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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
隣国にて~災難〜
140/196

遅参・メイド・鴨葱






「延着の知らせがあった要人から先触れが届いたと?」


「はっ。宿泊先からラスタハール王国の使節団へ連絡が届いたそうです。それによりますと明日(みょうにち)迎えを送って欲しいとの事」


ラスタハール王国の親善使節団の宿泊には、離宮の一つを整え宛がわれていた。先方からは遅れて到着する者がいると引継ぎを受け、その部屋の準備は後回しにしていたのだ。


離宮を取り仕切っている執事長とメイド長はすぐさま打ち合わせに入る。


上からの無茶振りには慣れているといえども、無茶をその都度つじつま合わせをしてきた二人である。


「それと」


「何かまだあると?」


部下へ先を促したが、次の言葉を聞きたくはなかった。


「当初男性一名が遅れて到着との事でしたが……さらに女性が一名、追加……だそうです」


“女性”の言葉にメイド長が額に指先を当てて考え込み、執事長は片手を顎に当ててうつむいた。


王国側はメイドを随伴していたが、確認している人数はハーフエルフの要人(ナスリーン)に対する人数だけである。となると帝国(こちら)側である程度の人員を追加しなくてはならない。


ただでさえ気を遣う他国の要人相手の仕事はやりたがる者がいない。誰しも勝手の違う仕事はやりたくないのだ。


「それでも何とかせねばなるまい」


「そうですね」


仮にも王宮勤めをしている者達だ。文句が出ようがやらせるまでである。


執事長とメイド長は、追加する人員を脳裏でピックアップし始めた。




★☆★☆




遅れて到着とはいえ俺は使節団の護衛程度なのだから、裏門とか使用人通用口からでも合流すればいいと思っていたのだが、そうはいかないらしい。


魔道書簡で帝都到着を知らせていたのだが、それに前後してネルソン氏も先触れを出してくれていたのだ。


「ご親切は有難いのですが、そこまでしていただくのは大変恐縮なのですが」


「好きで手をお貸ししているだけですのでお気になさらずに」


帝都到着後、門をくぐり抜けた先の広場で(いとま)を告げるつもりが、(なだ)(すか)され店まで連れていかれると、そのまま店内に招き入れられてしまう。


しまいには応接室に案内され、香り高いお茶を前に談笑(・・)が始まった。


「して、滞在はいつまでのご予定でいらっしゃるのでしょう」


「全予定が終了するまでですから一月近くでしょう。早く合流しないといけません」


曲がりなりにも護衛役なので、呑気にお茶を飲んでいてはいけない筈なのだ。


「ナスリーンの顔を見たら、私はすぐにでも帰るわ。部外者だし何よりこの子たちを連れて一人観光とかできないしね」


部屋の隅には大きな籠があり、その中でサミィとバドが並んでうたた寝している。


「おや、そのおつもりでしたか。これは弱りましたな、少々余計な事をしてしまったかもしれません」


手にしていたカップをソーサーに戻しながらネルソン氏は言う。


「“エルフの男女”が向かうと先触れを出してしまいました。同列で記載してしまいましたので、今頃向こうではお二人の分のお部屋や食事などの準備、お世話をする人員の手配が進んでいるはずです」


「すぐに帰るって訂正するというのは……」


「貴族同士の私的な会食ならまだしも、国同士ですからそれは避けた方が賢明かと」


“えええ~”と天を仰ぐエステル。


「身内同士のちょっとした挨拶だけのつもりだったのに!───行ったら公式行事に参加させられるとか無いわよね」


「宮中晩餐会に席が設えられる事も、身構えていたほうがよろしいかと思います」


しれっとのたまうネルソン氏。


「んもう!余所行きの服なんか持ってきていないわよ!どうするの……よ……、ひょっとして……」


“むう”とネルソン氏をエステルは睨むが、氏は平然と受け流していく。


「誼みを結びたかったのは認めましょう。ですがそれ以上は考えておりませんでした」


これは俺のせいでもあるだろうし、ここはひとつ───


「エステル、詫びと言ってはなにだが、一着俺がプレゼ……ん゛ん゛、代金を持とう」


「いいの?」

「よろしいのですか?」


俺の申し出にエステルは俺の手を握って喜び、ネルソン氏は恐縮半分といった笑みを浮かべる。


「勿論だ」


「でもナスリーンのも無いと不公平よね」


そうだった!彼女の事だ、絶対泣いている。


「も、もう一着お願いできるか?」


「勿論でございます。採寸は当然いただくとして、フルオーダーでは時間がかかり過ぎますな。デザインは既存の物をアレンジするとして、生地は厳選せねば。───すぐに人を集めなさい」


ネルソン氏の合図に、控えていた彼の部下が部屋から出ていく。あ、これは服の代金だけでなく、特急料金も発生するやつだ。……これがもう一着とか、貯金が目に見えて目減りすること確実だ。


まぁ、もともと無為にため込んでいた金だ。使い道が見つかってよかったのかもしれない。


俺はソファへ沈み込むように身体を預け、採寸の為に部屋を出るエステルへ手を振り見送った。




★☆★☆




なぜか私がラスタハール王国の使節団付きになってしまった。しかも使節団の到着後に、だ。


親善使節団と言われても、何をしているかなんて一介のメイドには分かりゃしない。


いつも通り失敗しないように、ご機嫌を損ねないように立ち回るだけよ。


けれど!


