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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
エルフ、荒野を往く
129/196

古馴染み

コロナ影響下、自宅待機が続きます。

皆さん無事お過ごしでしょうか。

普段自宅では執筆しないのですが、何とか月一更新に間に合いました。






まさか辺境の砦で礼服を着ることがあろうとは、とカルヴィンは思った。


普通の(貴族)相手なら騎士団の制服で事は足りてしまう。彼は第二種礼装とはいえ、礼服を荷物に忍ばせた自宅の執事を心の中で褒め称えた。


着慣れない服の襟元に指を差し込み、首回りの違和感を紛らわせていると扉がノックされる。


「お客様をお連れしました」


「お通ししろ」


当番の騎士が扉を開ける。


入室を促されて現した姿は、自身の記憶と変わらぬ相手だった。


「お久しぶりです、カルヴィン閣下」


子供の頃、姉と慕っていたハーフエルフの女性は今も変わらぬ姿だった。いや、その筈なのだが何かが違う。


「お久しぶりです、ナスリーン様。このような辺境の地でお会いできるとは思いもよりませんでした」


このような雰囲気だったか?なにかこう、華やかな印象を受ける。


「今お茶を用意させていますので。どうぞおかけください」


ソファーを勧めながら着席すると、彼女は自身の隣を軽く叩いて連れを促している。


そう言えばエルフの二人連れとの報告を思い出し、不躾にならぬよう窺うと確かにエルフだ。しかも男である。


この年になってまで、彼女の交友関係をチェックしているわけではないが、エルフの男は目つきも鋭く素性が気になる所である。


「失礼します。お茶をお持ちしました」


当番の従卒がテキパキとお茶を配り退室していくが、カルヴィンは従卒が視界の端できっちりとナスリーンの事を窺っていたことを見逃さなかった。


“三日はナスリーン様の事で騒がしいだろうな”


退屈な辺境の砦での生活だ。ゴシップネタはあっという間に広がる。




「このような辺境の地でご苦労も絶えないでしょう?」


「その辺りは織り込み済みです。ですが国境線を放置するわけにもいきませんし、誰かがやらねばならぬ仕事です。砦とは言っても、畑もありますし店もあります。給料もいいし交代も定期的に行われています。もっとも、金を貰っても使う場所なぞ限られていますから」


酒とバクチは禁止しないで管理することが肝要です、と彼は笑った。


任期終了時に素寒貧では帰るに帰れないからである。


その後もナスリーンとカルヴィンは昔話に花を咲かせ続けた。当たり障りのない、彼女と彼とその関係者しか知らぬ内輪の思い出話だ。


カルヴィンは視界の端で、蚊帳の外にいるエルフの男の気配を窺っていたが、彼は苛立ちも露わにせず辛抱強く話を聞き続けている。


ついに昔話は終わり、近況へと移り変わる。




「そう言えばナスリーン様、緑化研究所の方はどうなりましたか?」


「順調です。とは言っても、今は研究所の方はヒトに任せて休暇中なのですが。そしたら知り合いに手伝いを頼まれて、その真っ最中ですのよ」


「ほう、何をお手伝いなされているのですか?」


「つい先日は用水路への取水口の水門を修理しましたわ」


「ラハール川の灌漑設備ですか!?この季節水量も多いはずなのに、よくできましたな」


カルヴィンの発言に、ナスリーンは待ってましたとばかりに口を開いた。


「優秀な水使いのお陰よ」




そこでようやっとカルヴィンは隣のエルフの男に視線を向けた。


「辺境騎士団団長のカルヴィンだ」


「ただのヴィリュークだ」


“ただの”とエルフの男は自己紹介したが、カルヴィンは信じなかった。彼女が隣に座らせている事からも、単なる雇用関係ではなく、平民の個人的な知り合いでもない事は明白だからだ。彼は失礼にならぬ程度に値踏みしていく。


「もう、そんな言い方しなくても……」


「あぁ……ギルドの配達員(休業中)でもある。彼女とはとある依頼で知り合った」


「何でそういう言い方するかな」


ナスリーンが彼の膝を“ぺしっ”と叩いて(たしな)める様子を見てカルヴィンはひどく驚いた。


彼の記憶では、彼女は子供相手にその様な行動をとっても、年相応の異性に対しては頑なに一線を引いていたからである。


「砂エルフって二つ名で呼ばれているのは彼なの。それだけではなくて“おばさま”のお孫さんって言えばわかるかしら」


その言葉でカルヴィンは得心がいった。


幼少期に世話になった人物の孫。しかもそれだけではない事をカルヴィンは察知し、ニヤリと笑って問い掛けたがすぐに後悔する羽目になった。


「で、どのようなご関係で?」


「えっと、その、イイ人、かしら」


自分で口にしながら、耳の先を赤くするさまは見たくなかった。胸の内で“ごちそうさま”とだけ呟き、それ以上の思考を放棄する。


「それで今回はどうなさったのです?彼氏の紹介に辺境くんだりまで足を運んだわけではないでしょう?」


「かっ、かれっ!!?!で、で、───こほん……」


ナスリーンは咳払いで仕切り直し本題に入った。




「要約すると、水門の修理をしていると、子供が流されてきたと。連れて帰って看病した翌日、目を覚ましたので事情を聞いてみると、彼の村が占拠されていると告げられた……」


