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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
エルフ、荒野を往く
131/196

数年遅れの結婚式、もしくは示された勝利への道

ミリヴィリス(ヴィリュークの従姉)の結婚式は無事執り行われました。






ラハール河流域は三年で様変わりした。


ヒトも国費も投入され、護岸工事は勿論流れを弱めるための堤や、植樹も併せて行われた。


用水路は伸ばされるだけではなく、網目の様にめぐらされていった。それに伴い農地も広がったのだが、人手が足りない場所は用水路に沿って草木が覆い始めている。


十年後二十年後にはさらにヒトも増え、この地方一帯は緑で染まるだろう。




例の件で捕らえられた男たちは、王都へ護送され背後関係を洗われた。


詳細は知らされなかったのだが、ナスリーンによるとあいつらは隣国の犯罪組織の者で、彼女が睨んだ通り薬物目当ての行為だったらしい。


いずれにせよ辺境騎士団の仕事に、あの地方の村々への巡回が加わり、騎士団の駐留地が新設されたそうだ。






今回再びラハール河用水路まで来たのには訳がある。


「プロポーズは受けてたんだよ。結婚式もいつにするか相談していたんだけれどさ、仕事が忙しくて延び延びになっていたら、先に子供が出来ちまって。んで、急いで結婚式を挙げようって式の日取りを調整しているうちに、腹も大きく目立つようになってなぁ」


ダイアンが結婚し、出産までしていたのだ。つまりそのお祝いをしに、エステルとナスリーンに連れられてきた次第である。


「アレシア~」


なあなあで済ませる類いの話ではない。


二人の周囲に知らしめるためにも、この手の慶事はしっかりと祝わねばならず、通常は当人たちの上司や上の世代の者が世話をし、友人たちは将来の自分の為にも手伝いをするのだ。


その辺りは常識人のアレシアを当てにしていたのだが……


「知らないわよ!プロポーズまでは知っていたけど、妊娠を知る前に測量で半年以上離れていたのよ!帰ってきたら式は延期になっているし、お腹は大きくなっているし。あたしにどうしろって言うのよ!」


切れ始めるアレシア諫めていると、小さな手が俺の耳に伸びてきた。


「いたっ、いだだだだ」


むんずと耳の先を掴まれた。


「あー、だめだめだめ。おじさんいたいって。はなしましょうね~」


小さな手の正体はダイアンの息子のダイナスだ。この赤子、本当に物怖じしないので目が離せない。


おじさん呼ばわりもそうだが、今までのダイアンを知るものは彼女の様変わりに目を剥くだろう。


ちなみにサミィも一度洗礼を受け、引っかきはしなかったが距離を空けるようになった。


「あんたたち、どっちか手ぇ空いてたら、ちょっとこの子頼むよ!」


ダイアンの呼びかけに現れたのは、二人の若い女性だった。


「あら?あなたたち、ひょっとして……」


「わかるか?ダーリヤとナジュマだよ。変わっただろ。あの時はガリガリだったけど、背も伸びてふっくらして結構もてるんだぜ」


ダイアンの紹介に二人は“あの時はお世話になりました”と告げてダイナスを連れていく。




「で、式はちゃんと上げたの?」


改めてナスリーンが問う。


「いやぁ」


ダイアンが伸びた髪ごと頭を掻く。おそらく三年分の長さだろう。


「してないのね。だろうと思ったわ」


「いやいや、ダイナスが生まれた時はお祝いしてもらったぞ」


エステルが席から身を乗り出す。


「いつがいいかしら?」


ナスリーンがそれに続く。


「参列者の都合もあるだろうけど、三日後にしましょう。招待状は……じゅうたんで届ければいいわ。ヴィリューク、お願いね」


「任せろ」


断れるはずもない。


「ええっと」


目を爛々と輝かせた二人に、百戦錬磨のダイアンが気圧されてしまっているのだ。


察してくれ。






そこへ新たな獲物が現れた。


「ただいま帰りましたよ」

「戻りました~」


男の声が二つ。


一つはダイアンの連れ合い、ラザックだ。もう一つは若い男の声だ。


「「おかえりなさい。ラザックさん、ワーフィル」」


正体は引っ込んでいたダーリヤとナジュマの返事で明らかになった。


ラザックは相変わらずだ。小男なのは変えようもないが、少し貫禄()が出て来たか?


