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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
隣国にて~災難〜
141/196

庭園・東屋・書斎






イグライツ帝国より宿泊に当てられたのは、使用されていない離宮の一つだ。


数代前から皇帝が多数(・・)の妃を娶っていた時の名残で、小さな宮殿と言っても過言ではない。それでも複数(・・)の離宮が現在も使用されている。


建物も部屋数もそうだが、当時の妃が使うにふさわしい装飾が施されている内装は、現在もしっかりと維持されている。そして庭園にも四季折々の花が植えられ、季節が過ぎた区画は庭師が来年に備えて手入れを施すのだ。


“Kyururuaaa!”


その庭でバドが歓声を上げて飛び回っている。


ヒトとの生活に慣れ、室内で大人しくする事が可能になったとはいえ、バドの本能を抑えることは難しい。


本来の生活圏は屋外で、小さくともグリフォンであるバドは、やはり外で羽を広げる事を好む。


そんなバドの様子を見ながら、サミィを先頭に俺たち三人は庭園の小路を散策していた。


そう、この散策の主役はバドとサミィなのだ。




時折サミィは、庭の目新しいものの中からお目当てを見つけると、駆け出してふんすふんすと対象の確認に余念がない。


バドも飛び回っているばかりではなく、程よい木の枝が生えていれば、翼を広げてブレーキをかけ着地。


少し休憩してそこからは飛び立たず、ネコの四肢を駆使して木の上まで登って高度を稼ぎ、そこから飛翔するのだ。


「楽しそうだね」

「満喫しているって感じ」

「砂が無くても何とかなるもんだ」


上空を旋回していたバドが何かを見つけたのか、翼を畳んで急降下を仕掛ける。


“Kyeieee”


