祝宴・再会・相乗り
「ヴィリュークさんの無事に、乾杯っ!」
「「「かんぱーい!!!」」」
数度目の音頭がとられ、ジョッキが打ち鳴らされる。
先程の慄然ぶりはどこへやら、今や彼らだけでなく店内は陽気に包まれている。
「さっきのありゃぁ、ズりぃよなぁ」
「あぁ、ズりぃってか、ありゃ怖ぇって」
「「「ハハハ!」」」
テーブル席で一人ゆっくりと人待ちをしていたのに、待ち人が来たと思ったらその当人たちに大絶叫を上げられた。
ランプを眺めて佇む様子と、下から照らされた顔が本物に見えたそうな。
ユーレイと言えば前の時【砂岩窟脱出行の時】は、ナスリーンに見られても驚かれなかったんだがなぁ……泣かれたけど。
一頻り俺の生還への祝杯騒ぎが収まると、普通の飲み会へと変化していく。
「本当に生きていてくれてよかったよ」
バラク船長がジョッキ片手に椅子を寄せてくる。
「明日にでもアンタのコレには早馬を出して無事を知らせるから。もちろん費用はこっち持ちだから安心してくれ」
小指を立ててコレ……ってナスリーンの事か。他人から改めて言われると、なんとも気恥ずかしいな。
「ありがとう。けれど向こうへの連絡は一番に済ませたから大丈夫だ」
「そうか……それもそうだが、あんたは命の恩人だ。俺もあんなドジは初めてだ。危うく最初の最後で海の藻屑になるとこだった。あの時、俺を背負って海を走ったあんたを俺は一生忘れない……こりゃぁもう返しきれない恩だ。この恩に報いるためだったら、俺ぁなんでもするぜ」
豪い勢いで迫って来るバラク船長に、少し気圧されてしまう。助かった当人からすれば真面目な話・当然な事なのかもしれない。
「なんでもとか軽々しく言うモンじゃ───」
と、言い終える前に船長は言葉を被せてくる。
「海の男の言葉は軽いモンじゃない。不用意に発した言葉がどれだけの災いを呼び寄せるか、海の男は知っているんだ。しかもそれで沈んだ船を何隻も知っている」
そう言って船長はジョッキを干して黙ってしまう。
「なぁ……盃を交わしてほしいって言ったら、受けてくれるかい?」
バラク船長の言葉は騒がしかった店内を静寂で満たした。
ドキリとして船長を見やり周囲を見渡すと、店内のすべての者が俺に注目していた。
どうやら相当な申し出のようだ。
「一緒に航海へは出られないぞ。仕事が来れば機会も無くはないだろうが」
実際に機会は訪れないかもしれない。
「構わん。海でのことなら頼りにしてくれ。手を貸そう」
「なら、陸で困ったことがあったらギルドに言付けてくれ。連絡手段はあるから、遠く離れていても助けになろう」
「「「おおおお!」」」
双方合意を得たと分かった周囲が歓声を上げた。
「盃持ってこい!」
「酒も一番いいやつだ!」
「見届け人は誰にする?!」
一気にやかましくなった。
結局この店の店主が見届け人となり、交わした盃はそれぞれが大切に保管。そしてバラク船長とも魔珠の交換を済ませた俺であった。
昨晩は結構遅くまで宴会だった。
そのせいで宿を取ることも出来ずどうしたものかと思ったが、バラク船長の定宿に捻じ込んでもらったお陰で数日振りのベッドで眠ることが出来た。
親善使節団の帰りもバラク船長の船になるのだが、使節団の滞在期間も数週間ある。その間ずっと停泊して待つわけでなく、定期航路を往復してくるらしい。
彼らも無駄な時間を過ごさないという事だ。
こちらと言えば、エステルが来るまで手持無沙汰である。
無事を知らせた今、じゅうたんも全速力ではなく巡航速度に切換えているはずだ。それでも船の倍以上の速度でやってくるので、あと一日二日で到着するだろう。
心配をかけたナスリーンには悪いが、エステルの到着を待って彼女と現地へ向かうとしよう。
★☆★☆
イグライツ帝国までの地図は入手しているが、詳細なものではない。ラスタハール王国の地図ならば、知り合いの伝手で関係者のみの閲覧を条件に写させてもらっている。
尤もその地図も完全には埋まっていないのだが。
