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猫の足

新年あけましておめでとうございます。


三話構成の二話目です。






強盗に押し入られたが店には何も影響はなかったので、エルネスト夫妻は少し仮眠していつも通り店を開けた。


開店直後の客の波も収まり、交代で昼飯も済ませた午後。


「こんちは、今大丈夫かい?」


警邏隊のギャレットがやって来た。


「ナフルさん、あの鼻薬は一体何だい?」


「ん?ただの気付け薬ですけど?自家製だけどね」


商品整理の手を休めて、ナフルはカウンター越しにギャレットと向き合った。


「いやいや。確かに嗅がせたら一発で気が付いたけど、あの饒舌ぶりまでは聞いてないよ。ヤバい()調合してるとなると、俺も上司に誤魔化しきれないって」


ナフルの薬のお陰で自白もスムーズになり、今朝の捕り物も怪我人なしで終了したのだ。その功労者を捕縛するのは、同族としても避けたい所である。


「鼻薬だけでは“おしゃべり”にならないわよ。睡眠の原因である花と合わさって症状が現れるの」


「……うちの隊員が興味本位で嗅いで使い物にならなくなった」


うんざりした顔のギャレットに、ナフルは“あらまぁ”とだけ返した。


「特別な体質なのか、それか香りとかが強盗達の身体に残っていたのかしら?申し訳ない事をしたわね」


そう言ってナフルは店の奥の夫に店番を頼み、鞄を肩にかけてカウンターの外に出てくる。


「その方を元に戻して差し上げないとね。お詫びにあなたの仕事の“お手伝い”もしますわ」


ナフルの申し出に、ギャレットは鞄の中身を想像してつばを飲み込んだ。






ナフルの手伝いによって、中毒を起こしていた隊員は正気に戻って自室に引きこもり、連行されていた船員たちの正体も明らかになった。


端的に言ってしまえば彼らは海賊であった。


しかもそれだけではなく、陸に上がれば盗賊に早変わり。“お勤め”を済ました後は素早く出港し、盗んだ獲物は次に訪れる港で売り払う事を繰り返していた。


捕まった海賊がどうなるかと言うと縛り首である。


凶悪犯罪者の末路と言ったら、奴隷落ちになり鉱山送りが良く知られているが、港街シャーラルから送り込むとなると金がかかって仕方がない。


つまり彼らは形ばかりの裁判の後、死刑が執行されるのだが、それはまだ先の話。




港に停泊している外洋船改め海賊船には、港の官憲の手が入り積み荷や船員たちの私物、ありとあらゆるものが陸揚げされて調査が為される。


盗難届が出されているものが有れば持ち主に返却されるが、港から港へ渡り歩いている海賊の積み荷に対して、遥か彼方の港からの盗難届がここまで届くはずもない。


つまり一通りのチェックが済むと、積み荷や船は競売にかけられ、売上は街の懐に入る仕組みなのである。


「で、見て欲しいものって何なんだ?」


臨検の手伝いの翌日にまたもやギルトに呼び出されたと思ったら、警備の者がぐるりと囲っている港の倉庫に連れていかれた。


“海賊船一隻の資産全てを陸揚げ“と聞いたので、金銀財宝が拝めると思いきや、思ったほどでもなかった。


金目の物を入れるチェストの類いは小振りな物ばかりで十も無い。だが中身は金貨銀貨よりも宝飾品が多数を占めていた。


どうやら一定の金額が溜まるごとに、金貨を宝飾品に換えて嵩を減らしていたらしい。金貨百枚を持ち歩くのは大変な労力だが、宝飾品に換えてしまえばポケットに入る寸法だ。


宝石のついた指輪数個でもいい。金貨百枚の宝飾品よりも、金貨十枚の指輪が十個の方が便利だったりする。


「ああ、これは支払い用の金だな。水や食料の支払いで使っていたのだろう。他には塩漬けの魚や干果だけでなく、織物がいろいろあったのは交易も少しはやっていたのかね」


ギルド職員が説明をしてくれる。商品の内容を教えてくれるが、どちらかと言うとそれは海賊行為の戦利品ではなかろうか。港で一々仕入れていたとも思えない。


「それよりもこっちだ。あれは流石に手に負えなくてな。知っていそうなヤツに片っ端から声をかけていて、あんたもその一人だ」


“KyuRuyeeeii”