だが直前で目一杯に翼を広げて速度を落として着陸。


「バド~、どうしたのー」


ナスリーンもエステルも普段着ている楽な服装ではない。離宮(このばしょ)に相応しいドレスを身に付けている。


そして何を見つけたのか、服装に相応しい速度で急いで近寄ってみると、そこに居たのはまだ若い三毛猫だった。


これがバドではなく本当の猛禽であったら、三毛猫は鉤爪に捕らわれ餌として連れ去らわれていただろう。


サミィに躾けられたバドだったからこそ、三毛猫を驚かすに留まったと言える。


「おーおー、びっくりしちゃったねぇ。だいじょうぶですよー」


ナスリーンが三毛猫を抱き上げる。猫はナスリーンの腕の中で、目を見開いて固まったままだ。


「誰かが飼っているのかな?」


「でしょうね。毛並みからして野良じゃないでしょ」


ナスリーンとエステルがネコを囲んでいると、ヒトの気配が近づいて来る。


「ローラ様、こちらは立入りを禁じられている離宮です」


「ミネットがこちらに行ってしまったのです。保護する為なのですから、そのような些末事は無視なさい」


その会話は二人にも聞こえたようで、視線が合うと口元がほころんだ。


「サミィ、バド、お客が来たようだ。威嚇するなよ」


ドレスの二人の前に移動し、二匹も俺の両脇に控えるのと、声の主が姿を現したのはほぼ同時であった。




「!!」


突然こちらの姿を視認して、声を上げなかったのは流石だろう。


二人を背後に庇い正対するする俺に向かって、メイド姿の少女(女性と言うにはまだ幼い)も庇うように主の前に立って詫びてくる。


「無断での立入り、申し訳ございません。目的を果たしましたら直ぐに立ち去りますのでご容赦ください」


メイドの少女は目を伏せ詫びの姿勢から上体を起こさないが、庇われているはずの主人である少女は目を輝かせ、俺の足元に待機している二匹に興味津々である。


「楽になさってください。この子を探されていたのでしょう?」


そんなことも露知らず、ナスリーンがネコを抱いて背後から出て来ると、主人格の少女も状況が分かったようだ。


「ミネット!探したのですよ!」


ナスリーンに向けて飛び出すと、彼女の栗色の長い髪がひるがえる。


「うちの子が驚かせてしまって、今ちょっと緊張してしまっているようです」


ナスリーンから少女への腕の中に納まる三毛猫。耳をぷるりと振るわせ、少し落ち着き始めたようだ。


「お見掛けするに、砂天使と王獣を従えておられているようですが、ラスタハール王国の方でいらっしゃいますよね?」


少女はこの場にいる者たちを確認すると、自分達(・・・)の自己紹介を始める。


「ローラと申します。それから私のメイドのカレン。最後にこの子がミネットです」


通常であれば己の身分と名前だけ告げればよい所を、彼女はそうはせずに自身の関係者も紹介した。


つまり彼女は、この場の出来事を私的なものとして扱うつもりなのだろう。


「ご丁寧にありがとうございます。ナスリーンとお呼びください。それからエステルにヴィリューク。それと後……砂天使と王獣というのは?」


ナスリーンの紹介に合わせて会釈を交わしたが、最後のそれは俺も気になった所だ。


「顔つきから見るに、そのねこちゃんはスナネコでしょう?砂漠に生息していると書物で読んだことがあります。それから───」


ローラは改めてバドを見ると、小首をかしげてしまう。


「鷲頭に身体は獅子、背中の羽で大空を飛翔するというグリフォン……ですが、前脚は鉤爪ではないのですね」


「ええ、まぁ……スナネコがサミィ、グリフォンがバドリナート、バドって呼んでいるわ」


「ねぇ、立ち話もなんだし、お茶でも一杯どうかしら」


割って入ったエステルが指さす先には、季節外れの区画の薄汚れていた東屋が立っていた。


「お茶をご一緒したいのはやまやまですが、道具を用意しているうちに時間が経ってしまいそうですので───」


その言葉が終わろうとした時、東屋が水球に包まれる。


二人があっけに取られるのをよそに、水球が渦を巻いたのも一瞬。その水は排水路を勢いよく流れていく。そして残りの湿気は霧となって風に流れていった。


「おぉ~きれいきれい。上等じゃない?」


「よし、問題なし。時間は───軽く一杯の時間も厳しいか?」


そこで初めて二人は、遭遇した三人の男女の耳が普人より長く、その内二人がさらに長い耳を持っていることに気付いた。


「で、では軽く一杯だけ」


ローラは何とかその一言を絞り出せたのだった。






まず着席するのは身分が上であろうローラとナスリーンである。


そして薄い付与ポーチから道具が次々と並べられていくのを、イグライツの二人は目を丸くして見ていた。


しかしエルフの男女が各々のポーチから出す道具は明らかに用途が違う物。


「ここは紅茶でしょう?」

「コーヒーじゃないのか?」


エステルはドレスに合わせた自身のポーチから茶器を取り出して並べ始めた。


「あなたの普段使いのセットじゃだめよ。ここは砂漠の真ん中でなくて離宮のお庭なの!」


「まぁまぁ。お客様に選んでいただきましょう。コーヒーと紅茶どちらになさいますか」


この場合ナスリーンがホステス役になるのだろうか。結局コーヒーを選んだのは俺だけ、他の四人は紅茶を選んだ。


一人我を張ってコーヒーを飲むのも大人気ない。仕方なしに大人しく水係りを務める。


エステルに言われるがまま、熱湯を呼び出してポットやカップを温め、その湯を捨てるのも受け持つ。使った湯は霧状にして風下に流し、茶葉の入ったポットに指定された温度で新たに入れる。そこはそれなりの期間、一緒に旅した間柄だ。彼女が指示する塩梅は分かっている。


エステルによって配膳され、お茶うけに彼女の作り置きのクッキーと、俺からも干しデーツを提供する。


“あんたも好きね”といった視線がくるが、これからずっと食し続けると決めたのだ。いいじゃないか。




お客はお茶もお茶うけもお気に召してくれた。


干しデーツの粘性のある食感と甘さは初体験だったようで、エステルのクッキーと共に順調に消費されている。


この席を設けた理由の二匹と言えば───


少し離れた所でじゃれ合っている───と言うより三毛猫を二匹が構ってやっている。二匹と一緒に居られる所を見ると、内気な猫ではないようだ。




「少し強引にお引止めしたのは───」


ナスリーンの新たな話題に、二人の表情が引き締まる。


「砂天使、というのは好意的な別名と推察しますが、グリフォンを王獣と呼ぶのは何故ですか?少なくともわが国では、その様な呼称を用いません」


「───それは、この国の建国史によるものです」


ローラは言葉を区切り、お茶で口を湿らせる。


カップのお茶が少なくなっていることに気付くと、ゆっくりと水球を生み出すのに合わせ、エステルがポットと茶葉の準備をする。


「帝室に連なるものや貴族であれば、最低一度は建国史を紐解いて歴史を学びます。一番初めに登場するのは勿論建国王であらせられるのですが、その傍らにいたのがグリフォンでした」


熱すぎず温すぎず、ポットに湯を注ぐ。


「一人と一匹は生涯共に過ごし、戦乱をくぐり抜けて建国の礎となったのです。故に王家の紋章はグリフォンとなりました。その後、皇帝即位時にグリフォンが寄り添った例が二回。いずれも継承権争いが発生した際に、グリフォンが傍にいることで決着がついたのです」