それでも合わせて確認すれば、そこいらの地図よりもずっと詳しい情報が得られる。
「初めて飛ぶ場所は良く分からないわね。方向は間違っていないはずなんだけど」
『エステル、何か言った?』
「何でもない。独り言」
サミィの念話に返事をしたが、彼女はすでに丸くなっていた。
目印の無い海上を飛べるほど、星を頼りにできる技能は持ち合わせていない。となると海岸線沿いの飛行になる。
じゅうたんならば岬どころか、ちょっとした半島でもショートカットが可能だ。
「あれ?漁村、かな?」
ちょっと聞いてみよう。
「こんにちは」
声をかけた普人のおばあちゃんは、目を見開いて固まってしまっている。
「KyuruAaa!「こんにちは!」」
「あ、あぁ、はい、こんにちは」
バドの鳴き声で固まりがほどけたのか、やっと返事をしてくれた。
「バザルバウ港ってあっちの方角であっていますか?」
「あ、ああ。間違いないよ」
「よかった。間違っていなかった。ありがとうございまーす」
もうちょっとで到着だ!私はじゅうたんを一気に加速させた。唖然としている老婆をそこに残して。
夕日に照らされる頃、港街バザルバウの門への列に並ぶことが出来た。
順番待ちをしている間、ヴィリューク宛に魔道書簡で到着を知らせたので、後は気付くのを待つばかり。
魔道書簡も改良したいなぁ。例えば書き込みがあった時に知らせる機能。
返事待ちの時、いちいち開いて確認するのも落ち着きがないし。それとも外付けオプションとして、書簡を入れる袋かブックバンドにして、それらに機能を付けるとか。うぅ~ん……
「次!」
考え事をしていたら私の番が回って来た。
「はいはい」
順番待ちをしている時から視線を集めていたのは分かっている。
いざ私を目の前にして、ひげの兵士と文官ぽいコンビが不躾な視線で問題はないか検めてきているのだ。
「手形……はなさそうだな。入都税銀貨三枚」
「はい」
検めるのは兵士。お金を受取り、諸々記録しているのは文官だ。この国ではギルドのタグの確認はしないようだ。
などと考えていると、ひげの兵士から声がかかる。
「この街はいろんな人種がいるが、エルフはほぼ見かけない。そのフードは脱がない事だ。あとそのじゅうたんだが盗難には気を付けろ」
正面から顔を見て分かったのだろう。エルフの珍しさからと女という事で忠告してくれているのだと思う。意外と親切な兵士さんである。
「ありがとう。気を付けるわ」
「それとその二匹もだ。可愛がっているのなら盗まれないうちに用事を済ませたほうが良い。この街に後ろ盾になってくれる相手がいれば話は別だがな───入ってよし!」
ここまで気遣ってくれると、さっきまでの不躾だった視線も許してしまう。
フードをさらに目深に被ると、再度彼に礼を言い、やっと街に入ることが出来た。
サミィだけなら、じゅうたんを仕舞って抱えてしまえば安心なのだけど、バドもいるとなるとそうもいかない。
“ヴィリュークがいればなぁ”
思わず声がもれてしまった。
何やってんだか。もうじき彼に会える。ここまで来て余計なトラブルはごめんだ。
一先ずどこか宿を取り、待ち合わせして合流しよう。
方針が決まれば行動だ。
私はじゅうたんに二匹を乗せ宿屋を探し始めるのだったが、ペット可の宿屋が見つかるまで数軒渡り歩かねばならなかった。
家族であって愛玩動物じゃないのに。失礼しちゃうわ。
★☆★☆
エステルからの返信に気付いたのは、夕飯も終わり部屋に戻ってからだった。
今から宿移りするわけにもいかず、明日の朝に門前広場で待ち合わせることにした。
しかし魔道書簡でのやり取りはそれだけで済む訳がなく、部屋の明かりを灯して遅くまで付き合う羽目になった。
翌朝、朝食を軽く済ませて待ち合わせ場所に行くと、さほど待たずにエステルも到着。
「ほんとにもう、心配させないでよね」
「あ、ああ。すまん」
言葉が少ないのは、彼女がギュッとハグしてきたからだ。
それもすぐに解放されると、次はサミィとバドに襲われる。左右の肩に二匹が収まると、前脚を頭に乗せて髪の毛を掻き乱しにかかる。被っていたフードなど、サミィの前脚一振りで脱げてしまった。