ワーフィルの変化は顕著であった。身長は伸び、身体つきはがっしりとしている。




「おや、皆さんお久しぶりです。お元気でしたか?」


「久しぶり~。早速だけれども、聞きたいことが沢山あるの。ちょっといいかしら」


絶対にちょっとではないナスリーンの手招きに、ラザックの腰が引けている。一緒に帰って来た所員たちも勘が良いのか、自分たちの仕事の後始末に集中している。


「ワーフィルはどうしていたんだ?」


「ヴィリュークさん!ほら、救ってもらって村に帰れない時に、ラザックさんの手伝いをしていたじゃないですか。それで俺も何かやりたいって、ラザックさんに弟子入りしたんです。肉体労働もありますが、測量だとか覚えることが一杯で大変です」


その表情は明るく、やる気に満ちている。


「充実しているみたいだな。仕事は大変じゃないか?」


「ついていくのに必死です。それと実は……」


突然もじもじし始めるワーフィル。


「「実はですね!」」


ダーリヤとナジュマが乱入してきてワーフィルに寄り添った。


いや、待て。ここで言うな───


「「「俺達(私たち)結婚します。式は一月後なんです!!」」」


“がたたっ”


奥の部屋で椅子が二脚、引っくり返る音がした。




俺を含めた四人は、奥の部屋へ連行……ではなく招かれた。


「めでたいことは続くものね~」

「お目に掛かるのは初めてね」


一夫多妻。


王族や貴族ならばありそうなものだが、ナスリーンが言うのであればそうなのであろう。


「愛妾とかなら珍しくもないけれど、正式かつ同列に妻として扱うのはまずないわ。お爺様の代で側妃を(はべ)らかしていたのは覚えているけど」


先祖返り(ハーフエルフ)のナスリーンの祖父……何十年前の話なのだろう。ふと頭によぎったが、それに触れないだけの分別はある。


「裕福な商人とかがお妾さんを囲うのとは違うからねぇ」


エステルもそれに近い騒動に巻き込まれている。






「この地方に伝わる、已むに已まれない事情なんですよ」


ワーフィルが弁明するが、照れ笑いしながらなので言い訳にしか聞こえない。


この地方の婚姻は、成るべく年が近い者同士で行われる。しかし必ずしも同年齢のペアが組める筈もなく、適齢期に達した男性もしくは女性が、相手の成人に達するまで数年待ったのち、式を挙げる事も無くは無い。


それでも相手がいない者には、はるか遠くの隣の村々へ探しに行くのだが、二代三代と交流の絶えた村となっては不可能である。


となると極稀に独り身の男もしくは女が出てしまうのだ。だがそれは本当に稀である。


親たちは子供が無事に生まれた瞬間から、自分の子の相手を見繕う。口には出さなくとも、仲の良い親同士ならばその都度ほのめかすものである。


あぶれたのが男の場合、なぜかそのまま留め置かれる。彼らは後家が発生してしまった時に宛がわれるのだ。この土地において女子供だけでは生活できない。彼らを守るために備えて、独り身の男はどこの村にも一人や二人いるのである。


そして女があぶれてしまいそうな場合、一夫多妻が暗黙のうちに認められるのだが、それにも条件があるのだ。が……


「お父さんたちがもめたんです。ワーフィルはウチの婿だ、って」


「ラザックさんの所に弟子入りしたら、村一番の稼ぎ頭って見なされちゃって……いえ、実際そうなんですけれど、打算が見え見えで嫌になっちゃう」


ダーリヤとナジュマが愚痴る。


「でも最後はお義母さん達とのハナシアイで、二人とも嫁に貰う事に……」


「「お互いに好き合ってますから」」


ワーフィルを間にダーリヤとナジュマがさらに身を寄せる。


「そもそも甲斐性が無ければ、好きでも二人も貰えないんですがね」


三人の甘い空気に口から砂糖が出そうな面々であったが、二名ほど“いい事を聞いた”とばかりにテーブルの下でお互いの拳を突き合わせていた。






そんなやり取りもあったが、招待状はあっという間に整えられた。


ラザックとダイアンを尋問……げふんげふん、ラザックとダイアンから聞き取りをし、招待客がリストアップされると、エステルとナスリーンのペンがひらめき、流麗に宛て名が記されていった。


