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緑の指が薫(くゆ)る時

本章は三部構成です。年末年始で三日連続更新しますよ!


前話は短編へのプロローグ的なものです。

移動させるのが良いのでしょうが、常に一番最後にするのも……ねぇ(*ノωノ)






港街シャーラルの夜も更けて、空には細い下弦の月が昇っている。


新月よりもマシとは言え、いつもより暗い事には変わりはない。静まり返った街に、ここいらでは珍しい単調なフクロウの鳴き声が響いている。


この時間に街を歩くのは夜回りの警邏隊。彼らの頭上には、詰め所を出る時にかけて貰った魔法の灯りが浮かんでいるが、ほとんど気休めのようなものだ。


道には魔力灯が連なっているが、日付が変わる前には魔力供給も無くなり、深夜になると効果時間も終わって、頼りは星と月明かりだけとなる。




そんな時間帯に歩き回るのは警邏隊だけではなかった。


路地の影で警邏隊の灯りをやり過ごす黒装束の集団がいたのだ。彼らは今夜、この街で連続強盗を計画していた。


先ずは景気づけに小金を溜め込んでいる個人商店に押し入り、住人を拘束もしくは殺害し金目の物を根こそぎ強奪する。


容量の大きい付与収納鞄は、彼らにとって便利な仕事道具の一つであった。


一軒目に選んだのは、夫婦が営んでいる香辛料店。


単価も高い上に嵩張らない香辛料は、現物を盗んでも高値で売りさばけるし、店には売上金も唸っている事間違いなしである。




彼らが店の裏手に集まる頃には、フクロウの鳴き声も聞こえなくなった。


黒装束の男が革でひとまとめにした開錠道具(ピッキングツール)を広げ、鍵穴を探り始める。


ツールで穴を探っていた男の手が止まり、控えていた別の者に合図をすると、短杖(ワンド)を構えツールの男だけに聞こえるように詠唱を始める。


何度も繰り返した作業なのだろう。短杖の男が最後の一節を口にすると同時に、ツールの男の手が鍵の内部を動かした。


“カチ”


扉の魔力錠は対となる魔力鍵でなければ開けることは出来ない。


個人商店に備える鍵としては厳重な代物。それを彼らは二人で役割を分けて開けてしまったのだ。


黒装束は五人。


扉の蝶番にはたっぷりと油を差して物音一つ響かせず、柔らかい靴底は床を踏みしめても足音一つ鳴らさない。


侵入した部屋には植木鉢が幾つも置いてあった。それだけではなく、部屋の梁に巻き付いた蔓には葉が生い茂り、幾つもの白い花を咲かせていた。


奥へ続く扉は一つ。


黒装束がドアノブに手をかけようとすると、扉の向こうの廊下から接近する二つの気配に気付いた。


忍び歩きではあったが忍べていない所を見ると、何かに気付いた店の夫婦が様子を窺いに来たようだ。


黒装束の一人が合図すると、彼らは扉の左右に分かれて息を潜める。家主たちが入ってきた瞬間を狙って拘束し、彼らから金の在り処を聞きだせば手間が省ける。


だが気配は扉の前で止まり、中に入ってこない。


黒装束達が焦らず耳をそばだてると、扉の前でささやく声が聞こえた。しかも聞きなれた呪文(言葉)である。


五人は合図も交わさずに呪文へ抵抗(レジスト)態勢で身構えた。


睡眠(スリープ)