港の空を舞うカモメとも違う鳥の鳴き声が倉庫の奥から響いた。




「ヴィリュークさん、あんたに見て欲しいのはこいつだ」


“きゅるいぇ~”とか、“きょるるぃ~”とも聞こえる声で、檻の中の生物が威嚇してくる。


大きさは中型から小型犬の間くらいであろうか。しかし身体は痩せており、毛並みにも艶がない。


「グリ、フォン?」


背中には一対の羽があり、黒頭の鷲の頭に前脚側は猛禽の身体。後ろ脚側は獅子のそれで尻尾も尾羽ではなく獅子のものが生えている。


たしか北の峻険な岩山に巣を作る肉食の幻獣と、何かの本で読んだことがある。


「なんで南のこんなところに?」


「ああ。はじめはギルドでもグリフォンかと思っていたんだが、前脚を見てくれ」


職員が言うがままに前脚を見てみると───


「鉤爪じゃないな」


グリフォンかと思った羽根つきの四足獣の前脚は、鷲のものではなく獅子のものであった。


いや、この大きさだと獅子ではなく大きめのネコであろう。




「いずれにせよヒトに慣れていない生物を、出入りのある倉庫に置いておかない方がいいんじゃないか?」


「ああ……だが当てがない。面倒を見るにも、ノウハウを持っている奴を探すところから始めにゃならん」


当てにされてグリフォンを見せられたのだろうが、見当違いも甚だしい。


「猛禽つながりで鷹匠とかに頼んでみるかなぁ……」


「猛、禽……いやグリフォンは鳥じゃないし。卵から生まれんだろう」


「じゃ、ネコ。なつかない筈のスナネコを飼っているあんたならどうだ?」


「あいつは飼っているわけじゃない!てか、あんたら(ギルド)はそれで当てにしていたのか!」


そのサミィは付いてきてはいない。この街にいる時はあちこちと見回りに忙しいらしい。


「とにかく衝立でもなんでも置いて、視線だけでも遮ってやれよ。でないとこいつも落ち着かないぞ」


ギルド職員からは、少しでも情報を集めてくれと頼まれ、その日は倉庫を後にした。




★☆★☆




今日も太陽が地面を照り付けている。


けれども砂漠と違って日陰もあるし、海風のお陰で街に熱い空気がこもることも無い。


この街に私は縄張りを持っていないが、街の仲間(ネコ)からは一目置かれているので、どこを通ろうともうるさく威嚇される(鳴かれる)ことも無い。


縄張りを持たなくとも、街に戻って来た時には変わりはないか見回っている。


街中での小競り合いはいつもの事だが、海側は特に注意している。余所者が現れるのは海からと相場が決まっているのだ。


害が無ければお目こぼしもあろうが、汚い船ネズミの上陸は許さない。縄張りを超えて協力するように命令をしている。


むかし怠け者のリーダーがいたけれども、少し(教育し)てやったら皆協力的になって今に至る。




尻尾を立て、海風に毛をなびかせながら歩いていると、街ネズミが建物から出てくるので、すかさず仕留める。


空腹と言うほどでもないが、おやつには丁度いい。静かな所でちょいと摘まもうか。


建物の中に入ると街ネズミが出てきた理由がすぐに分かった。中には余所者の肉食獣の臭いがしたからだ。


ヴィリュークに付き添ってあちこち旅した私だが、その旅路でも嗅いだことがない臭い。いったいナニモノなのだろう。


私が好奇心を抑えながら注意深くその方向へ歩み寄ると、それは建物の隅の檻の中にいた。




そいつは初めて見る容姿だった。


頭は鳥だった。穀物をつつく嘴ではなく、捕らえた獲物の肉を引きちぎる嘴だ。


しかし身体は四つ脚。あの足は私たちの様に爪の出し入れが出来るはず。それと見た目は違うが尻尾もある。一番の特徴は背中に生える一対の翼。


すごい。


この子は産まれついて空を飛べるのだ。じゅうたん無しで飛べるとかすごい!




けれどもその姿はいただけない。


まだ羽や毛並みは子供のものだ。しかも餌が足りていないのか、痩せてしまっているのが見て取れる。


“KyuRuxieeee!”


もう、うるさい。


私が観察している間ずっと鳴き叫んでいるので、ここらへんで黙らせよう。


なに、大層な事をするわけじゃない。


正面に座り、睨みつけて、魔力を込めて威圧する。


“KyoRururuuu……”


その子は一鳴きすると檻の隅に身を寄せて、身体を縮こませて静かになった。


威圧を解くと、その子は身体を振るわせて緊張を解くが、先程みたいにけたたましい声ではなく小さく喉を鳴らし始めた。


ふんふん。


静かになったので檻の周囲をぐるぐる回って姿を確かめる。


子供のうちからこんな状況にいるという事は、親や群れから生きる術を学べていないだろう。


私が教えればヒトだって砂漠で生きる術を覚えられるし(ダイアンはわたしがそだてた!)、ネコに近しい身体の持ち主なら、ヒトよりも覚えはいいだろう。


私はその子へ向かって“おやつ”を放り投げると、次の得物を探しに出る。


教える前に痩せた身体を元に戻さないとね。




★☆★☆




少ない伝手にグリフォンの事を聞いて回ったが、得られた情報は量も質も芳しくなかった。


そもそもこの国での目撃情報はなく、ワイバーンの方が目撃されているくらいだ。研究者つながりで隣国の学者へも当たってくれているが、魔道書簡伝達器は国家機密なので隣国とのやり取りは手書きの手紙でのやり取りになる。