“Kyurururu”
サミィは黙って足を動かし尻尾を動かすが、バドはサミィの真似をしてタイミングは少しズレるが同じことをしてくる。それが楽しいのか、興奮して鳴き声を上げているのだ。
となると自ずと視線は集まる。いや、それ以前に、エステルは視線を集めながら登場していた。
「エステル、ここに来るのにどこか寄って来たか?」
「朝市で食料をちょっと。失敗したかな」
被っていたマントのフードをさらに下ろそうとするが、既に限界まで下がっている。
「買い出し済みで助かる。直ぐに出発しよう。帝都までじゅうたんは使わないほうがいい。乗合馬車を探そう」
「そうだね。昨日は止む無くじゅうたん使っていたけど、この国で使っているヒトはいないみたい。すっごく見られていた」
物珍しさだけなら良いが、いつぞやみたいに付与ポーチごと盗られるのは御免である。
そうして俺達は足早に街を出発するのだったが、サミィはエステルの肩から掛けた赤子用のおくるみの中へ、バドは俺の肩(と頭の上)に居座った。
エルフのじゅうたんでのトラブル話は決して珍しくない。
じゅうたんがあるエルフの家庭では、親から子へ繰り返し過去の事例を聞かされて育つのだ。
俺の場合は親からではなく、ばあさまからだったのだが、俺達の国であるラスタハール王国ではほぼ過去の話になりつつある。それもこれも、ばあさま世代の苦労の結果だ。
しかしここはイグライツ帝国。
エルフをほぼ見ないという事は、じゅうたんも珍しいという事。
ましてや行先はこの国の首都。この場合、帝都と言うのか?帝都イグライツである。
帝都までの道となるとヒトも馬車も往来が多い事確実で、じゅうたんを馬車並みで飛ばしても巡航速度で飛ばしても人目を引くことは間違いない。
となると選択肢に乗合馬車が上がって来る。
幸いなことに広場の一角が乗合馬車のターミナルになっており、需要の多さからか帝都行きの馬車が一番多く連なっている。
「お客さん、ペットは勘弁してくれ」
「ペットじゃないって!それに静かな子たちだから迷惑もかけないわ!」
馭者から三回目の拒否を食らい、片っ端から乗車交渉をしている最中である。もっぱらエステルが、であるが。
これはもう自身で馬車を用立てるしかないのだろうか。
さすがに帝都までの道の治安は良いので、商人の護衛として同乗しようにも、そもそも護衛の募集が全く無い。
「もし、そこのお二人」
こうなったら歩いて行こうかと考え始めた俺達に、穏やかな声がかけられた。
振り向くとそこには、貴族の家の執事か商家の番頭といった、普人の青年が立っていた。
「帝都までの足をお探しですか?我が主人が、道中の話し相手になって下さるなら是非にと申しております。いかがでしょうか」
指し示された先には、四頭立ての豪華な馬車。幌馬車なんかとは違い、側面に付けられた扉には、明り取りのガラスが嵌め込まれている。
つまり身分の高い者・金持ちの馬車であることは明らかである。
他にも鞍がつけられた馬が四頭。これには護衛が乗るのだろうが、護衛を雇うほどの人物が見ず知らずの俺達に声を掛けてくるとは、酔狂な御仁がいたものである。
「海に落ちて生還なさるとは、強運の持ち主でいらっしゃる」
つまるところ折角の申し出を受けることにした。
座席の向かいに座っているのはカーツマン商会の会頭ネルソン氏。先程話しかけてきた彼も少し離れて座っており、予想通り番頭であった。
お互いの自己紹介が済むと、今までの経緯を説明するのは自然な流れだった。
フードを脱いで正体を明らかにしても表情を変えなかったのは、さすが貴族相手に商っている人物と言えよう。
「彼女は私の生還を信じて街で待機してまして、乗って来た船の船長は二日がかりで周辺海域を捜索してくださったのです」
魔道書簡のことを明かすことは出来ない。ラスタハール王国内で普及しつつあるが、秘匿技術に指定されているので、エステルがここにいる理由をでっちあげた。