なんと!


今回のお客様はいつもと違ったの!


イグライツ帝国では見るのも珍しいエルフが使節団に居たのよ!


初めてのご挨拶の時、私たちはメイド長の後ろに控えて整列していたのだけど、ハーフエルフの女性がいたことに気付いたの。うっかり見惚れて口が半開きになってしまい、慌てて口元を引き締めたわ。


それも私だけでなく他の皆もそうだったみたいで、部屋の空気が変わったのが分かるほど。


しかも遅れて到着した使節団の方たちもエルフ!しかも二人の男女!(ヴィリューク様とエステル様って言うのですって!)


旅装であったにも拘らず、静かに佇む姿は目の保養としか言いようがなかったわ。




到着したエルフのお二人を、使節団の方たちの打合せ室へご案内した時なんか、ハーフエルフのナスリーン様が駆け寄って涙ながらに抱き付いたの。


ヴィリューク様は宥めるように背中を叩き、エステル様も二人を一緒に抱きしめる様は涙があふれてしまったわ。


事前に耳に入っていた噂では、ヴィリューク様は嵐の海で遭難した所、自力で生還してナスリーン様の元へ帰って来たのですって。


これはもうロマンスよ、ロマンス!護衛騎士が姫君を守るために生還(かえってきた)とか、もうロマンスでしょ!んもう胸がキュンキュンしちゃうわ!


え?何で知っているかって?そこはメイドの情報網よ。メイドに聞かれたお話しは、あっという間に広まるのよ。


尤も、広めちゃいけない類いを弁えていないと、王宮勤めはできないけどね。




そしてエルフのお二人と一緒に来たのは、なんと服飾業界で帝都でも五指に入ると言われているカーツマン商会!


しかもネルソン会頭直々の来訪とか、このお二人いったいどんな伝手を持っているのかしら。


その後はもう予想通りね。


ナスリーン様が隣室に移動なされると採寸が始まり、その横ではエステル様が生地を選び始めた。


それでも女性お二人はお構いなしにヴィリューク様に話しかけるので、否応なしにヴィリューク様がこちらの部屋に近寄ってしまう。


男子禁制と言っても仕方ないので、隣室への扉を開け放つ代わりに衝立(ついたて)を置き、声は通るが視線は通らぬ様にしたの。


それからはもう(せわ)しなかったわ。


採寸が終わると男子禁制も解かれ、お二人がヴィリューク様に感想を求め答える度に、オルセン伯爵たちが力ない励ますような視線で見ていたのは何故かしら。


使節団団長のオルセン伯爵も苦笑いで、今日の打合せ内容をナスリーン様が関係しない案件に変更したみたい。




★☆★☆




俺はネルソン氏の手配の元、無事ナスリーンと、ん゛ん゛……使節団の皆と再会を果たした。


彼らは再会に当たり声をかけ、肩を叩いて喜びを露わにしてくれたのだが、案の定ナスリーンには泣かれてしまった。見かねたエステルが寄り添って慰めてくれて助かった。俺だけだったらどれだけ時間がかかった事だろう。


落ち着いたところでネルソン氏を紹介。衣装を仕立てよう、と声をかける。


決して話を逸らしにかかっていると気取られてはならないし、エステルの衣装のついでと口にしてはならない。


それでも懸命に二人の相手をしていると、周囲の視線がだんだん生温かくなってくる。それも使節団の仲間だけでなく、|ホストのイグライツ側から《メイドさんたち》の空気もおかしい。


これ、どこまで話が広がるのだろうか。勘弁してくれ。


採寸が済み生地が決まると、ネルソン氏は挨拶もそこそこに帰ってしまった。彼はこれから店総動員で、エステルとナスリーンの衣装を完成させねばならないのだ。


特急料金とか……請求書が怖い。




「改めて、無事の生還なによりだ。ヴィリューク」


オルセン伯爵は席を勧めながら、衣装発注の空気を仕切り直してくる。


「親善使節団として帝国への到着のご挨拶は既に済んでいる。皇帝陛下主催の晩さん会も昨晩終了した」


「護衛が間に合わなくて申し訳ない」


“何を言っているのだね?これからが本番じゃないか“とばかりにオルセン伯爵は口を開く。


「お茶会や夜会は何回もあるぞ。視察先だって騎士団だけでなく、この国の主要産業の大工房巡りとか。この国の貴族の遊びにだって連れまわされるだろう。この国の狩りといったら、たしか鹿とか───とにかく森から勢子が追い出す獲物を射かけるんだ」