不意打ちで喰らっていれば床に横たわっていた強度であったが、集中して抵抗すればどうと言うことは無い。


このまま身動(みじろ)ぎもせず待ち構えていれば、油断して入って来るだろう。


十数秒後、果たして扉はゆっくりと開いた。


一人目が入り、二人目の姿が見えると、黒装束たちは一斉に飛び掛かった。


いや、飛び掛かろうとしたが、何かに引っ張られ床に倒れ込んでしまった。




「なんとも今晩はお客が大勢だね」


照明魔法と共に男の声が響き、部屋着のエルフが頭を掻いて、明るさに目をしょぼつかせる。


「あなた、そんなこと言ってないで詰め所まで知らせを飛ばしてちょうだい」


二人目である女の声に黒装束たちが一斉に足搔いたが、立ち上がることは出来ない。


「うぐっ」


とうとう一人からうめき声が漏れる。


床の男たちが照らされると足先から全身を、現在進行形で蔓が巻き付いている。


続いて入って来た彼の妻の耳もエルフ耳であった。


「あら?私たちの事を調べて侵入してきたと思っていたのに」


そう言って彼女が呪文も詠唱せず指を(くゆ)らせるように動かすと、黒装束たちの眼前の蔓からつぼみが成長し、あっという間に花開く。


弾けるように赤い花(・・・)が開くと黒装束の口元へ花粉が飛び散り、彼らは意識を失いぐったりと崩れ落ちてしまう。


「おっと、換気換気」


裏口の扉を全開にするとフクロウが飛び込み、部屋の中で旋回して男の肩に着地する。


「いい子だ。知らせてくれてありがとな。もう一仕事。警邏隊を呼んできてくれ」


男の使い魔(フクロウ)は、ため息をするように一瞬身体の羽を膨らませると、夜の街へ羽ばたいていった。






「エルネスト、何事だ?」


さほど時間もかからず、知り合いの警邏隊員を先頭に数名が駆けつけてくれた。


「ギャレット、手間かけるね。裏口からお客が来たので歓迎していた所だよ」


のほほんとエルネストが中へ導くと、五名の黒装束の男が意識を失ったまま転がされている。もちろん蔦に巻き上げられて、だ。


鬱蒼と生い茂る部屋に、他の隊員が恐る恐る入って来る。


「大丈夫ですよ。ちゃんと部屋の中は無毒化を済ませていますから」


足を踏み入れた者たちが一様にぎょっとする。


「ナフルさん、閉鎖空間でナニまき散らしてンですか……」


同郷の(・・・)似たもの夫婦に呆れながらも、ギャレットは黒装束たちを検め始める。


黒い覆面をはぎ取った下から現れたのは、潮焼けした赤黒い顔であった。


「ここいらの顔つきじゃないな。……たしか数日前に外洋船が入港していたよな?」


その問い掛けに警邏隊の面々から同意が返ってくる。


「ナフルさん、毒の効果はいつまで?」


「毒だなんて失礼しちゃうわ。ただの安眠効果がある香りよ。日の出までグッスリなのは保証するわ。早く起こしたいのなら、気つけ薬用の鼻薬あるけど……いる?」


「起こすのは詰め所でだ。誰か荷馬車取ってこい!」


用意周到な同族の言葉に、ギャレットはこめかみと一緒に長いエルフの耳を痙攣させながら、小さな小瓶を受取った。




賊たちは荷馬車で運ばれている間も目を覚ます様子はなく、牢屋に放り込まれても、一人を尋問の為に蔦から解放し椅子に縛り付けても静かな物であった。


「ほんとグッスリだな。どうやったんだ?」


「隊長、何モンです?あの夫婦」


隊員の質問は黙殺。楽に事が進んでいる事もあって、隊員たちの口が軽くなる。


「気を緩めるな。まだこれから自白を取って、場合によっては港の船へ臨検からの戦闘だってありうるんだぞ」


今回被害に遭ったのはエルネスト香辛料店。


夫のエルネストは、少し得魔法が使える程度のエルフの商人であるが、妻のナフルは植物を自在に操る“緑の指”の持ち主であった。


“薬師として店を開ければ商売繁盛だろうに、なんで香辛料なんだ?”


疑問が頭に浮かぶが、すぐさまそれを振り払う。


「始めるぞ!」


ギャレットは気付け薬の栓を開け、拘束済の男の鼻に近付けた。




★☆★☆




「ぁ…ふ……」


波に揺られる手漕ぎカッター内であくびを噛み殺す。


昨晩街に到着して、宿屋でグッスリだったにもかかわらず、俺はギルドからの要請で港での捕り物の手伝いで叩き起こされた。


なんでもエステルの両親経営の店に、押し込み強盗が入ったのだが難なく捕縛されたとのこと。


あのおっさん(エルネスト)って、そんなに腕利きだったか?


