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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
エルフ、荒野を往く
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村の実情・ナスリーンの伝手

自宅待機も飽きてきました。毎日感染確認の報道が続いて怖いですね。

コロナ、早く終息してほしいです。

皆さんも出歩かずに、なろうの名作を一気読みとかどうです?







熱を出した子供の両親には、デーツの実を与えたことを口止めした。


考えすぎだとは思うが、他の者達がそれ目当てでやってこられるのも困るからだ。


ナスリーンの医術については今更だが、ここに滞在している間、ある程度頼まれることは身構えていたほうが良いと思うし、ラザックが上に報告を上げて環境を向上させるように仕向けさせればいい。




翌朝、河で拾った少年は目を覚ました。


少年はワーフィルと名乗り、朝食代わりのスープをぽろぽろ涙を流しながら腹に収めて再び眠りについた。


それでも昼には目を覚まし、今度は具を柔らかく煮込んだスープを平らげるのを待って、ようやっと事情を訊ねられるようになった。




彼が言うには、流れの激しい河での水汲みで流された者を支えたまでは良かったが、岸に上げた直後に今度は自分が足を滑らせて流されてしまったとの事。


「え、と、ありがと、ございました」


「ともあれ助かってよかったわ」


「君たちが使える距離にも用水路を引かねばなぁ。先は長い……」


「ちがうんです。村が変わっちゃったんです」


ワーフィルの言葉に視線が集まると、驚いた彼は身を縮こませる。俺とダイアンは壁際で距離を取っていたのだが、思いのほか敏感だったようだ。


「昔は採れていた作物が実らなくなったのですか?」


「そうじゃなくて、作らせてもらえなくなって。雑草ばかり育てろってあいつらが……」


伝えたいことが沢山あるが、沢山すぎて言葉が出てきていないといった感じか。少年も口を開くが言葉にならない。


「ちゃんと聞いているから。お茶でも飲んで落ち着いて」


「───こ、これ!」


アレシアに渡されたカップを、ワーフィルが指さした。






「村が乗っ取られてるってなぁ……んで、育てた雑草を持って帰ってるって、何の得があるんだ?」


「何か利益があるから占拠してまでやってるんでしょ?」


「でもお茶の草を大量に持っていても、単価は知れているし、売りさばけるとも思えないのよね」


女三人が頭を悩ませていると、ナスリーンが声を上げる。


「思い出した!」


その場の全員が彼女に注目し、次の言葉を待ち構える。


「研究所のレポートにあった草だわ。この草、鎮静作用があって、従来の鎮静剤と調合すると効果が増すやつよ!たしか副作用で酩酊感が増すとか……」


「一気にきな臭くなってきたな」


「これは単に、彼を村まで送り届けるだけでは済みそうにありませんね」


犯罪の臭いがし始め、ラザックがこめかみを揉みしだいた。




「私はこの地域のヒト達の生活を良くしたいと思っています」


ラザックは語り始める。


「王都の目の前には砂漠が広がり、国家事業で緑化政策が取られていますが、それ以前からある辺境の貧困は手付かずでした。それでも何とか仲間を募り、関係各所に掛け合い、国の事業として資金や人手、魔術師の派遣まで手配してもらえるまで来ました」


黙って聞いている俺達に、彼は一人ひとり視線を交わしていく。


「もうここの用水路は私の手を離れても大丈夫です。ならば次は……」


「こいつの村だな!」

「彼の村を救いたい」


ダイアンがラザックの言葉へ被せる様に宣言し、その横でアレシアが肩をすくめている。


「な!」


元々彼らを助けるために飛んできたのだ。彼女のひと言に、俺たち三人も付き合うことは自然な事だった。






そうと決まると、しなくてはならないのは村の確認だ。


単純に乗り込んで武器を振るっておしまいという訳にはいかない。


恐らく水汲みの子供達によって、ワーフィルが河に流されたことは即伝わるだろう。子供達も彼が死んだと思っているはずだから、その悲しみは想像に難くない。それを目の当たりにすれば、占拠者たちはワーフィルが逃げ出したとか、生きているとかを疑うことは無いだろう。