その横で俺はリストに宛て先を書き加える。並行して地図で宛て先を確認、配達ルートを指でなぞっていく。


しかし三日後に式とはずいぶんと急である。事情を訊ねられて足止めを食うだろうが、日没までには配達を完了させよう。


友人の晴れの舞台だが、結婚式の招待状ではなく、宴会(パーティ)の招待状と考えれば気も楽になりそうだ。


ふぅ。


女たちの様子を一瞥し、俺はじゅうたんを広げた。


さぁいそいでハイタツしないと(棒読み






式は灌漑事務所で開催された。


置かれている机や棚などは一室に押し込まれ、空けられた部屋は有志によって清められ、飾り付けが行われた。


招待状が届けられたのが三日前だったにもかかわらず、やって来たのは招待客だけにとどまらなかった。


二人の結婚式が知らされると、ひと声祝いの言葉をかけるべく、参列者は朝一で収穫した作物や、貴重な家畜を連れてやって来た。


あまりの人数にどう仕切ったものか途方に暮れるナスリーンとエステルであったが、村々からやって来た女衆にとっては昔取った杵柄。次々と指示が繰り出される。


近くの用水路の岸辺には、女たちが横一列に並んで野菜を洗い、さらに下流では家畜の解体が為されている。


用水路から離れると、男たちの手によって臨時のかまどが十数基設置されて燃え盛り、別の場所では額に汗して穴が掘られている。


“もう一度、この料理を作れるとはねぇ……”


数人の老婆たちが互いに頷きながら手を動かす。


岩塩や香辛料で下ごしらえした鶏の腹に詰め物をし、大きな葉っぱで何重にも包む。ただ鶏だけを包むのではなく、添え物として色とりどりの野菜も一緒だ。


“やっとくれ”

“おう”


老婆の指示で焼けた石を穴に隙間なく並べ、その上に大きな葉を敷き詰めると、手渡される葉の包みを整然と並べる。


それが終わると新たな葉っぱを被せ、土をうず高く積み上げれば一先ず完成だ。


“あの葉っぱがないと料理できないからねぇ”

“あの木を植えてくれたラザックさまさまだよぅ”

“もう、あの料理でお祝い事は出来ないと思ってたよぅ”


「「「さぁ、今のと同じのを、もう二つ掘っておくれ!」」」


老婆たちの催促に男たちは天を仰ぐが、やらねばごちそうが食べられないことを分かっていた。




事務所内の装飾は昨日のうちに済んでいた。


ラザックは昨晩に入浴(水浴びではない)させられ、貴重な石鹸で全身を洗われていた。


日の出と共に叩き起こされると朝食もそこそこに、改めて身体を清められ散髪から始まり髭もきれいに整えられると、どこから持ってきたのかこの地方伝統の婚礼衣装に着替えさせられる。


しかし、ダイアンはそう簡単には済まない。


それではその様子をさかのぼって見てみよう。




★☆★☆




ヴィリュークのじゅうたんを見送ると、すぐさまダイアンの準備が始められた。


「え?当日身綺麗にして衣装を着るンじゃダメなのか?」


「一生一度の晴れ舞台で、何をお抜かしあそばされてるのかしら」

「三日しかないと出来ることも限られているけれど、私たちがいるからアンシンしてね」


「え?あ?」


エステルとナスリーンが両脇から腕を取る。


「事務所でやるわけにもいかないから。ダイアンの家、どっち?」


「え、やるってなにを?」


「ダーリヤ、ナジュマ、案内して。あなたたちも見ていくといいわ」


「あっはい」

「こっちです」


二人はダイアンを問答無用で連行した。




「あ゛、あ゛~」


湯船につかってダイアンが声を上げる。


(実験台とは言え、なんかむかつくわ)


到着してすぐに、エステルは彼女のじゅうたん(収納魔法陣)から風呂桶を取り出し、設置した。排水の問題もあり家の中での設置を諦めると、エステルは庭に天幕を張りプライバシーを確保。


その間もナスリーンが魔法も駆使して風呂に湯を張る。


「なんだこりゃ?」


ダイアン・ダーリヤ・ナジュマは、かごに一まとめにされた陶器の小瓶を手に取ると、栓を開けて匂いを嗅ぐ。


「おっ」

「ふわああ」

「いい香り~」


瓶の口から花の香りがあふれ出ると、思わず声が漏れる三人。


「それ最後の仕上げ用だからこぼさないでね」


ナスリーンの注意に、未婚の二人はうっとりとしながらもそっと元に戻すが、主役はあまり興味がないようだ。


「で、あたしゃ何をされるんだい?」


それに対し、施術者は簡潔に答えた。


「洗って磨くわ」

「隅々までね」


いつにない迫力に、花嫁の顔が引き攣った。




「おおぉ」


「「すごい……」」


日もとっぷりと暮れた頃、作業はやっと終わった。


ダイアンの全身は、ナスリーン特製の石けんとエステル作製の肌に優しいブラシで清められた。


清めた後も肌に特製ポーションを摺り込まれ、しっとりプルプルの質感に変化。いままでの水浴び程度とは訳が違う仕上がりである。




頭も髪も同レベルの仕上がりだ。


頭皮の汚れだけでなく、髪の汚れもきれいに落とされ、洗髪後には複数の薬液を馴染ませてからすすぎ・乾燥させた後に現れたのは、枝毛も無い指どおり軽やかな艶めいた髪であった。