「もしかして現在の皇位継承になにか問題が?」


「いえ、その様な事は」


そっと胸を撫で下ろす。きな臭いと決めつけるには早すぎたようだ。


ポットを温めたお湯は再度風下へ流す。今度は鬱蒼(うっそう)と茂る腰の高さの生垣の一角へ、水をやる様にしっかりと(・・・・・)かけてやった。


ポットの蒸らしも済み、エステルが新たなお茶に交換していく。適温で淹れたからすぐに口にできるはずだ。


「ですが、あの子は王獣とは認められないでしょう」


「それは何故ですか?」


「王家の紋章は、後ろ脚で立ち上がり、羽を広げ、前脚の鉤爪を振りかざしている姿です」


自然と皆の視線がバドへと集まる。うん、猫の前脚である。


「つまりそう言う事です」


ローラは肩をすぼめ、眉尻を下げ、申し訳なさそうに話題を〆た。


「貴重なお話をして頂きありがとうございます」


なにも無いとは思うが、何かあった時この話を知っているのといないとでは、対処が違う事になるだろう。


二杯目のお茶もお茶菓子もきれいに無くなり、イグライツの二人は(いとま)を告げた。




「土産にこれを持って行ってくれ。構い過ぎも良くないが、適度に相手してやることは必要だ」


それは端切れを丸めた物。短めの棒に太い糸を結び、その先にはお手製の疑似餌。もちろん針は付いていない。


「どうしたの?」


「や、バド用に作った。鷲よりもネコの特性の方が顕著ではないかと。もちろん新品だ」


「「クスクス」」

「それで遊んでやっているんだ」

「なんだかんだ言って可愛がっているよね」


女性四人にそろって笑われる。


「やるから、これらで構ってやるといい。しっかりと遊んでやれば、今回みたいなやんちゃも無くなるだろう。もしくはいっそ、リードを付けて散歩に連れていくとかだな」


誤魔化すように言葉を継いでいくと、二人と一匹はようやっと帰っていった。




★☆★☆




夜も更け書斎の机を魔導ランプが照らし出す。


書斎ではただ書類を捲る音のみが響いていた。


部屋の主が書類に目を走らせているとしっかりしたノックが響き、“入れ”との許可を待って執事のお仕着せの男が扉をくぐり抜けてくる。


「暫し待て。もうすぐ読み終わる」


執事服の男が口を開く前に、その主が遮った。


しばしのち読み終えた書類を文箱に放り投げると、ようやっと部屋の主が男に向き合う。


「それでカーツマン商会を伴ってきたエルフは何者だった?」


「男は随行員名簿に載っておりましたのですぐに分かりましたが、女は名前しか分かりませんでした。ですがナスリーン殿下に近しいものであることは間違いなさそうです。それと男の方ですが、念のため“書庫”で検索をかけさせましたところ、とんでもない係累に連なる者のようです」


机に滑らしてくる報告書を主は手に取り、軽く斜め読みをして目を細める。改めて始めから読み込んで、ため息とともに文箱に放り込んだ。


「切り裂きジャスミンの孫とか何の冗談だ。お伽話の登場人物が孫を送り込んできたと?」


「恐れながら、切り裂きジャスミンことヤースミーンなるエルフは今も存命です。ラスタハール王国の山奥の村で、現在も隠居中であることが確認されております。娘は行方不明ですが、その孫はこうして我が国に足を踏み入れました」


「帝国史に記されているとはいえ、内容が迷惑話とか眉唾物であろう。わざわざ記載した者の気が知れぬ。それでその孫も我が国の疫病神に成りうるのか?」


主は革張りの椅子に身体を預けて問い質す。


「可能性は低いと思われます。あちらの国において()のエルフの仕事ぶりには一定の評価がありますし、度々人命を救っているとのこと」


「その高潔なエルフが王獣と砂天使を引き連れて来たと?」


にじみ出るのは苦い表情である。彼にとっては要らぬ来訪であったようだ。


「ですがそれもローラ様のお陰で要らぬ懸念となりました」


「どういうことだ」


主の()め付ける視線に、居心地の悪さを感じながらも執事は続ける。


「ローラ様の飼い猫が迷い込んだ先が、散歩中の彼らの元でした。猫を探していたローラ様はそこで(よしみ)を結び、王獣の姿を間近で検める機会を得られると、それが王獣でないことを確認なされました」


それを報告できるという事は、彼がその近くに潜んでいたという事だ。主は無言でその先を促す。


「それは鷲の鉤爪を持たず、猫の前脚でありました」


主が机の上のインク壺を見やると、そこには鉤爪を振りかざすグリフォンの紋章が刻まれている。


「ふふ、鷲でないばかりか、獅子ではなく猫の前脚では格好がつかぬわな。ランクを引き下げろ。陰からの監視ではなく、控えめな護衛に切換えるように」


言い換えると、対象と周囲にはそれとなく護衛についている事を気付かせ、トラブル避けに徹しろという事である。


「畏まりました」


彼はすでに監視対象に気付かれ、嫌がらせをうけた(水をかけられた)事を、この部屋の主、皇帝(・・)ルーカスには報告しなかった。




★☆★☆




男は報告を受け、部下に向かって声を荒げた。


「王獣が見つかっただと?!何としてでも手に入れろ!!」


別のとある書斎では、異なる思惑が動き始めていた。







評価・一言お待ちしております。


お読みいただきありがとうございました。



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[良い点] 面白い! [一言] 砂天使…主人公は聞いて納得出来なそう(笑)
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