となると彼を村には帰せない。だが彼にも役割はある。水汲みの子供達への顔つなぎだ。


そう、語弊はあるが、子供たちを使って村の内部情報を得るのだ。


「もしかして、それ、私達だけでやるの?」


エステルは問い掛けながら、ぐるりと見渡して戦力の確認をする。


まず俺とダイアンが主戦力だろう。アレシアも今までダイアンと組んでいたので期待できる。エステルも腕は間違いなのだが、どこまで荒事に対応できるか分からない。ナスリーン……魔法による火力は期待できるが、彼女は基本研究者だ。となるとラザックも同様である。


「潜入からの奇襲で倒すだけなら何とかなりそうだが、村人の保護も考えなくてはならないし、相手は正体も分からない組織だ。だから村にいる奴らを何とかしても、音信不通になった彼らの様子を見に来られたら振りだしに戻りそうだ」


そこまで言って周りが引いていることに気付く。


「えぇ~……何人いるともしれない犯罪組織でしょ?倒すだけでもって、何とかできるの?」


「エステル、ばあさま以上の使い手がいるとは思えん……」


他にもグレイブ使いの老婦人や、剣術道場での出来事を思い出したが、彼女も似たようなことを思い浮かべたようだ。


「まぁ……そう、ね」


エステル、そんな遠い目をするな。お前の様子を見てみんなが納得しているぞ。


「しかし用心棒みたく、そこにずっといる訳にもいきませんよ」


「なんか私達で倒す・倒せる前提で話が進んでいるのは危ういと思うよ。ちょっと伝手をあたってみるから時間を頂戴」


最後はナスリーンの発言でその場は終了となり、彼女は自身の魔道書簡伝達器(ノート)を開いて書き込み始めた。






次の日も朝食を済ませてから、ワーフィルの村をどう救うかの相談だ。


しかし結局の所、情報が揃わなければ具体的な相談が出来るはずもなく、様々な状況を想定しての打ち合わせになってしまう。


煮詰まってお茶休憩になった頃、ナスリーンのノートが明滅した。


「お?返事が来たかな」


ふむふむ、と呟きながらノートに書き込み、誰とも知れぬ相手とやり取りすることしばらく。


「お(あつら)え向きに、当てにしていたヒトが砦にいることが分かったよ。縄張りの確認(パトロール)だけで退屈しているだろうし、新しい仕事を持っていくとしよう」


良い笑顔で宣言するナスリーン。そもそも誰相手に、何を問い合わせていたのか興味が尽きない。


「砦?辺境騎士団に知り合いがいたのか?」


小隊長・中隊長クラスなら、話の持って行き方次第では頼りになること間違いない。


「まぁね。結構いい歳だからどこにいるかなって思っていたけど、こっちに配属されていて丁度良かったわ。場合によっては王都まで戻って直談判って考えていたからねぇ」


「どのような方なのですか?問い合わせてまで捜していたのですから、結構上の方なのですよね」



ラザックの問い掛けは誰しも知りたい内容だ。


「近衛隊長していた所までは知っていたけれど、今は勇退して辺境騎士団の団長さんだって。あの子も年取ったなぁ」


一同ぎょっとした目で見る。


そう言えば彼女は王族に連なる血筋だった事を思い出した。




そうと決まれば役割分担である。


それは大きく分けて二つ。


一つは水汲みの子供達と接触しての情報収集と、ゆくゆくは村の大人達にわたりを付けること。


もう一つは辺境騎士団との接触と交渉。


そちらへはナスリーンが確定だったのだが、移動のじゅうたんでエステルとの無言のにらみ合いが始まる。二人そろって隅へ移動して小声でやり取りの末、ようやっと戻って来た。