「「ふわあああ……」」


ダーリヤとナジュマがダイアンの髪の仕上がりに感嘆の声を上げ、施術者二人(エステルとナスリーン)に詰め寄るのも無理はないであろう。


「「わたしにもやって下さい!」」


試作品でこの効果だ。データは多い事に越したことは無い。


当然施術者たちは快諾した。




そして本命は顔の施術だ。


慎重かつ丁寧な洗顔が済むと、改めて石けんの泡が塗りたくられる。


「今度は何をするんだ?」


「顔の産毛を剃るわ。呼吸を静かに、動かないでね」


ダイアンは目を閉じて分からないが、エステルは鋭く研がれたカミソリを手にしていた。


元々はナスリーンの私物で、日常的に化粧を行う上流階級の者たちは普通に所持しており、エステルによって手入れされた其れは、並の切れ味ではない。


しかし正しい使い方をすれば危険はなく、エステルにとっては造作もないことだ。


額から始まり、目元・頬・鼻周辺・口周り・顎から首元にかけて刃は滑り、耳たぶも刃先でチリチリと産毛が剃られていく。


生えるがままに放置されていた眉毛も、カミソリで形が整えられ、手のひらサイズの小さなはさみと櫛でボリュームが梳かれていく。


数枚の濡れ手ぬぐいで泡を(ぬぐ)われ、肌へ塗布される薬液も数種に及ぶ。


最後に乾いた手ぬぐいが顔に乗せられると、マッサージするように指の腹で撫でられ、最後に手のひらで包まれる。


「よし」


エステルが手拭いを取り払うと自然とダイアンからため息が漏れ、周囲の女たちからはその仕上がりにうっとりとしたため息が漏れた。


「ふふ。あなたたち、すっぴんでそんな状態だと当日はもっとすごいわよ」


当日化粧を施すナスリーンから笑みがあふれた。




★☆★☆




事務所の前では花嫁を出迎えるべく、花婿と村の長老が待ち構えている。


花嫁は自宅から、馬もしくはそれに類する家畜や乗り物に乗って、花婿の元へやって来る。


本来であれば、花嫁と親戚一同が列を成して来るのだが、彼女の旧友一同がその代わりを務めることになった。


「やって来たぞー!」


遠くからの知らせの声にラザックは身体を強張らせるが、隣の長老が励ますようにその身体を軽く叩いてやる。


花嫁行列は事務所を一周して参列者たちにお披露目し、玄関前で停止すると父親が花嫁をエスコートして花婿に引き渡すのだ。




現れた行列は短くはあったが、乗っている物が普通ではなかった。


先頭は馬に乗った男性。しかしこの地方ではまず見ないエルフのうえ、馬に見えたのは作り物(ゴーレム)であった。クリーム色の馬体。しかしその質感は似て非なるもの。蹄鉄の音は響くが呼吸は為さない。だが誰の目にも素晴らしい(とんでもない)物である事は明らかであった。


中央は主役。花嫁と父親代わりの村長がエルフのじゅうたんに座っていた。村長は緊張で固まり、まばたきも忘れたのか充血した目からは滂沱と涙があふれ、白く長い顎髭にまで伝って湿らせている。その姿は娘を嫁にやる父親である。そしてダイアンは鮮やかな刺繍が施された花嫁衣装に身を包み、被っていた薄いヴェールは風にたなびき、顔を露わにしていた。


いつもの彼女は、力仕事では頼りになり、昼食では男たちに混ざって飯を大口で頬張り、酒盛りでは誰よりも大酒を食らう、凡そこの地方の女性像とは掛け離れた存在であった。

けれども男たちと対等にやり合っている彼女は、村の女たちにも頼りにされている。夫婦間の問題・子供の事など相談を受けたり、個人で解決できないとなると、彼女は出来る者を探してくる。