しかも村の悪漢たちを何とかするだけだったら可能だが、背後組織もどうにかするには手が余るので、手を借りに来たと彼女は言う。


「しかし村の外周に土の壁ですか。その様な物を作れるほどの組織や術者なぞ、聞いた事がありません。となると国外を疑う事になりますが……これは面倒なことになりそうです」


「隣国の犯罪者に好き勝手されて、辺境を守る者の気概はどこへ行ったのかしら?」


「ナスリーン様、放置するとは言っていません」


「そんな他人行儀なこと言わないで、昔みたいに“ナーねえさま”って呼んでくれていいのよ。それとも犯罪者とは言え、積極的に隣国相手ができないならば、マー君に一筆したためてもいいわよ?それならば大手を振って騎士団を動かせるでしょ?」


ナスリーンは敢えて私的な呼びかけをして揺さぶりをかける。“マー君”とは恐らく彼の上司なのだろう。愛称で呼ぶ辺り彼女とは仲が良いか、頭の上がらない関係と推察される。


「そんな手紙一枚で済ませられる訳ないでしょう」


「腰が重いわね。それなら私が直接出向くわ。ヴィリューク、最速で王都まで往復するとしたらどれくらい?」


隣のエルフが即答した。


「四日だな。じゅうたんのリミッターを解除して、行きでルートを確認、帰りはそれを元にオートクルーズで飛行中も休めるから問題ない」


四日!カルヴィンは言葉を飲み込んだ。


王都からの交代要員は集団での行軍のせいもあるが、ざっと見積っても一月弱は移動にかかる。


「……もうちょっと早いんじゃない?」


エルフのじゅうたんの底が知れない。


「トラブル無し前提の最速日程なんか口に出せるか。普通のじゅうたんでも───」


「あなたのじゅうたんだから出せる速度。分かっているわ。さて、どうする?」


あらためてナスリーンはカルヴィンに問いかけた。


「お墨付きが必要なら貰ってきてあげるわ」


「分かりました、降参です。なので陛下を“マー君”呼ばわりするのは止めて差し上げてください」


王都に向かわせようものなら、謁見時に幼少時の愛称で呼ばれる乳兄弟(国王陛下)を想像して、カルヴィンはかぶりを振った。




すぐさま会議が招集された。


室内にはテーブルが設置され、中心には大きな地図が広げられている。


しかも市中に出回っている、適当な位置関係・感覚で描かれたうねった道などとは違い、書き込み具合から見ても可能な限り正確であろう努力が見受けられる。


対してナスリーンはここに来る前にアレシアから持たされた地図を広げ、差異が無いかじっくりと見比べ始める。


となると席も隣のカルヴィンが興味を示すのは当然である。


「私にも見せて頂けますか?」


手渡された地図を見比べ始めると、眉間にしわが寄るのはすぐだった。


「おい」


手近の部下を呼び寄せると、自分たちの地図と照らし合わせる。


「ラハール川が(えら)く精密に描かれていますね。そこから伸びているのが用水路……既にここまで通っているのですか?」


今まで大河と呼んでいた正式名称を、今更ながらヴィリュークは頭に刻み込んだ。そう言えば執務室で言っていた気もする。


「ええ。それだけではなく、王都からラハール川までの地図(もの)もあるわ」


熱烈な視線を向けられるが、ナスリーンは卒なくいなした。


「それより、もっと有益な情報があるの」


ナスリーンは魔道書簡伝達器(ノート)から紙を一枚引きちぎる。


「最新情報。くだんの村の位置よ。それ、置いてくださる?」


紙の端にはラハール川の一部が描かれ、その反対に村を示す印が描かれていた。しかし一部の情報だけでは大変分かりにくい。


対して彼女が持ってきた地図には、ラハール川は長く存在を露わにするが、村は描かれていない。いったい彼女は何をしようと言うのか。


「■■■■透写……(拡大の必要はないとか流石アレシア)……■■転写!」


呪文によって川の形を基準にして透写を合わせ、さらに転写も起動させると手元の紙は劣化して読めなくなったが、テーブルに置かれた地図にはしっかりと村の位置が更新されていた。


