告知、離陸、漂流
翌朝目が覚めると、宙に浮いているじゅうたんから降りて伸びをする。
船酔いも治まってぐっすり寝たせいか目覚めも快適だ。
船室を出て甲板へ向けて通路を歩いていると、穏やかな船の揺れに反して何やら胸騒ぎがする。
甲板に近付くにつれヒトの声が聞こえ始め、それに合わせて胸のざわめきがふくらんでいく。
扉を開けると甲板の上では船員たちが慌ただしく動き、船尾楼の前では船長と外交使節団の団長であるオルセン伯爵が並んで立っていた。
「おはようございます、バラク船長、オルセン伯爵」
「おはようございます、ナスリーン様」
「おはようございます」
挨拶を返してくれたが空気が重い。嵐の後なので波は高いが、あの時と比べれば可愛いものだ。
「雲も晴れましたし風もあって、一気に進めそうですね。ヴィリュークを知りませんか?」
最後の問い掛けに二人は明らかに動揺を見せた。───まさか!
「ナスリーン様、実は……」
「伯爵、俺の口から言おう。ヴィリュークさんは……、彼は昨日の嵐で海に落ちて行方不明だ」
「!!?!」
嫌な胸騒ぎはこれだったのか。思わずよろめき、船尾楼の壁に手をついて身体を支える。
「なっ、どうして……」
私の問い掛けにバラク船長が説明を始める。
私をじゅうたんに寝かせた後、手持無沙汰になった彼は船長と談笑していたらしい。
その時、甲板の騒ぎに気付いて飛び出した二人は、見張りの一人が落水したと知り、すぐさま救助に手を貸したらしい。
命綱を付ける暇も惜しんで協力した結果、その船員は無事引き上げられたが、それは危険な立ち位置が二人に変わっただけだった。
慌ただしく船室に戻る二人に波は容赦なく襲い掛かると、甲板から海へあっという間に押し流した。
騒然とする甲板。
しかしどこからか声がする。
そしてそれが確信に変わった時、荒天の海の上を走るヴィリュークと背負われた船長が見つかった。
二人はあっという間に船に寄り、先ずはバラク船長が引き上げられ、次いでヴィリュークへ縄が投げ入れられたが、運はそこで尽きてしまう。
彼が縄を手に取り船体に近付いた時、その反対側から波が叩き付けられたのだ。
船体は波に押され、その質量がヴィリュークに襲い掛かると、然しもの彼も弾き飛ばされ、海へ姿を消してしまった……
「その後救命資材を投げ入れ、見張りを増やして捜索を続けているが、まだ見つけられていねぇ……ヴィリュークさんは俺の命の恩人だ。この借りは絶対に返す!」
「バラク船長、お気持ちは大変ありがたいのですが、嵐で海に落ちた者の生還率は大変低いと聞いております。日程も差し迫っておりますれば───」
オルセン伯爵は後ろ向きではあったが慰めの言葉をかけたつもりだったのだが、それが彼に火を点けた。
「海の男は必ず借りを返す!俺を恩知らずにするつもりか!」
「そうではない!だが!」
「大丈夫です」
二人は私の声に我に返った。
「大丈夫ですよ。彼の事だからひょっこり帰ってきます。前に遭難した時も、こちらの心配も知らずに呑気な顔して帰ってきましたから。きっと……だいじょうぶ、です」
私が二人ににっこりと笑うと、すんなりと場は収まった。
「ともあれ、よろしくお願いしますね」
そう挨拶をして私は船室へ戻っていった。
「なぁ、ヴィリュークさんって……」
「あぁ、ナスリーン様のいいひとだ」
「くそっ、あんな泣き笑いの顔されちゃぁ何にも言えねぇじゃねぇか。おめぇら、気合い入れて探せ!」
バラク船長は再度はっぱをかけるが、望みが薄い事は彼自身にも分かってはいたのだった。
船室に入り扉を閉めると、一気に涙があふれてくる。
“うぐっ、ふ、ふ、ぅぅぅぅ……”
寝台の前でうずくまり、こぶしで布団を叩き付けるが、やり切れない思いは空回りしていく。
「ひっ、ひっく───ヴィリューク……う、ぅぅぅ」
彼の腰のポーチにじゅうたんがあれば、船に戻ることも叶ったはず。戻れなくともじゅうたんがあれば、彼ならば現地での合流は容易いだろう。
だが肝心のじゅうたんは、自分の船酔い治療の為に使われていた。
ならば自分がじゅうたんに乗って彼の捜索に赴くか?しかし即座に否定する。
慣れない海で、いったいどこを探すというのか。二重遭難になるのがオチである。
更に思考は廻る。
あぁ、前にも同じようなことがあったが彼は戻って来てくれた。
だからといって彼ならば今回も無事に戻って来てくれるなどと、楽観的になることなど出来やしない。
そして現在の状況を魔道書簡でエステルに連絡しないわけにはいかなかった。
揺れる船内でペンを取り、エステルに向けて状況を書き記していく。
涙をこらえ、震える手を抑え、時間はかかったが彼女宛のメッセージを書き終える。
書き終えるまで彼女からの書き込みは無かった。だが書き終えるとすぐに、白紙の魔道書簡に文字が走っていく。