それは村内のいざこざや村同士の争いでも変わらない。彼女の働きは、そのパートナーでもあるラザックの仕事にも影響を及ぼしているのだ。


からりとした明るく、活動的な印象のダイアン。

しかし今日の彼女は違った。


明るい肌にはシミ一つなく、施されているはずの化粧が見て取れない。頬は微かに朱を帯びている。いつもは凛々しい眉も今日は緩やかに弧を描き、長いまつげは柔らかく影を落とす。

そして紅を刺された唇は軽く開かれ、さながら艶めき熟した果実の彩りだ。


そんな彼女の普段と真逆の愁いを帯び伏し目がちな表情は男たちの視線を集め、ヴェールの裾から見えた煌めく髪は女性たちの憧れを抱かせた。




じゅうたんは飾り紐で二枚が連結され、後ろのじゅうたんには花嫁の友人が付き添いで三名。エルフ(エステル)ハーフエルフ(ナスリーン)普人(アレシア)の女性が着飾っている。


着飾っているとは言えども、主役は飽くまで花嫁。


───なのだが、王都の流行りからは外れた露出の無い着こなしであっても、彼女たちの魅力は損なわれていなかった。


化粧も控えめ。薄くおしろいがはたかれ、紅も薄く引かれる程度。


だが花嫁に見とれた直後に彼女たちを見て鼻の下を伸ばす男達には、横に控えた妻や彼女らによって脇腹を抓られ、あちこちで小さく悲鳴が上がった。




そして事務所をぐるりと一周して、列は門前に停止。


馬から軽やかに降りたエルフは露払いを務める。


付き添いの三人がそっと近寄ると、村長が先にじゅうたんから降り、続いて花嫁が差し出された手を取って降り立った。


三人は素早く、座って乱れた花嫁の衣装を整え、参列者たちに見えるよう脇に控えると、周囲からはたくさんの小さな吐息が漏れる。


それを合図にしたかのように露払いが抜刀、剣を眼前に構えて穢れを払うように歩を進め、花嫁が村長の誘導で楚々と進む後ろでは、付き添いのアレシアがどこからか取り出した平たい箱を捧げ持ち列に続く。


進む先には花婿。


静寂の中、玄関までの短くも長い道を歩き切った露払いは、構えた刀で穢れの残滓を切り払い、鋭く音をたてて納刀、花婿の斜め後方に控える。


付き添い達は参列者へ振り返り、アレシアが捧げ持つ箱のふたをナスリーンが開け、エステルはその中身を手に取り、広げ、披露した。


“おおぉ……”