ともあれ警邏隊の詰め所で尋問を受けた賊らの自白によると、数日前に入港した外洋船が根城らしいのだ。


容易に明らかになったのは、拷問によるものか取引によるものか俺が知る由も無いのだが、捕縛から襲撃まで本当に素早い流れだったことは確かだ。


日の出までまだ時間がある。


俺は彼は誰(かはたれ)時にカッターの上で待機中なのだ。




(あけぼの)なのか朝朗あさぼらけなのか(寝ぼけ眼の俺にとっては誤差である)、朝もはよからどこかの隊長が件の外洋船に向かって声を張り上げている。


船の上から顔を突き出してくる船員に向けて“上の者を出せ”とか叫んでいるから、甲板長とか航海士を呼んでいるのだろう。船長を出せと言っても、いきなり最上位が出てくるはずもない。


海の朝は凪かそよ風程度。


日が昇って気温が上昇すると、海から陸へ風が吹く。


つまりこの時間の帆船への臨検は、魔法でも使わぬ限り逃げ場がない。


海上の舟(した)からは“早く上役を呼んで来い”とせっついているのだが、甲板(うえ)からは“寝起きが悪いのを今起こしている”と(のたま)っていやがる。


間違いなく時間稼ぎだろ。


「錨の方に移動してもらえるか?」


艇長に声をかけるとカッターはあっという間に錨付近に付けてくれる。


タイミングからすればギリギリであった。


弛んだ錨の鎖が音をたてて巻き上げ始められるのと、俺が水を操ったのはほぼ同時であった。


水を操って何をしたのかと言うと、錨の周りの海水を纏わりつかせて重しにしたのだ。


甲板上では掛け声を合わせて錨を上げようとしているが、鎖の弛みが無くなっただけで錨は微動だにしない。


だが海水を操っている俺からすればピンチ到来だ。


上も必死に巻き上げてくるので、こちらもさらに重しの海水をかき集めねばならない。




そんな綱引き状態であったが、必死にこらえていたのが“ふっ”と楽になる。


視線を舷側にむけると、何本もの鉤付きロープがかけられ、数艇のカッターから何人もよじ登っている所であった。


恐らく既に何名かは甲板に上がり船員とやり合っているのだろう。とんどん錨が軽くなっていくので、こちらも力を抜いていく。


俺の仕事もこれでおしまいか?でも岸に戻るのはもう少し先になりそうである。




待つことしばらく。今度は束になった手錠が船に上げられていく。長めの鎖の手錠だが、あれで両手を拘束されてしまうと縄梯子は降りられるだろうが、海の落ちて泳ごうにも長さが足りずに、犬掻きは出来てもクロールは無理だ。


ロープで縛られた状態での泳法があると聞いた事があるが、実戦で試してみたい者などいるはずもない。


「あふ……全員手錠付けて陸へしょっ引くのか?」


退屈凌ぎに艇長に声をかけると、彼も暇を持て余していた様で会話に乗って来た。


「抵抗が激しかった奴だけだろう。まだこの船員たちはグレーであって、証拠も無しに全員を拘束することも出来ん。船長に適当な言い訳でシラを切られたらそれまでだ」


「捕まえた奴らが自白したんだろ?」


「あれは自白と言えるのかなぁ。エルフの奥さんに貰った薬を嗅がせたらベラベラ喋り始めてよ、尋問していたヤツを飲み屋のねぇちゃんか娼館のお姉さまと思い込んだのか、ご機嫌で武勇伝を吹聴しやがるんだ」


「そりゃ楽だったな」


楽だったはずだろうに、艇長は渋い顔をする。


「それを見て何の気なしに鼻薬を嗅いだバカがいたんだよ」


「……どうなった?」


「薬が効きすぎて、そいつの今日の予定と、なんでその予定を組んだか、巡らせた考えをイチから説明し始めやがったんだ。あいつの狙っている女なんか興味ないし、あいつの性癖も知りたくないのに、あいつは話したくて口が止まらねぇときたもんだ。今でも牢屋で誰かに向かって話してる最中だろうよ」


「「……うへぇ」」


思わず同じ言葉が漏れ出てしまった。








老ヴィリュークの短編があります。お読みでない方は是非!


お読みいただきありがとうございました。


それではみなさんよいお年を。



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