エステルは問い質したい気持ちを抑え、魔道書簡を前にして待っていてくれたのだ。
どんな責めの言葉が記されるか身構えていたのだが、しかしエステルの返事は違った。それはナスリーンの気持ちを慮ったかのような内容だった。
【ナスリーン、大丈夫。ヴィリュークは水使いよ。溺れるはずが無いわ。真水だって作れるから飲み水の心配もないし、能力を使えば水の上を歩けるのを貴女も知っているでしょう?きっと無事よ】
さらに文字は走る。
【魔力全開でじゅうたんを飛ばしてそっち行くから待っててね】
その一文を読むと、胸の中が様々な感情で綯交ぜになり、また涙があふれてしまった。
★☆★☆
「まったくもうヴィリュークったら、ちょっと遠出するとすぐにやらかすんだから……心配するこっちの身にもなってよね」
魔道書簡を閉じ、付与ポーチに押し込んでからじゅうたんを引っ張り出す。
「えっと…・・着替えと食料と水、強いお酒は買ってこないと無いから……旅装はいつものでいいか。似たような気候って聞いたしね。こないだ旅用の修繕道具一式を整理しておいてよかったわ」
じゅうたんへ旅支度を広げると、忘れ物が無いかチェック。収納魔法陣にいくらでも積み込められるが、あれこれ入れすぎると探すのが手間になる。入れた物が自動的にリスト化できないものかしら?やるとしたら入れる時に魔法陣に対象の名称を認識させないと。認識させるには───って今はそれどころじゃない!
『エステル?』
「あぁサミィ」
ガタゴトやっていると同居人がやってきた。その後ろにはグリフォンのバドがついてきている。
バドも猫足なので足音を立てない。なので、彼に気付くには羽音と鳴き声頼りだ。けれどもまだ気配を隠しきれていないので察知は難しくない。まだまだ子供ね。
「ヴィリュークが海で遭難したわ。バドは……連れていくには……いや、母さんの所に預けるしかないわね」
『私がいないとダメね。すぐに無茶する』
サミィは浮いているじゅうたんに飛び乗ると、しっぽをくゆらせて操縦し始める。彼を捜しに行くのは彼女にとって当たり前の事なのだ。
「待って待って。準備がまだ終わってないの」
『早くして』
そういってサミィがじゅうたんに伏せると、バドも同じように隣に座り込んだ。
準備も終え、両親の店に着いたのだが、そこでひと悶着起きてしまった。
私が彼の元へ向かう事に反対されたのではなく、置いていかれると知ったバドが暴れたのだ。
バドが寝床にしている小屋は両親の家の中庭に造られている。
両親にはヴィリュークが遭難した事、ナスリーンの状況、その二人を助けに行くことを説明すると、母の方が察してくれる。
「じゃ、この子たちを預かればいいのね」
「サミィは一緒に行くって。バドの方をお願い」
「よーし、バドはこっち行こうか」
始めはなんやかんや言っていた両親だったが、手が空いている時にはバドにいろいろと構ってやってくれている。
父はフクロウの使い魔とのやりとりが豊富なお陰か、猛禽?の扱いはお手の物である。
父が腕を水平に構えるのを合図に、バドは肩と腕に足を置いて飛び乗った。
そのまま大人しく小屋の中に入った───なんてことは無かった。
バドは小屋の中をぐるりと一周すると、入って来た扉を爪で器用に引っ掛けて開け、小走りでこちらに戻るとじゅうたんに飛び乗った。
“Kruaaa!“
「なんか早く行こうって言っているみたい」
「うまい事小屋に入れても、何かの隙に追いかけそうだねぇ」
「あああ、もう!」
なまじ翼があるばっかりに、本当に追いかけてきそうだ。追い付けられればいいが、そうでない場合を考えると悩ましい。
結局バドもつれていくことにした。一応サミィに頼んで大人しくするように言って聞かせたが、どこまで指示に従うかは正直不安で仕方ない。
それよりもさらに不安だったのは彼の安否だ。
ヴィリュークのサバイバル能力は知っている。この近辺で水を扱わせれば右に出るものはいないし。
「気を付けてね」
「いってきます」
両親に別れの挨拶をすると、じゅうたんを離陸させる。
彼なら大丈夫だとは思う。それでも彼の助けになればと、向かわずにはいられなかった。
★☆★☆
船からおろされたロープにつかまり、いざ上がろうと力を込めたら全身に衝撃が加わった。
原因が波に押された船体だと気付いたのは、海面に叩き付けられ、遠くに船の姿を視界に入れたからだ。
混濁した意識の中、海に落ちてしばらく海中で揉まれたが、すぐに意識が戻り海面に浮上できた。
まずは自分を中心に中空の水球を作りだす。
水球で取り敢えず波しぶきは防げたが、海水で目が沁みて思うように瞼が開かない。海水のせいだけなのか分からないが、兎に角真水を生み出して目を洗い流す。
ようやっとまともに見えるようになって、周囲を見渡すのだが船の姿は見当たらない。