小さくどよめきが上がったそれは、ミスリルシルクの小ぶりなじゅうたんであった。


エステルが織った、慶事があると貸し出している縁起ものである。新郎新婦は今日一日これに座り、参列者たちの祝福を受けるのだ。


付き添いの三人は、それぞれ手にしたものを捧げ持ちながら、露払いとは対称の端に並ぶ。


最後はもちろん花嫁。


村長と共に一歩ずつ進んで、花婿の前で立ち止まる。


花婿がスッと差し出した手に、村長は花嫁の手を誘導。優しく二つを重ね合わせ、両手で包み込み、一呼吸置いてから離れる。


見つめ合う二人。


穏やかなまなざしの花嫁に対し、花婿の様子が少しおかしかった。


ラザックはのぼせたような表情で、ダイアンを見つめて固まっている。本来ならここで彼が室内へ誘導するのだ。


だがここで身動(じろ)ぎ一つしない花婿がようやっと動いた。


はた目から見れば手を取りって進んでゆくが、わずかに口角を上げて微笑む花嫁を見ると、誘導しているのは彼女に違いない。


待ち構えていた長老は二人が動き出すのを確認すると、そのまま室内へ導いてゆき、他の者たちもそれに続くと、一先ず儀式は区切られた。




堅苦しい儀式もこれでほぼ終了だ。


式の規模の都合上、花婿の自宅ではなく事務所で執り行われたが、ミスリルシルクのじゅうたんに腰を落ち着けた新郎新婦は参列者たちの祝福を受ける。


最初こそ長老格・村長格の祝福で儀式めいてはいるが、後になるほどくだけたものに変化していく。


男共は新郎に手荒い祝福を与え、酒を酌み交わすが、最後は決まって見目麗しい花嫁を羨まし気に見ながら退出する。


女衆は形ばかりの祝福を新郎に告げ、花嫁に対しては嫉妬と羨望がこもった祝福の後に、今日の美貌のタネと仕掛けを聞き出しにかかる。


だが祝福待ちが後に(つか)えている以上、執拗な聞きだしは出来ず、後日入手した情報の統合が為されるであろう。




挨拶が済んだ者が多くなってゆくと、祝いの料理が振舞われ、酒を満たした盃も酌み交わされた。


それだけではない。酒と料理で賑やかになると、参列者の持ち寄った楽器による演奏が花を添える。


どうやって保管していたのか、聞こえてくるのは打楽器と笛の類いだ。


弦楽器も数台見受けられるが、肝心の弦が張られていない。しかし彼らは各々の無事な弦を一台に集め、この宴に相応しいものを幾つか完成させた。


となると歌い手や踊り手が名乗りを上げるのも自然な流れ。


演奏が絶え間なく続くのは、楽器より演奏者の方が多く、交代で演奏していたからだ。


マイナーな曲がリクエストされても、誰かしら楽器を手に取り演奏は続いてゆく。


そして場が十分に温まると、一組の踊り手が名乗りを上げた。




エルフの男女ヴィリュークとエステルが宴席の輪の中央に進むと、すかさず拍手と口笛が鳴り響く。


二人は草木染の揃いの民族(エルフ)衣装に身を包み、腰には曲刀、左手には直径二十~三十センチの盾を構えている。


剣も盾も儀礼用の物だ。剣は鋳物で武器として用は為さず、盾も打ち鳴らすと良い音で響く作りだ。


男が曲を口ずさんで演奏をリクエストすると、“意を得た”とばかりに即席の楽団が奏で始める。


先程から繰り返し演奏されている曲なので、耳で覚えているのだろう。


スローなテンポでエルフの男女が対峙すると同時に抜刀。


エルフの剣舞が始まった。


対称的な動きで剣を振り下し、薙ぎ払い、その勢いで両手を広げてくるくるりと旋回。


“カーン”


盾同士がぶつかり鳴り響く。


剣も対称的な動きで切り結ばれ、打ち鳴らされる。


曲は徐々にテンポが上がる。


一方が連続して斬りかかり、最後の一刀を盾で受け止めると攻守交替。


始めは振るわれる剣と身体の距離は十分に離れていたのに、曲が進みテンポが上がるにつれその幅が狭まっていく。


避け、受け。


避け、避け、受け。


受けるのも、剣で受けたり盾で受けたり、始めは歓声を上げていた観客も息を呑んで見守っている。


あるのは演奏の音と剣戟の音と見切りの風切り音。


そして曲も最高潮に到達する。


お互いに剣を打ち鳴らし、一足飛び退り、身を屈めつつ、踏み込み、腕を伸ばし、同じ軌道で薙ぎ払い───


“チッ、キーン”


剣先が鋭く音をたて、身体を起こし、音を響かせて納刀。


楽器の最後の余韻がその場に溶けて無くなると、歓声が爆発し手が打ち鳴らされた。




そして夕日が沈むころになると、新郎新婦は連れ立って自宅へ帰っていく。


その帰路、ラザックはダイアンに見惚れる様をからかわれ続けるのだが、当の本人には雑音同然であった。


ラザックは帰り道ずっとダイアンの手を離さなかった。腕を組もうとすると───ラザックがぶら下がることになるので、二人はいつもこうだった。


息子のダイナスは、ダイアンの反対の腕で熟睡している。それもダーリヤとナジュマが交代で構った結果の遊び疲れだ。


その晩ダイナスは一度も目を覚まさず、朝までぐっすりであったことを付け加えておこう。




参列者たちも片付けを済ませると、土産を手に帰っていく。


土産とは言ったが、ヴィリュークたちが今回の為に王都から運んできた食材だ。酒もあったが全て飲み干されてしまっている。


その食材も個人には分配されず村単位で配られたので、今度は村内で小さな宴会が開かれる事であろう。


二人の結婚式は、しばらくこの地方で語り草となった。






そして十月十日後、ラザックとダイアンの間に娘が誕生した。








おまけ


ミリヴィリス「私の結婚式の様子が一行も無いんですけど!!?!」

ヴィリューク「豪華な結婚式だったじゃないか」

ナスリーン「錚々たる参列者だったじゃない」

エステル「みんなが羨む披露宴だったじゃない」

ミリヴィリス「そんなダイジェストじゃなくてー!!」





本章これにて完結です。


いつもは五千五百字前後を目安にしているのですが、今回はあわや1万字を超えるところでした。

もう一つ二つシーンを思いついていたのですが、あまりにも蛇足なのでカット。


次章は未定です。

何かテーマが閃いたら更新できると思います。


今回もお読みいただきありがとうございます。

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