男の周囲を巡りながら時折憂さを晴らすように爪を振り下す。


「落ち着け!」


バルコニーから飛び降りて、バドを後ろから両手で掴み上げると、羽に打ち据えられるままに、宙高く放り投げる。


すぐさま上着の裾を跳ね上げ、隠れていた腰のポーチから肘までの革の手袋を取り出し、装着しながら呼びかけた。


「バドリナート!」


興奮が冷めないバドは呼びかけに応えず、魔力灯に照らされている庭園の外周を旋回していく。


「おぉ」

「王獣だ」

「グリフォンだ」


衆人からどよめきが上がる。


(ちっ、失敗するとは)


一人、周囲と違う呟きを飲み込んだのは誰だったのか───


「バド!バドリナート、戻ってこい!」


三度目の呼び掛けで、やっとバドは落ち着きを取り戻した。


“Kyururuaaa!”


ひと声上げてこちらに向けて旋回。こちらは革手袋をした左腕を水平に掲げて待ち受ける。


正面から大きく羽を広げて滑空してくるバドは、思いのほか大きく見える。


足が鉤爪ならば革手袋に止まればいいのだろうが、バドの場合は独特である。


俺の手前で勢いを一気に落として翼を畳み、革手袋の拳の上から腕を伝って肩まで歩くとそこで反転。


耳元に羽のくすぐったさを感じながら肘を折り身体の前に構えると、バドは肩から腕にかけて寝そべる。


「「「おおぉ!!!」」」


周囲のどよめきをよそに見渡すと、男たちは警備の騎士達に取り囲まれ、サミィはちゃっかりとナスリーンの腕に抱かれている。


さらに奥の窓際には、サプライズゲストの皇帝陛下がにっこりと手招きしているのが見える。


“どう説明したものか”


とにかくまずはバドを落ち着かせようと、彼の身体を優しく撫でるばかりであった。









サミィはバドの教育の為に、追跡の手を緩めております。


お読みいただきありがとうございました。

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