一つの時代の終わり。新しい時代の始まり
あとがきにお知らせがあります。
「あんな成功率が五割もないシロモノ!失敗したら何が起こるか分からないんだぞ!ぐっ」
衛兵に部屋の中へ突き飛ばされたせいで、痛みをこらえた声が漏れ出る。
「ムアーダル君、心配には及ばないよ。君の魔法陣は私が手を加えておいたから、成功間違いなしです」
見た目は熟練の老魔術師、肩書は筆頭宮廷魔術師で外面も申し分ない好々爺。
その正体は欲深くプライドの塊の老害。前任者が引退後、筆頭魔術師に昇格して後は実力を示すのみだ。
その実力を示し名声を得る場として、このジジイは“国王陛下即位三十周年式典”を選びやがった。
失敗すれば王都内の民だけでなく、祝福しに周辺の町や村からが集まって来るヒトたちもどうなるかなぞ想像もつかないが、間違いなく大惨事だ。
“多重召喚融合魔法陣”
名前を聞いただけで素人でも難易度が分かろうというシロモノである。
軟禁されて一週間過ぎた。
外から聞こえてくる歓声が、空々しく聞こえてくる。
そもそも召喚場所がよろしくない。王都ツァグブリルは緑が少ない環境だ。というより砂が多い。
魔法陣を成功させるには、バランスよく各属性の精霊を召喚し、召喚した精霊の内包魔力量も偏らせてはならない。
四大精霊を例にとっても、砂漠は火の精霊の影響が大きい場所で、くどい様だが精霊は万物に存在する。
意図しない精霊が混ざらないようにすることを、次の課題として挙げていたのに、あのジジイがそれを解決できるとは……いや、解決できる実力ならば前任者の引退を待つ必要などない。
その程度の男なのだ。
歓声が静まった。
ここからでも高まる魔力が感じられる。
次に響いたのは歓声ではなく怒号と悲鳴だった。
肌が逆毛立つ。
失敗しやがった!
被害が起きないように成功を祈っていたが無駄だった。
大人しく軟禁されていたのは逃げ道を確保していたからで、当の地下の隠し部屋は研究者の嗜みである。
そこに入れば時間が稼げる。
バックに荷物を詰めていると、壁が砂岩に変わっていくじゃないか。
よりによって砂の精霊が顕現するとは……
バックの口を閉めるのももどかしく、私は隠し扉を開けて飛び込んだ。
半人半蠍となってから数百年。
もうじき自らに課した仕事も終了する。
元々は普人であった私は、ある災害を乗り越えるため自らに禁呪を施し魔法生物になった。
その結果ヒトとしての機能は失ったが、研究者としてエルフ並みの時間を得ることが出来たのだった。
目の前の精霊の核から琥珀色の微粒子が立ち昇り、床の魔法陣へ降り注いでいる。
この核も随分と小さくなった。
この玄室に安置するには数人がかりで運び込むサイズであったのに、いまや手のひらに収まる小ささである。
砂岩の都市、旧王都ツァグブリルも砂精霊の核の影響が小さくになるにつれ、緑が多くなってきた。
ここから離れるほどに核の影響は薄れるので、彼方の王都ラスタハールや港街シャーラルでは草木が生い茂っているらしい。
魔道書簡伝達器での友からの連絡や、たまにやって来る配達人によると、草木の成長が目覚ましく、油断すると整備した道が侵食されて大変なことになっているらしい。
これは数百年分の反動なのだろうか。
だとすると、ここツァグブリルも草木に覆われて動物もしくは魔物の住処になるのかもしれない。
この都市の下に走っている魔脈の影響から外れれば、私も緩慢なる死を迎えられるが、その前に戻って来た生物に襲われそうである。
遂にその日がやって来た。
数日前から玄室に篭り、砂精霊の核が完全に向こう側へ還る瞬間を待ち構えていた。
そして今、この瞬間、最後の琥珀色の粒子が床の魔法陣に吸い込まれた。
「ふぅ」
私は核が置かれていた台座の周囲を回り、間違いなく・核が・完全に・送還されたことを確認する。
「ふぅ」
そして数百年起動していた魔法陣を停止させ、周囲の魔力灯を消して回る。
最後は研究室への通路前の魔力灯だ。
“ふっ”
真っ暗な玄室を背に研究室へ戻ると、交換日記……もとい、魔道書簡伝達器を開いて友にむけて書き記す。
“全て還った”
『さらばツァグブリル王国、 新ラスタハール王国万歳。』
小さく呟くと私はペンを置いた。
十数年後、砂漠は見る影もなく、土地は緑で氾濫した。
新作を上げました!
本作の未来のお話しです。
「旅の空の(老)砂エルフ」
下のリンクから飛べます。
是非是非そちらもお願いいたします。
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