「差し上げられないけど、写す分には構いませんよ」


その場に居合わせた者たちの目は見開かれ固まっていたが、いち早く回復した製図担当者であろう一人だけがノロノロとペンを手にした。


「ナスリーン様、事が済みましたら聞きたいことが」


彼女をその場で詰問しなかったカルヴィンは流石と言えよう。






★☆★☆






アレシアは魔道書簡伝達器(ノート)を静かに閉じ、口に手を当ててあくびを一つ。


「一眠りするから、聞き取りお願いね」


ここしばらく、彼女は昼に夜に周辺の地図作成に勤しんでいる。


ラハール川から村までは既に書き起こせているが、その周辺や村から国境線までを調査しているのだ。もちろん移動はエステルのじゅうたんである。


ノート経由で更新情報をナスリーンに送っているのは、彼女を経由して向こうにいる辺境騎士団の作戦立案の為でもある。


だが情報を送ったとして、ナスリーンがそれを提供するとも限らないのだが、その点アレシアは彼女を信頼していた。


天幕の中で毛布に包まると、今日も水汲みの子供たちの声が聞こえてくる。


普段ならうるさく感じそうなものだが、川の音に紛れて対して気にもならず、すぐに眠りに落ちていった。




「じゃあお前ら、歩数を教えてくれ」


子供達は水汲みと食事も終え、ダイアンの問い掛けに争うように答えていく。


「うちのはね、こっちがじゅうがみっつとろくで、こっちがじゅうがよっつとさんだったよ」


「三十六歩と四十三歩っと。ちょっと歩いてみろ……歩幅は三十五くらいか?」


「歩幅と歩数で建物のサイズを測るのは分かるけど、ここまで必要なの?村の大まかな配置が分かれば十分だと思うのだけど」


「んなこと言ったってエステル、アレシアがやれって言ったんだからしゃーないだろ。なんかの役に立つんだろ」


ダイアンとエステルがやり合っている他所で、ラザックの方では年長のダーリヤとナジュマに聞きながら村の概略図を完成させていた。


「それでワーフィル君のご両親はどうでしたか」


「喜んでいたよ。おばさんなんか部屋の奥で泣いていた」

「村長さんもね。村の人たちには上手く伝えておくからお願いしますって」


「とうさん……かあさん……」


彼女たちには手紙を持たせ、村長であるワーフィルの父へ届けて貰った。両親の反応にワーフィルも涙ぐんでいる。


「もうしばらくの辛抱ですから、それまで耐えてくださいね」


「うん」

「はい」


二人の少女はワーフィルに抱き付いて返事をした。




子供達が帰った頃になって、ようやくアレシアが起きて来た。


連日の偵察と昼夜逆転で、負担になっていそうなものだが、そんなそぶりも見せない。


四人が折り畳み式のテーブルセットを囲んでいると、アレシアも空いている場所に腰を下ろし、干しデーツを摘まみながら、出来上がった資料に目を通す。


「これで村は救えそう、ですか」


ワーフィルが慣れない敬語を口にする。


「前にヴィリュークが言っていたけど、単純に奴らを何とかするには何とでもなるのよ。けれど犠牲を出さないようにとか、奴らが二度と来ないようにするとかまで考えると、準備が必要なのよ」


何度目かの彼からの同じ質問に、アレシアは同じ返事を繰り返す。


今回の場合、犯罪組織を相手にするのは辺境騎士団だ。


国境線を巡回し見守る仕事の彼らに、点在している村々の巡回もやらせるのがナスリーンの描いた計画だ。


今回はそれに付け加えて、その犯罪組織をこちらまで引き込み、一網打尽とはいかなくともそれに近い成果を上げることである。




(思ったほど精度が出ていないけれど、彼らにしては上出来かしら)


村の地図と悪党どもの人数、昼間の居場所、夜の居場所。村人たちの人数、どの家に何人いるか、などなど。


調べ上げた情報を逐一ノートに書いてナスリーンに送っていく。


将来的にはこの辺境一帯の地図も作成し、地形から何から何まで地図に書き起こすことになるだろう。


だがアレシアは自身で全てやるつもりは無い。


ラザックに放り投げておけば、ラハール川一帯は彼がやるだろうし、手に余る場所や手が回らない場合はダイアン経由でお鉢が回ってくるのは確実である。


(さっさとくっ付けばいいのに)


ヴィリュークの周辺だけでもお腹いっぱいなのに、古馴染みのダイアンまでとなると、正直うざったい。


(あぁ、町が恋しいわ)


野外活動は必要最低限だったのに。


アレシアは都会でしか飲めない(かぐわ)しいハーブティを思いながら、素朴なカップに入った温かい雑草茶をすすり上げた。







お読みいただきありがとうございました。


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