「美談ですなぁ。信じて待つエステルさんもそうですが、そのバラク船長も海の男として名を上げましたな。彼の船に依頼が殺到するのも時間の問題でしょう」
ネルソン氏は隣の彼に目配せすると、彼も同意するように微笑んだ。
きっとどこかで商売のタネにするのだろう。
こちらから話をしてばかりではいけない。
「服飾のお店をなさっているのですか!」
とたんにエステルのテンションが上がる。じゅうたん職人と名乗っているが、針仕事だってお手の物の彼女である。
「売上はオートクチュールの店舗がダントツですが、お貴族様相手の商売は安定しませんので、古着の店舗も経営しております。織物職人も抱えておりますがそれは数名だけで、ほとんどは個人の職人からの買取りで商っております」
「それは生地を反物で扱っていると?」
エステルの質問にネルソン氏が大きく頷く。
「実は港での仕入れの帰りなのですよ。今日は掘り出し物が見つかりましてな」
氏は手を伸ばして脇に置いてあった袋の口を開き、一本の反物を取り出すと生地を広げだした。
「ほぅ……見ないデザインですね。模写させていただいても?」
「構いませんよ。近々商談に使いますが、暫く口外を控えて頂ければ」
若い番頭が制止するそぶりを見せていたが、ネルソン氏はお構いなしに許可をくれる。
“ありがとうございます!”と謝礼もそこそこに、エステルは大判の雑記帳を広げると馬車の揺れもものともせず、あっという間に主要なデザインの模写を済ませてしまう。その横へ今日の日付と“カーツマン商会ネルソン氏の商品。馬車内にて”と一筆書き添えた。
「むうぅ、これはこれで見事なものですな」
目の前の二人がエステルのペン捌きに唸る。
「お礼と言っては何ですが、こういうデザインはお好きですか?じゅうたんの物なのですけれども」
新たに別の帳面を開くと彼女のアイデア帳なのか、様々なデザインが書き込まれている。
「おいおい、いいのか?」
思わず彼女に確かめてしまう。
「いいのいいの。この帳面のデザインでじゅうたん一枚完成させてるし、実家で使用中だからね」
そう言われてみると、彼女の実家のリビングに敷いてあったじゅうたんの模様に似ている気がする。
「これは見事なものでございますなぁ。ふむ、ふむ……」
帳面を手に取ったネルソン氏は、一枚また一枚とページを捲っていく。
「ご実家に贈られてから何年ほどでいらっしゃいますか?」
「ん~、少なくても十年は経っているかしら?」
「なるほどなるほど。それでは当店がオリジナルを謳う事は分が悪いですなぁ。尤もそのような事はいたしませんが」
“はっはっは”と笑うネルソン氏であったが、隣の彼は柔和な笑みを浮かべるばかり。だが氏は彼が理解していないと看破すると、丁寧に解説をし始める。
「エルフが織るこのじゅうたんは、経年劣化することはない。
使用する繊維と織り方によるものであるが、使い込むほどに美しくなってゆく。それは差乍ら経年美化とも言えるものだ。
相手が恥知らずにも自身の作品と主張し争おうものならば、その者はじゅうたんを持ってくればよい。
使い込まれて美しくなったそれを見れば、どちらがオリジナルかは一目瞭然なのだから」
“勉強になりました”と若い彼が首を垂れるのを見、ネルソン氏は俺達を自身の店に誘ってきたが、何よりもまずナスリーン達に無事な顔を見せなくてはならない。
その様に説明したのだが、氏はその後でも構わないので是非にと言ってくる。随分と買われたものである。主にエステルが、ではあるが。
そのあともお互いの話に花が開き、当然サミィとバドについても話を利かせることに。
ネルソン氏は二匹に手を伸ばしたが、撫でることを許したのはバドだけであり、サミィは俺やエステルの陰に隠れ、その毛並みを撫でることを許さなかった。
そして二日間馬車に揺られ、俺達一行は帝都イグライツに到着したのであった。
実際ペルシャ絨毯は経年美化を起こすらしいですね。
お読みいただきありがとうございました。