「辺境騎士団へは私とヴィリュークで行くよ。村の方はみんなでお願いね」


「くっ、なまじ薬師まがいのことが出来たばっかりに……」


二人の表情の対比がひどい。非常時とは言え自身の立ち位置に悩んでしまう。






★☆★☆






役割が分担されると、ヴィリュークとナスリーンは支度をすぐに済ませ、あっという間にじゅうたんで出発した。彼と二人旅だなんて羨ましすぎる。


「エステル、そんなに不貞腐れるなよ」


「そうよ。ヴィリュークの事だから間違いは起こらないだろうし、ナスリーンだって、あなたが思っているような行動には移せないわよ」


“奥手だし”というアレシアの言葉に、ダイアンが頷いている。


なまじ平穏な旅路を過ごし過ぎたせいに違いない。彼は私達を女性として気遣ってくれるし、デリカシーに欠けることもない。


その様相は紳士的な熟練した案内人(ベテランガイド)とも言える。


この関係を進展させるには、何か特別な状況でもない限り無理じゃないかと思う。


などと唸りながらふと視線を巡らせると、ワーフィルと目が合った。


いけない。


今は彼と彼の村の事を何とかする時だ。


ダイアンはさっさと自分の装備を整え、食料や野営道具を積み上げている。


アレシアとラザックは測量道具の点検に余念がない。地図が無ければ用水路の計画も立てられないし、それがどんなに時間がかかっても欠くことは出来ない。


ラザックはこの機会に新たな用水路計画を立てるのだろう。


ヴィリュークたちに遅れる事数刻、私たちもじゅうたんで飛び立った。




初めて乗るじゅうたんに彼は興奮しっぱなしで、なぜかダイアンが如何に貴重な体験をしているか解説していた。


“大商人が金を積んでも、王侯貴族が命令しても、必要でない時にエルフは絶対に乗せないんだぜ!”


ダイアンの説明は大筋で正しいのだが、そんな御大層な物でもない。何事もタテマエは必要なのだ。尤もそれだけではないのだが。


“じゃあ、今はヒツヨウな時なんだね!”


“その通り!”


その日の日没前に、ワーフィルたちがいつも水汲みをしているという河岸に辿り着いた。




その晩は何事もなく、翌朝目覚めたワーフィルが天幕を出ると、大人達は全員起床済みであった。


いや、入れ違いで寝ずの番であったダイアンが天幕に潜り込んでいく。


「ちょっくら一眠りするから。向こうに白湯があるから貰ってこいよ」


彼が返事をする間もなく、彼女は毛布に包まった。


「おはよう、ございます……」


「おはよう」


彼の挨拶へ、口々に返してくる大人達。


彼を救ってくれただけではなく、出会って間もないのに村の事まで心配してくれる彼ら。それも利を求めてではない。“好意”とも違う気がする。




ワーフィルは彼らの話し合いの場に同席していたが理解には程遠かった。それどころかその場の人物たちの容姿に圧倒されていたのだ。


耳の尖った、タイプの違うきれいな二人の女性。


耳の尖った男もいる。目つきが鋭くちょっと苦手かも。


自分と同じ普人だけど、村にはいなかった雰囲気の女性。


一番大柄だったのはやはり女性だった。野性的だけれども愛嬌があり、自分に一番気遣ってくれたのは彼女だ。胸囲が一番大きく(大胸筋だけではないボリュームに)、思わずガン見してしまったのは誰にも言えない。


唯一身構える必要が無かったのは、小さなおじさんだった。太ってなければ痩せてもおらず、丁寧で穏やかな話し方をするヒトだ。自分の村にいても違和感のない普通のおじさんが、訥々と自らの考えを口にすると、普通ではない彼らが力を貸してくれたのだ。


自分を助けてくれている、中心人物であるラザック。ワーフィルはどこにでもいそうな小男を、眩しく仰ぎ見た。




このワーフィルが案内した河岸で、やって来るであろう彼の村の子供たちを、ただ待ち受けるだけではない。


「一応食べ物は与えられているみたいだけど、消化の良いものに越したことは無いよね」


「餌付けするんだな?」


「餌付けだなんて人聞きの悪い。懐柔と言ってちょうだい、ダイアン」


この場に誰かがいれば“子供たちの栄養状態の改善”と訂正するのであろうが、残念ながらラザックもアレシアも周辺の測量で不在であった。


ダイアンは火加減を見ながら麦が入った鍋をゆっくり掻き混ぜ、エステルは昨晩から水で戻した干し野菜を刻み、鍋に投入する。あとは焦がさぬ様に掻き混ぜ、最後に塩で味を調えれば、麦粥の完成だ。