まいった。
これは闇雲に動いてはいけない奴だ。
腰の付与ポーチの中には、日常的に使うものをじゅうたんから移してある。手をポーチに突っ込んで、干しデーツの実を一つ取り出し口に放り込んだ。
咀嚼した始めのうちは塩辛さと甘みが舌の上で混じるが、甘みだけになるのはすぐだった。
砂漠で生き埋めになった時も、デーツの実だけで生還できた。この先この干果を絶対切らさないようにしよう。
まずは諦めない事。それから嵐が過ぎ去るのを待つ事にしよう。
無事に嵐が過ぎ、風は強いが太陽が見える。
肌はエルフの耳飾りのお陰で褐色に変化している。けれども暑いものは暑い
潮の流れのお陰か、周囲には漂流物が沢山集まっている。(自分もその一部として浮いているのだが)
幸いなことに、ごみや板切れの中に、樽が一つ浮いていた。
天板の端を叩き割り引っぺがすと、中身は空だったがアルコール臭が鼻につく。
「赤ワインか」
内側に残滓が残っているので、水を操り洗浄を済ますと中に潜り込む。
綺麗に濯ぎはしたが、においまでは取り切れない。まぁ仕方ないだろう。
中にいれば太陽に焼かれることも防げるし、身体がふやけないように水術で水面に立つ必要もない。つまりは体力と魔力の温存である。
「しかし失敗したな」
樽の中に篭ってから服の水分を飛ばしたら、海水の塩分の事を忘れていた。おかげで服は塩でがびがびである。
少しでも服を絞って、残りを飛ばせばまだましだったのだ。あまりの不快感に海水で樽を満たし、塩気を除こうと服を揉みしだく。
「あ、あああぁ……」
そこまでやって自分の間抜け加減に声が上がる。
樽の海水をすべて捨て、頭上に手を掲げて一言。
「水よ」
手を目掛けて宙に漂う湿気が集まると、真水が頭から降り注ぐ。
「ふぅ」
その後温水で水を集めたり、浸かった樽の中で水を攪拌させたりなど、何度も水を替えて塩気を取り除いていった。
当然最後の仕上げの乾燥は、塩気でべたつくことなくさっぱりとした仕上がりだった。
座りっぱなしは身体が痛くなる。ましてや一晩同じ体勢は腰が痛い。
朝焼けを眺め、樽の中でバランスを取りながら、伸びをして少しでも固まった体をほぐす。
周囲のあちこちにゴミやら海藻が漂っているのは変わりない。その影へ意識を集中すると、色々と動くのを感じるのは魚だろう。
一匹の魚に狙いを定めると、その周囲の水を自分の領域に治める。これで魚は身動きが取れない。
デーツの実もいいが、違うものも食したい。水ごと魚を引き寄せると、ナイフ片手に解体だ。
ではいただきます。
樽での漂流も三日目だ。
嵐に会った時点で目的港まで一日二日の所まで来ていたのだから、潮の流れからして生還への希望は持てるはずなのだ。
ただそれがどれくらい掛かるか、港まで最接近距離がどれくらいかと言う問題がある。方向は良くとも港の前を通過する可能性がある以上、最接近時には水術で水面を駆けていくことも考えている。
なので俺は定期的に探知の指輪へ魔力を流し、反応を確かめているのだ。
「反応ないなぁ」
まだ三日目なのに独り言が漏れる。
朝飯のデーツの実と生魚は食べ終えた。魚は鱗とヒレを落とし、背中の身だけをよく噛んで食べる。
食い残しの魚は樽越しに海へ放り投げた。
生は危険だ。さらに腹側は危険だ。“背に腹は代えられない”って何だったろうか?意味を思い出せない。頭が回らなくなるのが早すぎやしないだろうか。
太陽が上に昇ったせいで樽の影に隠れられなくなるが、叩き割った天板が半分以上残っているので影欲しさに頭に乗せる。
天板の隙間からぼーっと空を眺めていると、影が横切り天板に音をたてて落ちて来た。
そのまま底に落ちたそれは、ロープ付きの鉤だった。
鉤は確かめるように引っ張られると、内壁に食い込みそのまま引っ張られていく。
『なんか重てぇぞー!』
外から声が聞こえる。
まさか!
凝り固まった脚で無理矢理立ち上がると、目の前には一隻の船、というか漁船。
「うおっ!ヒトだ!」
命の恩人は潮で赤く焼けた顔をした、ひげ面の漁師だった。
現在プロットが出来ている所まで書き進め中であります。
それでももやもやと、その先へ頭を巡らせているのですが、主人公をどのレベルに放り込むかを悩んでおります。
ハードモードは確定なのですが、それでは物足りない自分がいます。
いっそのことハーデストどころではなく、インフェルノとかナイトメア辺りまでにしようかとさえ思っているくらい。
あれ?インフェルノとナイトメアってどっちの方が難易度高いのでしょう?
参考にしたいので、ぜひコメント欄でご意見をお寄せください。一言で構いません。
まぁ、強敵をぶつけることに変わりはありませんが。
お読みいただきありがとうございました。
感想・評価、お待ちしております。