「狩りに女性も参加されるのですか?」


「参加と言うより見物だな。もちろん好まない女性はいるぞ。だが公式の行事で家臣が獲物を狩ることは、外に対して武勇を示すことに繋がるからな。場合によっては馬上槍試合(トーナメント)並みの栄誉も得られる」


「トーナメント並みの栄誉とか、どれだけ大物を狩るのやら」


「過去の例にあるのは、二メートル越えの大猪に致命傷を与えた騎士だ。なんでも突撃してきた猪を、正面から頭蓋を叩き割ったそうだ」


そんな場面に遭遇したくないと思っていたら、周囲もそうだったらしく一斉に空気が漏れる。


「ともあれ君の最初の仕事は、明日のお茶会での護衛だ」


「了解した」






お茶会の護衛とは、護衛対象のすぐそばで待機するわけではない。


室内であれば壁際で待機するし、屋外であれば邪魔にならぬ程度に離れて周囲を警戒する。


今日は庭園の一角にある東屋でお茶会が開かれた。お陰で周囲の見晴らしは良く、東屋までの小路は明らかなので護衛はしやすくなっている。


もっとも親善使節相手にトラブルがあろうものならば、それはイグライツ帝国の顔に泥を塗る所業だ。


そう考えると俺が護衛についているのは、お飾りであっても儀礼上つけなくてはならないからであろう。




今日のナスリーンの姿はいつもと違った装いだ。


ラスタハール風、イグライツ風と、国ごとの流行で多少のデザインの差はあるが、今日の彼女は髪もしっかりと結い上げられ、いつもは精々紅を指す程度が、派手ではない自然な化粧が施されている。


離宮を出発する時に顔を会わせると、“どうかしら?”と聞いてくるので“一段と綺麗だ”とどもらずに返事が出来た。


それを聞いたナスリーンは嬉しそうにはにかみ、見送りに来ていたエステルも笑っていた。


けれどもエステルの様子が少しおかしい。これは、つまり、うん、あれだ。


タイミングを見て、ナスリーンと同様に声を掛けよう。もっともそのタイミングが難しいのだが。




「ナスリーン様は緑化事業にも携わっておいでなのですね」


お茶会が始まり、供された茶葉やお菓子の話題で一通り会話が終わると、一人の令嬢から新たな話題が振られる。


「ええ、国立の緑化研究所で日々過ごしております」


「なんて素晴らしい事なんでしょう!因みに最近ではどのようにお過ごし(・・・・)だったのでしょう?」


別の令嬢が掘り下げて聞いてくる。


王族ではあるが末席に名を連ねる程度の者。出勤せずとも研究所に籍を置くことで国から補助を得ていると推察したのだろう。───だがその実態は、現国王を愛称で呼べる立場なのだが。


普人よりも若さを保てるハーフエルフに対する、若干の嫉妬も含んでいたのかもしれない。穿った見かたをすれば“お情けで施しを受けている者”と言ったところだろう。


しかしナスリーンは物ともしない。


「普段は試験農場であれこれと育てていますね。砂漠の緑化に適した作物、最適な手順を研究しております。先日は実際に事業が進みまして、荒れ地に用水路を通したり、実際にそこを中心とした緑化を開始しております。そんな荒れ地でも嗜好品があるのには驚きましたね、その辺に生えている草の根をお茶にして飲んでいるのです。私も試しましたがなかなか素朴な味で、悪くはありませんでした。それ以外にも研究所で開発した農具も現地の方に試してもらいましたが、頭で考えているだけではダメですね。実際に使ってもらうと改良点が沢山見つかるのです。あらやだ、私ばかりお話ししてしまって、ごめんなさいね」


令嬢たちはナスリーンがお飾りではなく、実績を伴う本物だと認識を改めざるを得なかった。皮肉を言うには年期が……げふんげふん。


「植物の有効利用を研究していたら、食べ物だけでなく化粧水まで見つかったのは僥倖でしたわ」


“毎晩付けて寝ているのです“と自らの頬をつつくと、令嬢たち目つきが変わった。


示す先には見るからにしっとりつややかな頬。


”詳しくお聞かせください“と令嬢たちに迫られ、お茶会の話題は自然と女性特有の物へ移り変わっていったが、話はそれだけでは終わらない。


美しさについて盛り上がった次は、そうアレである。


コイバナだ。


「それで、護衛をなさっているあちらのお方が噂の男性でいらっしゃいますの?」

「お話をお聞きしたいですわ」

「ナスリーン様、こちらにお呼びになって」


なにやら不穏な言葉が聞こえて来た。


護衛が何故主役に混じってお茶会に参加せねばならないのだ。


などと考えても無駄な抵抗で、俺は時間いっぱいまで令嬢たちにいじられ続けた。






お茶会にカモ(エルフ)がネギ(恋バナ)背負ってやって来た



お読みいただきありがとうございました。

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