「俺が昔食ったのは麦と水だけだったなぁ。塩は……とにかく薄味だったわ」


「野菜類は入れないみたいだけど、手持ちにあるから。本当は干し肉も入れたいけど消化がねぇ……」


「あ……、弁当代わりに持たされていました」


「ほんと?じゃ、入れちゃいましょう」


ワーフィルの申告により干し肉が細かくされ、麦粥に放り込まれた。


後は子供たちが来るのを待つばかりである。




空から太陽が照り付けるようになっても、子供たちはなかなか現れず、ワーフィルもそわそわ落ち着きがない。


おまけにラザックとアレシアも帰って来ず、探しに行こうかと思った矢先、遠くに一塊の集団が姿を現した。


ダイアンが手のひらで陽光を遮り、目を凝らす。


「ん?なんか一緒に帰って来たぞ?」


「あら、ほんと」


エステルの同意を合図に、ワーフィルが駆け出した。


見ると向こうからも二人、走り出すのが見える。


「「ワーフィル!」」


「ダーリヤ!ナジュマ!」


大河の水音が激しかったが、お互いを呼び合う声ははっきりと耳に出来た。




思いがけない温かい食事に、水汲みの子供たちは仕事もせずに微睡(まどろ)んでいた。


それもそのはず。エステルとダイアンが水術と体力任せで、あっという間に済ませたからだ。


「「えーっ、ワーフィル戻ってこないの!?」」


ワーフィルを中心に、ダーリヤとナジュマが左右から声を上げた。


「村の事情は彼から聞いております。今戻ればその占拠者たちに我々の存在が知られ、逃げられるならまだしも、憂さ晴らしに村で暴れられたりしては本末転倒です」


「逃げられた後、ほとぼりが冷めたのを見計らって、大人数でやってくるかもしれねぇからな」


ラザックとダイアンの言葉に、女の子二人が身を震わせてワーフィルに身を寄せる。


「このラザックはね、用水路を引くために国に雇われて働いているの。既に南の方では格好な長さで水が通っているのよ。それで次はこちらという訳」


エステルがにこやかに解説するが、口元が心なしかヒクついている。


アレシアは“子供相手に大人気ない”と思ったが口にすることは無かった。


「今、仲間が辺境騎士団へ頼みに向かっているわ。結構上の人と知り合いらしいから、きっと助けてくれるわよ。その為にも村の様子を教えて欲しいのと───」


アレシアは唇をペロリとなめて続けて言った。


「村の大人達につなぎを付けて欲しいの」






窓の外から剣戟の音が聞こえてくる。


この時間は下の練兵場で騎士団員が訓練をしているのだ。


騎士団長ともなると、平の騎士に混ざって剣を振ることは少ないが、年も年なので健康維持を含め、鈍らないように気を付けてはいる。


とは言え団長ともなると、デスクワークが増えることは否めない。


今日も報告書に目を通しサインを書き続けていると、ノックがされるので入室の許可を返す。


「カルヴィン閣下、お忙しい所恐縮です」


まだ若い伝令兵がはきはきと断りを入れてくる、と思ったら次の言葉の歯切れが悪い。


「え、その、閣下の知り合いと名乗るものがやって参りまして……門の前で待たせているのですが」


「知り合い?この辺境くんだりまでやってくる、酔狂な奴に心当たりはないぞ」


カルヴィンが手を止めて顔を上げると、立派な口ひげに手をやった。


「はっ、そう思いましたが確認せねばと思いまして。それではその者たちを追い返して参ります」


伝令兵が敬礼をして踵を返そうとするので、カルヴィンは押し止めて付け加えた。


「水はタダで補給してやれ。食料は……売ってやっても構わん。あー……その者は名乗ったのか?」


その問い掛けが彼の運命を決定づけた。


「はっ。エルフの二人連れです。話してきたのは女エルフでナスリーンと名乗っております」


“ガタッ”


「なっ、ナ……。それを早く言わんかっ!!?!すぐにお通ししろ!ご無礼の無いようにだぞ、急げ!誰か、誰か!応接とお茶を用意しろ」


カルヴィンは自身の平服に気付き、着替えるために私室に飛び込んだ。








感想が欲しいのは確かですが、最新話でなくとも各章の感想も歓迎です。

お読みいただきありがとうございす。




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