何が言いたいかと言うと“時間がかかる”ということだ。でも有益な情報は今すぐ欲しいのだ。


「鷲と獅子の両方の性質を考慮して接するしかない」


「けれど、まだ子供のようだから慣れさせ易いとは思うぞ」


ギルドの広間の一角がパーティションで区切られ、先日の職員と頭を突き合わせている。


ギルドと役所がこの広間に集まり、海賊船案件を取り仕切っているのだ。


「あぁ……俺もお宝関連の方に行きたかった」


“頑張ってねー、ラルス”


「うるせぇ!」


通りすがりの職員が、グリフォン案件に割り振られた職員(ラルス)を煽り去っていく。


“ゴンゴン”


拳でテーブルを叩いて、こちらに注意を向けさせる。がなりたいのは俺も一緒だ。


「すまん」


察したラルスはすぐに詫びて来た。


「で」


こちらの前置きにラルスが向き直ったので、ちょっとした考察を伝えていく。


「あのグリフォンは捨てられたのだと思う」


「えっ?」


「前脚が鉤爪でなかったろう。容姿が違う個体を、同族が排除する事は珍しい話じゃない。

だが単純に容姿の話だけではなくて、鷲頭に鉤爪がセットでないと狩りもままならない筈なんだ。

猛禽は鉤爪で獲物を捕らえる。その握力もそうだが爪を食い込ませ・切り裂き・弱らせ、嘴で止めを刺すんだ。だが……」


「ネコの脚では掴めない」


ラルスが言葉を継いでくる。


「仮に捕らえられたとしても、落ち着いて食事も出来やしない。岩山に住むグリフォンは、獲物を鉤爪で掴んで安全な場所まで運び、食事に及ぶ。あいつは狩りもままならなければ、食事も落ち着いてできやしないんだ」


嘴に咥えて運べる程度の獲物では、たいして腹も膨れない。それならばいっそ猫頭・猫脚、つまりは羽の生えた猫であったほうが狩りもし易いというものである。


密林に住むという大型の猫は、狩った獲物を咥えて樹上で食するという。


「自然の中では死ぬ運命、ね。ちゃんとした飼い主に出会えれば、生き永らえたのかもしれないが、海賊の戦利品にされ、今や倉庫の片隅か」


「あいつを飼おうという、奇特な輩が現れることを祈るしかないな」


とは口にしたものの、グリフォンの痩せて生気に欠けた姿を思い出し、二人そろって溜め息をつく。


「肉でも持って行ってやるか。生きていたほうが良いのかな?」


「倉庫を血で汚されてもなぁ……肉屋で処理済の鶏を丸ごとでいいだろ」


そもそも食べてくれるかも分からない。それでも二人は揃って席を立った。




しかしそんなことは杞憂であった。


いや、最悪を脱しているだけで、問題は完全には解決してはいない。


そこにはいかにも疲れた風体のサミィ(スナネコ)が檻に寄りかかり、その傍には檻越しではあるがグリフォンが静かに寄り添っていた。


ヒトが二人、檻に接近しているにもかかわらず、二匹が騒ぎ立てることも無い。


だが檻の鍵を開けようと近付くと、数回泣き声をあげて素早く隅に逃げてゆくので、手早く羽を剥いた裸の鶏を放り込み、施錠し直して距離を取るとサミィが一鳴きする。


「なんだ、餌をやってくれていたのか」


労いを込めて身体を撫でてやっていると、ギルド職員(ラルス)がいるせいか指向性を持たせた念話を飛ばしてくるサミィ。当然傍目からは“にゃごにゃご”言っている風にしか聞こえない。


「そりゃあネズミでは効率悪いだろう」


“にゃぅ~ぅるるる”


「来るのが遅いって言われてもなぁ。知らせてくれないと分かるはずないだろ」


“ぎゃにゅぅるるぁあ゛あ゛”


「罰として躾、手伝───」


そこまで口にして、慌てて口をつぐんだが遅かった。


「そこまでツーカーなくせして、飼い猫じゃないっていうのも無理あるだろ」


ラルスのにやけ顔が止まらない上に、さらに言葉は続いた。


「ヴィリュークさん、もう買い取ってくれよ。価格は勉強させるからさ、な?」


“いや、ちょっとまて”

“いやいやいや、たのむよ”


自分の行く先で揉めているとも知らず、グリフォンは丸鶏をしっかりと前脚で押さえ、嘴で啄み始めていた。








明日も更新です。

感想・評価、お待ちしております。


お読みいただきありがとうございました。



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